終章―10 独裁魂域
銀色の煌めき。
周囲の空間が、空間に漂う『ソレ』が途端に色付き、銀色の輝きを周囲へと撒き散らす。
その現象に混沌は大きくを目を見開きながら剣を握りしめており、その姿にフゥと大きく息を吐いた。
「――クロエ」
ふっと、名前を呼んだ。
途端に僕の背中から巨大な二本の『腕』が召喚され、ぎゅっと拳を握りしめる。
――部位顕現化。
単純計算で手数が二倍。
それを前にさらに警戒心を顕にした混沌を眺めていると、頭の中に声が響いた。
『おいおい、これはあのフカシ野郎との戦いでも使ってなかった奥の手だろ? こんな初期で使っちまっていいのかよ』
そう問い掛けてきたのは、聖獣白虎こと、クロエであった。
そのぶっきらぼうな声の裏には確かな『心配』が隠れ潜んでおり、彼女の声に笑ってこう返す。
「なに、どうせすぐに使えなくなる」
アルファとの戦闘中ですら一度として使うことのなかったこの力。
まぁ、正直戦闘中に使うのは初めてのことで、訓練として一人で練習していたことしかないこの技術……というか、力というかなんというか。
まぁ、名付けるとしたら――そうだな。
「――『独裁魂域』、って感じか」
autocracy
英訳すると、【独裁権】だったか。
なんとこの能力に相応しい言葉だろう。
そう思えるほどにこの能力は強力無比にして、その上でまだ『上』が残っていると来た。
なれば、使わぬ手はないだろうさ。
「……魔力? いや、確かに魔力も含まれているが――」
そう、僕へと注意を払いながらも周囲の輝きへと視線を向けている混沌へと、スッと剣を屋根へと突き刺し、手のひらを突きつける。
その動きに見るからに警戒心を剥き出しにした混沌ではあれど、残念ながらこれは躱せない。
精神的にではなく、物理的に。
「――絞め殺せ」
呟き、ぎゅっと拳を握り締める。
途端に混沌の首元へと手のような跡が描き出され、それに違和感を覚えた混沌は――次の瞬間、まるで首を絞められたようにして苦しみ出す。
「が、ぁ……ッ。こ、これ、は……!」
「まぁ、ネタバレしても対処法ないから、姉の顔に免じて教えてあげようか」
そう笑った僕は、数十メートルの距離を開けながらも首を絞めるようにして拳へとぎゅっと力を込め直し、それに応じるようにして混沌の首元へと濃いアザが刻まれた。
「――僕はね。魂が大き過ぎたらしいんだ」
その言葉に、困惑げな混沌の視線が突き刺さる。
「蘇った時、この器に魂が全く入り切らなかった。この内に入り込んだ魂は……、多分総量の内の一割くらいかな。まぁ、魂が『分離する』なんてことはイレギュラーを除いてあるはずも無く、一割を除いた残りの九割の魂は無理矢理にでも器の中へと入り込もうとした」
そこまで言って、ふと思いだすのは、かつて帝国で出会った少女と少年の姿だった。
その少年の罹っていた病の名は――魔力病。
生まれながらにして魂、つまりは魔力の総量が多く、魔力制御を覚える暇もなく器を魔力が破壊し続ける――と、簡単に言えばそんな感じの病だ。
まぁ、それは魔力制御を無理矢理に覚えさせれば万事解決なのだが、今回の『魂の過多』はその程度で収まる問題では決してなかった。
なにせ、魂が体に九割近く入ってないのだ。
なんということだろうか、僕の体の中には一割分の意識や記憶しか残っておらず、それ以外はぜーんぶ外に浮遊している。しかもそれらがこの身を食い破ってでも中へと入ってこようとするのだ。無理にそんなことをすれば内からぼふんっ、と爆発するのが目に見えているというのに。
さてどうしたものか。
一割の意識の中、僕は考えた。
考えて考えて。考え続けて。
そうしてはたと、考えついた。
「あぁそうだ。どうせ入らないのなら、素直に九割は体の外に止めておけばいい、と」
あの刹那、微かな意識の中で僕が行ったのは、魂の分別だった。
魂は基本的に分離しない。
故に、分離せずに分別した。
魂が体の内に入りたがっていたのは単に、未だ空中を漂う魂の中に僕の『自我』が残っていたからだ。
なれば、僕の自我とそれ以外の魔力を、完全に分別し、分離せずに棲み分けさせればいいだけのこと。
そうして至った結論はただ一つ。
「一割の自我を体の中へ。それ以外の九割の魔力を体の外へ、ってね」
その言葉に、混沌が目に見えて驚きを顕にした。
「ば、馬鹿な……! な、ならば、今の貴様の魔力は――」
「正解。今の僕の魔力は、完全なる【ゼロ】だ」
そう笑って、スッと腕を振り払う。
瞬間、振り回されるようにして吹き飛ばされた混沌は居城の尖塔の一角へと頭から突き刺さり、その衝撃で塔がボロボロと崩壊していく。
