焔―045 模倣たちの戦い
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雷が迸り、炎が吹き荒れ、氷が地を凍てつかせる。
闇が溢れ、光が満ちる。
『ハァッ!』
ゴォンッ、と拳が障壁へと激突し、大気をビリビリと震わせていく。
サタンの真紅の瞳がアスタの紅蓮の瞳と交差し、直後、彼女の後ろにバアルの姿が現れる。
『死ねぃッ!』
「うおっと、危ない」
スパイとして一流の技術を身につけているバアルの気配遮断能力。サタンからの攻撃を受けながらも、その気配遮断を『危ない』の一言で済ませたアスタは、人差し指と中指を合わせ、クイッとしたから上へと指先を向ける。
途端に地面を食い破って現れた時空の剣がバアルの体を串刺しにし、彼の口から真っ赤な鮮血が溢れ出た。
『が……!?』
「あー、バアルさんヴァンパイアでしたんでねー。これくらいじゃ倒れてくれないっぽいんで、と」
今度はぎゅっと拳を握るようなモーションをとると、彼女の体から溢れ出した銀色の炎が手の形を取り、バアルの体を強く握りしめる。
――銀滅炎舞。
その力を前にバアルは大きく血を吐き出し、その直後、横合いから炎を纏ったルシファーの腕が薙ぎ払われる。
その腕は銀滅演舞の腕を見事に切り裂き、バアルが開放されると同時に、彼はバアルの体を加えて戦線離脱する。
『全く……世話が焼ける』
『も、申し訳、ありません……』
バアルの体から蒸気が吹き上がり、身体中の傷がみるみるうちに回復してゆく。
その光景を眺めていたアスタは小さく頷くと、黙ってバアルの方へと手を伸ばす。だが。
『やらせないよ、アスタロト!』
後方から巨大な槍が迫り、咄嗟に障壁を張った彼女はその声の主を振り返る。
そこには数多くの武器を浮かべた緑色の蠍の姿があり、彼はぐっと魔力を練り上げ、アスタの纏っている衣服へと視線を定める。
『――絞め殺せッ!』
瞬間、アスタの衣服が緑色の魔力を帯びる。
ギンとの戦闘中に行った衣服を用いての攻撃。
それは衣服を破られればそれで終わりの呆気のない攻撃だが、けれど乱戦中にそれを行えば、少なくとも衣服を破る間は隙となる。
ましてやアスタはあれでも女性、自らの上半身を晒すような真似は難しいだろうと、そう思っての行動だったが――
「ふんッ!」
――普通に破いたアスタを見て、思わず唖然とした。
能力発動から首元の服を破くのにコンマ数秒もかからなかったのは、単にアスタが彼らの能力を熟知しているという理由からだが。
『す、少しくらいは躊躇わない!?』
「は? 戦闘中に何言ってるんですか。これだから思春期の子供は……」
全く気にした様子の見えないアスタではあれど、よく見れば破かれた彼女の胸元からは黒色の下着が小さく見えており、思わずベルフェゴールは視線を逸らす。
そして、そんなベルフェゴールに絶対零度のお声がかかった。
『うわ、ベル。最低』
『れ、れれれ、レヴィ!?』
そう、レヴィアタンである。
見れば不機嫌さを隠しもしない彼女は久瀬戦で使用した『不死殺しの劇毒』を召喚しており、その視線をアスタへとしっかりと固定する。
『それとアスタ。そんなに衣服に執着がないなら、全部とかしてあげる』
「いやいやー、そんなの食らったら服どころか体溶けちゃいますってばー」
言いながらも彼女はスッと腕を振ると、宙に浮かんだ巨大な毒の塊が端から徐々に凍りついていく。
それには思わず目を見開いた彼女だったが、すぐに気を取り直すと、いずれにせよ『毒』であることには変わりない、と巨大な毒の塊をアスタ目掛けて噴射する。
すぐさまアスタの近くにいたサタンやベルゼブブは撤退し、迫り来る巨大な毒の塊を前に彼女は小さく嘆息する。
「躱してもいいんですが、これ落ちたら間違いなく周囲一帯の環境が壊滅ですよねー……」
そう呟き、スッと掌を掲げる。
『世界を照らす、我が眷属たちよ。陽の神の名の元に命ず。その力を以て、我が敵を打ち滅ぼせ』」
轟ッ、と金色の炎が吹き上がる。
――炎天下・終焔。
集いに集った金色の炎は彼女の手の中に小規模の太陽を作り出し、アスタはそれを思いっきり振りかぶる。
「行っきますよーッ!『太陽の一撃』ッ!」
――その時、世界が白く染まった。
至近距離で起きた太陽爆発に爆風が周囲へと吹き荒れ、毒の塊が一瞬にして蒸発する。
時空の魔力に加えて、銀滅炎舞、正体不明の障壁に、果ては終焔による炎奥義。
チートという言葉を体現する彼女の佇まいにサタンは小さく呻くと、大きく息を吐き出した。
