機―01 謎の記号
どうも、今日が4月1日だって午後の16時過ぎに気が付いた作者です。
ということで新章開幕!
頑張っていきましょう!
ふと、彼女は視線をあげた。
そこには絵の具で塗りたくったような青空のキャンバスへと散りばめられた無数の雲が広がっており、それを見て小さく笑んだ彼女は、スッと視線を足元へと落とす。
そこには地平線の彼方まで続いてゆく水の敷かれた大地が広がっており、青空をそのまま鏡のように映し出したその大地へと彼女の足元から波紋が広がってゆく。
【……最強、ですか】
一人呟き、瞼を閉ざす。
最強の座から見える景色を見てみたいと。
そう願った一人の男の姿を思い出し、彼女は再三こう思う。
【――存外に、良いものではありませんよ】
と、どこか哀愁を感じさせる笑みを浮かべた彼女は、パチンと指を打ち鳴らす。
途端に彼女の背後へと、大地に張られた水の中から白銀色の玉座が現れ、それを一瞥することなく彼女はソレへと腰を下ろした。
――神霊王イブリースは、最強だ。
人間や神の価値観で言うところの【最強】が陳腐なものに見える程に。どれだけ隙の見当たらない能力ですら指一本動かすことなく屠れる程に。
そも、超高次元に位置する彼女には、低次元に位置するソレら一切が通用しない。
故に、即死も致死も万死も絶死も、何もかも。
それらの概念を全てその存在そのもので弾き返し、動くことなく相手の首を捻り切る。
それは大人が赤子の手を捻るよりも簡単なこと。
人間と蟻――否、巨人と微生物以上に差のかけ離れた、いうなれば存在そのものが【反則】そのもの。
故に、彼女こそ最強。
それ以外の強者など紛い物。
どれだけその世界線で力を発揮しようとも。
どれだけその世界で無双を繰り広げようとも。
所詮は井の中の蛙、というやつでしかない。
――はず、なのだが。
【……順当に行ったとしても、早期に貴方が私に届く可能性は、全くと言っていいほどに存在しません】
正直、百年で追い付けるなど有り得ない。
断言できる。百パーセント有り得ない。
そう断言できるからこそ、その可能性を鑑みずにはいられない。
【但し、時間をかけ、私と同じだけの時を生きながらも、私が作り上げた眷属達を順当に倒し続けていくことが出来れば――】
あるいは。
ということも、無きにしもあらず。
と、そこまで続けた彼女は大きく息を吐き、天を仰ぐ。
さて、王冠に選ばれし者よ。
その先は、見果てぬどこかへ繋がっている。
その道は希望の光が差す一本道か。
あるいは地獄の炎に照らされた一本道か。
いずれにしても、彼女から彼へと告げる言葉は単純明快。
【好きに生きなさい。そして、挑戦しなさい】
さて、この座を脅かす誰かがここへと至る日が来るのであれば、それは一体、いつの事になるのだろうか。
そう思って、彼女は小さく微笑んだ。
その【誰か】が、彼であったらいいな、と。
そう、人知れず期待を寄せながら。
☆☆☆
――ふと、ステータスを眺めていた。
まぁ、色々と変わったことはあるけれど、どれも今まで使い古した――もとい、使い慣れ、熟練したスキルばかり。
しかしながらその中で、特に異彩を放っているのが全く身に覚えのない身体能力などのステータス部分と、称号の欄だ。
「……なんだ、これ」
レベルの欄には【王冠】との記述。
そしてその下に描かれるのは十の『座』だった。
その内の一つには煌々と燃え盛る炎のエンブレムが刻み込まれており、残りの空席は九つ。
これは恐らく、イフリートを倒した際に生まれ落ちた『石版』、それを示しているのだろうと思う。
しかし、それを前提にしたところでわからないのが称号欄だ。
【ÜこИФЮ$ΣϖЖБ】
見た途端に出た言葉が『……はい?』だった。
