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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
王国編Ⅱ
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焔―015 エデンの園

 まさか敗北するだなんて思っていなかった。

 そう、心の底から驚いたように呟くベルゼブブを眺めながら、男――ギルは、少しだけ興味を示していた。


「まさかあれだけの分身体を作って出向き、結果として残ったのがそのうちの一体だとはな」

『んもー、ヤになっちゃうわねぇ♡』


 本体が殺されたことで幾分か冷静になったベルゼブブ(といっても今は本体はこちらだが)は、大きく力を失った自らの体へと視線を下ろしてため息を吐く。


『それにしても、まさかあんな化物がまだいたなんてねぇ。氷魔の王、グレイスだったかしらん? あの子ったら、現存してる敵戦力の中じゃ間違いなく五本の指に入る怪物よん? ギルの坊やも知ってるはずよねん?』

「まぁな。この『眼』で氷魔の王の戦いはしかと見させてもらった」


 呟きながらも、脳裏に新しいその光景を思い出す。

 ――最強の氷使い。

 まず間違いなくそう考えて過言ではないだろう。

 魔王ルナ・ロードでも、ギン=クラッシュベルでも、かつての神王ウラノスであっても、こと『氷』の扱いに関して彼女に勝る存在をギルは知らなかった。


「全能神ゼウス、獄神タルタロス、氷魔の王グレイス、神王ウラノス。そして――現・執行機関最強、白夜」

「クハ、まだまだ表舞台には出てきていない者ばかりですね」


 例のごとく隣で聞いていたメフィストが笑みを零し、ギルは仮面越しに顎へと手を添えた。


「獄神タルタロスは、現状考えなくても問題はなかろう。並びに神王ウラノスもまた、かつての最強ではあったが、魔法の才を失った後衛にそこまでの力があるとは思えん。故に、今注意すべきは残りの三人」

『ゼウスちゃんに、グレイスちゃん、あと……その? 白夜ちゃんとか言う知らない子ね?』


 ――白夜。

 その名を、口の中で小さく呟く。


「どうしました? ギル」


 すべて知っていて、それを見世物として観戦しているのであろうメフィストが、口元を緩めて声をかける。

 対してギルは小さく、それでいてハッキリとメフィストを睨み付ける。

 しかしすぐに息を吐いて心を落ち着かせると。


「――氷魔の王グレイスは、俺かサタンが出向けば倒せる程度の相手。全能神ゼウスは今のサタンならば問題ないだろうが……それでも不安が残る。もしその際は俺が出向くこととなるだろう。そして最後に……これが最も厄介にして予測ができない」

「あの方の忘れ形見。確かに厄介そうではありますが」


 忘れ形見――つまりは執行機関。

 居場所はわかっているが故に、大悪魔とも肩を並べる怪物級の悪魔――ガイズを送ったはいいが、彼どころか、未だにその部下の一人として帰ってきていない。

 それはつまり――


「ガイズが帰ってきていないということは――それはつまり、あの逃げ足だけは悪魔一と呼ばれた腰抜けを瞬殺できる、まさしく俺達クラスの化物がいるということであろう? ギルとやら」


 ふと、声が聞こえてきて視線を向けると、そこには不機嫌そうに壁に背を預けるサタンが佇んでいた。


「……冗談はよせ、サタン。お前クラスならばまだ辛うじて、万が一の可能性として看過できるが、俺と同等など有り得るはずがない。それこそ――」

「壁を越えた何者か、であろうな。かつての神王ウラノス、そして眠りについた混沌様。目の前にいる貴様か、或いは――」


 その先を言いかけたサタンだったが。

 ギルの拳が手元の玉座の肘掛けを砕き、思わず言葉を詰まらせる。


「――それだけは有り得ない。あの男は死んだ。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ死に絶えた。人の忠告を聞きもせず、下らぬ末路に至って死に絶えた。それだけの事」


 一体どれだけ忠告したか。

 その先に未来はなく、後悔しか残らないと。

 にも関わらずあの男はその忠言を無視し、結果としてギルが予期した未来へと至った。

 だから、そんな可能性などあるはずがないのだ。

 仮面の下――小さく開いた穴の向こうからは、轟々と怒りに燃える瞳がこちらを覗いており、その瞳を見てサタンは小さくため息を吐く。


「……まぁ、貴様がそういうのならば否定はせんさ。あの男は確かに死んだ。他でもない混沌様がそう言ったのであればそうなのであろう」


 ――だが。

 そう続けた彼は容赦なく、殺意すら感じさせるほどの威圧感を迸らせる。


「貴様のせいで俺の配下が死んだ。任務を全うした上での死ならばあいつも浮かばれたが、これはただの無駄死にに他ならない。つまりは貴様の采配のせいで、我が配下が死んだということ。……この責任、どう落とし前をつけるつもりだ?」

