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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
正義の在処
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焔―至りし結末―

 小鳥が鳴いていた。

 窓の外を見上げればどこまでも続く雲ひとつない青空が続いている。

 まるで子供の落書きのようにどこまでも蒼いその空は、どこか『平穏』を体現しているようでもあり、期せずして口からため息が漏れ出た。


「何してんだ、こんなところで」


 ふと、背後から声が響く。

 振り返る必要もなく聞きなれたその声に、俺は仮面を被り直す。


「……貴様には、関係のないことだ」

「関係ない、ねえ」


 そう呟き、赤眼の男はずかずかと部屋の中へと入ってくると、近くに在った椅子を引きずり出し、そのまま腰を下ろした。


「関係ないってわけでもないだろ。()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉に、小さく奴へと視線を向ける。

 ――ギン=クラッシュベル。

 かつて何もなせぬまま死に逝き、そして、(ギル)を作りだした張本人。

 その張本人が、俺の元を訪れていた。

 背もたれに両手をついて座り込んだ奴から視線をそらすと、感情を感じさせぬようにと口を開く。


「で、何用だ執行者。用もなく俺に会いに来たわけではなかろう」

「まあな。用もなくここに来るほど僕は無神経じゃないさ」


 無神経、か。

 確かに、仲間も何も持っているこの男が、居場所のあるこの男が、よりにもよって俺の元を訪れていること自体が無神経極まりないのだが、そこら辺は言ってもしょうがないだろう。

 なにせ、ギン=クラッシュベルなのだから。

 それだけで全ての行動の理由になる。



 ――あの、灰に塗れた焔の物語は終結した。


 まるで夢のような最後。

 救いの熾火が失敗し、炎魔神イフリートが降臨し、この俺が敗北し、助けを請い、そしてこの男とあの女が現れた。

 そして、炎魔神イフリートを片手間で倒してしまった。

 その結果残ったのは、死から蘇り、辛うじて意識を取り戻した無数の人々と、未だ意識の戻らぬ数人の者たち。そして最後に、目的も意思も正義も、何もかも見失った一人の男だけだった。

 茫然と佇んでいた内に混沌や悪魔たちの姿は消え、人々はこの男が作り上げた転移門によって王国に創られた救護班の本部へと連行され、未だ意識の戻らない者たちはここ――王国病院へと運び込まれた。

