表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
正義の在処
574/671

焔―063 覚悟

難しい話ラスト!

この戦いのラストインフレです!

たぶん!

 自分の弱さを、どれだけ怨んだか知れない。

 帝国で、腕を失ったギンの姿をただ見ているしかできなかった自分に、心底嫌気がさした。

 岩国で、傷ついていく友を助けてやれないかった自分に、憤死するほど苛立った。

 和の国で、駆けつける事が出来なかった自分に、どうしようもなく、泣きそうになった。

 霧の町で、ただ翻弄されるままになっていた自分に……。


 どうしようもなく、怨嗟の情を抱いてしまった。


 なぜ、自分はこんなにも弱いのか。

 目の前にいる大切な人すら守れないほどに、弱々しいのか。


『――覚悟、がないからではありませんか?』


 ふと、声が聞こえた。

 一か月前、運命眼を譲渡された直後のこと。

 ただ一人、灰に染まった夜空を見上げていたとき、背後からそんな声が聞こえたのだ。


『……覚悟?』

『そう。自分がどうなってもいい。目的のためならばどんな手段だって取ってやる、という気概。まあ世間一般に言う【覚悟】というやつですよ』


 振り返らずにそう問うと、その声は喜色を滲ませてそう返す。


『貴方にはありますか? 他人の意見を握りつぶし、踏みにじってもなお自らの意思を執行しようとする強い自我が』

『……言い方が酷い気がするけど』

『何を仰る。いくらオブラートに包もうと結果論としてはやっていることは同じでしょう? むしろ私などからすれば綺麗ごとを並べて【他の願いを踏みにじっている】という事実から逃げることは酷く傲慢で、酷く愚かしい行為だと思いますが』


 その言葉に、日本で見た無数の物語を思い出す。

 マンガも、アニメも、ラノベも。

 世界を滅ぼす、世界征服、世界救済、世界を守る、等々……。

 なんとなーくそういう『設定』があって、確たる理由も定まらず、ただ『世界を滅ぼすのはだめだ』という決め付けで主人公が正義として立ち上がる。そして、結局は相手がしたかったこと、相手が何を思って『世界征服』などと謳ったのか、等々。そんなことは一切知ることはなくハッピーエンドと締めくくる。

 別に、日本にいたころはそれに対して何か思うことはなかったのだ。

 けれど、あの男と相対して、考えを改めるようになった。


『……正義も、悪も。視点がどこにあるか、ってだけで逆転する』


 ポツリと漏らした言葉に、背後から忍ぶような笑い声が聞こえてくる。


『ゲームの中の大魔王とか、魔神とか。あいつらは何を思って世界を滅ぼそうだなんて思ったんだろうな』

『さあ。多くなりすぎた人類を滅ぼす、だとか。そういう設定はよく小耳にはさめますが、その他大勢の【想い】は語られず仕舞いでしょう』


 想い、か。

 その言葉に、あの男の姿を思い出す。

 あの男の大切な『一』が記憶の中にある仲間たちの事だとして。

 そして、その仲間たちのためだけに世界を作り替えようとしているのだとすれば。

 ……まあ、一般論を持ち出せば、間違っているんだろう。

 ただ、あの男の立場に立ってみれば、きっとそれは『正義』に様変わりする。


『足掻いた。足掻いて、足掻いて。血反吐を吐いて、悲鳴を上げる心と体に鞭をうち、たったひとり望んだ未来へと走り続けた。そしてその末に、下らぬ末路へとたどり着いた。その人生を、その、結局何者にもなれず、何もなせず、ただただ散っていくしかなかった人生をずっとその【中】から見続けていた男がいたとして。もしもその男が【今度はおまえが生きろ】と言われたとする。望んでもいないのに命令されたとする』


