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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
正義の在処
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焔―058 狂気の焔

 間違っている?

 この自分が……間違っている?

 ギルはそう歯を食いしばり、ぎゅっと胸を握りしめる。

 まるで心の内をめちゃくちゃにかき混ぜられたような嫌な感覚。とてつもなく嫌な感覚。ただどうしようもなく――嫌な、感覚。

 あぁ、嫌だ。

 胸の傷に爪を掻き立てられたような、背筋に冷たい刃物を突きつけられたような、腹の底に重石を落とされたような。

 唯ひたすらに……。


(この男が――嫌だ(・・)


 初めての感覚だった。

 ギルという、生まれながらにして最強の座に在ったイレギュラーが、初めて嫌だと思う存在。

 それはかつて自身が『劣化品』と、『代用品』と言ってやまなかった小さな男であり。

 ――最も古い記憶に、居座る男でもあった。


「あぁ、嫌だ。この感覚、この粟立つような肌の感覚、針で刺すような、チクチクとした感覚」


 それが、どうしようもなく嫌なんだ。

 ギルがそう呟いた――次の瞬間。

 彼の体から膨大な闇が溢れ出し、それを見た久瀬はぎゅっと刀を握りしめる。


「お前か。お前か……。俺を、この俺を、この俺を否定しようとする愚か者は……お前か?」


 ギルの銀色の瞳が久瀬を捉える。

 途端にぐらりと歪む視界。

 久瀬は咄嗟に右眼へと魔力を流して元へと戻すが――けれど、視界が戻ったその瞬間、目の前に大鎌が迫っていた。


「な――ッ」


 彼の頭の中に警鐘が鳴り響く。

 これを喰らえば――終わりだ。

 どうしようもないその危機感に、咄嗟に黒刀を振り上げ、その鎌を大きく弾く。

 同時にギルの腹へと蹴りを見舞って、すぐさま背後へと飛び退る久瀬ではあったが、視線の先のギルを見て僅かな違和感が脳裏を過ぎった。


「……なんだ、この感覚」


 ゾクゾクと、腹の底から湧き上がってくるような気味の悪さ。

 視線の先のギルは顔を伏せ、両手に握った鎌をダランと地面へと下ろし、ただブツブツと何事かを呟いていた。


「間違っている? 友を殺し、仲間を見捨て、居場所を失い、全てを失い、こちらに来てもなお、間違っている……? 二度、二度、二度二度二度二度……二度も、失敗?」


 ギロリと、ギルの瞳が久瀬を捉える。

 瞬間、彼の背筋に感じたこともないような怖気が走り抜け、考えるよりも先に体が刀を構えていた。

 煌々と輝く狂気の炎。それを宿した銀色の瞳はただ真っ直ぐに久世の姿を見据えており、ギィンッ、と微かに鎌が音を鳴らした。


「何が無ければ、俺は正しい? 何が無ければ、俺は上手くやれる。俺は……、俺は……ッ」


 ギルは一歩を踏み出した。

 たったそれだけ、たった一歩。

 にもかかわらず彼から溢れ出す威圧感は並のものではなく、まるで風圧を伴うかのような絶対的なプレッシャーに、久瀬は強く刀を握りしめる。


「……逃げたら、負けだ」


 小さく呟く。

 狂ってるだなんて、最初から知ってたことじゃないかと。

 憤怒に塗れ、絶望に囚われ、虚無に蝕まれた。その果てに今の彼がそこにあるのであれば、狂気など、ずっと昔に通り過ぎてきたに違いない。

 であれば迷うことなど何処にもない。


「今ぶん殴ってやれなくて、誰が友だ……ッ!」


 狂気の天敵は勇気そのもの。

 なればこそ、勇気を以て相対しよう。


「――いざ、勝ちに参るッ!」


 大地を砕く勢いで、久瀬が駆け出す。

 踏みしめた世界樹の切り株が大きく爆ぜ、久瀬の振り下ろした一刀が切り株へと大きな斬撃の跡を残していく。

 けれども相対するギルはそれを両手に握る鎌で受け止めており、狂気に歪み、憤怒を帯び、絶望を孕んだその表情で久瀬を睨み据える。


「お前か……ッ! お前さえ、お前さえいなければ……」

「せぇァッ!」


 久瀬がその大鎌を弾くと同時に、上空から無数の刃がギルへと迫り来る。

 その刃を見上げたギルは小さく息を吐くと――



「お前さえ――いなければ」



 瞬間、それらが一瞬にして燃やし尽くされた。

 黒炎による刃すら燃やし尽くした金色の炎(・・・・)

 それを前に久瀬は大きく目を見開き、肌を照りつける膨大な熱気に汗すら蒸発していくのを感じてしまう。


「何がなければ上手くいく。その答えはきっと……お前自身。お前さえいなければ。お前さえ――ここで消えれば。全てが上手くいく。俺の正しさが、証明される」


 正しい。

 自分自身こそ正義なのだと、そう思わずには歩いていられない。まともに立ってもいられない。

 彼が蘇ってすぐに混沌は眠りについた。

 なればこそ、彼はあの場所に戻れたはずなのだ。

 けれどもあの暖かな居場所をその手で捨て去り、世界を敵に回し、友を傷つけ、友を殺し、それでもなお歩き続けるその原動力。

 それこそが――正義という名の狂気の言葉。



「――俺は、正しい」



 真っ直ぐに久瀬を睨み据えるその瞳には、盲目さすら孕んだ一種の不気味さが現れていた。


「正しさなど知らぬ、正義など知らぬ。ただ、俺は俺こそが正義だと。自らこそが至上なのだと思うが全て。他の意見など聞くに耐えん。一笑に付す価値もない」


 ――だってそれらは、間違っているのだから。


 そう言って、ギルは嘲笑った。


「あぁそうさ、自分以外はすべて『間違い』なんだよ久瀬竜馬。どれだけ意見が似ようとも、いくら意見が合おうとも、それが『他』である以上は間違っている。なにせ、その場にいる自分自身が正義なのだから。絶対至高の正義そのものなのだから」


