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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
正義の在処
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焔―054 罪と純真

 シロ、と。

 そう名乗った彼女は槍を構える。

 誰なのかは分からない。もしかしたら自分が知らないだけで案外有名な人物なのかもしれない。

 いずれにせよ『知らない』という事実には変わりないが、それでも凛にも言えることがただ一つ、存在していた。

 多分、このシロという少女は――


「……強い」


 その言葉を受けて、白いマントが風になびいた。

 シロは小さくギンの影へと視線を送る。その視線に何を取ったか、影は彼女の前へと一歩踏み出すと、同時に円環龍の十字杖を召喚する。


「……なるほど、私を、一人で止められると、そう言いたいの」


 アザゼルの冷たい声が響く。

 見れば彼女の瞳には酷く冷たい光が灯っており、その射るような視線は真っ直ぐにシロの姿を貫いていた。


「了解、ならば改めて教えよう」


 次の瞬間、影の前へと瞬間移動をしたように現れたアザゼルと影の十字杖が激突し、周囲へと大きな衝撃が走り抜ける。



「――お前らが束になっても、私には勝てない」



 その言葉に小さく拳を握りしめ、とっさに立ち上がろうとした凛ではあったが、けれどもシロがその動きを手で制した。

 まるで『問題ない』と、そう言っているかのように。

 アザゼルの言葉にシロは親指と人差し指を口に含むと、ピューッ、と指笛を鳴らす。


 そして次の瞬間――空間が割れた。


「……ッ!? じ、時空間魔法……?」


 そう言葉にしてみて、けれども『違う』と直感する。

 なんだこの力、なんだこの現象。

 見たことがない、体感したことのない不可思議な現象。

 ――少なくとも、『この世界』には無い現象だ。


『ヒヒィィィィィンッ!!』


 馬の嘶きが轟き、裂けた空間の裂け目から漆黒の馬が飛び出した。

 真紅の瞳に、炎のような紅蓮の鬣を備えた巨大な黒馬。

 その威圧感は正しく圧倒的、ペガサス・ロードと同等、いやそれ以上にも思えるその魔物に、アザゼルは咄嗟に鑑定を行う。

 けれども彼女に返ってきたのは、こんな言葉。



 ――【error 未登録の存在です】



 その言葉に、彼女は愕然と目を見開いた。

 未登録。

 それはつまり、全世界においてあの黒馬は一頭も見つかっていないということの証明であり、言い換えれば、完全なるユニーク個体であるという事の証明でもある。


「……まぁ、いい。全て燃やせばいいだけの事」


 アザゼルは驚きをため息に乗せて吐き出すと、キッと目を見開き、両手に紅蓮の炎を召喚する。

 それを見たギンの影は一瞬にして後方へと飛び退いたが、それにしたって彼女からしたら『格好の的』でしかない。


「贖罪せよ『罪の炎』……ッ!」


 瞬間、彼女の両手から炎が迸った。

 先程までとは比べ物にならないほどの熱量に、その延長線上にいた凛は小さく目を見開いたが――けれども、どこからか飛来した赤い影が、その紅蓮の炎を貫いた。

 途端に霧散する罪の炎。

 それにはアザゼルも愕然とし、直後に目の前へとかけてきた黒馬を見て咄嗟に横合いへと回避する。


「クソッ……! なにが――」


 何かが自身の放った『罪の炎』の中心を捉えたと思った途端、まるで『核』を失ったかのように、炎そのものが自発的に――否、強制的に霧散()()()()()

 今のが魔法の核を寸分違わず撃ち抜かれた結果なのだと、彼女も心のどこかで分かっていた。

 けれども……否、だからこそ信じ難い。

 魔法の核を撃ち抜くなど、三大魔眼級の圧倒的な眼力と、加えて魔法の核がどのような軌道を通ってどのように移動していくのか、それすらも読み切る、未来視にも達し得た絶対的な頭脳が必要な、正しく【神業】だ。

 そんなもの、マトモな人間が出来るはずがない。


「――ッ!」


 横合いから足音が響き、咄嗟に腰から伸びる翼を防御に回す。

 直後にギィンッ、と金属音が鳴り響き、硬質化した二枚の翼と一振りの槍がギリギリと音を立てる。


「……お前、一体何者だ。お前自身の種族が不明なこと。あの黒馬が完全なるユニーク個体であること。そして、先ほどの見惚れるほどのマジックキャンセル……」



 ――一体、お前らはどこから来た?