 ああ、それはなんという拷問だろうか。

 その男は知っていたはずだ。

 記憶こそ欠落していても、心の奥底で知っていたはずだ。

 その何者にもなれなかった男の、血も滲むような努力の過程を。

 彼は最善を尽くした――けれど、ハッピーエンドには、ついぞたどり着けなかった。

 ならば、自分はどうなんだ、と。

 所詮は偽物、贋作物。

 劣っている、という自覚がある。

 にもかかわらず、その男の中にあるのは、仲間を守りたいと、どんな手を使ってでも、大切な人たちを守り通したいと、そんなちっぽけで、絶対に譲れない想いだった。


 ――故に、多くを斬り捨てることに決めた。


『知っていたんでしょうね。きっとその世界は【楽しくない】と。誰もいない世界に彼女らだけ放り込んだところで幸せにはなれないと。それでも、知っていてもなお。彼女らが、大切な人たちが生きていられたら。ただ自由に生き続けていてくれたら、それはどんなに素晴らしいことだろうかと、そう思わずにはいられなかった』


 きっと、彼だってハッピーエンド、というものには憧れたのだと思う。

 それでも、彼は【失敗】を知っていた。

 ただ一つの、絶望に塗れた失敗を知っていた。

 だから、多くを救う事を諦めたのだ。


『多くを救おうと動けば、また自分は失敗する。それならばいっそ、自分の大切な人たちだけを、自分が、心の底から愛した者たちだけを守ろうと。そう彼は考え、覚悟を決めた。どれだけ憎まれようと、どれだけ嘲笑を向けられようと、どれだけ自分が救われなかろうと。ただその世界を作る。仲間たちが自由に生きられる、何者にも邪魔をされない――【エデンの園】を』


 その言葉に、奥歯を強く噛み締めた。


『それ故の、皆が幸せになれない世界など、存続する価値もない、っていう結論でしょう。まあ、多少強引な気もしますが、そこら辺は【大義名分】だとか【表の理由】だとか。そういう風に思っていただければそれでよろしいかと』


 そう笑ったその男に、ふっと体ごと振り返る。


『……で、あんたはなんで俺の前に現れたんだ? その顔からして、たぶんメフィストフェレス、って悪魔なんだろ? あんた』

『御名答。お初にお目にかかります。二代目主人公殿』


 そう優雅に一礼するその男を冷たい瞳で見つめながら、呆れたようにため息を漏らす。


『まさか戦いに来たとかいうんじゃ……』

『クハハ。馬鹿言わないでいただきたい。私は【なんだか正体不明で強そうなのかも】的なポジショニングしてますが、その実、強さだけならばアスタロトと同格。到達者相手には勝てっこありませんよ』


 アスタロト、か。

 また知らない奴の名前が出てきたが……とりあえずそれは置いておく。

 今の問題は、なぜこの男が、今この段階で俺に介入してきたか、って話だ。

 嘘は許さんと強く彼の瞳を睨み据えると、肩をすくめて見せた彼は、ふっと懐から一枚の『札』を取り出した。



『――自己犠牲の果てに、彼を止める覚悟があるのなら』



 ただ、メフィストはそう言って、俺へとその札を押し付けてくる。

 その札には見たこともない紋章が描かれており、その『狂気』すら感じられる気味の悪い紋章に思わずメフィストへと問いかける。


『これは一体――』


 ――何なんだ? と。

 そう続けようと顔をあげた俺の目に飛び込んできたのは、誰もいない夜の草原だった。

 知らぬ間に現れ、気がつけば消えていた、まるで夢のような男――メフィストフェレス。

 その男から貰った札は、なんでか、身につけておかねば、という使命感を俺にもたらした。




 ☆☆☆




 早く、早く終わらせねば。

 ただ、彼の内を占めていたのはそんな感情だった。

 灰の世界が元に戻って、一体どれだけ経った。

 もしも、万が一にあの男が蘇っていたとして、ここまでたどり着くのに奴の足でどれだけかかる?