 そしてその中に紛れ、俺もまたここへと連行されたわけだが――


「……何故、俺を生かした」


 気がつけば、そう問うていた。

 見れば何かを話し始めようとしていたのだろう、奴は目を丸くして俺の方を見つめており、その姿になぜか、苛立ってしまう自分がいた。


「俺は……失敗した。救うこともできず、何かを為すこともできず、したことといえば無駄に世界をひっかきまわしただけに過ぎん」


 そう呟き、窓の外を見上げる。

 生まれて初めて見る、蒼い空。

 生まれて初めて見る、色のついた景色。

 生まれて初めて見る、人々の笑顔。

 それらが全て、多大な不幸を裏に隠した偽善物だと知っている。

 けれどもう……俺には、それをどうこうしようという、意思がない。


「何が正義だ。一体、何が正しくて何が間違っている。俺は間違い続けたのか。この現状こそが最適なのか――」


 そう続けた俺は、その男へと視線を向ける。

 そこには黙って俺を見据えるギンの姿があり。



「この世界は――正しいのか?」



 その問いに。

 その男は、迷うことなくこう答えた。




 ☆☆☆





 その、少し後。

 俺は、ある病室の中に居た。


「……」


 目の前には、一人の男が眠っている。

 この男には、才能がなかった。

 頭も悪く、技術も稚拙で、悪魔の俺に力でも劣る。

 が、最後の最後に、この男は俺を、殺して見せた。

 あの男の回復力さえなければ間違いなく死んでいた。寸分たがわず心の臓を穿たれ、俺は死んでいた。


「相討ち……か」


 勝ったと、俺はかつて叫んだ。

 けれどそれは、この男との死合いに、世界に勝ったというわけではない。

 俺の目的は、救いを執行すること。

 対しこの男の目的は――俺を殺してでも倒すこと。奴の中に救いを止める、という感情は微塵もなかった。

 ただあのとき、奴の中に在ったのは――勝ちたいという強い思い。

 なんとしてでも俺に勝ちたいという、純粋な思いだけだった。


 勝負には勝った。

 最終的にかなわなかったとはいえ、救いを召喚するところまでこぎつけた俺の勝利だ。

 だが、死合いにも勝ったのか、と聞かれれば、それは――


「……正義、か」


 ポツリと、言葉を漏らした俺の背後で、扉が開く音がした。

 希薄なその気配に振り返れば、そこには一人の女が佇んでいた。


「――幻影の王、エルザ、か」

「はい、エルザです」


 彼女は俺に気配を読まれたことに何の動揺も示すことなく、そう声をひそませて口を開いた。


「ギンさんに貴方が今どこに居るのか聞いたら、ここに居るというので来たのですが……お邪魔でしたか?」

「……なに、俺に『勝った』癖に未だ眠りこけている軟弱者の顔を見てやろうと思ったまでだ」


 軟弱者、と。

 そういった俺の言葉に、エルザは小さく目を見開いた。


「……なんだ」


 と、小さく問うと、彼女はくすくすと口に手を当てて笑みを零すが、けれどもすぐに落ち着いたような雰囲気を取り戻すと、微笑を湛えて口を開いた。


「やはり、私の目に狂いは有りませんでしたね」


 その言葉に、わずかに嫌な予感を覚える俺がいた。


「何の話――」

「自らの正義に則り行動を起こし、居場所を捨て、世界を滅ぼそうとした大罪人。神と人と悪魔との大戦を引き起こしたその罪は、本来ならば罰せられるべきものなのでしょう」

「…………」


 その言葉に、何も返せなかった。

 ああ、その通りだ。

 何故俺は生きている。

 あれだけのことをしでかした。

 あれだけの命を、踏みにじった。

 にもかかわらず、何故俺はここに立っている。

 俺にはあの場所に戻る資格はもちろん、生きる資格だってないはずなのに。


「――と、普通なら思うでしょうが」


 けれど、とエルザが続けたその言葉に、俺は顔を上げた。


「正直な話を言うと、貴方は大罪人なんかではありません」

「……何を言っている」


 意味の理解できないその言葉にとう問うと、彼女は微笑を湛えてこう告げた。



「――だって、誰も死んでないじゃないですか」



 その言葉に、俺は思わず目を見開いた。

 たくさん死んだ、たくさん殺した。

 でも、その全員が蘇って、生きている。


「確かにいろいろとしでかしました。けれどそういうのは、殺害未遂だったり、傷害罪だったり、そういうものです。確かに居場所には戻れないかもしれませんが、それでも、貴方には生きて、未来を創る資格がある」


 その言葉に、どうしてか、仮面を押さえて俯いた。

 彼女の瞳を直視していたら、何か、こみ上げてきそうだったから。

 目がしらがカーッと熱くなるのを感じながら仮面を押さえていると、正面からエルザの声が再び響く。

 けれどもその言葉は完全に俺の想定を超えており。



「それでですね、ギルさん。居場所のない貴方に、住み込みで仕事を凱旋したいのですが」

「…………は?」



 そんな間抜けて声が、口から漏れた。




 ☆☆☆




 ――そこは、小さな教会だった。

 王都より転移門を使って移動し、たどり着いた街『パシリア』。

 その、どこかのどかな雰囲気の漂う街の、奥の奥。

 住宅と住宅の合間を抜け、奥へ奥へと歩き続けること十分と少し。

 上空から光の差す、小さな教会がそこにはあった。


「こ、ここは……」


 そこを、俺は知っているような気がした。

 俺は奴の記憶を全て持っているわけではない。

 ただ、その場所を、知っているような気がした。

 いつか、遠い昔、訪れたことがある気がした。


「ここは私が経営する孤児院です。まあ、ギンさんは一度だけ来たことがあるのですが、ギルさんは来るのは初めてですよね」


 そう言いながらも、隣を歩いていたエルザが歩き出す。

 ついと来い、との無言のプレッシャーを受けて俺もまた歩き出す。

 その孤児院は、大きな庭を持つものだった。

 若草色の絨毯の上、石により舗装された道を歩き、孤児院の眼前までたどり着くと、エルザは迷うことなくその両開きのドアを開け広げた。



 ――そして、俺の目に映ったのは、無数の笑顔だった。



「「「おかえりなさーーーいっ!!」」」

「はい、ただいま戻りました」


 そこに居たのは、無数の子供たち。

 孤児院に居る――つまりは、親に捨てられたか、売られたか。

 いずれにしろ『良い過去』は持ってはいないだろうその子供たちが浮かべていたのは、屈託のない笑顔だった。


「こ、これは……」

「あー! 誰その仮面のひとー!」

「うわー! そのかめんださーい!」

「だ、ダサ……!? な、何だ貴様ら!」


 思わず怒鳴ると、途端に静寂が広がっていく。

 先ほどまで元気にはしゃいでいた子どもたちは、まるで何かを堪えるように唇をかみしめ、拳を握りしめており、その目には大粒の涙が溜まっていた。

 ――やばい。

 その『決壊』を前にそう確信してしまった俺はなんとかそれを阻止しようとするが、それより先にエルザの声が響き渡った。


「はい、泣かない泣かない。泣いたらどこかの偽勇者さんが来ちゃいますよー」


 途端、まるでその言葉が特効薬になったかのように子どもたちの目から涙が消えた。

 一体その『偽勇者』とは誰のことだ、だとか。聞きたいことはいろいろとあったが、それよりも先にエルザが告げた言葉に俺は再び怒鳴る事になる。


「紹介がまだでしたね。この人の名前はギル。実はツンデレというむやみやたらに暴言を吐く病をこじらせた重傷人でして。今日から療養ついでにこの孤児院で働いてもらおう、と思って連れてきたんです」

