焔―066 久瀬竜馬
大増量!
俺は……弱い。
強くなんてない。
ただ、強がって見せてるだけだ。
そう、心の底から思う。
拳が、唸りを上げて迫り来る度。
俺の心が、悲鳴を上げるのが分かった。
怖い、怖い怖い怖い怖い。
なんで、自分がこんなところにいるんだと。
なんで、自分が戦ってるんだと。
息を荒げ、痛みに喘ぎながら。
頭の片隅で、そう思ってた。
俺は、弱虫だ。
争うことが酷く怖い。
暴力なんて振るわず、平和に過ごせればそれでいい。
なのに、なんで……。
――なんで、こんなにも負けたくないんだろう。
負けたくない。
この男にだけは、負けたくない。
その先に不幸があるのを知って。
それでも尚、不幸のどん底に行こうとしているこの男を。
一発ぶん殴ってでも、止めたい自分が、どこかにいる。
ああ、自分は弱い。
だからこそ、もっと力が欲しい。
この男を一発ぶん殴って、幸せのほうにひっぱり戻せるだけの、力が欲しい。
いっぺん斬り倒して、正気に戻せるだけの、力が欲しい。
ずっと最強になんて、いれなくてもいい。
これが終わったら、どんな代償だって払ってもいい。
だから、頼むから……。
――悪魔でも神でも、誰だっていい。
今、こいつに勝てるだけの力を、貸してくれ。
☆☆☆
「がアアアアアアッ!!」
ギルの、咆哮が轟いた。
彼の払った腕が大きな爆風を巻き上げ、多くの人たちが吹き飛ばされていく。
「――ッ!? ま、まず――」
「動くな小僧!」
彼の前へと寄ってきた鍛冶の王、ドナルドがそう叫ぶ。
見れば彼の顔には少なからずの『恐怖』が滲みだしており、その色に気がつかれたと察したドナルドは、ふっと強引に笑って見せた。
「――たくさん死ぬ。たぶん、ワシらの中でも数人死ぬ。お前さんの仲間も死ぬやもしれん。それだけあの男が強いってのは、たぶんお前が一番知ってるんだろうさ」
「……ッ」
改めて突き付けられたその言葉に、久瀬はぎゅっと唇を噛んだ。
死ぬ。たくさん、死ぬ。
見れば既に多くの者がそこらじゅうに倒れ伏しており、悲鳴と鮮血が絶えることなく舞っている。
もう誰が生きていて、誰が死んでいるのかもわからない。
けれど、それでも……。
「……止まってなんて、いられない」
久瀬は、小さく吠えた。
その言葉は小さくとも、確かにその言葉には決意の炎が灯っており、その言葉を聞いたドナルドは大きく口元を歪めて笑った。
「あのひよっこが、言うようになったじゃねえか」
そう笑った彼は、ふっと彼へと手を差し出す。
「……寄こしてみろ。どうせ使い物にならなくなって使ってないんだろう。んで、刀が使えなくなってから殴り合いの経験の差が出て、途端に劣勢になった、と。どうせ今のまんま出て行っても勝てっこねえよ。まずは刀出せ」
「……さすが、ですね」
その言葉とともに、久瀬の右手を黒い炎が包み上げる。
かくしてその中から現れたのは――ひと振りの刀の、その残骸だった。
「うおあ、あの神器がぶっ壊れてやがらあ……」
その言葉に、久瀬は顔を歪めてその刀を見下ろす。
その根元から完全にへし折れた神器――黒刀ベヒルガル。
世界獣べヒモスの素材を元に作り上げられた、紛うことなき最強の神器。最強の矛。
それが……。
「拳で……」
「拳で砕かれた……だと?」
ドナルドの言葉に、自身の腕の責任だと、久瀬は大きく奥歯を軋ませた。
もっとうまく使ってやることができれば、きっとこの刀だって……。
「……おかしい」
けれども、ふとドナルドが呟いたその言葉に、久瀬はガバッと顔を起こす。
おかしい……? 何かおかしな所でもあったのだろうか。
そう考えて――ふと、ギンが神器に宿る『魂』と、会話をしていた事を思い出す。
対し、この刀には魂が宿っているはずなのに。
――何故、未だ会話ができていない?