 月光眼は持っているのか? 持っていたら転移門で……。


「クソ……ッ、時間を取られすぎたか……」


 思った以上の抵抗を見せた久瀬竜馬という男にそう吐き捨てながら、ギルは世界樹の切り株へと飛び乗った。

 救いの熾火。

 世界樹の切り株、その中心へと星の核にまで到達するほどの一撃を叩き込み、封印によって目覚めし星の体現者を召喚する最後の切り札。

 もう既に封印は解かれた。

 なればこそ、後はその一撃を与えるのみなのだ。

 だから……、だからこそ――



「……何故、そこまでして邪魔をする」



 苛立ち混じりにそう吐き捨てたギルの足がふっと止まる。

 振り返れば、そこには満身創痍といった様子の久瀬がたたずんでおり、その傷だらけの体を見て、ギルは大きく歯を軋ませた。


「貴様では、俺には勝てぬと知ったはずだが?」

「勝てない……ねえ」


 苦痛に顔をゆがめながら、久瀬はそれでも笑って見せた。

 一体、何度思ったことだろうか。

 ――ああ、これが俺の運命か、と。

 けれど、そこであきらめちゃ終わりなんだ。

 そこで一歩、踏み出さなきゃ、意味がないんだ。


「……なあ、ギル。確かにこの世界は醜悪だ。誰しもが助かるなんて事はないかもしれない。誰かを犠牲にしなきゃ成り立たないのかもしれない」


 だけど、と。

 そう続けた彼は、大きく息を吸い込んだ。



「――信じなきゃ、何も始まんないんだよ」



 その言葉に、ギルの眉尻が吊りあがる。


「自分を信じる、世界を信じる。すべてを救う道があるんだって、信じて突き進む。でなけりゃ望んだものなんて手に入らないし、思い通りになんてなるはずがない」


 そう言い切った久瀬は、ふっと力ない笑みを零した。


「もしかしたら、お前の手段が正しいのかもしれない。俺の取ってる手段は理想論ばっか並べてる馬鹿馬鹿しい愚行なのかもしれない。否定できない、できやしない。だって何が正しいかなんて神様だってわかんねえんだからさ」


