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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
正義の在処
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焔―057 正義の在処

脳みそオーバーヒート。

ギルと久瀬。おまえら難しいこと言いすぎなんだよ。

 ――昔、ここで俺達は戦った。


 あれを戦った……と、言えるのかは分からないけれど、実際に相対して、まぁ、結局は途中で邪魔された。

 あの時はルシファーとかいう大悪魔に邪魔された。

 そして時を経て、一ヶ月前。

 霧の舞うロンドンの街の中で、相見えた。

 そして――敗北した。


『正義って、何なんだろう』


 敗北して、苦渋を啜って、泥水に顔を押し付けられたような思いをして、その末に思ったのはそんなこと。

 正義とは……、一体何か。


 ある男は世界を救わんと抗った。

 その根底に何があったのかは分からないが、それでも彼は、世界を救うことこそが『正義』だと感じていた。


 ある女は世界を滅ぼさんと仇なした。

 きっといろんなものを見て、感じて、恨んで、その末にすべてに仇なすことを心に決めた。それこそが『正義』だと疑って止まなかった。


 ある男は世界を下らんと一笑に伏した。

 世界とは不幸せを生成し続ける悪魔の園だ。なればこそ、その不幸せをのうのうと暮らす全ての者に分け与え、残りの幸せを自分の為でもなく、ただ仲間のために使おうと、そう嘯いて策を弄した。それこそが、自分とその他大勢の不幸せこそが『正義』なのだと言い張った。


 どれも正しく、どれも間違っている。

 三者三様、その場に立って見なければ決して理解できるはずもない、狂気すら感じさせるその正義感。

 ある男の立場に立てば、実際に世界を守ろうと思うのだろう。

 ある女の立場に立てば、世界を滅ぼそうと思うのだろう。

 そしてあの男の立場に立てば……きっと、同じことを思うのだろう。

 断言なんて出来ない。

 けど、そうだろうなぁ、って思う。

 だからこそ、どれも主観で見れば正しいと思うし、客観で見れば、どれも間違っていると思う。


 世界を救う、世界を壊す、世界を斬り捨てる。


 ならば、と考える。

 あの三人がそれぞれの命をかけて、それぞれの道を提示したのだとすれば、それを後から追う俺は。



 ――一体何を見て、何を思うのか。



 その答えは、きっと心の中に転がっている。

 そんな気が、してたんだ。




 ☆☆☆




 ――大気が、震えた。

 黒刀べヒルガルとアダマスの大鎌が真正面から激突し、周囲へと膨大な余波が吹き荒れる。

 世界樹の幹にヒビが入り、眼下の町並みが風圧に悲鳴をあげている。

 銀色の瞳と蒼い瞳が交差する。

 かつて友好的な視線を交わした仲であっても、今の二人の間には威圧感と殺気を帯びた緊張感が広がっているばかりであり、ギラギラとした炎を煌めかせる互いの瞳が相手の姿を睨み据える。


「ハァッ!」


 久瀬は大鎌を払って斬り掛かる。

 けれどもその一閃はギルが掌から召喚したグレイプニルによって受け止められ、それを見た彼はスッと体を沈みこませる。


「――ッ!」


 途端に膨れ上がる殺気。

 それを受けたギルは大きく目を見開き――直後、眼前へと迫っていた黒刀を見て愕然とする。


「チィッ……!」


 咄嗟に上体を捻ってそれを躱すが、けれども久瀬の連撃は終わらない。

 彼の身体から膨大な魔力が吹き上がり、それらが計十もの黒刀を空中に作り出していく。


「――剣聖モード」


 その刀一つ一つが黒炎によって作り上げられた、言うなれば混沌の一撃にも迫る『喰らう』攻撃。

 それが十に加えて、久瀬本人が持つ最強の矛、黒刀べヒルガルが存在する。

 それらを前に不利を悟ったギルは大きく後方へと飛び退るが――けれど、途端に視界から『消えた』久瀬の体に、背後から膨れ上がった膨大な殺気に、咄嗟に地を蹴って空中へと見を投げ出した。


 ――そして、無数の黒色が迸った。


 それらは先程までギルのいた場所を串刺しにするように世界樹の幹へと突き刺さっていき、それを傍目で見ていたギルは少し離れたところに着地する。

 そして、すぐさま駆け出した。


「ハッ、笑わせる……ッ!」


 そうして彼の掌から現れたのは――もう一振りの鎌。

 アダマスの大鎌をモチーフに、限りなく本物に近い形で複製した、言うなればレプリカを超えた贋作、クローンとでも言うべきだろうか。

 その大鎌の柄の末端、石突の部分には本物と同じく金具が存在しており、その金具に――グレイプニルの鎖を取り付けた。

 もう一振りの大鎌には既にグレイプニルが装着されており、両手に大鎌、繋ぐは黒い鎖。正しく『本気』のギルの姿がそこにはあった。


 対し、それを見た久瀬はぎゅっと黒刀を握りしめると、宙に浮かぶ五つの刀をギルへと飛ばす。

 ギルの背後では際ほど木の幹へと突き刺さった刀が五つ、彼の背中めがけて飛行している。

 前から五つ、後ろから五つ。

 それぞれの脅威度を一瞬で見透かしたギルはフッと息を吐き――そして、武を舞った。

 それは美しくもあり、力強くもあった。

 洗練されたその動きは見るものを虜にする誘惑さえをも持っており、鎌を振り、鎖を投げ、『武』のみでそれら十の炎をかき消したギルは、勢いを止めることなく久瀬へと駆けてくる。