「魂……」
「そ、そうだ魂だ! 魂の宿る『神器』は絶対に壊れねえ! それが壊れてるってことは……なんかかんか欠陥か異常が発生してて、本来の力が使えてねえ可能性があるわけで……」
そう続けたドナルドは目の前にその刀を置くと、ガリッと指を噛み切り、その血で魔法陣を描き上げていく。
「さて、これで……出た。やっぱりだ」
そう言って魔力が流し込まれた魔法陣。
それが示した色は――赤色だった。
「赤色を示したってこたぁ、この刀の中に居る魂。おそらくべヒモスが『弱ってる』って証拠だ。べヒモスが死んでから月日が経ち過ぎまったのかね……。とにもかくにも――」
そう笑ったドナルドは、ニヤリと楽しげに笑って見せた。
「お前さん。まだ、先に行けるぜ?」
☆☆☆
それは、まさしく『天災』だった。
腕を振れば嵐が吹き荒れ。
足を薙げば斬撃が放たれ。
魔力を込めれば光線が降り注ぐ。
悲鳴と怒声と鮮血が吹き荒れる中、リーシャは苦しげに歯を軋ませた。
(強い……昔のあの人よりも、ずっと強い……!)
あまりの強さにキッと眉尻を吊り上げると、隣まで下がってきたエルザへと視線を向ける。
「どう、様子は……」
「あと少しかかりそうですね……。もう少し粘る必要があると思います」
「……そう」
小さく、そして諦念交じりに呟いた彼女は、大きく息を吐く。
そして覚悟の決まった瞳でギルを睨み据えると、拳を強く握り締めた。
「ミコ、全部終わったら蘇らせて頂戴ね……ッ!」
そして、彼女は駆け出した。
人や弾幕の間を縫うようにして駆け出した彼女は大きく跳躍すると、ギルの顔面めがけて拳を振りかぶる。そして――ガッと、彼女の腹へと衝撃が突き抜けた。
「が……!」
「……」
腹へと突き刺さったその拳を見下ろしたリーシャは、同時に鮮血をまき散らしながら地面へとぐしゃりと落ちていく。
全く、歯が立たない。
その事実に痛みを噛みしめながらも歯を食いしばった彼女は、膝に手を当てて立ち上がる。
あの、息子の友人が、息子のためにあれだけの傷を負って頑張ったのだ。
――なればこそ、母がここで頑張らなくて、どうするというのか。
「援護するぞよ!」
「行くぞグレイス!」
ギルを強く睨み据える彼女の両脇から、魔王の身体強化を受けたグレイスとレックスが飛び出した。
その速度は今までの二人の比ではなく、それを前に多くの人々が希望の光を見出した――だが。
「――遅い」
ゴッ、と二人の腹へと拳が抉りこまれた。
声にすらならない悲鳴を上げた二人が大きく吹き飛ばされてゆき――その直後、ギルの背後へと魔王が転移で現れた。
その手に浮かぶのは禁呪の紋様。
「禁呪――『地縛獄鎖』ッ!」
瞬間、ギルの背中へと触れたその手から無数の黒い鎖が生み出され、それによってギルの体が雁字搦めに縛りあげられる。
そして直後に、前後左右、四方から人影が飛び出してきた。
前方にはリーシャ。
右側にはグレイス。
背後にはエルザ。
左側にはレックス。
それぞれの拳や武器には膨大な魔力が纏われており、それらが一斉に放たれる。
「『天魔の一撃』ッ!」
「『氷魔絶拳』ッ!」
「『幻影の一閃』ッ!」
「『獣王拳』ッ!」
蒼い拳が顔面に撃ち込まれ。
氷の拳が脇腹へと叩き込まれ。
背中を紫の刃で切り刻まれ。
体を恐竜の拳が殴り飛ばす。
あまりにも高威力の攻撃の連続に周囲にいた者たちは唖然と眼を見開き――
――そして、無傷でそこにたたずむギルを見て、泣きそうになった。
「――これまで、か」
