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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
いずれ最強へと至る道
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終章―07 拳の重み

 声が、聞こえた。

 憤怒に飲まれ、失意の濁流に沈められ。

 それでもどこかから、声が聞こえた。


『お前は、それで終わっていいのか?』


 男の声が、どこかから聞こえた。

 誰だ、誰がそこに居る。

 そう問いかけ、薄く瞼を開く。

 そこにはただ漆黒の闇が広がるばかりであったが――けれど、ポツリと遠く離れた場所に、光があるのが視界に映った。


「……誰、だ」

『貴方は、それで終わっていいの?』


 女の声が、どこかから聞こえた。

 見れば、光は二つに増えていた。

 誰だ、誰がそこに立っている。

 俺へとお前達は、何を望んでいる……ッ。


『何って、それはもちろん――』


 ふっと、視界が開ける。

 そのあまりの眩しさに思わず目を閉ざして――どうしようもない『懐かしさ』に、頬を涙が伝った。

 瞼を開く。

 気がつけば俺の体は幼少期のソレへと戻っていた。

 そして俺の前には、懐かしき日の両親が立っていた。


「何って、息子が成長することを望んでるに決まってるじゃないか」


 ふと、それがかつての記憶だと、俺はすぐさま気がついた。

 あれはいつだったろうか。

 悪魔軍の頂点の……当時は『補佐』だったか。

 そんな父さんが久方ぶりの休暇をもらい、そして幼き日の俺に稽古をつけてくれた時のことだった。

 そう笑った父さんは小さな俺の頭をゴシゴシと乱雑に撫で、それを見ていた母さんは、微笑みを讃えて俺の方へと歩いてくる。


「まぁ、私もお父さんも、才能には恵まれなかったから。だから貴方も、天才ってわけじゃないけれど」


 それでも、と。

 ぎゅっと俺を抱きしめた彼女は、たしかに俺の耳元でこう告げた。


「――諦めの悪さなら、誰にも負けやしないわよ」


 諦めの悪さ。

 確かにそうだった。

 父さんも母さんも、才能はなかった。

 父さんはそれでも努力を重ね、最後には悪魔軍の頂点へと達したわけだし、母さんは戦闘からは離れていた訳だが、努力を重ねて様々なサポートで悪魔達へと貢献していた。

 それが成せたのは――単に諦めの悪さ故だろう。

 自分はこんなもんじゃないと。

 自分の限界はまだまだ先だと。

 そういう想いが二人を成長させ、一歩を踏み出させた。


「負けたって、諦めなければいい事あるわ。諦めないで、負けてたまるかーって足掻きなさい」

「ま、足掻いてもダメな時はダメだけど、それでも途中で諦めることの何倍もいい。だって『可能性』はあるんだから」


 二人はそう、笑ってみせた。

 それは、かつての日々の追体験。

 それでも何故か。


 二人は、今の俺に向けてそう言っているような気がした。




 ☆☆☆




「はぁっ、はぁっ……」


 アルファは、荒い息を吐き出しながら大きく息を吐いた。

 もう、魔力も何もすっからかんだ。

 元々魔力という概念をほとんど持ち合わせていなかった彼が、最後の力を振り絞って放った一撃が今の『神速の絶槍(デウススピア)』であり、その一撃は相手の意識を刈り取るには十分すぎる威力を持ったものであった。


(……まぁ、コレはあの野郎相手にすら決まった手だからな。これで倒せなかったら悪夢だぜ――)