 故に彼は胸を張る。

 根拠などない。強いて言うなれば『自分』だから。

 ただそれだけの理由で、彼は他を斬り捨てる。


「俺が、正しい。唯それだけだ」


 そう嘯き――ギルは一気に駆け出した。

 先程までとは比べ物にならないその速度。

 それを見て思わず目を見開いた久瀬は、照りつける熱気に顔を歪めて魔力を吹き上げる。



「行くぞ青龍……ッ!『聖獣化』ッ!」



 その刹那に彼が考えたのは――生身じゃ、多分触れた途端にそこで死ぬ。熱気にやられて死に絶える。

 故に出し惜しみなどしない。

 今、この瞬間こそが絶対の好機。

 轟ッ、と彼の体から青い魔力が吹き上がり、次の瞬間には彼の身体を包む青い鎧が召喚されていた。

 鱗をその身に纏うような青い鎧に、龍のような無骨な四肢。その体からは青いオーラが迸っており、彼の右眼が蒼く煌めく。


「――死ね」


 ギルの振り下ろした大鎌が久瀬の刀と激突し、周囲へと膨大な熱気と爆風を振りまいていく。

 チリチリと髪が焼けていくような感覚を覚え、大きく歯を食いしばる。

 肺に熱気が入り込み、息をするのも苦痛に感じる。

 故に、息はもう吸い込まない。


「速攻で、ぶちかますッ!」


 大きく刀で鎌を弾くと、スッと目を細め、居合いのような構えを取る。

 ギラギラと瞳が冷たい炎を燃やし、鋭い視線がギルの体を貫いていく。


「……ッ!」


 そして、一閃。

 彼のパーティにいる脳筋剣士より直々に教わった居合抜刀術。今回はその『モドキ』ではあるが、それでもその鋭さは一級品。

 その一撃は咄嗟に背後へ飛び退いたギルの胸元へと赤い傷を刻み付け、それを見下ろしたギルは『治らない』その傷に小さく嘆息した。


「黒炎、やはり厄介」


 だが。

 そう続けたギルは一気に反転して駆け出し、久瀬へと円を描くようにして迫り来る。


「治らないならば、喰らわなければいいだけのこと」


 ギランッ、と大鎌が冷たい輝きを放ち、咄嗟に久瀬はそれに合わせて刀を振るう――だが。

 ――その瞬間、時が止まったかのように、ギルの動きが静止した。

 その場所、その瞬間、その時。

 今まで動いていた動きを身体中の筋肉を総動員して無理矢理に押し殺し、笑って見せた。


「――ッ!」


 その笑みに、久瀬の背筋に怖気が走る。

 まずい、まずいまずいまずい。

 迎撃に振り下ろした刀は止められない。

 けれどその刀は虚空を切り裂き、そして、それを見たギルは再び動きを取り戻す。

 そして一言。


「――死に晒せ」


 目の前へと迫る凶刃。

 嫌なオーラを纏った刃が首元へと迫り――


 そして、久瀬の姿が掻き消えた。


「瞬間、移動……ッ」


 ここで出してきたその奥の手に小さくギルは呻くと、同時に足元の世界樹を食い破って現れたその『手』に、大きく目を見開いた。


「ッ!? 青龍の具現化能力……ッ」


 青龍の魔力の質は、具現化に長けている。

 あらゆるものを具現化し、そして操る。

 そして今回は――



「具現化――青龍の剛腕」



 その声が背後から響き、咄嗟にギルは上体を捻る。

 けれども片足を掴まれている現状、そこまで大幅な動きをすることは出来ず、大きく躱したギルはその突きを躱すことこそ叶ったが、けれども体勢を大きく崩してしまう。

 そしてそれを横目で見ていた久瀬は、ギュッと刀を握りしめた。


(――今、この瞬間だ……ッ)


 確信していた。

 ここが、一番の隙なのだと。

 彼は力むことなく、小振りの一撃を振り下ろす。

 力んで大ぶりになってくれれば幾分かギルにも動き方があった。けれどもこの刹那、気持ちではなく幾度も繰り返した訓練による『技術』が出たことに、彼は内心で盛大に舌打ちを鳴らす。

 そして――自らの足を、断ち切った。


「ハァッ!」


 片手の大鎌で久瀬の刀を一瞬押しとどめ、もう片方の鎌を切り株へと引っ掛け、腕の力だけでその場から離脱する。

 足を切り、受け止め、離脱。

 足を切り捨てるなど不死だからこそ思い至る行動であり、それを見た久瀬は空を切り裂いた刀の切っ先を見て、愕然と目を見開いた。


「……今ので、殺せるとでも思ったか?」


 嘲笑が響く。

 顔をあげれば、そこには元通りの片足で地面を軽く叩いて見せたギルの姿があり、その姿に、久瀬は思わず歯を食いしばる。

 そんな彼へとギルは大きく笑ってみせると。



「俺は正しく、俺は強い。最強の座を奪うだと? その程度でよく言えたものだな、愚か者」



 その言葉には、絶対的な自信が現れていた。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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