焔―034 純粋な力
天上の戦いVer.2
ギンVS混沌を思い出します。
最強の男、ギル。
ギン=クラッシュベルの肉体を継ぎし次代の最強。
魂の分離により神器炎十字、月蝕、などの魂の武器の封印、及び全スキルの力が半減するというハンデを負う中、ソレすらも才能の鎖より開放された圧倒的な才覚と、混沌の力によって以前以上の力を手に入れた怪物。
――そして、炎天下
その男の中でも一番厄介な能力はその力――ではないと、ゼウスは知っていた。
「……影魔法。敵に回すとこんなに厄介な力はない」
そう、影魔法だ。
今やこの灰の世界から消え失せた『影』という属性を司る、ギン=クラッシュベルという男の十八番。
確かに死神や凛といった、この灰の世界においてもなお影魔法を使うことの出来る存在は居るには居るが、それでもこと影の使い方に関してこの男の右に出る者は――多分、過去を見ても未来を見ても、現れないだろう思われる。
「――『影分身』」
ふと、彼の周囲へと無数の霧が生み出される。
それらは一瞬にしてギルという男の形をとり、一瞬にして完成したギルの軍勢にゼウスの頬が小さく震えた。
「加えて――『百魔夜業』」
途端なゼウスとギルの間に現れた巨大な影が爆発し、次の瞬間には一体一体が戒神衆のレベルと化した百体の怪物たちが姿を現す。
視線を上げると空には無数の太陽の槍が浮かび上がっており、改めてその男の純粋な力に気付かされ、吐息が漏れる。
最強の後衛にして、超一流の前衛。
その場から動くことなく労力を創造し、それら一つ一つとっても壁を越えていない存在からすれば正しく怪物。だが、その怪物共に視線を取られればすぐさま上空から太陽の槍が降り注ぎ、どちらも防いだとしても、未だ無傷の本体が残っている。
――正しく、怪物。
「……出来ることならば、もっと違う場所で戦いたかった」
だが、その怪物がここにもう一人。
ゼウスの声が響き――直後に、無数の雷撃が荒れ狂った。
それらは一瞬にして全ての鬼達を焼き尽くし、影分身すらもそれら無数の雷撃によって半数以上が霧と帰す。
「……ほぅ」
「あまり私を舐めるな。壁を越えていない私なら、今のでも倒せたかもしれない。けど今の私を止められるのは、お前の本体ただ一人」
その言葉にギルはふっと笑みを漏らす。
その笑みは陰りのない爽やかな笑顔であり。
「そんなこと、端から分かっている」
瞬間、彼女の背後の影が揺れ動き、その中から鎌を振りかぶったギルが姿を現した。
――影潜。
太陽がないからこそ影もない。
だが、太陽がないということは、見えないだけで全てが『影』に染まっているという解釈も取れる。
そしてそれだけの解釈さえ出来れば、いくらでも現実は捻じ曲げられる。それこそがこの男『元・影の神』であり、それをゼウスは――知っていた。
ガギィッと火花が散り、ギルの振り下ろした大鎌がゼウスの槍によって受け止められる。
――見たこともない形状をした、骨太の槍。
切先から石突まで一本の柄が通っており、その外側に骨太の剣のようなものが取り付けられた、槍モドキ。
そのヤリもどきの形状を強いて言い表すと、レイピアの柄の部分を大きくしたような形状、とでも言うべきだろうか。
いずれにせよ『見たこともない』というのが正しい表し方であった。
「――『金剛杵』。この未来のために用意した最強の槍。雷を司る銀河を焼き切る雷撃の槍」
「……なるほど、第二神器か」
――第二神器。
第一の神器を設定し終えた者が作り出した二つ目の神器。能力にこそ影響はしないが、第二神器は『姿が変わらない』という特別な効力を持っている。
久瀬竜馬の『黒刀べヒルガル』もギン=クラッシュベルの作り出した第二神器の中に含まれており、この金剛杵もまたその力を有している。
「つまりは――最初っから最終形態」
「――ッ!?」
瞬間、金剛杵から溢れ出した雷撃が周囲一帯を走り抜ける。
咄嗟に常闇のローブで防御したギルではあったが、それでも衝撃だけは吸収できなかったか、大きく吹き飛ばされながらもなんとか体勢を整える。
「なるほど、厄介な神器だ。……だが」
気がつけば彼女の背後には数名の影分身が迫っており、その姿を一瞥したゼウスは、フッと金剛杵を地面へと突き刺した。
「――全てを抉れ、金剛杵」
瞬間、地面より吹き出した無数の雷の剣がそれらの影分身を尽く突き刺し、その姿にギルは小さく嘆息する。
「……小細工も誤魔化しも聞かぬ純粋な強さ。全てを知り、未来の可能性すら読むことの出来る上に、全てを出来る『全能』のスキル。やはり厄介な存在だったか」
「厄介どころじゃない。なにせ私は――」
呟いたゼウスの姿が掻き消え――直後、金剛杵とアダマスの大鎌が激突する。
ギルの右の月光眼とゼウスの瞳が交差し、彼女は自信を持ってこう告げる。
「お前は今から、私に敗北する」
とてつもない力に押し込まれ、ギルの身体が大きく吹き飛ばされる。いくら強化されようとも『元』の器が小さかったギルだ。ステータスで負けている以上、まともな力勝負では久瀬竜馬にもゼウスにも勝てるはずがない。