瞬間、地縛獄鎖を力ずくで引きちぎったギルは、ぐぐっと体を貯め――そして、ぐるりと腕を薙ぎ払った。
途端、たったそれだけの衝撃で周囲百メートルに存在していた存在は全て弾き飛ばされ、その中心部にいた五人は骨を砕かれ、内臓が破裂し、大きく血を吐きながら吹き飛ばされていく。
その中でも後衛である魔王ルナのダメージは深刻であり、他のメンバーがなんとか意識を保っているにもかかわらず、彼女は完全に意識を断ち切られ、四肢を地面に力なく横たえている。
「く、くそ……」
「到達者は到達者でなければ相手できん。それは世界の理であり――絶対不変の法則だ」
その言葉にリーシャは体を動かそうと力を入れるが、今の一撃で四肢の骨が砕けたのか、動こうと、立ちあがろうとする度に体中へと痛みが走る。
それを一瞥し、小さく眉を寄せたギルは――
「『暗殺』ッ!!」
首筋へと迫ったその剣を、手の甲で弾き飛ばす。
見ればそこには、リーシャを背にするように一人の少女が立ちはだかっており、その少女の姿に、ギルはピクリと反応を示す。
「……久しぶり。兄さん」
その言葉に、その姿に。
ギルはズキンッ、と頭に激痛が走るのを感じていた。
「……俺は、お前の兄では――」
「……違う、貴方は兄さん。だからこそ――」
そう被せるように続けた彼女――凛は、その白銀色の刃の切っ先を彼へと向ける。
「私は、兄さんを幸せにする。幸せにしなきゃいけない。それだけの『恩』を、たくさんもらってきた。だから。私は貴方を――見捨てない」
「……ッ」
その言葉に小さく息をのんだギルに、無数の魔法が襲いかかる。
それらの魔法を腕で払い、小さく呻いたギルは、それらが魔法ではなく『弾幕』――つまりは『視界を封じる』という目的に使われているのだと直感する。そしてその直後、弾幕の中から感じ取った大きな殺気に咄嗟に腕を防御へ回す。
そして――刀が、空間を走った。
その見事な一閃にギルの体が小さく押し込まれ、その太刀の主――優香はニヤリと笑うと、大きく声を張り上げた。
「今よッ!」
彼女の声が響いた――次の瞬間。
――煙の中から、久瀬が姿を現した。
「な――ッ」
「うおらあッ!」
久瀬の拳がギルの顔面を捉え、そして、鮮血が舞った。
ギルが油断したその一瞬。時の歯車すら土台にし、見事その隙を突いて見せたその攻撃に、ギルの顔が大きく歪み、彼は鼻から噴き出た鮮血を拭いながら、その男を睨み据える。
「貴様ァ……ッ!」
ギルの鋭い視線を感じながらも、息を荒げた久瀬はキッとギルの姿を睨み返す。
「俺はお前を倒す。……だけど、正直お前は、俺より強い」
だから、と。
そう続けた彼は、フッと笑みを零した。
「だから、どうしようかって悩んでた。神でも悪魔でもいい、お前に勝てるだけの力が欲しいって、心の底から渇望してた」
どうしてこんなにも自分は弱いのか、と。
なんで、友達一人救うことが出来ないのか、と。
そう考えて、悩んで、苦しんで、痛みと狂気の中、考え続けて――そして、思い出した。
「――だけど、俺には仲間がいる」
砂煙の中から、多くの人々が姿を現す。
そこにあったのは――『世界』だ。
彼が自らの願いのために斬り捨てようとし、雑多と言い放った人々が――世界が、そこにはあった。
ある者は決意に瞳を煌めかせ。
ある者は恐怖に顔を強ばらせ。
ある者は痛みに顔を歪ませ。
十人十色、一人一人異なる感情が渦巻く集合体。
けれども彼ら彼女らは、その足で、そこに立っていた。
