焔―037 強者
テンション上げていきましょー
「あとは任せた、バルべリス」
「ぬははっ、了解しましたとも我らが主」
そう言って北へと走り去ってゆくその後ろ姿を見たその悪魔――バルべリスはニヤリと笑うと、現存大悪魔のメンバーへと視線を向けた。
「さて、ガイズ殿無き今このワタクシがこの軍を率いることになりそうなのですが、良ければどなたか残って頂けますかな? 古参とはいえ大悪魔でもない下っ端ですので」
「ふっ、謙遜するなバルべリス。他でもないあの男が貴様に任せたと言ったことが貴様の強さの証拠だろう」
そう言ったサタンはそのまま西の方へと去ってゆき、他の大悪魔達もまた西の方へと真っ直ぐサタンに追随してしく。
その姿に小さくため息を吐いた悪魔バルべリスは、ふと敵軍の方よりとてつもない威圧感がいくつかに感じられていることに気がついていた。
「全く、こんな老害を倒すのに最高神が出張ってきますかねぇ。ワタクシぜんっぜん勝ち目見えないんですけれども」
「そんなことはない」
バルべリスの困ったような声にそう返したのは、腰まで伸びる銀髪を風に揺らす一人の女性。
――その名を、アザゼル。
腰に差したレイピアを縦横無尽に振って敵を屠る大悪魔に次ぐ実力者であり、彼女の背後からのそりと巨大な男の塊が現れた。
「がははははははは! そうだぞバルべリス! この俺様がいれば神々など脅威に当たらぬわ! 貴様はどんと後ろで構えているが良い!」
その身長は優に五メートルを超えている。
短く借り揃えた赤髪に、ギランと光るその瞳。
――その名を、ラーヴァナ。
神にも悪魔にも『殺されない』肉体を得た悪魔であり、その実力は言うまでもなく、今回の大戦におけるキーマンの一人である。
加えて――
「……確かに、戦力としては申し分ありませんな」
見渡せば、そこには千人を超える戒神衆が雁首を揃えており、その他にも名を馳せた悪魔達が大勢揃っている。
戒神衆一人一人が混沌の力によって強化される以前のルシファーと同格と考え、その上でこの三体が参戦するとなると、なるほど人類滅亡とは伊達や酔狂では無いのだろうと確信できる。
「――だが、油断はいけませんぞ」
バルべリスは揃いに揃った最高神達に思いを馳せながら、近くに控えていた愛馬へと乗り上がる。
黒い体に赤い毛並みと、正しく『凶悪』と言った形姿のその馬はバルべリスの相棒であり、単体で戒神衆を屠れるだけの実力を持つ。
ましえ、そんな馬を乗りこなすバルべリスの実力は語るべくもなく。
彼は獰猛に口元を歪めると。
「さて行きましょうか! 今、この瞬間に、我らが力を世界に示そうぞ!」
悪魔達の咆哮が鳴り響き、進軍が開始される。
――神魔大戦の幕が、今切って落とされた。
☆☆☆
「――さて、それではこちらも動こうか」
そう声を上げたのは、キッと瞼を見開いた軍神テュールであった。
その言葉に最高神の面々も戦闘準備に入り、その中で彼はすぐ隣に設置してあった演説台の上へと登ってゆく。
「さぁ戦だ、血湧き肉躍る戦の始まりだ! 皆共心せよ、敵は悪魔、格上揃い! 生きて帰る? そんな保証などどこにもない! 故にその力で勝ち取って見せよ! それすら難しいなら友を頼れ! 敵国など関係なく、今隣にいるのは命を預ける無二の友! さぁ友を助け、助けられ、その手で明日を掴み取れィ!」
テュールの咆哮が響き、軍勢一人一人の身体中から真っ赤なオーラが吹き上がる。
――軍神テュール。
純粋な戦闘能力では上級神クラスにも関わらず、彼が最高神の一角としてこの場に立っているのは、単に彼の本領が一対一の戦闘にはないということにある。
彼の本領、それは大勢の軍隊を率いた際に、それら全員のステータスを大幅に引き上げるということにある。
Dランク冒険者でさえAランクに引けを取らない実力を得、元より強かった者達はより強く、より逞しい味方と化す。
その力――正しく軍の神。
しかしながら今回彼の立場を担う者がもう一人。
カツカツと足音を響かせ演説台の上に上がってきたのは、白銀の鎧に身を包んだ縦巻ロールの女性であった。
SSSランク冒険者――『戦姫』こと、鳳凰院真紀子。
彼女の本領もまた『誰かを従える』ことにあり、その力は軍神テュールの力と相まって、とてつもない爆発力を生み出した。
「さぁ皆さん! 後ろには私たちが控えております! 最高位冒険者に各国の強者達! そして我らが最高神! これだけ揃っていたどんな不安がありましょうか! 否、そんなものは存在しない!」
彼女の能力――鼓舞支援。
その力により赤いオーラは一瞬にして金色のオーラへと変質し、その様子を見ていたテュールが驚いたように目を見開いた。
「ほう……、これは次代の軍神の座は確定だな」
「いえいえ、まだまだ軍神の名には足りません。せいぜいが戦にを勝利に導く姫、通称『戦姫』と言ったところですわ」
「ふっ、言いおるわ」
テュールと鳳凰院はそう言って笑むとゴチンと拳を合わせ、同時に人類側の軍勢から大きな咆哮が鳴り響く。
「ふっ、久瀬くんは居ませんが、こちらもうかうかしていられませんね。凛さん、連続で攻撃しますのでその間の防御を――」 「残念、それは優香にでも頼むべき」
御厨がその声に凛へと視線を向ければ、彼女は既に十字架の杖をその手に召喚しており、その杖の先には巨大な魔力が吹き荒れていた。
