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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
いずれ最強へと至る道
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終章―17 約束

「がアアアアアアッ!」

「はアアアアアアッ!」


 両者の唸るような、吠えるような咆哮が響く。

 二人の拳が交差し、両人の顔面が大きく跳ね上がる。

 鮮血が弾け、痛みが突き抜ける中、混沌は歯を大きく軋ませる。


(く……、吸収できない、かッ)


 薄らと、彼の体の表面を覆っている銀色の魔力。

 開闢のそれとは違う――生命の燈と才能の鎖からの解放、そして新たな器を得たことで完全に解放された、全く別の『何か』の魔力。

 その魔力を吸収しようとすれば、途端に頭蓋へと警鐘が響き渡る。

 まるで雷で撃たれたようなその感覚――おそらく、関わらないが吉、ということだろう。

 ――控え目に言って、正体不明。

 理解不能極まったその魔力、それが体の内に流れているとなると、混沌をして以前のような吸収することをためらってしまう。


「チッ……、ならばッ!」


 混沌はギュッと拳を握りしめると、キッとギンの姿を睨み据える。

 吸収できないのなら、しなければいい。

 押せば倒れそうじゃないか、もう瀕死じゃないか。

 ならば、押して、押して、今度こそ跡形もなく殺し尽くせばそれでいい。

 押せ、押せ。

 相手が一発、拳を絞り出すよりも先に。

 こっちの一撃を、叩き込め……ッ!


「ハアッ!!」


 ギンの拳へと、強烈な一撃が叩き込まれる。

 直後に腹へと混沌の膝が鋭く突き刺さり、くの字に折れ、下がった顔面をアッパー気味に拳が跳ね上げる。


「……ァッ」


 声にもならない悲鳴が漏れる。

 噛みしめた歯の隙間から鮮血が溢れ出し、たたらを踏んだその足が、ガクリと力なく折れてゆく。

 ――勝った。

 今度こそ、倒した。

 そう確信し、ニヤリと口角を吊りあげた混沌は――けれども直後、射るような視線を感じて愕然と眼を見開いた。


「は、アアッ!」

「――ッ」


 もはや精彩さ、などという言葉からはかけ離れた、大振りの拳。

 それをスッと身を引いて躱した混沌は、咄嗟に拳を握りしめ――そして、その煌々と光を灯す瞳と視線が交差して、思わず体が硬直した。

 そこに映っていたのは――純粋な、勝利への渇望だった。

 ギラギラと瞳の奥でくすぶるその炎に、混沌は強く拳を握りしめ、ギュッと、噛み砕くほどに強く歯を軋ませた。


(……この、眼だ)


 どこまで行っても、敗北を微塵も信じないその瞳。

 勝利の可能性は残っている、と。

 まだ、その道筋は残っている、と。

『諦める』ということを知らない瞳。

 その瞳をしている奴は、決まって意地でも止まらない。

 その相手を止める方法は、ただ一つ。


 ――息の根を、止めること。



「――ここで、死ねッ」



 瞬間、鋭い拳がギンの顔面へと突き刺さる。

 その抉るような一撃はギンの顔面を大きく歪め、頭蓋を軋ませ、骨を砕く。

 ぶしゅっ、と鮮血が吹き出し、ギンの体が大きく後方へと仰け反る中。



 ――ふっと、その瞳から『光』が失せた。




 ☆☆☆




 暗闇の中を、走っていた。

 息を切らせながら、口の端から滲む血を啜りながら、筋肉が千切れ、骨が砕け、痛みに呻き声をあげそうになる中。

 必死に口を真一文字に結び直し、ただ走り続けた。


『はあっ、はあっ、はあっ』


 どれだけ走ったか、もう分からない。

 ただ痛みだけが、体の内を占めていた。

 裸足で駆ける大地は茨に満ちており、一歩踏み出す度に鋭い痛みが足を貫く。

 空気は毒で出来ている。肺が空気を求めて呼吸を求める度に、体の内へと刺すような空気が入り込み、肺や食道を焼いてゆく。

 体には無数の腕がへばりついている。必死に前へと進もうとする体を押さえ、ひっぱり、全力で前進の邪魔をしてくる。

 けれども走り続けていられるのは、すぐそこに扉が見えているから。


 ――もうすぐ、ゴールだ。


 この地獄も、これで終わる。

 ゴールが見えて、酷く心が揺さぶられるのを感じる。

 それでもいい、これで終わりなのだから。

 そう笑って茨を踏みしめ、毒を喰らい、手を振り払って前へと進み、扉へと右手を触れて押し開く。



 ――そして、絶望する。



『あ、ああ……ッ!』


 そこに広がっていたのは、茨の道だった。

 それも、今まで以上に過酷な、登り坂だ。

 足元にはより鋭く、足ではなく脚を貫くような長い茨の棘が延々と続いており、虚空を漂う毒素は紫色をさらに強くし、小さく伸ばした右手が変色していくのが見えて、すぐに腕を引っ込めた。