だがらこそ。
「――思い切り、裏技で行く」
瞬間、アダマスの大鎌が金色の炎によって包まれる。
その炎にゼウスは一瞬目を見開き、ギルは笑ってその鎌を構え直した。
「最初から全力で行く――『終焔』」
すぐさま駆け出したギルの姿にゼウスは注意深く金剛杵を構えるが――ふっと、突如目の前に現れた彼の姿に大きく目を見開いた。
「『絶歩』」
その言葉が耳を打ち、咄嗟に彼目掛けて金剛杵を薙ぎ払う。
だが、返ってきたのは硬い感覚。
「おいおい、お前こそ俺を舐めているんじゃないのか?」
見れば金剛杵は赤い鎧を纏った彼の左腕に受け止められており、見覚えのあるその魔力に彼女はその鬼の名を口にする。
「悪鬼、羅刹……ッ!」
「正解」
笑ったギルは大きく剣を振りかぶる。すぐさま召喚した雷霆の剣で迎撃する。
ガッと更なる金属音が響き、予想外の威力にゼウスは思わず膝が折れる。
「こ、この力は……」
「そう、この能力は『悪絶業鬼』――自らの体に悪鬼羅刹の能力を下ろす禁忌の力」
彼の力の本質は、他所から借りてくるというものだ。
自分にはない。ならば借りればいい。
そして借り物の力であったとしても、それが本物の力に叶わない道理はどこにもない。
ふっと彼の足が赤い鎧に包まれ、直後、ゼウスの腹へと強烈な蹴りが叩き込まれた。
「が……ッ!?」
あまりの威力に音速すら超える速度で吹き飛ばされてゆくゼウスに、ギルは余裕で追いつくと、すぐさまその体をボールのように蹴り上げる。
咄嗟に腕でガードしたもののその威力は先程までの比ではなく、脳裏に麒麟の声が響く。
『おい主よ。間違いなくこの男、本気で命を刈りに来とるぞ』
「わかっ……てる!」
そんなことは分かっている。
この情け容赦ない威力を、正確に人体の弱点に打ち込んでくる容赦のなさを見ればすぐにわかる。
――これは、本気だ。
見れば上空には拳を構えた彼の姿があり、その姿にフッと笑ってしまう。
「なら、真正面から打ち破って見せないと、ギンくんに顔向けなんて出来やしない」
そう笑った彼女の体は刻一刻とギルの方へと迫ってゆく。
ギルの拳が唸りを上げ、ゼウスの腹部にその拳が突き刺さると同時、ギルの顎を彼女のつま先が思いっきり蹴りあげた。
「が……ッ!?」
「ぐっ……」
ゼウスの体が物凄い速度で地上へと突き刺さり、少し遅れて上空からギルの身体が地面へと墜落してくる。
「き、貴様……!」
「い、いくら、お前が到達者として格上でも。私には素のステータスと、聖獣化がある。だから……」
膝をつくギルを傍目に、彼女は腹を抑えて立ち上がる。
口の端からは血が溢れ、痛みに顔が歪んでいる。
膝は震え、ダメージだって無視出来ない。
それでも彼女は、立ち上がる。
「お前にだけは――負けられない」
その言葉に、ギルは大きく吹き出した。
「俺に負けられない、か。なるほどそれは道理だ。お前がここで負ければ世界は滅びる。白夜でも久瀬竜馬でも、今の俺には敵わない。そしてもちろん――お前も敵わない」
そう笑ったギルは、大きくその右眼を見開いた。
ギンッと大きく魔眼が脈動し、直後に彼女の視界がぐにゃりと歪められた。
「最大威力――今の貴様に跳ね除けられるかッ!」
足音が響く。こちらへ駆け出す音だ。
けれども歪んだ視界の中には彼の姿はなく、ゼウスは頭の中に直接かけられたような幻術に思わず顔を歪める。
(これが……月の眼。ギルが持つ万能の魔眼!)
右眼だろうと左眼だろうとその威力が変わることは無い。ただ両眼が今ここに揃っていないことに深い感謝をしながら、彼女は大きく瞼を閉ざす。
彼女は、決して善の神ではない。
世界なんて滅んでもいいと思っていた。
世界を守ろうとなんて思ってもいなかったし、今であっても『世界を守りたい』という意思は存在していない。
(……なんで、こんなところに立ってるんだろう)
そう思い起こせば、一人の男の後ろ姿が目に浮かぶ。
黒いコートをはためかせ、風に髪を揺らす若かりし日の彼の姿が目に浮かぶ。
(……そう、だった)
自分はあの日、この世界に届いた声に興味を抱いた。
だからその声の主を探した。全能のスキルを使いこなせていなかったからもちろん苦労したけれど、すぐにその声の主は見つかることとなった。
ある日耳に入った、迷い人の話。
たまたま水晶を通して選定の迷宮へと視線を飛ばした彼女は――すぐに、彼こそがあの時の声の主だと確信した。
確証はなかった。
けれど本能の部分で確信してしまったのだ。
――あぁ、この人を私は探していたんだ、って。
瞼を開く。
幻術はもう解かれている
視線の先にはこちらへと掛けてくるギルの姿があり、その姿に、その狂気に染まった銀色の瞳に、彼女は大きく拳を握りしめる。
「ずっとあなたに会いたかった。けど、それは今のあなたじゃない! だから――」
――私はお前を、殺してみせる。
ゼウスは駆け出した。
その姿にギルは小さく目を見開くが、すぐにフッと笑みを浮かべて拳を握りしめる。
彼我の距離はもう既に幾ばくもない。
お互いの拳が唸りを上げ。
そして、大きく鮮血が舞った。