 そう問いかけるアザゼルに、相対するシロはフッと笑った。

 槍を払って大きく距離をとった彼女は背後から再びノートを手にすると、きゅっきゅと再び鉛筆を走らせる。

 ……しばしの沈黙が流れる。

 十秒、二十秒、三十秒経っても未だに書き終わらない彼女の姿にいい加減苛立ちを覚えてきたアザゼルではあったが、その後すぐに鉛筆を止めたシロの姿を見て安堵の息を吐く。

 そして同時に、ゴクリと喉を鳴らした。

 戦闘中、あれ程までに必死になって文字を綴っていたのだ。一体どれほどの秘密を抱えてここに立っているのか。

 そう考えたアザゼルは、張り詰めていく緊張感に拳を握りしめ、シロが自信満々に開示したその内容を見て――。



『しらない』



 思わず額に青筋が立った。

 その答えだけならまだ分かる。まだ分かるのだ。

 だが、これだけは我慢ならなかった。



「何故あれだけの時間をかけて、何故セリフの横にデカデカと似顔絵を書いているんだお前は……ッ!」



 激昂したアザゼルがシロへと斬りかかる。

 いきなり襲い掛かって来るとは思っていなかったのか、焦った様子のシロが咄嗟に盾でレイピアを防御する。

 しかしヘルムの下から伺える感情は困惑の一言に尽きており、その純粋な瞳がアザゼルの神経を逆撫でした。


「おまえ……私を舐めているのか! 戦闘中にあれだけの時間をかけたから、私はさぞかしとてつもない秘密なのだろうと考えていた。が、箱を開けてみれば『しらない』の一言! しかも横には誰を書いているか甚だ検討のつかないゴミみたいな似顔絵! 舐め腐っているとしか思えない!」


 その言葉に、シロは愕然と目を見開いた。

 今までは『へ、へぇ……、ま、まぁ、うん。上手く……出来てるのかな? 分からないけど、ピカソみたいだよねシロってさ!』といったような事しか言われてこなかった。

 故に彼女は、なんとなーく、自分は絵が上手いのだと、そう錯覚していた部分もなきにしもあらずだったのだが……。


 ――誰を書いているのか甚だ検討のつかないゴミみたいな似顔絵。


 その言葉が頭の中で何度も流れ、彼女は思わず膝をついた。

 敵前でいきなり崩れ落ちるという暴挙にアザゼルは『作戦か』と咄嗟に身構えたが、彼女の体から溢れ出す悲しげなオーラに思わず眉根を寄せてしまう。


「え、は? いや、ちょっとお前、敵の目の前で何やってる?」

「……っ、……」


 泣き崩れたように蹲るシロ。

 その姿になんとも言えない哀愁を覚えて凛が目を逸らし、ギンの影と黒馬がシロの傍に寄り添った。

 影が彼女の背中をゆっくりと撫で、黒馬がヒヒンと顔を押し付ける。

 そんな光景を見て、アザゼルは心の底からこう思った。



 ――私は今、一体何を見せられているのだろうか、と。



 けれども鼻をすするような音とともに立ち上がったシロを見て、彼女の頭から油断の文字は消え失せた。


「……関係ない。私はただ、贖罪させるのみ」


 彼女の体から本気の威圧感が溢れ出す。

 その威圧感に当てられてすぐさま槍を構えるシロ。影は咄嗟に杖を構え、黒馬が短く嘶きをあげる。


「我が名は贖罪のアザゼル。なればこそ、私はお前に贖罪を強要しよう。貴様が今までに奪った命、貴様が今はまでに踏みにじってきた全ての命へ、その命を持って償うことだ……ッ!」


