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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
いずれ最強へと至る道
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終章―08 お前よりも強いヤツ

 意識を刈り取るような、拳だった。

 ()()()()。こんなにもえげつない拳を受けたのは。

 腫れたまぶたを薄く開き、仰向きに天を見上げながら、そう思った。


 ……やっぱり、こいつ、強いわ。

 正直、勝てるだろって、舐め腐ってた。

 努力はしてきたつもりだった。

 根性も精神力も、負けてないつもりだった。

 けれど、最後の最後で、努力の差が出た。


 ――努力の差。


 正確にいえば、【努力】にどれだけ時間を費やしてきたか、の差だ。

 そう考えると、思わず笑ってしまう俺がいた。

 よく考えれば分かる事だろうがよ。

 俺とクソ悪魔じゃ、()()()()()()()()()()()()

 俺がニ十年ぽっちしか生きてねえのに対して、このクソ悪魔は今、一体何歳だ。

 ……分かんねえ。

 分かんねえくらい圧倒的な努力が、垣間見えたんだ。


 あの刹那。

 俺を襲ったのは、あいつが積み上げてきた圧倒的な苦悩の数々。

 それらの想いが、努力の記憶が、まるで濁流のごとく俺の意識をのみ込んだ。

 溢れかえったそれらに溺れぬようにと、溺死しないようにと。

 そう足掻いているうちに――目の前には、拳が迫っていた。

 そんで、今に至るってわけだ。


 ったく、とんだ化け物がいたもんだ。

 まさかこの世界に俺より強い奴がいるなんざ、思ってもいなかった。


 ……思っても、居なかったんだ。


 思い出すのは、世界樹での光景だ。

 俺の視界に映ったのは、傷を負い、倒れ伏した一人の男と、傷だらけになりながら、それでもひたすらに【前】を見据え続けた一人の男の姿だった。

 そんでもって、一目で分かった。


 ――ああ、コイツら、俺より強いわ、ってさ。


 勝負にはなるはずだ、けれど、勝てるとはどうしても思えなかった。

 故に、あの場で挑もうと思えなかった。

 素直にあいつの言うことに従って、動いてしまった。

 と、そう考えてふと思う。


 ()()()、って誰だっけ。


 アイツだよ、アイツ。

 あのいけ好かないクソ男。

 どんなに頑張っても、どんなに努力を重ねても。

 気がついた時にはもっと距離が離されている、いけ好かねえもう一人の化物。


『命名してやろう。今日からお前は【フカシ】だ』


 ウザったらしい、その言葉を思い出した。

 あれはいつだったか。

 クロスカウンター、ってのを初めて見た日はいつだったか。

 初めて体の芯に響く拳を受けたのは、いつだったか。


 ――人体を壊すためだけに生み出された拳を初めて受けたのは、いつだったか。


 そう考えて、ふと笑ってしまう。

 ああ、俺の根底にあるのは、あの日の敗北だったんだと。

 あの敗北から、全てが始まった。

 何もかも、成長も苦悩も努力も何もかも。

 あの拳の痛みに、絶対に忘れられないあの痛みに。

 窓から見える月だけが話し相手だったあの部屋から、俺を殴って吹き飛ばしてくれたあの男に。



 ――怒りとともに、憧れたところから、全部始まったんだ。



 むしゃくしゃとそう吐き捨てて、俺は笑った。




 ☆☆☆




 荒い息を吐き出して、サタンは大きく拳を震わせた。

 勝った。

 勝利した、俺はこの男を相手に――勝利をもぎ取った。

 濁流のような歓喜の渦がサタンの体中をのみ込み、サタンは口角を吊り上げた。


「は、ハハハ、ハハハハハハハハハ! 勝った、勝った、勝ったぞ俺は! 勝利した、俺はこの男に、この男を相手に勝利をもぎ取った……ッ!」


 笑い、笑って、アルファの背を向けて感情のままに歩き出す。

 走るように、体全身で勝利の甘味を味わったサタンは、ぐっと天へと向けた拳を突き上げた。

 途中、ダメかと思った。

 何度諦めようと思ったか知れない。

 何度、痛みに挫けそうになったか知れない。

 けれども、その度にあの言葉を思い出した。


