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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
救いの熾火
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焔―035 救いの熾火

この章ラスト!

「ごふッ……」


 口から真っ赤な鮮血が溢れ出す。

 見ればその舗装では自身の胸――否、その下の心の臓を穿っており、その性格無比な一撃にギルの頬が強ばった。


(流石は全能神……ここまでの強者、そうそう現れることはないだろう)


 まず間違いなく彼女の実力はかつてのギン=クラッシュベルや混沌すらも超えており、それは自他ともに最強と認めるギルでさえ認めざる得ない程であった。




 ――だが。




「悪いが、俺の勝ちだ」

「が……あ」


 濁った声が耳朶を打つ。

 見ればギルの拳はゼウスの腹部を貫通しており、彼女の背から生えたその右腕は真っ赤な鮮血に濡れている。


「人ならざる力を得た場合、それを最初から使いこなせるのは稀なことだ。多くの場合はその力に溺れ、意志よりも先に体力が尽きる」


 ギン=クラッシュベルの死がそのいい例だ。

 そう続けるギルに対し、ゼウスはその激痛に脂汗を滲ませながら顔を歪める。


「そして貴様も、その例には漏れなかったという話だ」


 そう吐き捨てて彼は彼女の腹から抉るようにして腕を取り出すと、痛みに喘ぐゼウスの腕を掴み取った。

 その腕は少しずつ、それでいて確かに彼の胸から抜かれてゆき、その端からその傷跡はまるで最初から無かったかのように修復――否、再生されてゆく。

 腕が完全に抜け落ちたそこには既になんの傷跡もない彼の肌が広がっているばかりで、その反則極まりない能力にゼウスは大きく歯を食いしばる。


「不老、不死……ッ!」

「あぁ、その通りだよゼウス」


 そうギルは笑うと、彼女の腹を大きく蹴り飛ばす。

 傷跡を抉るようなその一撃に彼女は大きく吹き飛ばされ、受け身をとるのも忘れて腹を押さえる。


「が、あぁぁぁぁッ!?」

「予め言っておくが、回復は不可能だ」


 見ればギルの拳には見覚えのあるどす黒い魔力が込められており、その魔力に麒麟の声がゼウスの脳裏に響く。


『こ、混沌の終焉(ジ・オーラス)か……! あ奴が混沌の力により復活したのであれば、その身に奴の力を宿していてもおかしくはない!』

「ぐ、ぅ……」


 混沌の終焉の力。

 それは本来であれば触れた相手の肉体と能力を奪い取ることにあるが、それの末端とも呼べる『眷属』にはそこまでの力は与えられていない。

 彼らがその身に持つ小さな黒い魔力。

 それを用いて放たれた攻撃は――相手の回復力を一時的に打ち消す効果を持っている。


「時間にしておおよそ一時間。それ以降ならばいくらて回復は可能だが、貴様の言から察するに、この世界は『指定先以外の転移の禁止』という束縛を持っているのであろう? 故にこの世界と融合した悪魔界もまたその束縛を受け、結果として貴様の言ったようなハンデが生まれ出た訳だが……」


 それはつまり、転移して逃げるということが、不可能になったということだ。

 転移して逃げたところで、行き先など既に決まっている。

 ならばすぐさま追いかけ、ゼウスが二度目の転移を行うより早くトドメを刺せばいいだけの話。

 その言葉を聞いたゼウスはゆっくりと立ち上がるが、その額からは脂汗が吹き出しており、足は今にも崩れそうな程に揺れている。

 そんな彼女を見て大きく嘲笑った彼は淡々と。



「貴様の死は確定した。大人しく死ね」




 ☆☆☆




 その言葉を聞いて、その姿を見て。

 自分の傷を見て、自分の魔力を見て。

 やっぱり彼女は、その結論に達してしまった。


(あぁ……、これは死んだ)


 ギルに言われるでもなくわかってしまった。

 多分、自分はもうじき死ぬだろう、と。

 腹部の傷へと視線を落とせば、幾つもの内臓が上手い具合に突き破られており、出血量はもはや致命的だ。

 加えて現存魔力量の問題もある。

 壁を越えたことによる力の不慣れさ。それに相まっての不慣れな力を使い続けたことによる消耗過多。

 体力なんてほとんど残っていないし、魔力だってあと攻撃一発分と言った程度しか残っていない。


(なるほど……ギンくんが、最後まで奥の手を残してた理由は、これだったんだ)


