焔―053 ヴァルキリー
少し短めです。
激しい炎が吹き荒れ、アザゼルの笑い声が響く。
「あはは、ハハハハハ! 良い! あなた良い! 私とマトモに戦える奴なんてそう居ない!」
対するギンの影はシルズオーバーで大きくレイピアを弾くと、月光眼をギラリと輝かせる。
けれどもレイピアの切っ先で太ももを浅く切り裂いたアザゼルは一瞬にして幻術から抜け出し、ぐっと拳を握りしめる。
「強化・悪魔の手……ッ!」
瞬間、レイピアを握っているのとは逆の左手が悪魔のソレへと変化し、ギンの影へと唸りを上げて迫り来る。
だが、そこに白銀の大盾が割り込まれた。
「何二人で戦ってるんすか! 俺達も居ること、忘れられちゃ困るっすよ!」
ギンの影の前に割り込んだ花田がそう叫び、アザゼルが見るからに不機嫌そうに舌打ちを鳴らす。
「格下が、しゃしゃり出るな……ッ!」
悪魔の腕を大きく振るうと衝撃波が吹き荒れ、花田が大きく吹き飛ばされていく。
力こそ半減していたものの、ギンの分身体の攻撃すらも凌いだ花田。その防御を一撃で吹き飛ばすアザゼルの攻撃力に優香は目を見開いたが、けれども怯むことはしなかった。
「ハァッ!」
ギィンッ、と火花が散り、悪魔の腕から伸びた爪と優香の刀が鍔迫り合う。
「……不思議。何故、邪魔をする? あなた達じゃ、私に勝てない。けど、この影ならばマトモに戦える。あなた達じゃなくコイツなら……」
「ハッ、めでたい頭してるわね。その影は私たちが召喚したもの、私たちの力。そのベースが何であれ、あなたが私たちに苦戦している現状には変わりない……!」
優香の力が強まり、悪魔の腕が小さく押し込まれる。
その力に目を細めたアザゼルは、けれどもフッと嘲笑う。
「そう、ならあなたから死ぬ?」
――ボウッ、と悪魔の腕から紅蓮の炎が舞い上がる。
その炎に優香の本能が警鐘を鳴らし出し、彼女は咄嗟に後方へと飛び退いた。
けれどもそれを見透かしたように追随してきたアザゼルは、迷うことなく彼女の体へと、その『炎』を浴びせかける。
「――贖罪せよ『罪の炎』」
その炎が彼女の身を焼き、絶叫が響き渡った。
「が、ぁ、ああああああああ……ッ!?」
「ゆ、優香……ッ!」
咄嗟に凛が彼女の腕を引いて炎の中から引きずり出したが、優香は今も尚、痛みに呻いているばかり。
その姿にキッとアザゼルを睨み据えると、彼女は笑って炎を手に灯した。
「罪の炎。今までにその対象が『奪った命』に応じてダメージを与える。さて、あなた達は、今までに幾つの『命』を奪ってきた?」
――命。
草木はもちろん、魔物も人も悪魔も神も。
命を奪った数だけその対象に多大なダメージを与えるユニークスキル、罪の炎。
冒険者という職業柄、多くの魔物達を屠ってきた彼女達からすれば、その炎は彼の『炎天下』の熱量すら上回る致死の炎へと様変わりする。
「り、凛……」
「ゆ、優香……!」
倒れ伏す優香に咄嗟に回復魔法を使用した彼女ではあれど、けれども元々回復魔法に長けていたわけではない彼女の術では焼け石に水。ヒーラーである愛紗はギンの影を召喚することで集中力を使っており、聖騎士の花田ならば、と考えたが、優香の抜けた今彼まで抜ければ戦線が持たない。
つまりは……。
「ここで終わり、だね」
アザゼルの声が目の前から響く。
見ればいつの間にか目の前へと迫っていたアザゼルが悪魔の腕を振りかぶっており、その姿に、咄嗟に優香を覆い被さるようにして庇った凛は……。