「お、おい! そんなの聞いてないぞクソが!」


 咄嗟にそう叫ぶ。

 けれどもその言葉はエルザのセリフを証明することになってしまったらしく、俺をどこか怯えた瞳で見ていた子どもたちの雰囲気が、『恐怖』から『憐憫』や『好奇』に移り変わっていくのを感じてしまう。


「かめんのお兄ちゃん……かわいそう」

「ぎるにいちゃん! くじけないでね!」

「う、うるさいぞ雑多が!」


 そう怒鳴るが、けれども子どもたちは楽しそうに散り散りに駆け出していくばかりであり、それらの顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「ふふっ。やはりギルさんは子守が上手ですね。ギンさんに伝えておくようお願いしたのですが、聞いてませんでしたか?」

「こ、この……ッ」


 嵌められた、とエルザを仮面越しに睨み据えると、笑っていたエルザの瞳が真剣味を帯びるのを感じた。


「……桜町さんに、偽勇者……ではなくアーマーくん、そしてゼロさん。皆さん生きているそうです」

「…………」


 その言葉に、思わず息が詰まった。


「桜町さんはかなりの重傷で、あの直後に駆けつけた……というか、気配を消して監視していたらしいギンさんが治療を施したものの、未だ意識を取り戻していないらしいです。ですが、それでもアーマー君、そしてゼロさんはほとんど傷を回復させた、との情報が入っています」


 そう続けた彼女は、スッと仮面の下の俺の瞳を覗き込む。

 その金色の瞳から逃れようと視線をそらした俺へと、彼女は情け容赦なくその事実を口にした。



「――何故、誰も殺さなかったのですか?」



 その言葉に、答えは返さなかった。

 ――否、返せなかった、というべきか。

 あの時、ゼロへとアダマスの大鎌を振りかぶったあの時。

 気がついた時には、俺は彼女の真横へと、大鎌を振りおろしていた。


『な、なん……で』


 ゼロの困惑した声が響く中、俺は海中都市の封印を魔法を撃ち込んで破壊し、何も言わず世界樹の方へと駆け出した。

 その時に浮かんだ理由は――今殺さずとも、救いの熾火で死ぬ運命には変わりないと思ったから。

 けれど今になって思う。

 本当は、なぜあのとき、俺は奴らへととどめを刺さなかったのか、と。


「――まあ、その答えについては詳しく聞くつもりは有りませんが」


 そう続けたエルザは、ふっと子供たちへと視線を向ける。

 そこには楽しげに笑いながらこっちをちらちら見つめてくる子供たちの姿があり、その姿を見て微笑んだ彼女は、確かにこう、口にした。



「世界は醜い。けれど、こんな子供達まで醜いだなんて、思えるはずがない」



 その言葉に、あの男が口にした言葉が脳裏を過ぎる。



『正しいかなんて分からないさ。けど、確かにお前が言う【醜怪さ】を孕んでいるのもまた事実。だから考え続ける。どうやったら平和になるか。どうやったら、幸せを生み出せるか。……まあ、結局は少しでも幸と不幸の天秤が良い方向に向くように、足掻き続けるしかないんだよ』



 その言葉を思い出して、ふと考える。

 あの男は、そのあとにこう言った。


 ――未来を信じないなんて、もったいないだろう、と。


 未来を信じる。

 それはたぶん、これから未来を創っていく、この子たちを信じるということだ。


「世界は一人じゃ変えられない。たくさん集まっても、変えられる保証なんてどこにもない」


 けれど、と。

 そう続けたエルザはふっと笑う。



「この子供たちが作る未来を、私たちが導いていく。そういう道も有るんだと思いますよ」



 その言葉に。

 新たに提示されたその道に。

 俺はただ、ふっと笑ってこう告げた。



「――少しだけ、足掻いてみるか」



 こうして、絶望から始まった物語は、幕を閉じた。

 もう、俺の居場所はあそこにはないけれど。

 それでも、俺はあの人たちのことを、世界のことを想い続ける。

 幸せが溢れるような世界へと。

 あの人たちが、楽しく暮らしていけるような世界へと。


 そんな世界へと、未来(こどもたち)を導いていく。


 そう考えて、俺は思う。



 ――そんな道も、まあ、悪くは無い。




焔編『正義の在処』、でした。

ということで焔編完結!

次回から最終章【いずれ最強へと至る道】開幕です!

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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