焔―068 両雄並び立つ
その声に、愕然と目を見開いた。
俺は、その声を知っていた。
背後から響く二つの足音を聞きながら、頭の片隅でそう思考する。
「全く……まさか私が顎で使われるハメになるとはな」
「はいはい。これ終わったらおでんでも最終決戦でもついてってやるから、今は大人しくしてろって」
かくして、俺の両脇を二人の人物が通り過ぎる。
黒髪を揺らす、一人の男と。
黒髪を揺らす、一人の女と。
そこに居てはいけない――否、隣合ってはいけないハズのその二人は、けれどもその口元に笑みを浮かべて、笑いあっていた。
「まぁ、兎にも角にも」
男の声が響く。
女は腰に差した一振りの剣へと手を添える。
そして男は――どこからか、見覚えのあるローブを取り出した。
――常闇のローブ。
勇者達に消し炭にされ、失ったはずのそのローブが、そこにはあった。
「な、何故――」
何故、貴様がそれを持っている。
そう続けようとして、けれど出来なかった。
俺を襲ったのは、えも言えぬ圧迫感。
そこに、立っているだけ。
にも関わらず、それだけで、その背中だけで万人を押し黙らせるかのような、絶対的な存在感。
それを前に押し黙る俺に対して。
「「――後は、任せろ」」
自信に満ちたその声が、妙に鋭く耳朶を打った。
☆☆☆
その変化は、唐突だった。
その男――ギンの手に金色の光が溢れ、その中から一振りの杖が生み出される。
それは、金色の杖だった。
頭に一対の翼が飾られた、一本の杖。
「――第二神器『カドゥケウス』」
第二神器、と。
そう確かに呟いたギンは――その杖で、トンっと世界樹の切り株を叩いてみせた。
――そして、それは起きた。
『ナ――』
最初に気がついたのは、イフリートだった。
ギンを中心として金色の光が溢れ出し、世界樹を……否、大陸中すら覆い尽くした。
『ナ、ナンダコノ力ハ……ッ!?』
それは、絶対的な『癒し』の力。
炎魔神イフリートをして『有リ得ナイ』と、そう断ずることの出来るほどに圧倒的にして絶対的なその力。
その力は、まるで――
『シ、神霊王……様ッ!?』
「神霊王……ねぇ。よく知らないけど」
対して、フッと口角を吊り上げたギン。
彼はスッとカドゥケウスを天高く掲げると――
「まぁ、事癒しに関して言えば、負けるつもりは微塵もないな」
そして、癒しが執行される。
一片たりとも残すことなく灰燼と帰していた人々の体が、その場で『修復』され、姿を現した。
その対象にはギルの姿も含まれており、受けた傷や、吹き飛ばされた不死力さえ戻っていくのを彼は実感し、大きく目を見開いた。
その様、まるで【時の巻き戻し】。
圧倒的な癒しの力にイフリートは唖然と目を見開き――そして、混沌が動いた。
「私の力は、相手の全てを喰らうこと。支配下にして強化すること。そして――蘇らせることにある」
スッと、腰から抜き放った黒い剣は、酷く美しく、それでいて闇を孕んだような危険性を醸し出していた。
「我が名の下に命ず――蘇れ」
轟ッ、と漆黒のオーラが吹き荒れる。
そしてそこに居た全ての者が、息を吹き返した。
「が……、ァッ」
「こ、ここ、は……」
次々と息を吹き返し、目を覚ましていくそれらの人々。
それらを見渡したギルは、神すら超越した絶対的なその『力』に、愕然と目を見開いた。
「超高位の回復術に、こ、このような蘇生……」
「――まぁ、常識じゃ、ありえない。よね」
ふと、声が響き――金色が視界に映り込む。
それは、天より降り注いだ落雷だった。
そしてその中より、一人の少女が姿を現す。
人形のように美しいその横顔に、雷のように眩い輝きを放つ金色の髪。そして、左右で色の違うオッドアイ。
その姿に、その声に。ギルはただその姿を見ているしかできなかった。
「……久しぶり、ギル」
そこに居たのは――全能神ゼウスだった。
いや、それだけではない。
そこらに散らばった『未だ意識を取り返さない重傷人』を世界樹の周縁部まで引っ張ってきているのは、不貞腐れたような顔のアルファに、体に無数の傷を作った大悪魔サタン、アスモデウス、そして、アスタロトだった。
「な、何故貴様らが……、それに全能神! 貴様は」
「死んだ、と思ったんだけど」
あの刹那。
ギルに止めの一撃を喰らう、あの刹那。
傷つき、魔力も体力も底をついていたゼウスは、次の瞬間には森の中にいた。
そして目の前には、見覚えのある男が立っていた。
『久しぶりゼウス。とりあえず助けに来たよ』