――ふと、視界の隅に『白色』を映した。
「――ッ!?」
アザゼルの焦ったような声が響く。
直後にとてつもない轟音が彼女を襲い、凛が驚いて顔をあげれば、アザゼルの悪魔の腕が有り得ない方向へと捻じ、曲がっていた。
「……誰、だ」
アザゼルと凛の視線の先には、一人の少女が佇んでいた。
全身を白銀色の鎧に身を包み、鼻から上を覆うようなヘルムを被った、白髪の少女。
片手には盾。
片手には槍。
――戦女神、と。
そんな言葉が良く似合うその少女はこてんと首を傾げると、スッと凛へと視線を向けた。
「……」
「……な、なに?」
敵か味方かも分からないその少女に、凛は警戒を滲ませながらそう問いかける。
けれども返ってきたのは、優しげな笑みだった。
目を見開く凛を傍目に、少女は背中から取り出した小さなノートに鉛筆を走らせる。
その姿には思わず困惑してしまった一同ではあったが、少女が満足げに頷き、文字として伝えてきたその言葉に、その変化に、大きく目を見開いた。
『もう、大丈夫』
――その時、世界が変わった。
灰に染まった空が蒼く煌めき、若草色の絨毯が地平線の彼方にまで広がっていく。
驚きに顔をあげれば、そこには燦々と輝く太陽が当たりを照らしており、足元にはどこか懐かしい、真っ黒な影が映り込んでいた。
「に、兄、さん……っ!?」
思わず、その名を呼んだ。
けれども周囲には世界の変化に戸惑う人々の姿しか在らず、咄嗟に月光眼の空間把握を拡大する。
そして――見つけた。
いつものように不敵な笑みを浮かべ。
いつものようにコートを翻し。
不遜にも思える態度で、たしかに彼は――チラリと凛へと、視線を向けた。
これだけの距離だ、視線が交差するはずがない。
月光眼を発動していない彼が、こちらの姿を確認できるはずがない。
けれども彼は、確かに笑って。
「――あとは任せろ」
その言葉に、涙が溢れた。
ずっと、ずっと追いかけていたその背中。
結局追い付くことなく、遠くに離れてしまったその姿。
夢にまで見た、兄の姿。
「兄……さんっ」
溢れる涙を拭い、その名を絞り出すようにして囁く。
そんな彼女に、こちらの姿など眼中にないと言わんばかりのその姿に、アザゼルの額に青筋が立った。
「――おまえ、もう死ね」
次の瞬間、アザゼルの姿が凛の目の前へと移動する。
レイピアの切っ先が紅蓮の炎を纏い、その細剣は真っ直ぐに凛の頭蓋へと迫り行く。
そして――ギィンッ、と、横合いから槍が挟まれた。
『そう簡単には、やらせない』
へたっぴな文字でそう書かれたノートを見せびらかした白髪の少女はフッと槍を構え、改めてアザゼルの姿を見据え直す。
その我流ながらも隙のない構えに彼女は小さく目を細め――その直後、背後に現れた大きな影に目を見開いた。
「チィ……ッ!」
咄嗟に身を捻る。けれども躱すことは叶わず、白銀の剣が彼女の左肩へと深々と突き刺さる。
「ぐっ、がぁっ……!」
背後の男を蹴り飛ばして大きく距離を取ると、肩に突き刺さった白銀の剣を抜き放つ。
鮮血が溢れ、自身の顔が痛みに歪むのを感じながらも、ギッと鋭い眼光を迸らせて、その二人を睨み据える。
片や、白銀色の刀身を手にした影の男。
片や、それに寄り添うようにして佇む白騎士の少女。
その二人の姿に小さく呻くアザゼルに、白騎士の少女はフッと笑ってノートを突きつける。
『私の名は、シロ。親愛なる最強の、一番槍』
――シロ、と。
そう名乗った彼女を前に、アザゼルはギシリと歯を食いしばった。