 何が正しいのか。

 そんなのは、きっとどれだけ考えてもわからないんだと思う。

 視点が違えば答えは変わる。

 自分が正しいと思ったとしても、相手の立場に立つとまた違う景色が見えてくる。


「――でも、結局最後に決めるのは他でもない、自分自身なんだ」


 誰に示されたわけでもない。

 誰の背中を参考にしたとしても、誰を見て育ったにしても。

 最後に自らの進む『道』を選ぶのは、やっぱり自分自身なんだと。

 今になって、心の底から思い知ったんだ。


「正しかったか、なんてのはすべて終わってみなけりゃ分からねえ。だから、今は自分の信じた道を、泥に塗れて他人に笑われながらでも、ただ我武者羅に突き進むしかない」


 ――だから、俺はもう迷わない。


 そう笑った久瀬は、ギルを真っ直ぐに見据え返す。

 握りしめた拳を胸に当て、胸を張って、その決意を表明する。



「俺は――俺の正義を突き通す」



 その言葉に、その姿に。

 ギルはこの男に対する認識を、ここに来て始めて改めた。


「……なるほど、貴様は、俺の最大の障害だ」


 故に、と。

 そう続けた彼の体から膨大な魔力が膨れ上がる。

 ――本気。

 その銀色の瞳から彼の覚悟を読み取った久瀬は大きく息を吐きだすと、その懐から一枚の『札』を取り出した。


「――自己犠牲の果てに、か」


 ふと、メフィストの言葉が頭を過ぎる。

 この『札』が何なのか、既に久瀬は知っていた。

 知っていて――使う覚悟を決めていた。


「自己犠牲、それがなきゃうまくいかないのが『世界』ってんなら、運命ってんなら。俺はただ抗い続ける。世界に、運命に――必死になって抗い続ける」


 瞬間、その札から膨大な魔力があふれ出す。

 その圧倒的な魔力に、気味の悪い狂気のオーラに、ギルは大きく目を見開いた。


「そ、それは……、メフィストの……ッ!」

「御名答……!」


 言いながらも、久瀬は上半身を覆っていた衣服を破り捨てると、自身の胸へとその札を押し付ける。

 ――そして、途端に走り抜ける鋭い痛み。


「が、アアッ! あああああああああああああぁぁッッ!?」


 久瀬の悲鳴が轟き、ギルの頬に一筋の汗が伝う。

 ギルは――否、ギン=クラッシュベルという男は知っていた。

 久瀬の取り出した札に描かれた紋章を、知っていた。



「――『狂い堕ち』」



 ふと、その言葉が口から漏れる。

 かつてエルメス王国の王城を占領した死と音を司る悪魔、ムルムル。

 ギンとの激戦の末、劣勢に追い込まれた彼へと、他でもない大悪魔メフィストフィレスが施した、文字どおりの最期の手段――狂い堕ち。

『遠距離魔法』に対する全ての技術、そして素質を失う代わりに、近接戦闘における全ての能力を爆発的に高める禁呪の中の禁呪。


「自意識を全て失い、全てを壊しつくすシステムとなる大禁呪……」


 しかし、それをしてしまえばただの自我のない狂暴者となるだけであり、ギルの身体能力に追いつくことこそ出来たとしても、そこに自我――つまりは意思がない限り、ギルからすれば『身体能力』以外に注意すべき点が見当たらないただの『デク』と化すだけなのだ。

 にもかかわらず……何だ、この違和感は。

 本来ならば失笑する価値もない愚策、にもかかわらず彼の内を占めていたのは――強烈な危機感だった。

 心が叫ぶ、今のうちに殺してしまえ、と。

 ――()()()()()()()()()()()()、と。


「……扱いきる前? ……ま、まさか――ッ!?」


 扱いきる前、と。

 心が叫んだその言葉にギルは愕然と久瀬へと視線を向けた。

 そこにいたのは――紛れもなく『狂暴者』だった。

 体中をどす黒い色の鎧が包み込んでおり、その背からは真っ白な天使の翼が鎧を突き破って生えており、ヘルムの下からは狂った色の瞳がギルの姿を見据えていた。

 狂い堕ちの末路。人間の燃えカス。

 その、はずなのだ――



「――覚悟なんて、とうに出来てる」



 声が響き、ヘルムに大きくヒビが入る。

 バキリ、と嫌な音を立てたヘルムがその場で崩れ落ち、その中から理性の光を宿した蒼い瞳が、ギルの瞳を見据えていた。


「――ッ!?」


 あり得ない、あり得るはずがない。

 にもかかわらず、視線の先では、そのあり得るはずのないことが起きていた。

 どす黒く染まっていた鎧は一瞬にして形状を変え、青空のような、どこまでも澄みわたる蒼色へと染まっていく。天使のような翼は一瞬で消失し、その中から水晶のような綺麗な翼が現れる。

 加えて白く染まりかけていたその髪は黒さを取り戻し、前髪のひと房を除いて漆黒の髪へと戻っていた。

 元通り……ではない。

 見た目だけならば鎧と翼を得、前髪が白く染まっただけ。

 にもかかわらず、その威圧感は今までの比ではなかった。


(狂い堕ちの効果は適応されている……。常人ならば一瞬で狂うほどの狂気が常に脳内へと流れ込んでいるはずだ……。なのに――ッ)


 ――それを、完全に使いこなしている。

 その事実にギルは大きく歯を食いしばると、久瀬の右の瞳を睨み据える。


「――運命を捻じ曲げる、運命眼、か」


 まさかとは思った、でもあり得ないと思いなおした。

 だからこそ、愕然とした。

 何せこの男――潰れかけの運命眼を用い、精神力だけで大禁呪のデメリットに――自らの身に訪れるその運命に、抗って見せたのだから。


 もう、そこには後を追いかけているばかりの男の姿はなかった。

 自分の足で立ち、自分で考え、選択し。

 自らの正義のもとにここまで至った、一人の男の姿が、そこにはあった。


「あらかじめ謝っとくよ、ギル」


 そう続けた彼は、蒼い瞳でギルの姿を睨み据える。



「俺はこの正義の元に、お前の正義を踏みにじる」




次回から皆さんお待ちかね泥仕合。

さあ、意地汚く己が正義を突き通してもらいましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