――選択したのだ。
他の誰に言われたわけでもない。
ただ、この世界は壊させやしない、と。
自分も、自分の大切なものも。
何一つ、簡単には奪わせやしない、と。
――命を賭して、お前を否定する、と。
そう覚悟して、ここまで来たのだ。
「ぐ、ぅ……ッ」
それらの視線に晒され、ギルが小さく呻く。
けれどもその瞳は未だ爛々と輝いており、その光を前に久瀬は大きく魔力を汲み上げた。
「お前は、それでも進むか。これら全ての『想い』を踏みにじり、闇の中へと行こうとするか」
「……愚問、だな」
無理矢理に、口角を吊り上げたギルの声が響く。
「あぁ、進むさ。これらの命を踏み躙る覚悟はできている。これらの覚悟を、想いを、踏み躙り蹴り飛ばし、燃やし尽くす覚悟はできている。故に、俺はもう止まらぬ」
彼の体から膨大な威圧感が溢れ出し、殺気が荒れ狂い、風を伴って彼らの全身へと打ち付けられる。
けれども、引かない。
どれだけ恐怖に苛まれようと、どれだけ絶望に蝕まれようと。どれだけ実力の差を明確にされようと。肉壁になるしか道がなくてもいい。
ただ、ここで引けば死ぬほど後悔する。
ここで引いて大切なものを守れなかったら、きっと死んでも死にきれやしないから。
ならば、引けるはずもないだろう。
「俺は弱い。故に、友の力を借りて友を倒そう」
「俺は強い。故に、個の力を以て世界を壊そう」
世界の力を借りて、幸せを掴まんとする者。
個の力を以て、不幸を掴まんとする者。
性格も何もかも、正反対。
相性最悪とさえ言っても過言ではない両者は互いの瞳を睨み据え――そして。
――最後の戦いの幕が、切って落とされた。
☆☆☆
世界が、先に動いた。
誰もが察していた――決着は、一瞬で着く。
もう、全ての終わりまであと少し。
なればこそ、ここで動かないで、如何する。
「「「うおおおおおおおおおおおッッ!!」」」
鬨の声があがる。
それは絶望も、恐怖も何もかもを含んだ、雄叫びだった。
覚悟しろ、仇なす者よ。
世界はそう――軽くはないぞ、と。
その覚悟の咆哮にギルは大きく笑うと、その体から膨大な炎を吹き上げた。
「行くぞ世界! これが最後の戦いだ!」
その炎は青からオレンジ――そして、金色へと変化する。
常人ならば近寄るだけで一瞬で燃え尽きるようなその炎。
けれどもそれを意に返さんとばかりに駆けてくるそれらの軍勢を見て、ギルははたと、彼らを包む『青い魔力』に目を見開いた。
――青龍の魔力。
狂い堕ちにより魔力を遠くへ放出することを封じられた久瀬竜馬は、故に考えた、どうするべきかと。
そして考えついた――なれば、貸与えてしまえばいいと。
青龍と久瀬の魔力を帯びた彼らは、熱に当てられながらも、それでもひたすらに突き進む。
その姿に小さく口角を吊り上げたギルは、スッと左腕を彼らへと突きつける。
「なれば良し! 我が前に燃え尽きよ――ッ!」
轟ッ、と金色の炎が迸り――そして、端から軍勢を飲み込んでいく。
近寄るだけで燃え尽きるその炎。
それに飲まれたものは一瞬でその命を散らし、悲鳴すらなく無数の命がそこより消える。
そして――ズキンッ、とギルの頭に鈍痛が走り抜ける。
「く、クソ……がァッ」
その痛みを、彼はよく知っていた。
ギンという男の残した『制限』。それが大きく反応した時に、忌避感の表れとして頭痛を響かせる。
けれど、その痛みももう慣れた。
制限など力ずくで壊してしまおう。
全ては自身の願いのため。
