焔―018 絶炎武装
世界の書き換え。
つまりは世界の【設定】の上書き保存。
実際に原初の神々である創造神に作られた、言うなれば【作り物の世界】を、その根底から覆すことの出来るクソチート。
だが……。
「……ふっ、何か言いたそうだね」
顔に出ていただろうか、ウラノスさんが笑ってそう問いかけてくる。が、わざわざ殺害宣言してくる相手に話してやる義理もなければ、彼相手にそんな油断して生き延びられるはずもない。
刀を構えることで答えると、彼は満足げに微笑んだ。
「うんうん、成長しているようだ。銀から又聞きで聞いた地球での君なら『何でこんなことを……!』とか、主人公らしいセリフを吐いていたんだろうからね――」
けれどスッと目を細めた彼は、底冷えするような笑みを浮かべて。
「そんなものはそこらの犬に食わせておけ。ここから先は物語の主人公じゃ到達できない真の極地だ。いちいちそんな下らないセリフを吐いているような腰抜けであったら今この場で斬り捨てていた所だったよ」
「……ッ」
思わずゴクリと喉が鳴る。
それを見た彼は玉座から立ち上がる。
「主人公、ラスボス、選ばれた勇者。そんな肩書きはこれから先は不必要。必死に足掻き、命を削って、自らの自由を削って、ただひたすらに先へと走り続けた【選ばれし者】しか進んじゃいけない」
かくしてはっと鼻で笑った彼の姿は、いつか見たアイツの姿に瓜二つであり、なぜこの二人は血が繋がっていないのか、心の底から疑問に思う。
「ハーレム? 俺TUEEEE、チート、主人公最強? そんなものはクソ喰らえ。気軽に【最強】の名を語るな屑が。貴様らに全てを投げうち、どんな困難にも屈しず、どんな絶望を前にも突き進み続けられる力があるのか、覚悟があるのか? その覚悟も無しにその名を冠することは許さない」
――まぁ、どこかにそんな二つ名の人がいた気もしたけれど。
一転、冗談半分にそう笑った彼ではあったが、俺の脳裏には今見せた彼の【本音】がへばりついていた。
……最強の名を冠する覚悟、か。
「その反面、彼は敵ながらあっぱれだ。何一つとして文句を言う隙間が見当たらない。名実ともに紛うことなき今の最強。全てを投げ打ってでも何かを為そうとする姿は正しくその名に相応しい」
彼がそう呟いたと同時、三体のフルプレートアーマーが動き出す。
「さて、久瀬くん。久瀬竜馬くん。ここから先はそこいらの物語に登場する最強主人公達でさえ雑魚扱いされる正しく頂点。不死すら一撃で無へと帰し、最強の攻撃すらも簡単に弾かれる。チート、ズル、設定矛盾。それこそが当たり前の別世界」
「君は強い。圧倒的だ。神すら超え、ここじゃない世界でならさぞかし名のある主人公になれていただろう。それも間違いなく、だ」
「けれど君に覚悟はあるかい?」
思考一つ挟める隙もなくそう続けた彼は。
「弱虫を辞め、全てを己が一身に背負う覚悟が」
その言葉と同時に、三体の鎧が走り出した。
☆☆☆
迫り来る三体の鎧を前に、地面へと黒刀を突き刺した。
「『黒の炎者』」
瞬間、魔力が迸り三体の従者が現れる。
黒の炎者。黒炎によって作られた三人の従者を作り上げるという能力であり、聖獣化した今の俺が放ったそれらは普段とは比べ物にならない性能を誇っている。
「行けっ!」
三体の従者が三名の鎧へと向かってゆき、その隙に俺は上空へと飛び上がった。
「悪いけどウラノスさん! こっちも本気で行ききます!」
「あぁいいよ。どうせ僕らはどちらも死なない」
そんな今の分からないことを告げた彼へ、翼をはためかせながら右腕を向ける。
左手で右腕をしっかりと固定し、体のそこから魔力を練り上げる。
「行くぞ青龍。本気で行く!」
『当たり前だ! この方を前に手抜きなど無礼千万、全力を出し切り、その果てに散るのが当然だ!』
散っちゃダメだろと言いたいところだが、彼を前にしていると勝機がどこにも見当たらない。