そう、なんでもないと言ったふうに指定した場所以外に転移して見せ、その上『治らない』筈の傷を癒して見せたその男の姿を思い出し、ゼウスは小さく微笑んだ。
そしてその直後、いくつもの気配が天より降り立った。
周縁部へと避難の住んだ人々の前に、巨大な円を描くようにして無数の神々が姿を現す。
序列一位、全能神ゼウス。
序列二位、海皇神ポセイドン。
序列三位、冥府神ハデス。
序列四位、狡知神ロキ。
序列五位、創造神エウラス。
序列六位、風神オーディン。
序列七位、雷神トール。
序列九位、地母神ガイア。
序列十位、軍神テュール。
太陽神を除き、計九柱、揃った最高神たちに加え、さらにそこに加わる三名の姿。
「ぬはは! さてもうひと踏ん張りしましょうか!」
「あぁ、疲れた」
「がはは! 良いではないかアザゼルよ!」
そこに居たのは、三人の悪魔達。
無敗のバルべリス。
贖罪のアザゼル。
神殺しのラーヴァナ。
最高神を苦しめたそれら三人を含めた、計十二名。
それらがそれぞれに『点』となり、世界樹の切り株へと巨大な魔法陣を描いていく。
それは、最高位の実力者『十二名』が合わさり、重なる二つの『星』を描いて、初めて使える絶対封印術。
「「「超封印術!『二重・六芒星刻印』ッ!」」」
そして、十二の光が瞬いた。
それぞれの点から上空へと放たれた光を起点に、地上へと重なり合う六芒星が描き出され、巨大な壁が召喚される。
それら赤色透明な壁を見渡したイフリートは周囲を見渡し、それを見据えていたギルは顔を歪めた。
「ば、馬鹿か貴様ら……! あの炎の化身は――」
「知ってるよ。炎魔神イフリート。偉大なる【神霊王イブリース】が眷属。太古の時代に神々と契約を交わし、互いに干渉しない代わり、協力関係を結んだ証とし、この星のエネルギー供給源として譲渡された炎の魔神」
ふと、隣から声が響く。
見ればそこには飄々とした一人の男が立っており、その男に付き従う一人の男に、ギルは目に見えて警戒心を顕にした。
「神王ウラノスに……メフィストフェレスッ!」
「おおっ、な、何故そんなにも私を睨むのですか……」
ギルに思い切り睨み据えられたメフィストが悲鳴をあげ、ギルは小さく気絶したままの久瀬竜馬へと視線を向けた。
「――狂い堕ち。あの力を渡したのは貴様だろう」
「あ、あぁ……。その事でしたら――」
「僕がお願いしたんだよ、ギル」
被せるようにウラノスの声が響き、ギルの瞳が彼の姿を改めて捉える。
「銀曰く、君は目的を果たさなければ決して止まらぬ頑固者、だそうだ。だから少しばかり遠回りだけれど、銀にはご登場を遅めてもらい、久瀬くんに君の足止めをお願いした。そして君たちが戦い始めたと同時に銀が戦へと介入、後に『望んた人々』を全員こちらへと転移してもらったわけさ」
途中で銀が生きていると知れば、君は世界樹じゃなく銀の居る方に来ちゃうだろうからね、と。
そう続けた彼の言葉に、ギルはぐっと唇を噛み締めた。
目的を果たすか、完膚なきまでの敗北をしない限りは、確かに自分は意地でも止まらなかっただろうと、そう容易に想像がついたからだ。
だからこそ、その『策』に、悔しさが止まらなかった。
「――故に、わざと救いを執行させた、というわけか。失敗することを知った上で」
「はっはっはー。そんな訳ないじゃないか。久瀬くんが勝てたならばそれで良し。自分以外の誰かに完全敗北しても、君はきっと諦める。そう銀は言っていたよ」
その言葉に、ギルはその男へと視線を向ける。
黒いローブをはためかせ、余裕綽々と笑みを浮かべるその男。
「……死ぬぞ、あの男」
「さて、どうだろうね」
死ぬとは微塵も思っていないウラノスの言葉。
その言葉の裏には、確かにこんな言葉が含まれていた。
『本当に、心の底からそう思うのかい?』と。
もしも、もしもそう問われれば。
ギルはきっと、迷うことなく即答するだろう。
「今のあの二人を表すのに、適切な言葉があるんだけど」
そう笑ったウラノスは。
ふんっ、と胸を張って、自信満々にその言葉を口にした。
「【不条理】」
不思議とその背中が敗北する未来は、垣間も見えやしなかった。
☆☆☆
「さて、と」
そう呟き、息を吐いた。
色々と策を弄した、知略を巡らせた。
その果てに、まぁこんな未来を描くことこそが最善だという結論に達したわけだが――
「コイツの存在だけは、予想外だったわな」
カドゥケウスで肩をトントンと叩きながら、ポツリと漏らした言葉に混沌が反応する。
「ほう? 怖いかアレが」
「いいや全く」
即答する。
いやいや冗談だろうと。
怖い? アレが?