 視線を遠くへと投げれば、遠くの方に小さく、豆粒のように次の扉が視界に入り、そこに至るまでの道中には、魑魅魍魎が跋扈していた。


 ……ここは、地獄だ。


 改めて確信する。

 ここは、地獄なんだと。

 なんだこれは、なんだこの道は。

 僕を、どこへ誘おうとしているんだ。


『誰だ……、誰だっ! 誰だ僕を、僕をこんな場所に……ッ!』


 そう叫んで、すぐに気がつく。

 ああ、ここに来たのは、自分の意志だったんだと。

 そう気づいて、後戻りはできないと知って。

 僕は大きく歯を食いしばり、右手に白銀の剣を生み出した。


『……けろ』


 呟き、一歩前へと踏み出した。

 肌が焼け、喉が焼け、肺が焼ける。

 足から脚へと痛みが貫き、鮮血が溢れる。


『……退けろ』


 一歩、一歩と歩き出し、走り出す。

 白銀の短剣を構えて、ぎゅっと握りしめて。

 駆け出しながら、声の限りに叫びをあげる。


『僕の前から、退けろッ!』


 魑魅魍魎が迫り来る度、剣を振って切り刻む。

 要らん、要らん、何もかも必要ない。

 だから、はやくゴールさせてくれ。

 はやく、僕を楽にさせてくれ……ッ。

 叫んで、駆けて、扉の前へとたどり着いて。


 扉を開けて、また絶望した。

 絶望して、怒りを抱いて。

 激情のままに、その道を駆け抜けた。

 扉は見えている。

 ずっと、視界にとらえている。

 なのに。


 開けても。

 開けても、開けても。

 開けても、開けても、開けても。


 どれだけ開けても、先に広がるのは絶望ばかり。


『ぜ、はあっ、はあっ、はあっ……』


 荒い息を吐き出して、変わり映えのしない――どころか、徐々に地獄へと突き進んでゆくようなその道に、変わらぬ豆粒みたいな遠くの扉に。

 ――ポキリと、何かが折れた音がした。

 泣きそうに顔を歪めて、その場に膝から崩れ落ちる。


『……んで』


 なんで。

 なんで、終わってくれないんだ。

 こんなにも頑張っているのに。

 こんなにも、必死になって進んでいるのに。

 なんで、終わってくれない。

 なんで、誰も見てくれない。知ってくれない。

 なんで、なんでなんで……。


 ……なんで、僕はこの道を歩いてるんだっけ。


 ふっと、瞳から光が消えた。

 ああ、もう諦めよう。

 この道は、僕には進めなかった。

 こんなに頑張ったんだ。

 たとえ誰も知らなかったとしても、別にいい。

 頑張ったって、自分が認めてればそれでいい。

 だから、もう楽になろう。


 心が、死んでいくのを感じた。

 壊れ果て、冷たくなってゆくのだ。

 冷たくなるにつれ、双眸からは肌の焼けるような熱い涙がこぼれ落ち、頭の中が真っ白に塗り潰されてゆく。

 心の奥底に積み上げられていた負の感情から成る巨塔が崩壊し、涙が蛇口を捻るかのように溢れ、吹き出してくる。

 さあ、もう全てを諦めて、楽になろう。

 そんでもって――



『幸せになってよ』



 その言葉が、脳裏に響いた。

 小さく顔を上げると、目の前には金色の煌めく誰かが立っていた。


『……誰だ』


 その問いに、その金色は応えない。

 ただ、崩れ落ちた僕の前にしゃがみこみ、僕の手をぎゅっと、両手で握りしめてくる。

 ――ああ、あったかいなあ。

 その温かさに、心地のいい温もりに、なんでか涙がさらに溢れた。


『いいよ、諦めても』


 その声に、閉ざしていた瞼を薄く開いた。


『私の願いは、貴方と、皆と、楽しく暮らしていくこと。だからいいよ、諦めても』


 その言葉を聞いて、すぐに諦めると言いかけた。

 けれども、それに被せるように告げられた言葉に、なぜか声が詰まった。



『――貴方が、それで納得できるなら』



 自分が、この結果に納得できるか。

 その言葉に、拳を握りしめる自分がいた。

 視線を上げる。

 その金色の先には、延々と続く茨の道が存在しており、それを見て、体へと視線を落として、どうしてか笑みが零れ落ちた。


『……でもさ、僕はもう――』

『もう歩けない、でしょ』


 そう、どこかで聞いた台詞が耳朶を打つ。

 もう歩けない、ならどうする。

 そう彼女へと視線を向けた僕へと、彼女は笑ってこう告げる。



()()()()()()()、結婚しようよ』



 頬を、一筋の涙が伝った。

 今僕は、どんな表情を浮かべているだろうか。

 分からない、分からないくらい恥ずかしい顔をしているんじゃないかと思う。


