焔―029 魂の在処
今年もお疲れ様でした!
今年もあと六時間、来年もよろしくお願いします!
拳が重なり、重低音が響く。
その度にその世界は荒れ果て、壊れ、そして朽ちてゆく。
神の雷が荒れ狂い踏み込んだ足の跡が刻まれ、けれどもお互いにダメージと呼べるものは全くと言っていいほどに入りはしない。
轟ッとゼウスの拳が唸りをあげ、対してギルはそれを片手で受け止めた。
「さすがは全能神、と言ったところだが、所詮は壁すら超えられぬその他大勢よ。選ばれもせぬ者が俺の前に立つなど愚かしいにも程がある」
「そういう、他人を見下すことしかできないのは、あまり褒められた事じゃない……ッ!」
そうゼウスが吠えると同時に上空から幾つもの神雷が降り注ぎ、それらを小さく仰いだギルは――ふっと、片手をそれらへと振って見せた。
「――消せ」
瞬間、彼の外套から飛び出した黒色の鎖がそれらへと向かってゆき、神雷が黒い鎖に触れた途端にその場から消失する。
その黒い鎖にゼウスは小さく呻き声を漏らすと、それを見たギルはふっと仮面越しに嘲笑を漏らす。
「他人を見下す? 違うな、これはただの事実だ。逆に問おう全能神。未だ本気を出していない俺相手にここまで翻弄されているこの世界に、『雑魚』以外が存在するのか?」
仮面の隙間から窺える紅蓮の瞳は狂気の色に染まっており、ゼウスは小さくため息をついた。
「お前は、自身の我が儘のために関係の無い一般人まで巻き込む、のか」
「そうさな。巻き込むことになるだろう」
迷うことなくそう告げたギルにゼウスは歯噛みすると、彼の胸を蹴りつけて間合いを確保し、上空に待機させていた雷霆を手元へと帰還させる。
「お前と話して何かが変わる可能性、1%。元より話す必要などどこにも無かった」
彼女がそう言った途端、雷霆がバチバチと更なる帯電を始め、眩い金色の光を放ち出す。
かくして現れたのは、宙に浮かぶ五門の砲だ。
それら一つ一つが先ほどの雷霆よりも大きな雷を纏っており、それらを前にギルは虚空へと手を伸ばす。
「――雷霆・砲撃モード」
「――いでよ、黒鎌」
瞬間、それら五門の砲が一斉に雷の砲撃を放つと同時、空間を切り裂いて現れた黒い鎌がギルの手に収まった。
そして――一閃。
ギルの放った斬撃が一瞬にしてそれら全ての砲撃を切り裂き、咄嗟に躱したゼウスの服を小さく掠ってゆく。
「黒い鎌に、黒い鎖……鎖鎌。珍しい武器を使う。そんなの使ってる人、私は一人しか知らない」
「抜かせ」
短く言って駆け出したギルの速度は先程までの比ではなく、咄嗟に砲のうち一門を変形させ、剣の形にしたゼウスはギルの振るった鎌を受け止める。だが。
「ぐっ、うぅ……!」
先程までとは比べ物にならない力に、思わずゼウスの膝が折れる。
「なるほど変形する砲門か。……と、さて全能神。こちらとしてはまだまだ話している余裕があるわけだが、やめた方がよろしいかな」
「こ、この……ッ!」
噛み締めた奥歯の隙間から声が漏れだし、ゼウスを中心として地面が大きく陥没する。
ギルの印象。
それを一言で表せば『あまり強くなさそう』だ。
けれど、あまり強くなさそう、勝てそうだと思ったそこから奴はさらに力を引き出す。
つまりはそう――遊んでいるのだ。
自身の力にあえて制限をかけてギリギリの勝負を演出し、そして、あえて自身を弱く見せる。
全てを決める『その時』に、相手が油断をしてくれるように。
「全く……、神王ウラノス、久瀬竜馬、果ては全能神。貴様らは揃いも揃って血の気が多すぎる。理解が出来んな、何故そこまでして俺に突っかかる? 黙って滅ぼされていればいいものを」
そう笑ったギルの周囲へと落雷が吹き荒れるが、彼の外套の下から大きく渦を巻くようにして飛び出した黒い鎖がそれらの雷を打ち消してゆく。
「そして全能神。貴様はこの件に関して関与しないのが最適解だ。分かっているだろう、貴様は俺から逃げられる。貴様は全能だ。全てを知ることが可能な全能の神だ。貴様一人が気配を消して俺も知らぬ世界へ発ってしまえば、俺に貴様を探し出す方法などあるはずもない」
――まぁ、それが可能なのは『貴様ただ一人に限り』という話だがな。
そう続けたギルはフッと鎌の力を弱めると、同時にその鎌を跳ね除けたゼウスが大きく彼から距離をとる。
「はぁ、はぁっ。……そうしたら、お前は『その他』をすべて殺す。あの再起動装置を用いて、この世界を燃やし尽くす」
「その通りだとも。救いの熾火。神々が用意した世界の再起動装置、強制終了装置。もしも万が一に人類という種族が神々の意に反する方向へと進化した場合にのみ使用される、全てを救済するたった一つの焼却装置」
そう言ってギルは鎌を小さく振ると、途端にその鎌は巨大な大鎌と化す。その光景に小さくゼウスが目尻を吊り上げると、彼は黒い鎌を肩に担いでゼウスを見据える。
「あの男の物語が誰にも知られることなく幕を閉じた『影』ならば、俺の物語は全ての者がその身を持って知るべき『焔』の物語。世界の終焉を紡ぐ焔の物語だ」
――焔の物語。
その言葉に、ゼウスはフッと笑った。
嘲笑を零した、失笑を漏らした。
その姿には思わずギルも硬直してしまい、直後にゼウスの冷たい声が耳朶を打つ。