もう大切な人が誰も傷つかない――エデンの園のため。
「アアぁぁぁぁぁッッ!!」
死ね、死ね死ね死ね死ね。
全て全て、死んでしまえ。
ふと、記憶が蘇る。
昔世話になった、宿屋の店主の顔。
笑いあった騎士団の男達の笑顔。
ふざけ合った冒険者たちの顔。
旅先で出会った様々な人たちの笑顔。
全て、全て、全て全て全て。
「全て……、消えろォッ!」
「おいッ、ギルゥゥッ!」
ギルの咆哮に、久瀬の叫びが轟いた。
ハッと上空を見上げたギルの瞳に映ったのは、それら炎に飲み込まれていく人々に悲しげに顔を歪めながらも、それでもギルを睨み据える久瀬の姿であり、彼は上空で大きく魔力を迸らせる。
「そんなに嫌なら、やめちまえってんだッ!」
かくして、彼の右腕に蒼い義手が生み出される。
その手に握られるのは――一本の糸。
その糸を視界に映したギルは、愕然と目を見開いた。
「ば――ッ!? か、『神の髪』……だと!?」
神の髪。
ギンが残り三本、いつかのために残しておいた、万能万治の特効薬。
その一本を――久瀬は、目の前へと投げつける。
「本音隠して、心押し付けて、そんなに嫌なことして何してるッ! その『先』に、何があるッ!」
叫んだ久瀬の左手に、折れた黒刀の残骸が召喚される。
そして久瀬は――スッと、神の髪を、残った刀身で切り裂いた。
ギンが何故、三本のうち一本を彼へと与えたか。
それは間違っても、彼の体を戻すためではない。
――その武器を、その魂を、覚醒させるため。
「我が意に応えて、此処に目覚めよッ! 世界獣ベヒモスッ!」
そして――新たな刀身が、生み出された。
青みを帯びた、闇のような漆黒の刀身。
その刀からは膨大な青いオーラが迸っており、それを見た久瀬は大きく笑い、大きく息を吸いこんだ。
あぁ、この『刀』ならば耐えられる。
――あの力に、耐えられる。
あの力。
今の今まで、使ってこなかった真の奥の手。
ギルの前では一度も使ったことのない、最後の手段。
彼はキッとギルを睨み据え、その『スキル』を発動する。
「行くぞ!【天下無双】ッッ!!」
その時、その瞬間。
久瀬の体から、金色のオーラが吹き出した。
そのあまりにも膨大な威圧感と魔力量にギルの頬が引き攣り、目が限界まで見開かれる。
天下無双。
かつて、バアルとの戦いで用いた、彼の奥の手。
使用後は必ず動けなくなるというデメリットこそあれど、その力は最強無二。
その力とは――『無敵と化す』こと。
あらゆる攻撃を弾き、あらゆる攻撃を絶対必殺へと昇華させる、世界中に存在する中で最も強大な、最強の力。
創造神エウラスが、いつか世界を護らせるために、彼へと与えた唯一の力。
「――どんな多彩も、絶対の【矛】で喰い尽くそう」
彼は、強くない。
欠陥だらけで、頭も悪く、技術も稚拙。
故に考えた。どうすれば各上たちと……。
――主人公達と、張り合えるか。
「絶炎――『一刀両断』ッ!」
黒刀が唸りを上げ、ギルが上空から襲い来る久瀬へと作り上げた絶望の剣で相対する。
そして――ギルの腕が、吹き飛んだ。
「が……!?」
一切の抵抗なく、剣ごと彼の腕を切り落とした久瀬の剣に――否、久瀬という男に、ギルは警戒心を一気に引き上げる。
――この男は、ここで始末せねば手遅れになる。
ギルは、いつかのバアルと同じことを確信する。
何がギンだ、何が混沌だ……。
得体の知れなさならば、あの二人に敵う存在は恐らくいない。けれど。
こと危険性だけならば、こっちの方が余程やばいッ!