『貴方が生きる意味を見いだせなくても、私には貴方が必要なんだよ。そのねじ曲がった自己犠牲が大嫌いでも、私はずっと貴方の隣にいて、私が貴方を幸せにする』


 だから、と。

 そう手を差し伸べてくる彼女の姿に、ふっと笑ってしまう。



『だから、さ。幸せになってよ。ギン』



 その言葉に、その姿に。

 僕は笑って、その手を取った。

 この地獄のような一本道。

 けれどこの道を踏破しないと、僕は決して幸せにはなれない。

 だから進めと、力技で僕の手を引いてくれる彼女は、天使か悪魔か。

 ……いや、きっと後者だろう。それも、ものすごーっく性格の悪い悪女だな。僕と同等か、それ以上に性格が悪いと断定できる。一体誰に似たんだか。


『……ほんと、嫌な女』

『知ってるよ。自分のことだもん』


 そう笑った彼女は、小さく笑って僕を見上げる。


『それとも、そんな彼女はお嫌いですか?』


 冗談のようにそう問うた彼女に対し。

 僕は彼女の頭をくしゃりと撫でて、相好を崩してこう返す。



「いんや、世界で一番大好きだ」




 ☆☆☆




 その一撃がギンの顔面へと突き刺さり、大きく吹き飛ばされた彼の体は、ぐしゃりと音を立てて地面へと横たわり、それを見て、混沌は強く拳を握りしめた。


「……」


 まだ、死んでない。

 たとえ気絶していたとしても、今意識がなかったとしても。

 それでも、想いを断ち切らない限りは立ちあがる。

 無意識にでも、立ちあがってくる。

 無言で彼の前へと歩を進めた彼女は、仰向けで倒れ伏す彼の上に馬乗りになると、血まみれの顔面へと拳を振り上げ――そして、振り落とす。

 鈍器で殴りつけるような、生々しい音が響いた。

 ぶしゃりと地面へと鮮血が飛び、それを一瞥した混沌は、もう片方の拳を振り上げる。

 ――そして、振り落とす。


「……ね、死ね……ッ」


 もう、事切れろ。

 全てを諦め、楽になれ。

 そう言わんばかりの容赦のないの連打。

 それらは顔面を強かに打ち付け、その度に鮮血が弾け、嫌な音が響き――



 ――そして、混沌の胸ぐらへと右腕が伸びた。



「――ッ!?」


 自らの胸ぐらをつかみ上げたその右腕に大きく目を見開いた混沌は――直後、自らの顔面へと直撃した左拳に、突き抜けたその痛みに呻き声を漏らし、上体を大きく逸らし、中腰に立ちあがる。

 途端に腹へと脚が蹴り込まれ、それに息を詰まらせた混沌は大きく後ずさり、思わず地面に座り込む。


「な、なッ……な、ぜ――ッ!」


 鼻から噴出した鮮血を拭い、視線を上げる。

 そこには満身創痍ながらも、それでも立ち上がり、依然として衰えることのない煌めきを見せる瞳で混沌を睨み据えるギンの姿があり、その姿に、混沌は大きく歯ぎしりした。


「……そう、だったな。貴様はそう言う男だった」


 殺しても死なない。

 幾ら殴り、勝利を確信したところで立ち上がる。

 それがギン=クラッシュベルという男だった。

 そう内心で呻き、立ちあがる混沌を前に、ギンは瞼を閉ざして大きく息を吸い込んだ。

 もう、魔力なんてほとんど残ってない。

 月光眼は既に使用していない。魂に関しても支配は出来ず、加えて体もボロボロ、骨が砕けている場所なんて両手の指じゃ収まらないだろう。

 それでも、やっぱり譲れないものがある。


「……約束だけは、まもらなきゃ、な」


 そう呟き、小さく背後の存在へと視線を向ける。

 彼女と交わした、一つの約束。

 そのためだけに、彼は再び歩き出した。

 彼女のために生きると。

 幸せを求めて、走り続けると。

 そう誓って再び歩き出した、なら道半ばで足踏みなんてしていられない。



「……これだけ頑張ってんだからさ、終幕(ハッピーエンド)じゃなきゃ嘘ってもんだろうがよ」



 そう呟き、彼は口の端を大きく吊り上げた。

 満身創痍、既に殺気など放てやしない。

 けれども握りしめたその拳を混沌へと突きつけ、笑って見せたその体からは、不思議とえも言えぬ威圧感が迸っていた。

 膨れ上がる威圧感(プレッシャー)に、かつても感じたその感覚に。

 大きく顔を歪める混沌へと、ギンは笑ってこう告げる。




「――これより、執行を開始する」





ちなみに『影―090 愚か者』参照です。

次回『想いの強さ』

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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