「……落とし前、か」


 ギルはそう呟き、一瞬顔を俯かせる。

 けれどもすぐに彼は顔を上げると、スッと、サタンへと視線を投げ返す。

 仮面の下から覗くその瞳。

 その瞳には【狂気】にも似た炎が大きく燃え盛っており、思わずサタンの背筋に怖気が走り抜けた。


「そうだな、俺の命を差し出そう」


 その言葉には、その場にいた全員が目を見開いた。


「き、貴様……正気か?」

「正気ではないさ。この面を付けた時点で正気など捨ててきた。正気も正義感も倫理観も道徳も同情も何もかも、捨ててきた。今の俺に残るのはただ一つの小さな感情」


 ケラケラと笑ったその男は、盛大に笑ってこう嘯く。


「なに、命など全く惜しくはない。この目的が果たせるというのならば、全てが終わった後に自害しよう。それを以て滅びゆく全ての命、全ての文明、全ての世界への手向けとし、最期は笑って死に晒そう」


 ――狂っている。

 その場にいた誰もがそう確信し。

 同時にこの男の【目的】が酷く気になってしまったのだ。


「聞いていなかったな。貴様のその【目的】とは一体なんだ? 貴様は一体我らの側につき、何を求めている?」

「――何を、か」


 サタンの問に小さく頷いたギルは。

 微塵も迷う素振りを見せず、その原動力を口にした。



「――【エデンの園】。悲しみの無い理想郷を創ること」



 然してそれは、誰にとっての理想郷か。

 彼がそれを語ることは決してなかった。




 ☆☆☆




「……仮面の男?」


 現国王、ギルバートさんから告げられたその言葉に、思わず首を傾げて問い返す。


「えっと……その男がどうしたんですか?」

「まぁ、うん。まずは座ってほしい」


 彼に勧められたとおり、彼の対面に位置するソファーへと腰を下ろすと、改めて、目の前に揃っているそうそうたる顔ぶれにゴクリと喉が鳴る。

 目の前に座るのは国王ギルバート・フォン・エルメス。

 右前方、窓際に立っているのは獣王レックス。

 同じく右前方、執務机に腰をかけている魔王ルナ・ロード。

 その三名が、今俺の目の前に居るのであった。


「……で、その仮面の男が、俺がここに呼ばれた理由と何か関係があるんですか?」

「……まぁ、そういう事だな」


 窓から外を見つめていた獣王さんが呟き、その金色の瞳を俺へと向けてくる。


「グレイス……今は魔力消費過多がたたって寝込んでいるが、一応あのババアから全てを聞いている。ギンの小僧、全能神ゼウスの二名しか扱うことの出来なかった聖獣化。決して折れない最強の神器『黒刀べヒルガル』。そして九尾の力に――混沌の力。極めつけは黒炎魔法。言葉だけ並べてみると、貴様ほどあの男に近づけそうな輩はいない事に気がついてな」

「は、はぁ……」


 といっても所詮は『言葉だけ並べてみると』だ。

 眉根に寄ったシワを揉みながら、そう内心で呟いて――


「つい先日。敵方のボスが王城へと攻め込んできた」

「……え?」


 唐突に告げられたその言葉に、思わず目を見開いた。

 粉々に壊れた城壁。未だに王城周辺の空気内に満ちている膨大な魔力。そしてあの時感じた膨大な魔力。

 なるほどそういう事か、足りない頭ながらなんとかその真実に気がつくと同時に、新たな疑問が溢れてくる。


「ということは、三人で撃退したってことですか?」

「……まぁ、そうなるのだが」


 瞬間、苦虫をかみ潰したように顔を歪めた獣王さんがそう呟き、それらを見ていた魔王さんが大きくため息を吐く。


「……はぁ、ここまで話しておいて事実を告げないのも酷でしょう。私たちはその相手に正真正銘、全力で立ち向かい、相手を殺した」

「こ、殺した……?」


 こ、殺したって……噂に聞く混沌を、だろうか。

 敵方のボスというのだからそうなのだろうと、なんだか歓喜とも困惑ともつかない顔を浮かべていると。


「――けれど、それは偽物だったわ」


 淡々と告げられた言葉に、勝利の吉報から熱くなった感情が、スッと冷めたのを感じる。


「……偽物?」

「ええ。戦闘中は高度な隠蔽術をされて鑑定系の力が通用しなかったのだけれど、その死体を改めて鑑定した結果――せいぜいが、こちらで言う【Aランク冒険者】と同等の力しか持たない、ただの悪魔だった、ってことが分かったわ」


 ――Aランク冒険者。

 世間一般からすれば一流も一流、最前線で戦う最高クラスの冒険者、って感じなのだろうが……それでも、俺たちからすればあまりにも弱すぎる。

 そんな相手に……本気で戦った?