 と、そこまで言って――ガサリ、と響いたその音に、アルファはガバッと顔を上げた。

 その顔に浮かんでいるのは圧倒的な驚愕。

 今ので倒れないはずがない。

 あれだけのダメージを受け、その上でアルファの正真正銘、渾身の一撃をぶち込んだのだ。

 それでもなお――その男は、そこに立っていた。


「が、はぁっ、はぁっ……はぁっ」


 ――満身創痍。

 その表現が限りなく相応しかった。

 彼もアルファ同様魔力が尽きているのか、フラフラとした体は安定感を得ず、それでもそこに、二本の足で立っていた。

 その体からは、もう黒い炎は溢れていない。

 悪魔のように変化していたその体は徐々に彼本来の体へと姿を戻してゆき、最後にそこに残ったのは、体中に傷を作った一人の男の姿だった。


「な……んで」


 思わずと言ったふうにそう呟くアルファ。

 対してサタンは、ニヤリと口角を吊り上げる。

 声が聞こえた。

 逃げてんじゃねぇぞ、と。

 なに他人に勝負を預けてんだよ。と。

 拳に載せられたそれらの言葉を思い出すと、どうしても、笑わずにはいられないのだ。


「……お前は、強いな」


 多分、サタンが今まで戦ってきた誰よりも。

 あの時の混沌よりも。

 あの時のギン=クラッシュベルよりも。

 サタンの識る世界の、誰よりも。

 アルファという男は、さらに強い


「――故に」


 サタンはそう呟き、拳を握り締める。

 満身創痍の体から溢れ出すように闘争心が迸り、紅蓮に染まるような濃厚な『戦う意思』に、思わずアルファの肩が震える。



「――このような強敵。戦わずして何が(おとこ)か」



 その言葉に、その姿に。

 アルファは楽しげに笑って拳を構える。

 ああ、これだ、と。

 自分が望んていた戦いは、これなのだ、と。

 血湧き肉躍る、意地と意地のぶつかり合い。

 難しいことなんざ分かりやしない。

 正義やら平和やら、難しい問題はその他大勢に一切合切任せるとしよう。

 故に、思う事はただ一つ。



「――いいね、今のお前とは、戦いたい」



 より強い奴と戦いたい。

 そして、この二つの拳で殴り勝ちたい。


 たった、それだけなのである。




 ☆☆☆





 張り詰めた緊張感が周囲に溢れる。

 総ダメージ量はほぼ互角。

 どちらも同じく、満身創痍。

 故に、ここで勝つことこそに、意義がある。


 吹きすさぶ一陣の風が頬を撫で――そして、両者が同時に駆け出した。

 その顔に浮かぶのは楽しげな笑み。

 狂気すら感じさせるその笑い顔に、互いの拳が叩き込まれる。

 カウンター気味に撃ち込まれたその拳に両者が思わずたたらを踏み、けれども直後にはカッと目を見開き、ぎゅっと拳を握り締める。


「るおらぁあああああああッ!!」

「ぬおおおあああああああッ!!」


 両者の咆哮が轟き――そして、拳が唸りをあげる。

 唸る、唸る。

 拳がサタンの顎をはね上げ。

 拳がアルファの腹に突き刺さる。

 血しぶきが舞い、そのたびに二人の体が大きくぐらつく。

 されど倒れない。

 まるで何者かに支えられているかのごとく、決して倒れることなく眼光を煌めかせる。


「根ッ、性ォォォォォッ!!」


 アルファの声が響き、サタンの頬へと彼の右拳が叩き込まれる。

 が、右足の支えを失い、体力も摩耗し、魔力も尽きたその拳には、今までどおりの威力など籠ってはいない。

 頬に叩き込まれた一撃に大きく顔を歪ませながらも、サタンはキッとアルファの姿を睨み据えると、その腹へとつま先を叩き込んだ。


「がは……っ!?」


 サタンのつま先は寸分たがわず『鳩尾(みぞおち)』へと叩き込まれており、この逆境で弱点を狙い撃つ糸を通すような技術に、そしてその威力に、アルファの顔が苦痛に歪む。

 頭の先からつま先まで、まるで電撃が走り抜けたような感覚が通り過ぎ、アルファの体が強制的に呼吸困難へと陥ってしまう。

 肺が空気を求めて喘いでいる、体が酸素不足で硬直を始めている。

 けれども求めた空気は口からは入ってこず、あまりの苦痛に顔を歪めたアルファの後頭部へと、サタンは左拳を振り上げた。


「ぬおアアッ!!」


 轟ッ、と唸りを上げた拳がアルファの後頭部へと吸い込まれていく。

 人の頭蓋を砕くに容易い威力を誇ったその一撃は、真っ直ぐにアルファの頭へと振り落とされ――ガクリと、サタンの膝が折れた。


「な――」


 振り落とした拳が宙を切り、サタンが愕然と自らの膝へと視線を落とす。

 そこには筋肉が痙攣し、既に機能を果たさなくなった自らの膝が存在しており、限界すら誤魔化して戦い続けた果ての、完全なる『終わり』が近づいてきているのだと、その膝を見て直感した。