「冗談にしても笑えないな」
「そうだな、私としても今のに肯定されればどうしてくれようかと思っていたところだ」
そう笑いあって――直後、僕らの体から威圧感が迸る。
「まず言わせろ。止めとけよ馬鹿」
「いやなに、ちらりと話をした途端、やる気満々で『救いの熾火を利用する』などと言われてな。話をしようにも聞く耳を持たなんだ。……まぁ、一応は悪いと思っているから、こうして貴様に協力しているわけだが――」
その続きを、混沌は言わなかった。
その理由は多分、言う必要がなかったから。
その横顔を見てフッと笑うと、改めてその『炎魔神イフリート』とやらを見据え直す。
多分、僕も混沌も、心の内に秘める思いは同じだろう。
僕らは時を同じくして、フッと瞳を交差させ――
「お前をぶっ倒して、正義を通す。それ以外での道は一切要らない。それはもちろん障害も、だ」
「あぁ、私たちを邪魔する限りは――潰すのみ」
あぁ、そうだ。
もう、互いの想いは十分に知り尽くした。
眠っていた、この月日。
戦っていた、この年月。
ずっと互いのことを想い続け、何が正義で何が悪か、永遠とも思える時間を思考し続けた。
その果てに、僕らは至った。
「「――勝者こそが、正義」」
声が重なる。
もう語り合うことなど不要。
ただ、喧嘩をしよう。
世界なんて気にしちゃいない。
世間体なんてクソ喰らえだ。
ただ、姉弟喧嘩をしよう。
僕らに残されたのは、相手をぶっ潰して、自分の意思を通したい……って言ったら、少しカッコつけが過ぎるかな。
正直、正義なんざどうだっていいんだ。
「っていうか――」
「相手が気に入らん。だから潰す。それで十分だな」
そう、それだ。
こちとら死んでんだぞ。それでもまだ意思を変えないとかお前どんだけ石頭だよ、と。弟ぶっ殺すとか姉貴失格だよクソ野郎、と。
そんな怒りがふつふつと沸いてくる。
だから潰す。
潰して、その想い踏みにじって。
――ざまぁみろ。さぁ幸せになりやがれ、って。
たった一言、ドヤ顔を決めてやりたい。
やりたいことなんざ、そんだけでいい。
「それに何より、ちょーっとイラッと来てんのが」
ポツリと漏らして、イフリートへと視線を向ける。
久瀬もギルも……、まぁ許そう。
僕らのことほっぽいて『俺らが中心だぜひゃっほい』みたいなことしてたのは、まぁ目を瞑る。致し方ない部分もあったっちゃあったから。
だがしかし、だ。
これは違うだろうと、思い切り奴を睨み据える。
「おいコラぽっと出野郎。なーにいきなり出てきて最強感出してんだ、って話だよおい」
その言葉に狼狽するイフリートに。
ビシッと親指で他の誰でもない自分を指さすと、自信満々にこう告げる。
「「他でもない、最強は――僕(私)だ」」
……なんか、声が重なった。
恐る恐る隣へと視線を向ければ、そこには全く同じポーズをとってドヤ顔決めてる混沌の姿があり、その姿にピキリと青筋が浮かんだ。
「……おい、何決めゼリフ被らせてんの。お前多分今世間から笑われ者になってるぞ愚女」
「……は? 貴様にだけは言われたくないな、この顔面が劣等感の塊のような愚弟よ」
ブチリ、とお互いの額から音が響く。
気がつけば僕らは獰猛に顔を歪めており、ギリッとイフリートを睨み据えた。
「まぁ、この際」
「最強云々は後で決めるとして――」
スッと、カドゥケウスの先を奴へと向ける。
同時に隣で、黒剣の切っ先を奴へと向ける混沌の姿が視界に入るが、それも今はどうでもいい。
コイツとの決着はあとで、それはもうきちーっと付けさせていただく。だから今は。
「「――格の違い、見せてやるよ」」
――とりあえず、コイツをボコる。
僕らの利害は、意外なところで一致していた。