「チィッ!」
その体から吹き上がる金色のオーラにギルは大きくその場から飛び退る。
――そして、周囲を冷気の霧が包み込んだ。
「こ、これは……グレイスのッ」
氷魔の王グレイスの魔力は、魔力自体が冷気を帯びている。
故に魔力を大量に放出すればそれだけで冷気の霧を発生させることが可能であり――高密度魔力の中においては、消耗した最上位魔眼では『視界を確保する』ということは不可能に近い。
「だが空間把握で――」
――調べればいいだけのこと。
そう言おうとしたギルは、けれどもそう言い切ることは出来なかった。
周囲に浮かび上がった反応は――四つ。
しかしながらそれらから感じられる『反応』は全て瓜二つであり、それらの自身をも上回る『隠蔽術』に、幻影の王の名が脳裏をチラつく。
「死に損ないの歯車が……ッ!」
吐き捨てたギルは大きく歯を食いしばると、それと同時にそれらの影が一気に彼へと向かってくる。
速度も形も、何一つとして同じもの。
「俺は――強くなんてない」
霧の中から声が漏れる。
「だから考える。お前らと、強いお前らとどうやったら戦えるか。どうやったら、勝てるのか」
どこからか響いてくるその声に、周囲の四つの影を『眼』で見比べたギルは小さく舌打ちすると、周囲へと漆黒の爆炎を撒き散らす。
「死ね! そのようなスキルも何もかも、全て燃やし尽くす絶望の炎で死に絶えろ!」
それらの炎は三つの影を見事に捉え、そして、一つの影が、その炎をも切り裂いた。
――霧が晴れる。
そこには炎を浴びて苦痛に顔を歪める優香、妙、花田の三人の姿と――金色の刀で炎を裂いた、久瀬の姿があった。
「その答えは――仲間を、頼ること」
仲間を頼る。
強者たるギンも、ギルも。
ついぞ『仲間に頼る』ということをしなかった。
けれど、弱者たる彼に、そんなプライドなどありはしない。
馬鹿にされても、汚いと罵られても。
純粋に、ただ勝利に貪欲に。
その未来だけを、取りに行く。
仲間が傷つくかもしれない。場合によっては死ぬかもしれない。けれど、それでも仲間だ。
――危険を分かち合い、共に乗り切ってこその、仲間なんだ。
「これで負けたら、俺の完敗だ」
スッと、久瀬は瞼を閉ざす。
身体中に纏っていた『天下無双』の力を、全て刀に込め直す。
防御などいらない。
ただ――最強の一太刀を。
もう、勝てるか負けるか分からない。
ただ、必死になって勝利にしがみつく。
その果てに何が待ってるのかなんて分からないけれど。
――最大の努力の果てに、後悔なんてありはしない。
「我が元に降れ! 我が力を、我が命の灯火を! ここに力と成して示しらさんッ! 無敵も無敗も何もかもを喰いつくせ! 絶奥義――『絶望の燈』ッ!」
「我が意志を以て此処に宣言する。その意思も、願いも、想いも何もかも、尽くを焼却し、突き進まんッ! 絶炎終奥義――『死滅の刃』ッ!」
カッと目を見開く。
互いの最後の一撃はそれぞれ、相手の身体へと吸い込まれてゆき。
――そして、世界樹の上で、全てを巻き込む爆発が巻き起こった。




