焔―022 最悪のタッグ
ギィンッと火花が散り、小さく歯を食いしばる。
「ほらほらどうしたの? ぜーんぜん僕らに攻撃当たってないけどなぁー」
「チィッ……」
舌打ち一つ、緑色の槍を弾き飛ばすと、もう既に目の前には無数の槍が迫っている。
「ぐ……青龍ッ!」
『分かっている!』
瞬間、聖獣化した右腕が部分的に巨大化し、それらの槍を横薙ぎに一掃する。
怠惰の罪――ベルフェゴール。
戦いを見るにおそらく奴の能力は『モノを操る』力。
流石に他人の神器まで操る力はないのかもしれないが、先程から剣先がブレてブレて扱いづらいことこの上ない。
そして――嫉妬の罪レヴィアタン。
こっちもこっちで厄介なもので……。
「『炎遁波』ッ」
迫り来る無数の『雫』に対して大きく刀を一閃し、刀身から溢れ出した黒炎がそれらの雫を喰らい尽くす。
「……なるほど。貴方、それなりに強い」
そこには相も変わらず無表情で佇むレヴィアタンがおり、淡々と致死の攻撃を放ってくる彼女に思わず頬が引き攣ってしまう。
「嫌味にしか聞こえねぇ……」
呟きながら腕を元の大きさへと戻して刀を握りしめると、ケラケラと笑ったベルフェゴールが口を開く。
「いやー、それなりに、ってレベルじゃないでしょー。最初は余裕かと思ったけど……あの炎に青龍、九尾の力もあるわけじゃん? 多分僕ら単体じゃ勝てないっぽいよ、なんなら二対一で互角くらいだし」
「互角じゃない、こっちが押してる」
「はいはいレヴィは黙っとこうねー」
――互角、と。
そうは言うけれど、俺もこの二人も、恐らく奥の手をいくつか残している。
俺でいう所の『絶炎武装』に『聖獣化・獣型』と、使い所の難しい『混沌の力』、そして長らく使ってこなかったあのスキル。
対してこの二人は『根源化』という切り札をまだ切っておらず、さらに言えばまだまだ余力を残しているような感覚がある。
「……さて、使いどころが問題か」
絶炎武装はこの数日間、ウラノスさんに拷問という名の訓練をしてもらったから以前よりは練度、発動時間共に大きく伸びているはずだ。
だが、こんな初っ端――それこそ相手にまともなダメージも与えられていないような状態で使ったところで、倒し切れるビジョンは見えやしない。その他の力も同じだ。
使うとすれば――そう。
この二人が、根源化を使用した時。
「――フゥ」
大きく息を吐き――スッと、目を見開く。
「――『黒炎纏』」
瞬間、俺の体に黒炎が纏われ、ベルフェゴールとレヴィアタンの緊張感が一層に増す。
――黒炎纏。
銀でいう影纏の黒炎版である。
これに青龍の力……そして、場合によっては混沌の力まで付与すれば完全なる『絶炎武装』へと化すのだが、まだこの状態でそこまでの消耗は抑えたい。
まぁ、だからといって油断はできないのが現状で。
「――さて、容赦なく行こうか」
重心を落とし、剣を頭の横に構える。
見れば二人もまた臨戦態勢で体を構えており、俺達の間に緊張感の張り詰めた沈黙が舞い降りる。
遠くから怒号と剣戟の音が聞こえてくる。
頬を冷や汗が流れ落ち、地面で弾ける。
風が髪を揺らし、霧が頬を撫でつける。
漂う緊張感の中、小さく息を吸い――目を見開く。
「――いざッ!」
屋根を蹴って勢いよく駆け出した。
黒炎纏はステータスすら強化する。先程よりもさらに早い速度にベルフェゴールは目を剥き、咄嗟に上空へ浮かんでいた数多の槍を発射する。
その速度は凄まじくかったが――それでも、この状態でならば十分に反応できる速度だ。
「唸れ黒刀! 我が前の尽くを断ち切り給え!」
瞬間、黒煙を纏った黒刀べヒルガルが振動を始め、徐々に刀身が赤熱し始める。
――神器・黒刀べヒルガル。
それはあらゆる神器の、あらゆる刀の頂点に君臨する最強の武器にして最悪の完成品。