「身の程を知れ三流。お前の物語なんて、バッドエンドしか待っていない地獄行きの一本道。そして、焔の物語というのならば、それはお前のものではなく、彼のもの」
その言葉に、ギルは鎌を大きく握りしめる。
仮面の向こうから憤怒に歪んだ視線がゼウスの体に突き刺さるが、それすらも一笑に付した彼女は淡々と。
「彼は正当な後継者、今まではただの代用品でしかなかったけれど、今ははきちんと、あの人の思いを継いで、歩いている。対してお前は――ただの偽物」
瞬間、殺気が荒れ狂い、頭上に咄嗟に構えたゼウスの剣に巨大な大鎌が食い込んだ。
神器・雷霆すら破壊する威力に思わず血が凍るような怖気を感じながら、ゼウスは怒りに歪む彼の瞳を睨み付ける。
「偽物で……偽物で何が悪い! この先にこの俺の救いがないと分かっている! 自身の救いなど何処にもないと知っている! その上で俺は、この嘘を燃え尽きるその時まで突き通す! もう悲しまない、エデンの園を作り上げる!」
「それは、間違っている……! お前の望むようには、絶対にならない。救いの熾火は、そんなシステムじゃない……!」
その言葉にギルは仮面の下で歯を食いしばると、目を見開いてゼウスを大鎌で追い立てる。
連撃連撃連撃――もはやゼウスの目にさえ残像に見え始める速度で振るわれる大鎌を『全能』スキルであらかじめ察知し、先読みして躱し、受け流しながら、ゼウスはその叫びを受け止める。
「世界平和など空想上の概念だ! 机上の空論だ、絵空事だ、夢物語だ、誇大妄想だ! そんなものはそこに意思がある限りは存在しない。意思さえあればそこには欲望が生まれる! 誰かを自分のモノにしたい、誰かのものを奪いたい、誰かの人生を終わらせてみたい。そうして生まれた不幸は恨みを呼び、さらなる連鎖を引き起こす! そんな意思ある世界に貴様らは何を求む!」
一閃が大きく雷霆の剣の刃を削り、荒い息を吐き出したゼウスは未だ息ひとつ乱れないギルの姿に歯噛みすると、改めて奴の正当性に小さく目尻を吊り上げる。
「貴様も神王も久瀬竜馬も、貴様らは俺の前に立つ資格もない。混沌ならば俺を前に腹を抱えて転げ回るであろう。あの男ならば俺を前に鼻で笑って肩をすくめるだろう。対して貴様らはなんだ。俺の意思の一端に触れただけでこの有様……。正しくこの言葉に尽きるな全能神」
そう告げてハッと鼻で笑ったギルは、仮面の下の赤い瞳を狂気に煌めかせる。
「――話にならん。論外だ」
その言葉に、咄嗟にゼウスは言葉を返せない。
正しいと思ってしまったから。彼の言葉を鼻で笑うことなんて出来なかったから。
だからこそ言葉に詰まり、その姿にギルは嘲笑した。
「言い返せぬなら疾く失せろ。貴様らのような話にすらならぬ『雑魚』に用はない。俺が危惧するべきはただ一つ、俺を前に鼻で笑えるあの男ただ一人」
そう告げたギルはスッとゼウスへと鎌を向けると、淡々とその『探し物』を口にする。
「答えよ全能神。ギン=クラッシュベルの魂をどこへやった」
その言葉に、ゼウスは小さく笑みを浮かべた。
ギルの探し物。
それは、唯一自らを脅かすことの出来る存在、つまりは『どこか』へ消えたあの男、ギン=クラッシュベルの【魂】そのものである。
「……さぁ、何のことか」
「とぼけるな阿呆が。死したギン=クラッシュベルの体からは魂が完全に消失していた。決着がついた直後に能力を使った混沌ですら取り返せなかった奴の原点――つまりは【魂】が何処かに隠されているはずだ。そして、それがエルメス王都、パシリアの街、そして白夜の何処にもなかったとするならば……」
そう続けたギルは淡々と。
そして確信を持って、再びその言葉を口にする。
「ギン=クラッシュベルの魂をどこへ隠した。自らの内に隠蔽して隠したか? この空間のどこかに収納したか? 誰かに預けたか? あるいは――」
トンッと、大鎌の石突を地面へと叩きつけたギルは、自身が考えていた最も確率の高いその可能性を口にする。
「――他の世界へと、飛ばしたか」
その言葉にゼウスは思わず吹き出した。
対して大きく眉根を寄せたギルは殺気を飛ばすが、ゼウスは何一つとして反応しない。
「半分正解で、半分正しい」
「……なに?」
自身の叩き出した答えが正解だと考えていたギルはその言葉に思わずそう声を漏らすと、ゼウスはかつての彼のように、口の端を大きく吊り上げて。
「やっぱりギンくんに、頭脳で勝てる存在なんて居やしない。私も、恭香ちゃんも、混沌も、そしてお前も。誰一人としてあの人の考え上げた『計画』の全てを見抜けてなんていない。見抜けていたとしても、それはほんの一部。それが本心だと思わせた裏で、きっと彼はなにか他の計画を進めている」
「……貴様、一体何を知っている?」
何を知っている。
そう聞かれればゼウスは最近までは『すべて』と迷うことなく答えていた。
けれど、知ることの出来ない事象が現れた。どれだけ力を使おうと、隠蔽に隠蔽を重ねた入り組んだ迷路のような思考回路を持つ彼の事だけは、どうしても全知することが出来なかった。
だからこそ、その言葉に彼女は自信を持ってそう答える。
「好きな人のこと以外は、だいたい何でも知っている」
明日は本編と番外編の両方にて特別編をお送りします!