「おや、どうしたんですかサタンさん。やーっと『本気』出す気になりました?」
――本気。
その言葉に獰猛に笑ったサタンは拳を握りしめ。
『――いいだろう。【憤怒の罪】の真価、見せてやろう』
☆☆☆
金属音が響き、火花が散る。
大きく吹き飛ばされた凛は小さく呻くと、視線の先の麗人をギッと睨み据えた。
(やば……、この人、多分お父さんより強い)
お父さん――つまりは神王ウラノス。
魔法の才能を失い、今や残りカスのようになった彼ではあるが、それでも強いことには変わりない。
だが、この麗人――悪魔アザゼルは、その神王ウラノスすら超える実力者だと、戦闘の最中に彼女は身をもって実感していた。
「……骨があるかと思ってたけど、期待はずれ」
つまらなそうに呟いたアザゼルの言葉に、凛の額に青筋が浮かぶ。
「……期待はずれ?」
「そう。強い能力を使うから、貴女自身も強いと思ってた。けど、戦ってみてわかった。貴女は能力に振り回されているだけ。使えるだけで使いこなせてない。だから、てんで話にならない」
その言葉にギリっと歯を食いしばる。
確かに、まだ彼女は全ての力を引き出せるほど強くない。
けれど、敬愛する兄の力を使い、それでも話にならないと言われたことに、彼女は憤りを覚えた。
アザゼルに対してではなく――自分に対して。
「……なに、やってる」
十字杖を返還し、ぎゅっと拳を握りしめる。
あの人の力は、こんなものじゃない。
もっと鋭く、ずっと早く。
そして何より、強かった。
ふと、脳裏をかつて戦った『偽物』の姿が過ぎる。
アレで力が半分なのだとすれば、本体はどれだけ強いのか、正直理解が及ばない。
けれど――いや、だからこそ。
「絶対に、こんなもんじゃ、ない」
チロリと、彼女の肩から赤い魔力が溢れた。
その赤い魔力にアザゼルは小さく目を見張り――その直後、銀色へと変貌したその魔力に限界まで目を見開いた。
「まだ、ずっと、こんなものじゃ、ない……ッ」
銀色の魔力が溢れ出し、彼女の両手に銀色の光が溢れる。
「……ッ!」
――これは、まずい。
咄嗟にそう直感したアザゼルは凛目掛けて大きく踏み出すが、直後に割り込んできた巨大な盾に進行を妨害される。
「チッ……!」
「悪いっすね! ちっとばかしアンタは強すぎるみたいなんで、一旦バラバラになったメンバー集めさせてもらったっすよ!」
そう返したのは、大盾を構えた花田京介。
アザゼルが周囲へと視線を向ければ、何人かの人間が自分を囲んでいることに気がつき、小さく声を漏らす。
――魔皇帝・御厨友樹。
――記録者・古里愛紗。
――鬼神・小鳥遊優香。
――黒猫・猫又妙。
――魔法塔・町田京子。
――不滅城・花田京介。
そして最後に、執行代理人。
「――神剣・シルズオーバー」
小さく声が漏れ、アザゼルか勢いよくそちらへと視線を向ける。
見れば輪の両手には白銀色の刀身が生み出されており、彼女の姿が大きく変化する。
白かった髪は薄らと赤く色付き、背中から真っ赤なマントが現れる。そしてその右眼は、銀色に染まっていた。
――両眼発動での、月光眼。
その瞳と視線が交差し、アザゼルの視界がぐらりと歪む、
「く……、げ、幻術……ッ!」
咄嗟に唇を噛んで痛みで術式から抜け出すと、目の前に迫っていた白刃を見て咄嗟に背後へと飛び退る。
頬に鋭い痛みを感じて見れば、そこには一本の切り傷が走っており、ツーっと血が滲み出す。
「……私の力は、所詮は模倣。本物には、兄さんには一生敵わない。いや、適わなくたっていい」
「……なに?」
――適わなくていい。
その言葉に小さく問い返したアザゼルではあったが、自信満々に笑った凛の姿を、その迷いのない瞳を見て、大きく目を見開いた。
「兄さんは強いんだ。だから、兄さんには敵わなくたってそれでいい。それでも、兄さんの力さえあれば、そんじょそこらのヤツには負けるはずがない」
――それは、絶対的な兄への信頼。
依存とも呼べる狂気的な信頼にアザゼルの背筋に怖気が走り抜け、けれどもすぐに彼女は笑って見せた。
「そんなことは知らない。興味ない。だから先ほどの言葉も弁解しない。けれど」
――先ほどの言葉、期待はずれ。
弁解しないという言葉を前に小さく眉尻を吊り上げた凛に対し、アザゼルは徴発的にレイピアを振って笑う。
「貴女が、貴女の『兄』とやらの力がこの私を超えることが出来たなら、その時は素直に弁解する」
――まぁ、無理だと思うけど。
そう、悪魔アザゼルは美しく、それでいて酷く恐ろしい冷たい笑みを顔に浮かべた。