「……足掻いたところで、勝利できる確証はどこにも無い。けれど、それでも。勝てなそうだからと途中で諦めることの何倍もいい。なにせ『可能性』はあるんだから……、か」


 その言葉を思い出し、復唱し。


 ――そして、背後から溢れた笑みに、思わず体が硬直した。


「な――」


 愕然と目を見開き、背後を振りかえる。

 そこには血に塗れた左腕を力なく下げながら、それでも立ち上がった、アルファの姿があった。

 その姿に、咄嗟に言葉が詰まる。

 あり得ない、あり得るはずがない。

 なにせ限界など既に通り過ぎている。我慢や根性など既に役に立たない境地すら既に越え、気力で体を支えるのがやっとのところまで来ていたはずなのだ。

 そして、それはサタンとて同じことであり――


 何より、今の拳はその『気力』を断ち切るには、十分すぎたはずなのだ。


「な、何故、そこに立って……」

「……ハッ、何故ってか」


 そう笑い飛ばすアルファの姿からは、もう余裕など垣間見えない。

 それでもなお、えも言えぬ威圧感がその体中から迸っており、未だ煌々と燃え続ける炎を瞳に宿したアルファは、口角を吊り上げて立った一言。



「――お前よりも強いヤツを、知っているから」



 その言葉に、サタンの瞼が限界まで見開かれた。


「お前の拳より、重い拳を知っている」


 そう笑ったアルファは、ぐっと拳を握りしめる。

 未だ、鮮明に覚えている。

 ……いや、忘れられないといった方が正しいか。

 アルファは、一度敗北した。

 とある男に、生まれて初めて敗北した。

 その拳は鮮烈で、強烈で、凶悪で。

 人を壊すためだけに特化した、勝つためだけの拳だった。

 引き分けでも何でもなく。


 ――自らを、木っ端みじんに惨敗させた、その拳。


 その拳を思い出して、心の底からこう思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。


「……来いよ、クソ悪魔。そんなぬるい拳じゃ、俺の命にゃあ、届かねえぞ」


 その言葉に、まるで自らをコケにされたような激情を抱いたサタンは、拳を握りしめ、アルファの顔面へと容赦なく振り落とした。

 それは寸分たがわずアルファの側頭部(テンプル)を撃ち抜き、体の芯を貫くような一撃にアルファの体が崩れ――けれど、歯を食いしばって踏みとどまる。


「……ッ!」


 スッと、アルファの拳がサタンの姿を睨み据える。

 その瞳に映っていたのは、純然たる闘志。

 微塵も揺らがぬその意思に、まるでこの程度かと囁くようなその光に、サタンは噛み砕かんばかりに歯を食いしばり、血が滲むほど強く拳を握りしめた。


「うおアアアアアッ!!」


 サタンの咆哮が轟く。

 それは怒りの咆哮でもあり、孤独な喊声でもあった。

 唸りを上げて空を切り裂いたサタンの拳がアルファの腹に突き刺さり、アルファのうめき声とともに彼の体が十数センチ浮き上がる。

 そして、そこに打ち付けられた右のフック。

 アルファの頬を撃ち抜いたその拳からは彼の顔面の骨を砕く嫌な音が響き渡り、舞い散った血しぶきに、その音に、感触に、サタンは今度こそ自らの勝利を確信した。


 ――が、すぐにそれは『過ち』だったと気づかされる。


「う、オオオ、オオオあああああああッ!!」


 断続的な声が轟き、サタンの顔面へとアルファの拳が突き刺さる。

 敗北どころか、逆に殴り返してきたその気勢――否、これは気勢などという範疇に収まるものではない。


(なん……ッ、何なんだ、この男は……ッ!?)


 顔面に響いたその痛みに大きく顔をゆがめながらも、サタンは愕然とたたらを踏む。

 間違っても、死にかけの男が放てる拳ではない。

 これは明らかに、生きた拳だ。

 純然たる殺意が籠った、人を撲殺し、打ち倒すための拳。

 と、そこまで考えて、サタンはこの拳に、どこかで覚えがある事に気がついた。


「この……、拳は――ッ」

「ラあッ!!」


 サタンの腹へとアルファの拳が突き刺さる。

 体の芯どころではない。

 体の内に存在する、人体の急所たる内臓。

 それを寸分たがわず撃ち抜きに来たその一撃に、サタンは苦痛に顔を歪めながら、その拳を使っていたある男の姿を思い出す。


(ま、まさか……)