だからこそ本気で、その勝機を探しに行く。
「――『青龍の咆哮』」
右腕を媒体として青龍のアギトが構築される。
喉の奥に超高密度の魔力が生じ――それを一気に解き放つ。
「ハァッ!」
轟ッと空気が唸りをあげ、青龍のアギトから高威力のブレスが迸る。
しかしながらその先にいるウラノスさんは余裕そうな表情を崩すことはなく、スッと右手を掲げて。
「――仮想『無壊の盾』」
彼の手のひらから溢れ出した無数のハニカム構造が組み合わさり、一瞬にして黒色透明な円形の盾を形成する。
『あ、あれは玄武の――』
「うん、正解だよ青龍」
瞬間、轟音が鳴り響く。
見れば青龍のブレスはその盾に完全に阻まれてしまっており、青龍の悔しげな声が響く。
『仮想、か。不味いぞ久瀬竜馬。あの方は【常闇のローブ】の製作者。それはつまり、玄武の力を完全に知り尽くしているということ』
彼女の言葉に背筋が凍る。
知り尽くしているというのならば。
それはつまり――仮想とはいえ、設定出来ると言うことだ。
「なんかアイツの力ちょっと普及しすぎじゃないのかな!?」
「はっはっはー、強い能力ならば真似される。それはこの世界の真理だよ〜」
言いながらも彼は杖を掲げると。
「我は設定する――『そこには既に炎があった』」
瞬間、俺の体を紅蓮の炎が包み込む。
「が……」
『おい! 呼吸をすれば内から焼かれるぞ!』
そんなことは……分かってる!
ぐっと魔力を込めると同時に俺の周囲へと黒炎が展開され、それらの炎を飲み込んでゆく。
「はあっ、はぁっ……ば、化物か」
「おー、すごいすごい。流石は魔法系統における最悪の力。間違いなく破壊力だけでいえばトップクラスだろうねぇ」
荒い息を吐き出しながらも絞りだすように呟くと、彼は拍手をしながらそう言って見せた。
――余裕。
その姿に拳を握りしめると、片手に握っていた刀を鞘へと収める。
「……おや、もうおしまいかい?」
不思議そうに問いかけてくる彼ではあったが、その瞳には大きな『警戒』が揺らめいており、これは騙せないなと苦笑する。
「……今ので確認しましたが、これは間違いなく殺し合い。だからもう、銀の親だからって手抜きはしない」
「……へぇ、手抜きか」
あぁ、手抜きだ。
あくまで今の貴方は俺の敵だ。殺そうとしてきている相手に敬語を使っていられるほど、俺も聖人って訳じゃない。
だからこそ、こっから先は正真正銘本気で行く。
『余の力は空間の移動だけにしておけよ。これはあくまで『予行練習』だからの。混沌の力まで使えば本番に満足な力が使えなくなる』
分かってる。
だからこの人には――今の俺が持てる力。
それの全てを解放する。
「行くぞ青龍、準備はいいか」
『無論だな。成功する未来しか見えぬわ』
ケラケラと笑った青龍の声に頬を緩ませながら。
魔力を組み上げ、胸を叩く。
「本気で行く――聖獣化・獣モード」
青い魔力が迸り、光が弾けた。
☆☆☆
その姿に、微笑ましさを感じるのは僕だけだろうか。
いや、きっと違うと思う。
分かる子には分かるんだ、きっとこの子はもう、戦う理由なんてずっと昔から分かっていた。
ただ、それが昔過ぎて忘れてしまったんだ。
自分はなんのためにここまで来たのか。
「全く……厄介な子だよ、君は」
見上げる先にはとてつもなく巨大な龍が空を飛んでいる。
――聖獣化。
出来ただけでもすごいというのにも関わらず、聖獣にさえなれるというのだから驚嘆する。
彼は強い。
間違いなくリーシャやグレイス君と同格の傑物だ。
それでも二人と比べて見劣りしてしまうのは、きっと――
『ヴオオオアアアアアアアアア!!』
咆哮が轟き、大気が揺れる。
杖をカンっと地面へつくことで衝撃波を打ち消すと、スッと杖を上空へと掲げる。
「我は設定する――『数多の炎、我が敵を薙ぎ払え』」
瞬間、彼の周りに多くの炎が現れる。
さて、先程は逃げたその炎、どう対処するんだい?