けれどもダメージ量としては今一つだったのか、その瓦礫の中から姿を現した混沌は『範囲外』から僕の姿を見て、愕然と目を見開いた。
今の僕は、完全に魔力を失っている。
なにせ、この器には僕の自我しか入らない。
故に、魔力を司る魂は全て、隠して隠蔽して偽装して、この身の周辺へと纏わせた。
そしてそれを巨大な『一つ』の魂と見なせば分離したことにはならないだろうし、普段は隠蔽が解除されないよう、少しずつしか使えないそれらの魔力ではあれど、もしも隠蔽すら解除して良いのであれば。銀色の魂を、表に出して良いのであれば。
その時は魔力など好きなだけ取りだし放題、使用し放題。しかも僕の体の一部と見なされて常時回復も残ったままと来た。
総魔力量は今まで通り――否、今までよりもはるかに多く。
加えて周囲の空間そのものを魂で支配しているようなものだ。
――故に、何でもできる。
なにせ、自らの魂の中なのだ。
なればそれは、対象を胃の中に収めたのも同意だろう。
そう笑って屋根へと突き刺した剣を抜き放ち、その切っ先を混沌へと突きつける。
恐らくは、僕の身体にまとわりつく銀色の魂を視認できているのだろう。でなけりゃあんなに驚かない。
「さて、そろそろ本気を出したらどうだ?」
最強の後衛にして、いざ近接戦闘に持ち込もうと思えば、その時点で魂の支配下……いや、【独裁下】へと踏み出さざるを得なくなる。
自分のことながら、全くどうやって勝ったらいいのか甚だわからないくらいの反則具合ではあれど。
「まさか、これで終わりじゃないだろう? 元最強」
そう続けて、僕は笑ってみせた。
☆☆☆
じっと、混沌を睨み据える。
正直この程度で終わったら期待はずれ……と言うより、無駄に疲れなくて結構極まりないのだが。
そう思いながら、もうそろそろ勘弁してくれませんか、と。そろそろ姉弟喧嘩終わりでいいんじゃないですか、と。そう内心で点に祈った僕ではあれど。
「――く、ククッ……! そう来なくては……ッ」
そんな声が聞こえてきて、何だか憂鬱になった。
知ってましたとも。血こそ繋がってなくても僕の姉ですもんね。戦闘狂じゃないわけが無かった。
思いながらも、大きく息を吐き出すと、左手に持った黒剣を十字杖へと変形させる。
『ご主人様、如何しますか?』
「あぁウル。とりあえずは超弾幕お願いするわ」
そう言って虚空へと杖を軽く投げると、ふわりと空中に浮かび上がったその十字杖を中心として無数の魔法陣が浮かび上がる。
――渦動魔法陣。
一つ一つが回転し、銃弾のようにして魔法を打ち込む凶悪極まりない魔法陣。加えてそれらには決まって――絶対破壊属性が刻まれている。
加えて、僕からも追い討ちをば。
「――顕現化・太陽神器『疫病の陽弓』」
かくして僕の手に現れたのは、紅蓮の大弓。
かつて戦闘中に僕が破壊したアポロンの神器ではあれど、どうやらアポロンが再び作ってくれていたらしく、その精度や威力は以前にも増して凶悪極まりない。
『ふふんっ! 私が作ってあげたんだから、せいぜい感謝しないと燃やすわよ!』
「はいはい――ッと!」
構えた弓から紅蓮の矢が放たれ、それを見た混沌は黒い魔力を纏ったその腕で矢を弾き飛ばした。
そして、腕を振り払った混沌へと向けて放たれるは、無数の魔法陣から放たれる超弾幕。
血色の光線が爆音のように音を立てて上空へと放たれ、それが次の瞬間、雨のようにして混沌の周辺へと降り注ぐ。
腕を振り払ったことによりほんの一瞬、行動の遅れた混沌はガバッと上空を仰ぎ見ると、小さく舌打ちして――ガッと、こちら目掛けて空を駆けた。
恐らく遠距離戦だと勝ち目はないと思ったのだろう。もちろんそれに関しちゃ異論はない。僕に遠距離線で勝てるなんて化物は魔王さんくらいだろう。
――ということで、近距離戦に持ち込むのは正解ちゃあ正解なんだが。
「はいどーん」
魂の中へと足を踏み入れ、眼前へと迫った混沌。
そんな彼女へと、待機させておいたクロエの両手を叩きつけた。
「が……ッ」
あまりの威力に呻き声が溢れ、何とか両腕でその一撃を受け止めた混沌ではあったが、膝を屋根へと付き、その動きは完全にその場へと縫い付けられている。
遠距離で戦えば弾幕と毒の矢が。
中距離で戦えば魂による支配が。
近距離で戦えば物理攻撃が。
もはや死角なし、と言ったくらい整った迎撃体制。
これを前に下手に手を出せばどうなるか。
「さて、チェックメイトだ」
スッと、目の前の混沌へと矢を番える。
キリキリと引き絞られる弓が嫌な音を鳴らし、眼前に構えられたその弓に、混沌は大きく目を見開いて――
「――やっと、近付けた」
そう笑った混沌から、膨大な魔力が溢れた。