「……」


 あまりの戦闘能力の高さに久瀬は脱帽する思いを覚えると同時に、少しだけ悲しくもあった。

 ここまで強い。にも関わらず、こんな事をしているギルという男の――その、境遇に。


「ぶん殴ってでも……止めてみせる」

「ほざけ雑多……ッ!」


 ギルの振り下ろした大鎌が久瀬の黒刀火花を散らし、二人を中心として小さくクレーターが出来上がる。

 それを受け止めた久瀬は小さく歯を食いしばり――そして、横合いから迫るもう一つの鎌を見て小さく眉尻を吊り上げた。

 まるで見計らったかのようなタイミング。

 攻撃を受け、押され、そして押し返そうと力を込めた――その瞬間。回避のことが頭から抜け落ちるその一瞬を見事に突くその一撃ではあったが――けれども。


「悪いがそれは――」

「知っている。どうせ通じないのだろう」


 瞬間、久瀬の姿がその場から掻き消える、背後まで振り抜いたその鎌が彼の背後で受け止められる。


「九尾の転移能力……か。なるほど壁を越えたことで使用制限が薄くなったか」

「ご名答……ッ」


 言いながらも、久瀬が放った無数の炎の刀にギルは大きく飛び退くと、追撃するように地面を食い破って現れるそれら黒炎の杭を次々と躱し、後退していく。


「喰らえば回復できぬ黒炎と、加えてギン=クラッシュベルが創りし世界獣ベヒモスが神器。極めつけが俺を遥かに上回るそのステータス。オマケに混沌の力と九尾の力まで……。なるほどこれは厄介だ」


 ――だが。

 そう続けたギルは足を止め、久瀬を見据える。

 その瞳には試すような色が含まれており、ギルは久瀬へと、ただ一言こう言い放った。



「さて久瀬竜馬、答えを聞こう」



 ――答え。

 それは言い換えれば、自らの『正義』だ。

 正義を掲げず、どころか知ることもなく正義の元にその身を晒すのは侮辱行為だ。

 その身を削り、その身を投げうち、ただひらすらに自らの正義のために身を粉にして歩き続けた正義の味方。彼らを前に「知らない」では済まされない。


「答えを持たぬならば疾く立ち去れ。それでも居座るというのならばそれで良し。俺自ら嘲笑に塗れた死を贈ろう」


 そう告げるギルの顔には笑みは浮かんでいなかった。

 久瀬へと向けた黒い鎌の切っ先が冷たい光を灯し、それを見た久瀬はぎゅっと剣を握りしめる。


「正義……か」


 ずっと考えていた、正義とは何か、と。

 正義、世間一般にいう正しいこと。モラルを守ること。弱気を守り、強きをくじくこと。世界平和を謳うこと。

 そう考えてみると、どれも違う、という言葉が頭に浮かんだ。

 もとよりそうだ。

 みんなが幸せに暮らせればいいとは確かに思う。けれど、自分が世間一般にいう『正義の味方』かと聞かれれば、それはきっと違う。

 我儘で、傲慢で、それ以上に愚かしくて。

 そんでもって、自分が思ってるよりもさらにちっぽけなのが自分自身なのだと、今になって心底思った。


「……正直、さ。世界の在り方が正しいのか、間違っているのか。そんなの俺には分からない。俺にはそれを考える頭もないし、間違ってるって言ったって、それを解決できる術がない。思いつかない。」