 が、それでもまだ、諦めない。

 まだ、自分は負けてない。

 いくら限界を超えていようと、終わりが近づいてきていようと。

 それでもまだ、体は動く。

 勝利の可能性は、潰えていない。

 なればこそ、ここで足掻かないでどうするというのだ。


「ぐ、おおおおオオオッ!!」


 サタンの咆哮が響く。

 痙攣する膝に鞭をうち、体中を使ってアルファの頭へと拳を振り落とす。


 ――そして、サタンの顎が跳ね上がった。


「が……!?」

「まだ、俺は負けてねえ……」


 唸るような声が響く。

 見ればカウンター気味にアッパーを振り上げたアルファの瞳は未だその奥に煌々とした光を灯しており、その瞳にサタンはたたらを踏みながらも、キッと彼の瞳をにらみ返す。

 その姿を見て小さく吐息を漏らしたアルファは、すっと拳を握りしめる。


(……ああ、意識が、途切れそうだ)


 朦朧とした意識の中、アルファはそう呟いた。

 もう、何が何だか分かったもんじゃない。

 何発くらった、何発まともに受けた。

 そんなこと、もう覚えていない。

 血が流れ過ぎたのか、気絶に片足突っ込んだような状態で、それでもアルファが思ったことはただ一つ。


 どうしたって、負けたくねえ。


 顔を上げる。

 そこには拳を振りかぶるサタンの姿があり、その姿にアルファは大きく息を吐きだした。

 そして、その拳へとカウンターを撃ち放つ。

 もはや慣れ親しんだそのカウンターはサタンの顔面へと突き刺さり――そして、直後にサタンの射るような視線がアルファの体を貫いた。


「――ッ」


 勝ったと、そう確信してから、何度その間違いに気がつかされたか。

 本来なら、サタンは先ほどのカウンター『神速の絶槍(デウススピア)』で終わっていても何らおかしくは無かった。

 ……否、終わっていて当然だった。

 にもかかわらず、こうして再び立ち上がって見せた。

 けれどもその代償はあまりにも大きく、再び振りかぶったサタンの拳は弱々しく、アルファの頬を小さく叩くだけに終わる。

 その拳に、その限界すら通り過ぎ、意識があるのか疑問に思うその姿に、アルファは拳を振りかぶり――



「――が、ぁっ」



 ――直後、思わずその場に膝をついた。


(な、何が、どうなって……)


 愕然と眼を見開き、内心でそう呟く。

 そうして、初めて気がつく。

 ――体の芯に突き抜けた、じぃんとした衝撃に。


「ま、まさ、か……」


 顔を上げる。

 目の前には体中から血を振りまきながら、それでも拳を振り抜いた姿でアルファを見下ろすサタンの姿があり、その瞳の奥には煌々と輝く勝利への渇望が現れていた。

 そしてその瞳に、その姿に、アルファはサタンが今まで積み上げてきた圧倒的濃度の【努力】を垣間見た。

 でなければ、ここにきてこんな拳は放てない。


 ――満身創痍で、体の芯を的確に撃ち抜く拳など、放てるはずがない。


 余裕など既になく、土壇場で現れたのは、今まで鍛えてきた生きた拳。

 最後の最後、勝負の決め手で振り抜かれたのは、精彩さこそ欠いたものの、的確に相手の体を捉える、相手を撲殺するためだけに考えられ、鍛えられた拳だった。

 言うなれば――【壊人の拳】。

 そんな言葉が脳裏をよぎり、アルファの頬が大きく引き攣る。


「……化物、が、ッ」


 思わず吐き捨てたアルファ。

 目の前には拳を振り上げたサタンの姿があり――



「――俺の、勝ちだ」



 アルファの顔面へと拳が振り落とされ、アルファの鮮血が大きく舞った。

次回『お前より強いヤツ』

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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