 彼女の体から膨大な『罪の炎』が溢れ出し、それを前にシロは黒馬へと乗りあがった。

 小さく、ギンの影へと視線を向ける。

 彼は委細承知、とばかりに無言で頷くと、満足げに微笑んだ彼女はぐっと体勢を低め、槍を構えた。


 ――行くよ、と。


 ヘルムの下の青い瞳はまるでそう呼びかけているようでもあり、その姿にアザゼルは獰猛な笑みを浮かべた。


「お前がこの世界で命を狩り、その力を得た以上、必ずこの炎はお前の身を焼き焦がす! 超えられるものなら……超えてみろッ!」


 ――瞬間、紅蓮の炎が迸る。

 シロめがけて一直線に放たれた炎を見据えたシロは――迷うことなく、その中へと黒馬を走らせた。

 その姿に内心で嘲笑ったアザゼルではあったが……ふと、紅蓮の炎の中で動いている『何か』があることに気が付いた。


「ま、まさか……ッ!?」


 よく目を凝らすと、そこには紛れもなく、黒馬に乗って炎の中を駆けるシロの姿があった。


「ば、馬鹿な……!? 草でも動物でも魔物でも、命を狩ればその時点で対象内になるこの炎が……通用してない!?」


 有り得ない、有り得るはずがない。

 彼女程の強さを得るまでには、万の魔物を殺したところでまだ足りない。それ以上の魔物を、命を、刈り取り、踏みにじってきた者しか到達できるはずがないのだ。

 にも関わらず、彼女とその黒馬は、なんでもないと言ったふうにその炎の中を駆けていた。

 その姿にアザゼルは呻くように声を漏らした。


「お前は一度も現実において『殺し』をしたことが無い、夢の国の住人だとでも言うのか……ッ!」


 そんなことあるはずが無い。

 そう思うと同時に、なんとしてもこの相手を倒したいと、こんなふざけた相手に負けてたまるかと、アザゼルは心の底からそう思った。


「――変質ッ!『蒼炎』!」


 彼女がそう唱えた――次の瞬間。

 シロたちを覆っていた紅蓮の炎が一瞬にして蒼く染まり、初めて感じた『熱さ』に黒馬の足が緩まった。

 罪の炎で殺せないなら、普通の炎に切り替えればいい。

 ただ、それだけの事なのだ。

 そう心の中で笑ったアザゼルは――次の瞬間、金色に染まったその炎を見て目を見開いた。


「こ、これは……ッ!?」


 とっさに視線を回らせれば、炎の中に片腕を突っ込んだギンの影の姿があり、その影が浮かべていた笑みにアザゼルは全てを察した。


(まさか……炎の所有権を乗っ取られた――ッ!?)


 聞いたことがある。死んだ当時のギン=クラッシュベル、つまりはギルには『炎天下』という、全ての炎を、全ての熱を支配下に置く最強のスキルがあるのだと。

 なればこそ、そのコピーたる『影』もまた、そのスキルを持っていたとしてもおかしくない。


「クソ……がっ!」


 視線を前へと向ける。

 見れば黒馬から飛び上がったシロが投擲するようにして大きく槍を構えており、その姿を見たアザゼルの脳裏に無数の未来が過ぎっていく。

 躱せる未来、躱せない未来、自分が死ぬ未来まで。

 ありとあらゆるここか繋がる全ての未来へと意識を飛ばし、実体験し、その結果を読み取る『未来視』の能力。

 メフィストの使うデメリット無しでの未来予知の下位互換ではあるが、それでも絶対に一度見た未来は外さない。体感したに行動すれば決して失敗しない。そういう強みはこと戦闘において何よりも厄介な力となる。

 そしてこんな場合においても、その力は遺憾無く発揮される。



 ――はずだった。



 どこからか飛来した赤い影が彼女の足元へとへばりつき、まるで泥沼に沈んでいくかのように彼女の片足が影に埋まった。


「な……ッ!?」


 また、この赤い影だ。

 一体どこから、誰が介入してきている。

 とっさにそう考えた彼女ではあったが、けれども脳裏を過ぎった無数の未来が次々に消えていくのを見て、彼女の顔から余裕が消え失せた。


(ま、まずい……っ!)


 片足が影に埋まって身動きができなくなったため、一瞬にしてそれら無数の未来のうち大半が消失してしまった。

 残る未来はここから一歩も動かずに迎撃する未来のみ。

 つまりは――躱す選択肢を、たった一手で封じられたのだ。


「――ッ!」


 上空へと視線を向ける。

 そこには唸りをあげて迫り来る槍が存在しており、その槍を前にアザゼルは大きく目を見開いた。

 ――躱せない。

 ――ここで、終わり。

 未だ解決策となる未来は見えず、そんな未来ばかりが彼女の脳裏を過ぎり――そして彼女の体へと、シロがガバッと()()()()()


「……はっ?」


 そのまま刺されると考えていた彼女は咄嗟のことに反応できず、そのまま地面へとうつ伏せに押し倒される。


「が……ッ」


 気がつけば腕の関節を決められており、足を固定していた赤い影はいつの間にか消え失せている。

 見上げればアザゼルの腕を捻りあげて拘束をしているシロの姿があり、その瞳を覗き込んだアザゼルは大きく目を見開いた。


「お、お前……」


 そこに映っていたのは、純粋な『楽しい』という感情。

 それを見てアザゼルは全てを察する。

 自分からすれば『殺し合い』でも、相手からすればそうじゃない、ってこともあるんだと。


「遊び……じゃないか。模擬試合、だとでも思ってたのか? ……一体、どんな世界から来たんだお前は」

「……!」


 心底楽しそうなシロの笑顔に毒素を抜かれたアザゼルは大きく息を吐くと、疲れたように体から力を抜いた。


「……私の負けだ。負けたからには、もうお前には逆らわんさ」


 それに、と。

 そう続けたアザゼルはフッと笑うと。



「どうやらお前は、贖罪する必要も無いみたいだし」



 かくして贖罪のアザゼルは。

 シロという罪なきイレギュラーの手によって、見事打倒されたのだった。



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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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