終章―02 姉弟喧嘩
ちなみに補足ですが、ギンの体はモチーフ『十八歳の体』ですので、体格なんかは異世界転移の直後、つまりは港国編より前へと戻っています。
その日は、晴れやかな空色が広がっていた。
場所はエルメス王国、城壁内。
騎士たちのほとんどが神魔大戦で傷つき、病院へと送られた中、なんとか警備体制を敷いた城壁の中で、僕は空を見上げて呟いた。
「……平和だねえ」
その言葉には、否定の言葉は返ってこない。
なにせ、今この時点において、世界は間違いなく『平和』なのだから。
まあ、どこぞの自分に言わせれば「そんなものは仮初だ」といった感じなのだろうが、それでも澄みわたるような雲ひとつない青空。肌を撫でるさわやかな風。そして城壁の外から聞こえてくる賑やかな声を聞いていれば、少なくとも今、この国に住んでいる人は平和なのだろうと、そう思ってしまうのだ。
「神魔大戦が君たちのおかげで集結し、世界は期せずして、一致団結したままその形を残している。まあ、人々からすれば『平和』っていうのもあながち間違ってもいないんだろうさ」
父さんのそんな言葉を聞きながら、ふうと息を吐いた。
これから起こるのは、きっと歴史には残らない、影の物語だ。
いや、影の物語……っていうのもまた違うか。
僕が異世界に来る前――つまりはあの日から。
僕の故郷が滅んでから今に至るまでの、大きな物語の終局だ。
締めの、小さな物語。
全てにカタをつけるための、誰も知らない、僕の物語。
「さて、と」
呟き、振り返る。
そこには微笑を湛えて佇んでいる父さんの姿と、そして恭香の姿があった。
その二人の姿を見て、なんでか、今まで体験してきたいろいろな出来事が脳裏を過ぎる。
薄暗い迷宮を抜けて、いろいろな冒険をした。
正直、華やかなものではなかったと思う。
悩み苦しみ、時に挫折し。
それでもあがき続けた、進み続けた。
かくして今、僕はここに立っている。
辛い時、くじけそうな時。
今まで体験し、乗り越えてきた無数の過去がバックグランドとなり、自分を支えるという。
ならば存分に支えてもらおう。
今までしてきた僕の努力も、過去も、才能も努力も全部引っさげて勝ちにいく。
僕の持ち得る全てを――『自分』を用いて、ただ一つの勝利をつかみ取る。
「――時間だ」
そう呟き、目の前の空間に転移門をこじ開ける。
紫色の渦が目の前に召喚され、それを見た恭香が僕の隣に進み出る。
「今回は、一人にしないよ」
そう、決して曲げないとばかりに呟く彼女に苦笑しながら、背後の父さんを振り返る。
「で、もう一人は?」
「あー……、もう来ると思うんだけどね」
父さんがどこか疲れたようにそう呟き――次の瞬間。
上空から大きな気配が突然に現れ、僕らの近くへと降り立った。
「おう! わりいなちょっと遅れたか?」
そこに居たのは――一人の青年だった。
紫がかった白髪に、獰猛に輝く紫色の瞳。
その体中からは強者を求める戦闘狂のオーラが噴出しており、今にも襲いかかってきそうな圧倒的な戦闘欲に思わず苦笑してしまう。
「すまねえな。魔王とかいうやつからコレ、貰ってきたぜ」
そう言ってその青年――戦神王アルファが取り出したのは、禁呪の紋様が刻まれた一つの宝玉だった。
まあ、戦闘に使うってわけじゃないが、それでも『必須』なそのアイテムを受け取ると、アルファは僕の隣へと進み出る。
「てな訳で、俺はあのクソ悪魔をぶっ潰しに」
「私はギンの戦いを見守るために」
「そして僕は――全てにカタをつけるために」
さあ、最後の幕を吊り上げよう。
今回は意地も、正義も、ひとまず余所へ置いておく。
この先に渦巻くのはただ一つ――未来への渇望のみ。
ただ、相手を倒したい。
あの忌々しくも猛々しい相手を、己が拳でぶちのめしたい。
そうしてあわよくば、全部が終わったその後に。
その相手と肩でも組んで、美味しいものでもたらふく食べたい。
笑って僕らは一歩、前へと踏み出す。