 その言葉に、ギルは小さく眉尻を吊り上げた。

 だとしたら何を思う、とでも言いたげな彼の表情に久瀬はふっと吹き出すと、蒼い瞳を真っ直ぐにギルへと向ける。

 その瞳に宿るのは――純粋な『想い』だ。

 こうであって欲しいという願い、こんな未来をつかみたいという想い。

 その未来を掴むためならば、他のどんなものだって切り伏せ、運命だってねじ伏せようと、そう言わんばかりの、強い想い。



「――俺は、いつもの日常が欲しい」



 たった一言。

 けれども考えに考え、その末に彼が初めて見つけた、誰にも口を出されず、一人で見つけ出した自分の想い。

 それを前に不機嫌そうに鼻を鳴らすギルを前に、久瀬は口に手を当てて微笑んだ。


「馬鹿だな、お前」

「否定はしねぇよ。自分が馬鹿言ってるって自分が一番よくわかってる」


 そう頭をガシガシとかいた彼は、ふと、いつか自分で言った言葉を思い出す。


『俺は、アイツに勝てるだけの力が欲しい。アイツがいつか、道を間違えた時。その時に一発殴って止められるような。そんな強い力が』


 ――欲しいんだ。

 と、そう言ったあの頃の自分が、この現状を見据えていたのか、と聞かれれば否と答えるだろう。

 けれども、その願いだけは決して変わっていなかった。


「夢を見た。俺がいて、愛紗がいて、浦町がいて、桜町がいて……お前がいて。そんでもってみんなで笑って、みんなで飯食ってさ。馬鹿馬鹿しいくらい何も無かったその夢だったけど」


 ――その夢が、酷く懐かしかった。


 そう続けた久瀬は、ふっと自嘲気味に笑った。

 ギンに主人公の座を渡された。

 けれどやっぱり……自分は、そんな器じゃない。

 なにせ自分は、世界のことなんてどうだっていいんだから。


「俺は、お前らと過ごす日常が欲しい。馬鹿馬鹿しくて、他愛なくて、そんでもって最高に楽しかったあの日常を、心の底から渇望してる。だからお前の前に、()()()()立っている」


 そう、彼は拳を握りしめた。

 視線の先にいるギルはその『応え』に目をスッと細める。


「勇者とか英雄とか、そういうのは桜町にでも任せておくさ。俺はただ日常が欲しい。アイツらがいて、俺がいて、銀がいて、そんでもって、()()()()()()()だ」


 その言葉に、ギルは何も返さない。

 ただ瞼を細め、その隙間から光の消えた瞳で久瀬の姿を見据えている。

 対してそれを真正面から受け止めた久瀬は、握りしめた拳を胸へと叩きつける。



「皆がいる日常を取り戻すこと。それが銀と、お前に対する恩返しで、俺の望みだ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」



 そう言い切って改めて久瀬は思う。

 あぁ、やっぱり自分はちっぽけな人間なんだろう、と。

 世界平和とか、世界征服とか、世界を守るだとか、世界を壊すだとか、切り捨てるだとか。

 そんな大層な理由なんて要らない。

 ただ、この果てにあの日常が掴めるのなら、それでいいんだ。



「力が欲しい。お前が間違ってる今、この瞬間に、一発ぶん殴ってその目を覚まさせてやれるだけの強い力が。俺の望んだ未来を――あの日常を、掴めるだけの力が欲しい」



 その言葉に、ギルは眉尻をピクリと吊り上げる。


「間違ってる……だと? 日常などという自己満足で悦に入る雑多が俺に何か諭せるとでも思っているのか? ここまで来てそれだけしか示せんとは、期待はずれも甚だしい」

「そうか? 俺はしっかり『応え』を示した。その事実は変わらない。後はお前が()()()()()()()()()、だろ?」


 淡々と返されたその言葉に、目に見えてギルの顔が憤怒に歪む。怒気を漲らせる彼は大きく歯を軋ませると、大きく声を張り上げる。


「ふざ……けるなッ! ここに来て何を言うかと思えば日常だと!? 俺がいる日常だと!? 笑わせるな雑多が、俺はここで死ぬ! 全てを救い、他の全てを切り捨て、全てを終わらせ死に絶える! 故に未来などありはしない!」


 そう一気に叫び、息を荒らげるギルに向かって――久瀬は確かに笑って見せた。


「――認められるかどうか、については何も言わないんだな」

「……ッ、こ、この……ッ!」


 ギルは煌々と怒りに燃える瞳を見開き、険しく目尻を吊り上げる。けれどもその口からは声は出て来ず、それを見た久瀬は大きくため息を吐いた。


「正義ってのは一つしかない。それぞれがその心に正義を持ち、進み続ける限り、それ以外はどんな正当なもんだったとしても『間違い』と化す」


 故に、と彼はその言葉を口にする。



「ギル、お前は――間違っている」



 その言葉が響いた、その瞬間。

 久瀬の背後――西の方から、世界が移り変わっていく。

 灰色の空は蒼く染まり、町並みに色がつき、巨大な切り株が木色に染まっていく。


「こ、これは……ッ!?」


 灰色の世界の、消滅。

 それが示すことは、ただ一つ。

 久瀬は蒼く染まった空を見上げてフッと笑うと、ギルへと拳を突きつける。


「一ヶ月前は言えなかった。覚悟がなかった。まだ、お前を前にソレをいうだけの決意がなかった。けど今は違う」


 そう続けた彼は大きく息を吸う。

 そして確かに、宣言した。



「さて最強。その玉座、明け渡す覚悟は出来てるか」



 蒼い寒空の下。

 ギルの噛み締めた歯の軋む音が、小さく響いた。


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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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