もう何が何だかわからない。暗号かとも思ったが、如何せんヒントの少なさに加えて、何かしらのヒントを元に解こうと思っても一連性が全く見えてこないのだ。
つまるところ、控えめに言って意味不明。
まぁ、推測くらいなら出来るわけだが、それにしたって確信に欠けるわけで……。
「crown……つまりは王冠に存在する十の空席。それを眷属の魂で埋めることで、この文字化け部分が明文化されていく――とか、そんな感じかな」
というか、現状じゃそれ以上の推測なんて出来っこない。
その事実に大きく息を吐いた僕はソファーに背中を預けて天井を見上げる。
王冠に、九の空席。
全くもって先の見えない旅になりそうだと、そう小さく苦笑いを浮かべて――ふと、僕の瞳を金色の瞳が覗き込んだ。
一瞬恭香かと思った僕ではあったが、その瞳に薄らと見える馬鹿っぽさにすぐさまもう片方だと確信した。
そんな僕へとニカッと笑った彼女は、僕の瞳を覗き込んでこう叫ぶ。
「白夜なのじゃ!」
「うん、知ってる」
いつの間にか復活した白夜は。
なんでか、鍵をかけてた宿屋の自室に現れた。
☆☆☆
「……で、何でここにいるんだ?」
僕の現在位置。
それはパシリアの街から遠く離れ、王都すら超えた、エルメス王国の北部に位置する小さな街。
そこにある小さな宿屋の一室であり、間違っても白夜が特定できるような場所ではなかったはずだ――というかそもそも。
「ついこの前まで瀕死だったけど、お前大丈夫なの?」
ついこの前――つまりは混沌戦が終わり、旅に出る前にお見舞いに行った時ではあったが、彼女は紛うことなき瀕死であった。
正直彼女の生命力は目を見張るほどであるが、それを抜きにしたってこの短時間でダメージが抜けきっているとは思いづらい。
――ならば。
内心でそう呟き、目の前で元気満々に胸を張っている白夜を見下ろし、その額へと力一杯にため込んだ凸ピンを打ち放つ。
その一撃は本来であれば躱せていたはずの一撃。にもかかわらず彼女は交わすそぶりを一切見せず、どころかクリーンヒットを見事に見舞われ、額を押さえて上体をのけぞらせた。
「な、何をするのじゃ! あ、新手のプレイかの!?」
「プレイじゃないし、大丈夫でもなさそうだな」
呟き、大きく息を吐きだした。
今の一件から分かる通り、白夜の体調は未だ完全に治りきっていない。
顔色から察するに、こうして歩き、話し、生活している分にはさほど問題はなさそうだが、それにしてもこと『戦闘』に関してはおそらく以前ほど力は出せないだろうと考えられる。
そう内心で呟き、小さく嘆息していると、はてと首を傾げた白夜は迷うことなく、僕の核心を突いてくる。
「……ぬ? それは主様……じゃなかった、ギン様とて同じことなのじゃ」
その言葉に、そして混沌戦から早一週間、僕が未だこんなところに居る事実を思い出して、そりゃバレるかと頬をかく。
「全能神から聞いたのじゃ。限界を超える魔力行使、加えて銀色の魔力の過剰使用、限界まで追いやられた肉体、加えて生きていることが奇跡じゃといっておったのじゃ」
――なら、その代償が何もない、というはずがない。
そう続けた白夜の言葉はかなり真剣味を帯びており、騙しきれないかな、と心のどこかで諦めた僕は、右手の裾を大きく捲り、右腕へと魔力回路を浮かび上がらせる。
現在を以て僕の以前の体――つまりはギルと、加えて『持っていた』という事実から辛うじて製作することのできた僕を除き、神霊王イブリースでさえ持っていないとされるモノ。それが魔力回路……なのだが。
スッと魔力を流し込むと、腕の魔力回路が浮かび上がり、紅蓮の回路が肩から指先へと流れてゆく。