これは聖戦なんかじゃ決してない。
故に誇りはしない、伝説なんかに残しはしない。
「――さあ、喧嘩を始めよう」
これは、全てを締めくくる、喧嘩の物語。
誰にも語る事は無い、僕の私情の物語だ。
☆☆☆
紫色に染まる世界。
地は赤く血に染まり、遠くから雷鳴が響いてくる。
上空を見上げれば紫色の空が果てなく続いており、天高く深紅の満月が彼らを赤く染めている。
「悪魔界……嫌な思い出しか無い場所だな」
そう呟き、大地に降り立つ。
目の前には巨大な城が存在しており、背後で恭香とアルファがこの世界へと降り立ったのを確認し、転移門を堅く閉ざした。
――城からは、膨大な威圧感があふれ出していた。
その隠しもしない圧倒的な威圧感に、挑発するかのような存在感に、どこか『早く来い』とせかされているような気がして、僕は一歩を踏み出した。
その城は、酷く禍々しく、それでいてどこか美しい、神々しさを孕んだものだった。
城壁の巨大な門が閉ざされていたが、アルファがひと蹴りすると一瞬で吹き飛んだ。
そして、さらに一歩、踏み出した。
踏み出す度、近づく度に相手の強さが実感できる。
見れば恭香の肩は小さく震えており、逆隣を見れば、あのアルファが大粒の冷や汗を流しているのが視界に入った。
まさしく――別格。
アルファも、サタンも、久瀬もギルも、他の誰であろうと。
どんな想いを持った相手であろうと簡単に蹴散らせるだけの力を持った、別格の化物。
それが今から敵になるのかと、そんな相手と正面切って殴りあうことになるのかと思うと、なんだかため息が溢れてくる。
けれどもそれと同時に――笑みが溢れた。
「……ハッ、上等だこの野郎」
確かに怖い、恐ろしくてたまらないさ。
だが、だからと言って負けるつもりなど微塵もない。
なればこそ、恐怖こそすれど立ち止まる必要はない。
だって――勝ちに行くんだから。
なら、立ち止まってる必要なんでどこにもない。
そうして、その扉が視界に入る。
――この先に、居る。
あふれ出す威圧感にそう確信すると、小さく深呼吸を漏らして左右へと視線を向ける。
そこには大なり小なり恐怖をにじませながらも、それでも毅然とそこに佇む二人の姿があり、それらを見てふっと笑み、扉へと両手をあてる。
「さて行くか」
そして、巨大な扉が開く。
その扉の先に在ったのは――謁見の間だった。
赤い絨毯の敷かれた先を視線で追うと小さく段になった最奥の部分、そこに存在する玉座に、一人の女性が腰かけているのが目に入った。
――混沌。
頬杖をついていた彼女は僕らの姿を見て姿勢を正すと、口角を吊り上げて立ち上がる。
「ようこそ。我が居城へ」
凛、と声が響く。
同時に彼女は立ち上がり、僕らへ向かって歩き出す。
「まあ、通常ならば客人はもてなすのが道理だが、どうやら数名、通常のもてなしでは満足できん輩がいる様子。故に――」
パチンッ、と彼女は指を鳴らす。
直後に彼女の前へと大男が姿を現し、その紅蓮の瞳が僕――そして、アルファの姿を睨み据える。
――大悪魔サタン。
明らかに昨日とは雰囲気の違う彼の姿に小さな違和感を覚えたが、それよりも先に隣のアルファから威圧感が迸り、そんな思考は吹っ飛んだ。
「おいおいおいおい……ッ! いいじゃねえか! 強くなってんじゃねえかクソ悪魔!」
アルファが吠えた。
――次の瞬間、アルファの姿がその場から掻き消え、直後に防御を固めたサタンが体ごと壁を突き破り、城の外へと吹き飛ばされていく。
先ほどまでサタンの居た場所には拳を振り抜いた姿のアルファの姿が存在しており、彼は僕へと獰猛な笑みを向けてくる。
「そんじゃ、行ってくるぜ!」
そう笑い、サタンの後を追って駆け出したアルファではあったが、けれども壁の前ではたと足を止めると、僕へと小さく視線を向けてくる。
そして、たった一言。
「……負けんじゃねえぞ」
「そっちもな」
小さく笑ってそう返す。