この太刀に断てぬモノなどありはせず。
この先に広がるのは――防御など通じぬ攻撃の極地。
「全てを断ち切れ――『黒焔斬』」
目の前に迫る槍を半歩前に出て躱しながら、その槍を真っ二つに両断する。
すぐさま黒炎が燃え移ったその槍は空中にて燃え尽くされ――喰らい尽くされ、瞬く間に焼失する。
「ば、ばぁっ――!?」
ベルフェゴールがなんとも言えない悲鳴をあげるが、まだまだ一の槍を斬り捨てただけ。先には多くの槍が残っている。
だからこそ――それら全てを叩き斬る。
「ハァァッ!」
一閃、二閃、三閃――
体に染み付いた動作が考えるよりも先に繰り出される。
気がついた時には体は既に必要な場所へと踏み出しており、目の前には斬るに安い場所を飛来する緑の槍が。
――斬る。
断ち切り、両断する。
尽くを壊し、破壊し――燃やし尽くす。
気がついた時には既に槍の猛襲はなりを収めており、視線の先には頬をひきつらせたベルフェゴール、目を見開くレヴィアタンが立っていた。
「ちょ……な、何コイツ。え、誰だよ弱いとか言ったバカ」
「……分かった。この人、勢いにのらせたら不味いタイプ。稀に見るレベルの――遅まき強者」
剣を握りしめる。
――スロースターター。
たしかに今そう言われてみると、そうかもしれない。
胸に手を当てれば、ぼうっと胸の奥に暖かい炎が燻っているのがわかる。
淡々と、冷静に燃えるその炎。
今までは仲間と戦ってばかりだったから、多分気づくことが出来なかったんだろう。怖いから早く勝負を決めようと急いで、気づけなかったんだろう。
だけど今、仲間はいない。
頼れるのは自分一人、勝負を急げば空回りして、おそらく俺は死に絶える。
だからこそ、しっかりと腰を据えて勝負に挑む。
じゃないと勝てもしないし――成長も出来ない。
「気をつけて、ベル。この人はたぶん――」
――あの怪物たちと、同類だと思う。
その声が聞こえたのは、再び駆け出したのと同時のことだった。
☆☆☆
レヴィアタンの声を聞いたベルフェゴールは一瞬目を見開いたが、直後に笑って合掌した。
「なるほど通りで『殺せ』ってことね! 了解したよボス、今ここで、この男を殺してみせる!」
するとどこに隠していたのか、彼の背後には先程よりも多くの槍が浮かび上がり、その光景に思わず目を剥いた。
「残念だったね久瀬竜馬! 僕もレヴィもあの頃と比べて格段に強くなっている! もう、ギン=クラッシュベルに、アルファとかいう奴に負けた頃の僕らじゃない!」
見ればそれらの槍に加え、遠くの方には何台もの砲台、弓も準備されており、槍に混じって剣や斧、ハンマーなども空中に浮いている。
しかしながら注意すべきはそれだけではなく。
「今のボスは混沌ほど優しくはないけれど、それでも彼のやってることを、間違ってるだなんて言えっこない。だから私は協力する。全力で――お前を殺す」
見れば彼女が掲げた手の先には巨大な水の塊がふわふわと浮かんでおり、あの塊を形成している一滴一滴に対して全細胞が危険信号を発し始める。
『な、なんだあの毒は……!? ヤマガミアラシ、ディノサイダースライム、ヒュドラ……メデューサ……! いやそれ以上! ミドガルズオルムでも及ぶかどうか……。とにかくあの毒には触れるな久瀬竜馬! 一瞬で骨も溶かさず溶解される!』
「ば――な、なにその怖い名前のオンパレード!」
それらよりもやばい毒など触れられるはずもない。
思わず冷や汗を流していると、レヴィアタンが聞き捨てならないことを言ってきた。
「これはあの回復力お化け、ギン=クラッシュベルが私の毒をくらっても平然としてたから、イラッと来て調合した不死殺しの激薬。いくら不死身だろうと、いくら回復力があろうと、この毒は絶対に耐えられない」