 アルファへと視線を向ける。

 そこには半身になって重心を落とし、両拳を構えるアルファの姿があり、その姿に、その体中から溢れ出す膨大な威圧感に、咄嗟にサタンはアルファへと右拳を振り落とす――

 次の瞬間、コンパクトに放たれた左の打突がサタンの顎を見事に撃ち抜き、それに怯んだその一瞬、アルファはスッとサタンの懐へと潜り込み――


「『神速の絶掌(デウスインパクト)』……ッ」


 轟ッ、と。

 サタンの鳩尾へと、アルファの掌底が叩き込まれた。

 それは足腰のバネを利用し、肩から腕の捻りまで加えられた一撃であり、それは、とある男がアルファとの戦闘中に行って見せたものだった。


「が……ッ、こ、この……ッ!」


 その体中に雷が走り抜けたような激痛に、呼吸困難に強制的に陥らせる凶悪極まりない一撃に、サタンはかすれた声を響かせながら、ぐっと左拳を握りしめる。

 かくして放たれるのは、致死の一撃。

 体中に残った一握りの魔力。

 それを振りしぼり、全力を賭けて作り上げた『悪魔の絶拳(サタンブロー)』。

 紅蓮の魔力が大きく唸りを上げて拳に纏わりつき、サタンは、迷うことなくその拳を振りおろす。


(今だ、今、この瞬間、このタイミング……ッ! 奴が大きな一撃を放ち、勝利を確信したその瞬間こそが……俺に残された最後の勝機――ッ!)


 空気を切り裂くようにして、その拳がアルファの頭蓋へと吸い込まれていく。

 鳩尾を寸分たがわず撃ち込み、すぐさま反撃に移るなど常人には考えられない行動だ。

 故に、アルファもまた油断、というほどではないが、それでもこの体力の残り少ない中、休息できるほんの一瞬。ほんの刹那。

 奴は無意識に気を緩ませ、ほんの少しだけ注意を欠いた。




 ――と、そう思っていた。




「根ッ、性オオオオオオオアアァアアッ!!」



 咆哮が響き、サタンの拳が――空を切った。


「な――」


 アルファの顔面、その真横を切り裂くようにして通り抜けた拳にサタンは愕然と目を見開き――そして、側頭部(テンプル)へと槍のように鋭い拳が突き刺さる。



「『神速の絶槍(デウススピア)』アアッ!!」



 二度目の、クロスカウンター。

 それは一度目のそれほど威力に長けているわけではなかったが、それでもあまりある一撃にサタンの膝が崩れ落ち、そこにアルファの左拳が突き刺さる。

 顔面に深々と突き刺さったその拳。

 鈍器で殴りつけたような鈍い音に混じって骨が砕ける嫌な音が響き渡り、サタンの顔面からぶしゅっと鮮血が吹き溢れた。


「おおおおおおオオオアアアアアアッ!!」


 されど、止まらない。

 鮮血に塗れ、虚空へと焦点の定まらない視線を漂わせるサタンへと、さらなる拳が叩き込まれる。

 押せ、押せ押せ押せ押せ……ッ!

 限界まで拳を叩きつけろ。

 筋肉が張り裂け、千切れようとも拳を止めるな。


 心の内に刻み込まれた、魂の一撃を叩き込めッ!


「ラアァッ!」


 短く声が響き、顎ごとサタンの体が跳ね上がる。

 がら空きになった腹へと拳が突き刺さり、くの字に折れたサタンの額に――自らの頭を叩きつけた。

 突き刺さるような痛みが返ってくる。

 それでも止まらない。

 ――一ミリたりとも、怯まない。

 その姿を、半ば消えかけた意識の中、ぼんやりと見つめていたサタンは。

 まるで『自分ではない何者か』と戦っているようなその姿に。

 遥か高みを見据えたように、煌々と闘志を滾らせるその瞳に。

 サタンは、ふっと笑みを零した。



「――天晴れ、なり」



 呟くと同時、叩きつけるようにしてサタンの顔面へとアルファの拳が突き刺さる。

 鮮血が溢れ、サタンが白目を剥いて血に倒れ伏す中。

 アルファはギュッと拳を握りしめると、倒れ伏したサタンを見下ろしてこう告げた。



「……悪ぃな。俺ァこんなところで、立ち止まってなんかいれねえんだよ」



 かくして、大悪魔サタンと戦神王アルファの戦いは。

 一戦目を引き分け、二戦目にて後者の勝利にて、幕を閉ざした。




 ☆☆☆




 荒い息が響く。

 周囲の大地は既に大きくヒビ割れ、真っ赤な鮮血で染まり果てており、その大地に膝をついたアルファは、遠くから響いた巨大な魔力の奔流に、大きくため息を吐いて振り返る。


 そこに在ったのは――【銀】と【黒】の魔力の塊。


 それが嵐のように周囲へと吹きつけ、そのたびにこの世界が悲鳴を上げ、壊れ伏していくのが傍目にも分かった。


「……クソが。……まだまだ、足りねえよ」


 まさしく、圧倒的。

 そんな言葉が似合う、彼をして『天上の戦い』と言わざるを得ないその光景に。

 彼は苦笑交じりにそう吐き捨てて――



【そう、ですね】



 どこからか響いたその声に、大きく目を見開いた。



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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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