その言葉に満足したのか、ふっと口角を吊り上げたアルファは床を砕く勢いでサタンの姿を追って飛び出してゆき――そして、沈黙が舞い降りる。
視線の先には、薄く冷たい笑みを浮かべた混沌が佇んでいる。
アルファがサタンを殴って吹き飛ばした壁から、紅の月光が漏れ出してくる。
そんな中、ふっと外を見た混沌は、小さく呟くようにしてこう告げた。
「昔、恋をした神がいた」
ポツリとつぶやいたその言葉には、濃厚な哀愁が籠っていた。
「……まあ、今にして思えばなんとやら。私には『見る目』がなかったのだろう。気がつけばその神はあのマザコンクソ親父に気移りし、それが原因で私は神の座から失脚した。そして最後には――その神に裏切られ、失意の底へと至ったわけだ」
今にして改めて聞いた彼女の過去。
それを聞いて、痛いほどにこう思う。
「いやお前見る目無さ過ぎるだろ」
と。
見れば彼女は「同感だ」とくつくつ笑みをこぼしており、僕を見据えたその瞳には既に憎悪は見てとれなかった。
「まったく、本当に私は見る目がない。最愛していた妻は性格最低、拾った娘に命を狙われ――終いには、父の世界の、とある町に手を出したばっかりに、こんな怪物が産み落とされた」
そう、彼女は笑った。
何の曇りもなく笑って見せた。
「……お前、もしかして――」
「なに、どこかの馬鹿二人に幼稚な正義ごっこを見せられて、なんと自分の憎悪が薄っぺらいものかと気がつかされた、というだけさ」
馬鹿二人……まあ、あの石頭コンビだろうな、エルザに拉致られた奴と寝てる奴。
僕らから見れば、どっちも馬鹿だなーという感想しか抱けない。
抱けないからこそ、心動かされるものがある。
その『馬鹿』を貫き通したその覚悟に、何も感じぬわけがない。
「――さて弟よ。私は珍しく、心が燃えている」
その言葉に、体中を鳥肌が駆け抜けた。
「あれほどの覚悟を見せられて、感化されぬはずがない。心を滾らせないはずがない、血潮を沸かせぬはずがない。故にイフリートとの戦いで何かしら発散し、貴様との戦いは冷静な状態で向かおうと思ったが――如何せん、実欲不足だったようだ」
だから考えた、と。
そう続けた彼女は、わざとらしい表情で虚空を見上げる。
「ああ、神霊王の眷属が相手でもこの心の昂りは収まらなんだ。なればどうすればよいというのか。神霊王が眷属よりも強い者と戦うことができればこれも収まるだろうが、かといってそう都合よくそんな【好敵手】が現れるはずもない――」
と、そこまでいって彼女は僕へと視線を向ける。
その瞳には楽しげな炎が煌々と揺らめいており、その意地の悪い笑みに思わず頬がひきつった。
「――おお、こんなところに都合よく、それなりに強い弟がいるではないか」
この女、最低だ。
僕は内心で吐き捨てた。
「うん、そうだな仕方あるまい。これは弟を殴って気分転換する以外に道はなさそうだ。ついでにお前が気に食わん」
「おいちょっと待てこの野郎」
明らかに最後に言った奴が本音だろうがこの野郎。
そう声をはさめるが、けれども彼女は聞く耳を持たない。
「……正直、私が今何をしたいのかは分からない。というか、整理がついていない。また復讐の虜となり神々に仇なすのか、あるいは――という可能性も十分にある。が、それでも一つ、分かる事がある」
そう続けた彼女は、自信を持ってこう告げる。
「――貴様に勝てば、全てが分かる」
その言葉に、少し笑ってしまった。
ああ、確かに。
勝った、その瞬間に思ったこと。
それこそが次やりたいこと、自分のしたいことに他ならない。
膨大な魔力が吹きあがり、隣に立っていた恭香を後ろの方へと下がらせ、防壁を張る。
さあ、喧嘩を始めよう。
理由は私情。
世界に理由なんて、もう求めない。
僕は、頭の固い馬鹿な姉を連れ戻すため。
そしてその姉は、自身の目的を見つけるため。
何とも下らない理由では有れど。
「「――姉弟喧嘩には、申し分のない大義名分だ」」
次回からアルファVSサタンです。