――そして、バチッ、と弾かれる感触が響き、同時に小さな魔力爆発が巻き起こる。
「ぬおあっ!?」
至近距離で興味ありげにそれを見つめていた白夜はその魔力爆発に顔面を巻き込まれ、奇妙な悲鳴を上げて後方へと吹き飛ばされる。
見れば真っ黒になった顔から煙を上げらがらも白夜は愕然とこちらを見据えており、その瞳を見据え返して、僕は改めてその事実を口にする。
他でもない、僕が魔国へと行こうと思った、その理由。
それはもちろん眷属を探すため、でもあるが、いきなり一国目で眷属と出会えるはずもない。
故に、メインミッションはそれとは別に、もう一つ。
「――僕は今、魔力を一切使えない。だからこそ、魔王さんに直接聞きに行くんだ」
こと『魔法』に関しては並ぶものがいない、魔法の王様。
――通称、魔王。
彼女ならば、僕が魔法を使えない、どころか、魔力を一切使えないその理由にも行きつくことができるかもしれない。
故に僕らは目指している。
大陸一の魔法国家にして軍事国家。
――魔国、ヘルズヘイムという国を。
☆☆☆
その言葉に、白夜は一瞬、茫然と眼を見開いた。
「つ、つまりはアレかの……? 今のギン様……じゃなかった」
「主様でいいよもう……」
「――こほん、主様は、身体能力、魔力ともども、通常時の数割程度しか使えないと、そう言うことかの?」
……まあ、そう言うことになるのだが。
改めて言われると、なんか最終決戦に挑む前より弱体化してるんじゃないか? ということに気が付いてしまい、少しだけ気分が落ち込んでしまう。
魔力の使用制限……というか、禁止。
まったくと言っていいほどに前例のない事案であるがゆえに恭香やゼウスでもお手上げらしく、故に事魔力に関して言えば抜きんでた知識量を誇るといわれている彼女――魔王さんに知恵を借りようというわけだが。
「全能スキルでも知り得ないとなると……難しそうだよな」
そう、小さく肩を落としていた僕。
これからどうなるんだろうと、どこか茫然とため息を漏らした――次の瞬間。
「……ぬふっ」
――白夜の奇妙な笑みを見て、背筋に怖気が走り抜けた。
「のう、主様よ」
「……な、何かな、白夜君」
もう完全に名前呼びを諦めたらしい白夜は僕の言葉にニタリと笑みを深めると、じりじりと僕の方へとにじり寄ってくる。
この部屋は、小さな宿屋の一室だ。
白夜がじりじりと詰め寄り、それに応じてじりじりと後ずさる僕。
そんな光景が続けばどうなるか――そんなことは既に明白。
「――ッ!?」
ひざ裏にベッドの角が当たり、思わずベットに座り込む。
月光眼さえ発動できればこんな場所にベットがある事など分かっていただろうに。そう無い物ねだりをしていると、ガバリと、白夜がベッドの上に上がり込んできた。
「ちょ、ちょっと白夜……!?」
ギラギラと光るその瞳に、溢れる欲情を逃さないとばかりに口元を舐める艶めかしい赤い舌。
――あ、やばいかも。
今になって貞操の危機を感じた僕は咄嗟にベッドの上から避難しようと体を動かす。が、ガシッと両手首を白夜の両手に取り押さえられ、脚と足の間に膝を入れられる。
「――そんな弱り果てた姿を見せて……、襲ってくれと言っておるのかの?」
いや、これ普通男女逆じゃない? とか。
いや、ちょっとまだ昼間ですけど白夜さん、とか。
言いたいことはたくさんあるけれど、とりあえず一言。
僕はニコリと彼女へと笑いかけると、大きく息を吸い、声の限りにこう叫ぶ。
「お、犯されるうううう!! た、助けて恭香あああああああああああああ!!」
その後、僕からの救援コールに大急ぎで買い物から帰ってきた恭香によって白夜は取り押さえられたわけだが、残念ながら、口元周辺は完全に凌辱の限りを尽くされた。