そう考えた――次の瞬間。
ボウッと、彼の体を黒炎が包み込んだ。
「――! なるほどそう来たか……」
それはおそらく生身でやれば地獄の苦しみを味わう戦術。
けれども人型だろうが獣型だろうが、青龍の聖獣化をした状態ならば話も変わってくる。
すべてのものを喰らい、焼き尽くす黒炎魔法。
それは防御へ転じることで――触れることの叶わない最悪の盾へと変貌する。
『――絶炎武装』
ふと、その光景を見て、『血濡れの罪業』なんていうふざけた力を身につけた時の銀を思い出す。
あの時は確か、いきなり戦って、この世界でいきなり見せられて、その結果戦っているうちに消費過多で燃え尽きたんだったか。
なぜ今その光景を思い出したのかと聞かれれば、多分彼のこの状態も似たようなものだから。
「まだまだ使いこなせていない諸刃の剣」
おそらく彼は、数分もしないうちに自滅する。
多分魔力が切れて気絶するんじゃないかと思うから、その辛さを味合わせるためにも戦術を『引き伸ばし』に移行させるべきか。
――否、引き伸ばしというより『防戦一方』か。
『ウラノスさん、貴方の力は確かにすごい。凄いが、それでも俺のこの状態を【元の状態へと設定し直す】ことをしてもいなければ、銀の死を無かったことに設定もしていない。やろうと思えば【開闢】のデメリット皆無に設定できたはずなのにも関わらず、それらも設定していない』
――それは何故か。
そう続ける彼に、思わず笑ってしまう。
銀はもう僕が何一つ言うまでもなく最初からその事実に気付いていたわけだが、彼もなかなかどうして勘が鋭い。
頬を緩める僕に対し。
『ウラノスさん。貴方でもその力は使いこなせませんか』
その言葉にやっぱりと、考えていたことが確信に変わる。
彼は勘が鋭く、頭の回転もかなり早い。
戦闘中に考えられるだけの余裕を持ち、分からないからと言って諦めることをしない、考えることをやめない伸びるタイプの人間だ。
実力だけならばかなりのところまで来ている。
今見せているこの力が完成すれば――多分、彼は僕何かよりもずっと強くなる。
――だが。
「そうだね。それだけ出来て未だに扉を開けないことだけが、どうしても惜しすぎる」
世にも珍しき壁と扉の融合者。
彼は創造神やらなにやらで作り上げた最高の器の所持者である。が、それと同時にこちらへ来た異世界人の中で最も『精神力』が弱いのも事実。
器の大きさに精神力が見合っていない。
――故に扉が大き過ぎたのだ。
それこそ、元々有るべき『壁』すら飲み込み、一つの巨大な『扉』となってしまうほどには。
だからこそ惜しい、彼が弱虫であることが。
もしも彼がその扉を開くことが出来れば、扉を開くことで『器』が本当の意味で覚醒し、更には壁を越えることでの限界突破も起きるだろう。
相乗効果によるステータス向上幅は僕でも測りきれない。
言うなれば――そう、正しく【覚醒】か。
「いやはや。そろそろ遊んでる暇なくなっちゃうんじゃないかい、銀」
こりゃ『抜かされる』ぞ、と。
なんだか楽しくなってきて小さく呟くと、上空の久瀬くんが大きく吠える。
『行きますよ! ウラノスさん!』
然して彼は咆哮を上げ、一直線に迫り来る。
誰も彼も、あっという間に強くなる。
娘に超えられ、息子に抜かされ、そして今、息子の友達というよくわからない立場の子にも抜かされかけている。
しかしまぁ、それじゃあ『神王』の名が泣くわけで。
「悪いけど久瀬くん。この場でだけは勝たせてもらう」
――決着がついたのは、ほんの数分後のことであった。
色々繋がってきましたー。
どうやって久瀬くんを覚醒させるかが問題でしたので、やっと肩の荷が降りた気がします。