 ギン=クラッシュベルが最後の最後まで『生命の燈』を使用しなかった理由――それは単に、使いこなせないと分かっていたから。

 だからこそ使わなかった。

 ギリギリの……最も勝機が見えた瞬間にまで取っておいた。でないと消耗過多で、先に燃え尽きてしまいかねないと分かっていたから。

 その面彼女はあまりにも消耗をしすぎてしまった。

 回復力もない状態で、長い時間を戦いすぎた。

 その末のあの一撃ではあったが――けれど、回復能力まで残っていると確信できた以上、本格的に勝利の可能性は潰えてしまったのだ。


「何か言い残すことはあるか、かつての友よ」


 そう呟いた彼は頭上へと手を掲げる。

 彼の掌には金と紅、二色の魔力が集い始め、巨大な球体状の『ナニカ』を構成し始める。

 その圧倒的な魔力量にゼウスは大きく目を見開き、眼前に迫るその『死』に、膝がガクガクと大きく震え始める。

 奥歯がカチカチと音を鳴らす中、ギルの淡々とした言葉が耳に届く。



「全てを呑め――『万喰の陽陰(サンズ・ダークネス)』」



 それは、かつて混沌との戦いの最中にギンが完成させた究極の攻撃魔法――否、魔法という概念を超越した数段階上に存在する何かだ。

 けれどもその大きさはかつてギンが使用した物の比ではなく、大きさにして数十倍……純粋な魔力量で言えばさらにそれを上回るであろう。

 そんなものを食らってしまえば、その時は――


『おい主! いい加減覚悟を決めろ!』

「――ッ!? き、麒麟……?」


 そこまで考えて、麒麟の声に目が覚める。


『あぁ死ぬな。お主は死ぬ。運良くこの一撃を防ぎきれるような化物が通りかかってくれれば話は別だが、今のお主やギル以上の存在がそううまく通りかかってくれると思うか? 否、そんなことはまず有り得ん。お主はまず間違いなく死ぬだろう。仮に防げたとしても腹の傷で出血死だ。故に生きることは諦めろ』