今確信した――これは触れたら終わるやつだと。
剣を強く握りしめ、小さく息を吐く。
まだ、まだ早いか。
根源化はまだ使用されていない――ならば、まだこちらも奥の手を出すには早すぎる。
けれども……。
『考え事は後だ! 今はこれを乗り切ることを考えろ!』
「――!」
見れば、目の前には銃の弾丸が迫っていた。
「チィッ!」
咄嗟に体を捻って刀ではじき返し、その弾丸を黒炎で燃やし尽くす。すると聞こえてくる小さな舌打ち。
「はぁあ、せっかくメフィーにお願いして隠蔽してもらった『幻影の弾丸』だったんだけどなぁ。流石にちょっと驚かせたくらいじゃその集中力は切れないかー」
――なら。
そう続けたベルフェゴールは獰猛に笑って。
「僕の力とレヴィの毒。これら全てを捌ききれるものならば捌いてご覧よ、久瀬竜馬」
瞬間、それらの武器と毒が一斉に噴射される。
毒は触れた途端に致死確定。
武器はどこへ行こうとも必ず追尾してくる厄介使用。
なればこそ――
「――ここに留まって、素直に迎撃する必要も無い、か」
呟き、二人を中心と考えて円弧を描くように走り出す。
さすれば武器は追尾されるだろうが、純粋に噴射されているだけの毒は交わしたも同――
「……は?」
そこまで言って言葉が詰まる。
視線の先には緑色の光を纏った『雫』が空中に浮かんでおり、すぐさま方向転換して俺の方へと向かってきていた。
「ま、まさか――」
「そうそのまさかさ。これらは全部――追尾機能付きだよ」
その言葉を聞いた途端、咄嗟に二人目掛けて駆け出した。
――捌ききれるはずがない。
武器だけだったならばまだしも、メフィーとやらの『幻影の弾丸』、加えてレヴィアタンの致死の毒まで弾幕に加わるとなると……それはもう捌く捌かないの段階ではない。
――どれだけ迅速に、術者を倒すか。
その一点に全てが収束する。
故に咄嗟に駆け出して――直後、目の前の屋根に小さな違和感を感じ取る。
それは小さな違和感、きっと理性で気がついたんじゃなく、本能の部分がその違和感に気がついたんだと思う。
「ぐぅっ!?」
咄嗟に地面を蹴り、数メートル離れた場所へと転がり込む。
――だが、少しばかり手遅れだったようで。
「ぐ、がぁっ!?」
ジュウウと右の足から煙が上がり、激痛が走る。
見れば靴と足の裏の表皮が完全に溶かされ、本来ならば見えるはずのない赤黒い肉が視界に入る。
すぐさま傷口を黒炎で焼き切ると、痛みを堪えながらベルフェゴールとレヴィアタンを睨み据える。
「……驚いた。その屋根の部分には薄くこの毒を塗っておいたんだけど。それに気づける直感力。そして傷口を咄嗟に焼いたその機転。どちらか一方でも欠けてたら今の一瞬で殺せてたのに」
「……クソ、が」
痛みには慣れている方だと思う。
さすがに何度も『致死』を受けてその度に回復している銀ほどじゃないとは思うが、それでもこの世界に来てからもう四年近くが経つ。それなりに怪我というものには慣れてきた。
――が、この痛みは少々シャレにならない。
「これは、まずったかも」
足に力を入れて立ち上がる。
途端に右足の裏へと激痛が走り、思わず脂汗が滲んでくる。
毒による融解――そして、黒炎による火傷傷。
黒炎は誰彼構わず喰らい尽くす扱いの難しい炎。傷口の毒を完全に食らうためにはこれしか方法はなかったにせよ――それでも、足が一つ使い物にならなくなったのは痛すぎる。
『――これは、詰んだのではないか?』
青龍の声が響く。どうしよう、激しく同感だ。
思わず引き攣った笑みを浮かべた俺の前には、未だ衰えぬ無数の武具と巨大な毒の塊が存在しており。
「さぁ久瀬竜馬」
「大人しく、死んでほしい」
直後、俺めがけてそれらの『絶望』が襲いかかった。
本編も番外編も超ピンチ!
どっちも勝機がみえません。