近くの冒険者たちがぎょっと顔を見合わせ、そのあまりの魔力量に御厨でさえ頬を引き攣らせる。
「あ、あのぉ……、凛さん?」
「――様と呼べ御厨」
冗談半分にニヤリと笑った凛は、すっと両手で握った杖を掲げる。
「『世界に潜む、我が眷属たちよ。影の神の名の元に命ず。その力を以て、我が敵を打ち滅ぼせ』」
彼女が初めて見せた『マトモ』な詠唱。
御厨の背筋を怖気が蠕動し、詳しく知らない周囲の冒険者たちでさえ震え上がる。
彼女を中心に膨大な『影』が集い始め、その光景に思わず周囲の冒険者たちが逃げ出してゆく。
軍が割るように彼女の前へと大きな道を作り出し、その光景に彼女は大きく笑うと。
「――影奥義『月喰の影』」
集った影が巨大な狼の形を成し、開かれたその道を一直線に駆けてゆく。
灰色の世界から消え失せた『影』に誰もが目を見開き、その後を視線で追って――
「――なるほど、厄介な奴がいるみたい」
パァンッ、と影の狼が弾け飛び、悪魔軍の戦闘にレイピアを片手に持った銀髪の女性が舞い降りる。
その背中には紅蓮の翼が生えており、その瞳は真っ直ぐに凛の姿を捉えていた。
「我が真名――贖罪のアザゼル。名を問おう」
「――私の名前は、凛。強いヤツ出てくるかと思ってぶっぱしたら、とんでもない有名人が出てきちゃった」
「出てきちゃったじゃないですよ! なにいきなりブッパしてるんですか凛さん!」
御厨の言葉をうっとおしそうにシッシとやった凛はフッと笑をもらうと、杖の先端をアザゼルへと向ける。
「兄さんも久瀬竜馬も無き今、この世界を守る人間も限られてくる。なら……」
大きく口の端を吊り上げた彼女はアザゼルへとその瞳を真っ直ぐに向けて。
「執行代理人――兄に変わって執行する」
その言葉が風に乗ってアザゼルの元まで届き。
彼女は獰猛に口元を歪めるのであった。
☆☆☆
「おいおいおいおい! とんでもねぇのいるじゃねぇか! なんだアイツ! めちゃくちゃ強そうなんだけど!」
そう、がははと笑うラーヴァナの視線は、軍を切り裂くようにして放たれた巨大な黒狼、その使い手の少女へと向かっていた。
しかしながらずっとそうしていられるほど彼も余裕というわけではなく、鬱陶しく目の前に現れた三つの輝きに面倒くさそうに顔を歪めた。
「おいおい、ちったぁ考えろよ神々ぃ。これでも俺様の二つなクレぇ知ってんだろぅ?」
「もちろんですとも、神殺しのラーヴァナ」
そう答えたのは、若草色の髪を風に揺らす一人の女性だった。
その女性の両脇にはそれぞれ青髪隻腕の壮年と、巨大なハンマーを肩に担いだ金ピカ鎧が立っており。
「――風神オーディン」
「――雷神トール」
「そして私、地母神ガイアがお相手しましょう」
その三人はラーヴァナとてよく知っている程の有名人であり、その有名人からぬ有名神が三人もこちらへと来てくれたことに、ラーヴァナは興奮と失望の入り混じった笑みを浮かべた。
「がははははははは! ばっかじゃねぇのかお前ら! 俺様ァ神にも悪魔にも殺されねぇ、最強の肉体を手にした悪魔だぜ! お前ら神ごときに殺し尽くせるとでも思ってんのかぁ?」
「さて、それはやって見なければ分からないでしょう」
そう笑ったガイアはすっと両手をあげると、同時に地面を食い破って無数の木々が姿を現す。
「ガはははははは! のぅトール! 見よこの脈動する我が肉体を! 素晴らしい強敵を前に興奮しておるわ!」
「ヌはははははは! そうさなオーディン! これほどまでの敵はそうそうおらん! 貴様のフェンリルめに奪われた片腕も疼くのではないか!」
「ガはははははは! 肉体のみぞ知るというやつだ!」
意味の分からない大声をあげてオーディンが槍を構える。
――神器・グングニール。
真っ青なその槍から吹き上がる魔力は触れるだけで傷つきそうな程に鋭く、高圧的で、それをほうと感心したように見つめたラーヴァナの視界にバチチッと巨大な雷が移り込む。
「さぁって、それじゃ俺らも遊ぼうか!」
見ればトールの肩に担いだハンマーからは膨大な雷が降り注いでおり、その圧倒的な電力に思わずラーヴァナでさえ目を剥いた。
その総電力はゼウスのソレすらも上回っており、正しく『下手な小細工よりも力押し』といったトールに相応しい圧倒的な高電力。
その担いだハンマーの名は――神器・ミョルニル。
雷の神の名に相応しいその武器に加え、一番厄介極まりないのが真ん中に立っている地母神ガイアだ。
彼女は一見、何の武器も持っていないように見えることから甘く見られがちであり、その力も神界ではあまり使われようがないために比較的下位の最高神として降臨しているわけだが、だがしかし。
彼女は――地母神。
なればこそ。
「――私の神器は、言うなれば『星』そのもの。この大地全てが私の味方であり、私の武器です」
ガッ、とラーヴァナの足元から現れた木の根が一瞬にして彼の体を縛り上げ、それな大きく笑ったラーヴァナは力任せにそれら全てを引きちぎる。
「いいねぇ! 前言撤回しようか三体の神! テメェらは俺が相手するに足るめんどくせぇ存在だ!」
風神、雷神、地母神VS神殺しのラーヴァナ。
こちらでもまた、とてつもない戦いが開幕しようとしているのであった。