 その言葉に、心が折れそうになる。

 けれど折れる直前に、誰かが心を支えてくれた気がした。

 麒麟かとも思ったが、けれどもこの暖かさを、ゼウスはよく知っていた。


「……うん、そうだね」


 彼女は死を前にフッと笑うと、ギルへと向けて真っ直ぐに視線を向けた。

 あぁこれは死ぬ。

 パッと見た感じ、死ぬ以外の未来が見えない。

 けれど……いや、だからこそ。


「最後まで、私は諦めない」

「……愚かな。今ここに至っても尚現実が見えぬとほざくか。なれば良し、安心して逝け」


 ふっと、無表情を貼り付けたギルが腕を振り下ろす。

 途端に空気を切り裂いてその巨大な光球がゼウスへと迫り、それを前に彼女は胸を張って腕を前へと突き出した。

 自分はあの人を愛している。

 自信を持ってそう言える。

 だけど、愛してるだけじゃまだ足りない。

 あの声にに興味を抱いて、その姿を見て、どういう訳か……一目惚れした。

 何であんなにパッとしない男に恋をしたのかは分からない。

 けれど恋をして、キスをして、ずっと一緒にいたいと思うようになった。


「けど、愛してるだけじゃ、まだ足りない」


 あの人の隣に立つ。

 ならばこの程度のピンチに膝を屈してちゃダメだ。

 この程度の死を前に、心が折れてちゃダメなんだ。

 どんな逆境を前にしても不敵に笑って、どんな困難をも悠々と乗りこなしてみせる。


 そんな女じゃないと、きっと彼の隣には並び立てない。


 大きく息を吸い、カッと目を見開く。

 左拳を胸へと叩きつけると、彼女はまるでどこかの誰かのように、ニヤリと口の端を吊り上げた。


「我が器、我が魂、我が血肉、我が心、全てをこの一撃に込め、我が最期の足掻きと為さんッ!」


 身体中から振り絞るように魔力を集い、それらの魔力を一気に雷へと変化させる。

 彼女の突き出した右手の先へと巨大な雷が溢れる。

 それらは次第に槍のような形へと変化してゆき、その一撃は彼女の言の葉を以て勢いよく撃ち出される。



「全てを貫け! 雷奥義『神雷の槍撃ラウトナー・オブ・ゼウス』」



 轟ッと衝撃が走り抜け、その強大な球体へと一本の槍が突き込まれる。

 その槍は激突と共に周囲へと雷撃を放ち、見事に『万喰の陽陰』の進行を留めて見せた。

 それにはギルも驚きに目を見開いたが――次の瞬間、その驚きは彼の顔から消えていた。



「さすがは全知全能の神。なればこそ、こちらも全力でそれに相対しよう」



 瞬間、万喰の陽陰がさらに大きく膨れ上がる。

 それにはゼウスも大きく目を見開き、先程まで進行を留めていた『神雷の槍撃』が押し返され始めたことに大きな焦りを見せる。


「ぐっ……な、何で……っ!?」

『ま、まさかこの男――まだ【底】を見せていないとでも言うのか……ッ!?』


 麒麟の言葉にゼウスは大きく目を見開くが、それに返ってきたのは小さな嘲笑だった。


「――だったら、それがどうしたというのだ?」


 ドッ、とさらにその球体が拡大する。

 押し返され始めていた『神雷の槍撃』はそれによって一瞬でかき消され、彼女の目の前へとその『死』が迫り来る。


「あ……」


 自らの死を前に、彼女の口から小さく声が漏れる。

 身体中からもう魔力は消え失せた。

 体力も底を尽き、もう一歩も歩くことができやしないだろう。

 右腕からは血が溢れ、腹部の痛みすら遠くに感じられ始める中。

 彼女の頬を伝ったのは――一条の涙だった。


「あ、ぁ……」


 声が漏れる。

 死は、目の前まで迫っていた。

 彼女の脳裏に走馬灯が湯水のように溢れ出し、様々な過去が蘇ってくる。

 けれども最後に彼女が思い出した記憶は――


「あぁ……、ギン、くん」


 それは、懐かしい記憶。

 彼を初めて家に呼んだ時の記憶。

 書斎でゆったりと本を読む彼の姿。

 一緒になって遊んだ時の彼の笑顔。

 別れ際に感じた、唇の感触。

 そんな記憶に、彼女は思わず涙した。



「もう一度だけ……会い、たかった」



 彼女は瞼を閉ざす。

 轟音が迫り来る中、最後に彼女はそうとだけ言って。







「――本当は、まだ出てくるつもり無かったんだけど」






 その声に、懐かしいその声に、大きく目を見開いた。

 目の前には見覚えのある懐かしい背中。

 黒いコートを風になびかせ、何でもないと言ったふうに佇むその背中。

 その背中に、彼女はどうしてか、涙が止まらなかった。



「あ、あなたは……っ!」



 その声に、彼は小さく振り返って微笑んだ。

 夢にまで見たその姿に、その顔に、その声に、その背中に。

 ゼウスはその刹那、大きな涙を流しながら、それでも満面の笑みを零した。


 それは現実か、あるいは彼女が刹那に見た願望か。


 いずれにせよ、『万喰の陽陰(サンズ・ダークネス)』の吹き荒れた跡から、全能神ゼウスの姿は消失していたことだけは確かである。




 ☆☆☆




「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 大きく息を吐き出し、ギルはズキンと痛む頭を押さえて膝をつく。


「く、クソッ……、ぜ、ゼウス……ッ」


 自分で、彼女を殺した。

 見るも無残に崩されたその屋敷の跡地からは彼女の姿は発見できず、どころか転移したであろう魔力の残滓すら感じ取れなかった。

 それはつまり――死だ。

 自分で殺した。自身の手でなぶり殺した。

 なのに、何で……。



「何で――涙が溢れる……ッ!」



 拳を握りしめ、胸へと叩きつける。

 割り切ったはずだった。

 必要な犠牲だと諦めたつもりだった。

 にも関わらず……。


「この心は……未だ諦めていないというのか」


 世界を救済するなど出来るはずがない。

 だからこそ策を弄した、理屈を捏ねた、最適解と思しき何かを正解なのだと思い込んだ。

 その結果、待っていたのはこの現状だ。


「俺は……こんなものを望んだのか?」


 そう言って、すぐに頭を横に振る。


「そうだ、俺はこれを望んだ。彼女の死を望んだ。人の屍の上に存在する平和が全てだとするのならば、その他全ての屍の上に仲間達の世界を作り上げると心に決めた……。決めたんだ」


 そう力なく笑って、ギルは天を仰ぐ。

 握りしめた拳が震え、溢れた吐息が震える。



「――『救いの熾火』、星そのものを炭に見立て、星の中心にて眠るエネルギーを暴発。星の外骨格に居座る人類を尽く燃やし尽くす神々の最後の手段」



 それはどんな手を使おうと防ぐことは出来ない神々による救いの手段。

 本来ならば全てを燃やし尽くすその救いの炎。それを太陽神の力――つまりは『炎天下』により制御下に置くことが出来れば。


「アポロンは言った。この炎は仲間を一切傷つけないと。なれば、その救いさえ支配下に置くことが出来れば、俺の夢は、きっと――」


 きっと、叶うはずなんだ。

 けれどギルの脳裏にゼウスの言葉が過ぎる。


「――『必ず失敗する』、か」


 不吉な予感が心を蝕む。

 必ず失敗する。

 全能神が告げたその言葉。

 それがハッタリではなく、本当のことだとしたら。


「……いや、そんなはずが無い。この計画に狂いなどなく、人類が滅ぶ未来に変わりはない」


 ――けれど。

 けれど、やっぱり思わずにはいられないのだ。



「この道は、果たして正しいのだろうか」



 その言葉は、虚空に溶け込むようにして消えていった。

以上、救いの熾火、でした。

次章から新章『正義の在処』編、開幕です!

この物語も完結まで残り二章。

是非とも最後までお付き合いお願い致します!

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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