「幻術とかにかけられてた、って言うのは」

「無いわ。正真正銘、本気で戦って、なんとか勝利した。私なんて禁呪二連発で、ぶっちゃけると今すぐにでもグレイスみたく寝てしまいたいわけだけれど」


 よく見れば魔王さんの顔色は酷く悪く、恐らくグレイス程ではなくとも、安静にして寝ていなければ不味い状態なのだろう。

 にも関わらずここに来たということは――つまり、それだけこの案件が重要だということ。


「Aランク冒険者が私たち三人と互角に勝負できていた。その結果から、私たちはその悪魔が偽物で、ただ何者か――おそらく『本物』の仮面の男に操られてきたと推測したわけだ。そこで、君にも一応知ってもらおうと思ってね」


 ギルバートさんは笑ってそう言うが、その目の下には大きなくまが出来ていた。こちらの被害は甚大……襲撃から一日ほど経ったが、未だに寝られていないのだろう。


「……大丈夫ですか?」


 言葉少なに問いかける。本来なら俺みたいなやつが心配する権利もないだろうが、それでも言わずにはいられなかった。


「まぁ、うん。大丈夫だよ。私がギンのお友達ってことで港国、和の国、農国からの支援もあるし、森国からはかなりの量の野菜や果実が送られてきている。お金についてはままならないが、前にギンから買い取った巨大温泉もあるから……ふふっ、本当に彼様様って感じだよ」


 もしここにアイツがいたらイラッとくるドヤ顔浮かべてるんだろうなぁ、と思いながらも、本当にアイツはいろんな国を回って、いろんな国を助けてきたんだなって、改めてそう実感する。

 少し頬を緩めていると、笑っていたギルバートさんがスッと纏っていた空気を変えた。

 それは本題に入る合図のようなものだろう。俺も背筋を伸ばして顔を引き締めると、彼へとまっすぐ視線を返した。


「久瀬竜馬。今現在、王国の被害は甚大だ。僕らとしては国力復活に尽力しなくちゃならないわけで、獣王様、魔王様のお二人もそれぞれの国にて防衛部を設置しなければならない。頼みの綱であるグレイスさんもあの通り。現状、本物の仮面の男に対抗する【力】がここにはない」


 ――故に、君に依頼がしたい。

 彼はそう言うと、懐へと手を伸ばした。


「君は私からすれば滅茶苦茶強いのだけれど。それでもやはり、獣王様、魔王様と同格かそれ以下でしかない。グレイスさんにはまだ及ばない。まぁ、自覚はあるだろうと思うけれど」


 小さく窓際の二人に視線を向けると、二人共心底疲れたように頷いていた。

 勝てる……かな。分からないけれど、混沌の力をフルで使えば多分勝てるんじゃないかと思う。

 でも、それでもまだグレイスには及ばないと思う。

 彼女は間違いなく、現在こちら側が誇る最高の戦力。

 単体で大悪魔を滅ぼせる、この世界の最後の砦。


「本来ならばグレイスさんにさらに力をつけてほしいのだけれど、あの人曰く、現状より強くなるビジョンが見えないらしいからね。きっとあの人のことだから、気がついた時には今よりも強くなってるんだろうけれど――今は、その【気がついた時には】じゃ対応が遅すぎる」

「私たち二人も同じようなものよ。この器が引き出せるギリッギリのところまで来ちゃってる。だから、それ以上の成長をしようと思えばかなり時間と労力をかけなければならない。そして現状、そんなことをしている余裕はない」


 ――だから。

 魔王さんの言葉を引き継いだギルバートさんは、懐から一枚の封筒を取り出した。


「これをパシリアの街、ギルドマスターのレイシアさんのところまで持っていって欲しい。この封筒を見せてくれれば、多分彼女は『あの二人』の場所まで連れていってくれる」

「……あの二人?」


 あの二人……とは、一体誰だろうか。

 思わず眉根にシワを寄せた俺を見たギルバートさんは、頬を緩めて口を開く。


「これは又聞きの話なのだけれど。昔々、正確に言えば四年くらい前。自分の実力不足に悩んでいた一人の吸血鬼が居たらしい。彼は自らの力の無さをどうするべきか悩みに悩んで――その果てに、ある人物へと辿り着いた」


 どこかで聞き覚えのあるそのお話。

 ギルバートさんは俺の瞳をのぞき込んで頬を緩ませると。



「その名も神王ウラノス。かの吸血鬼の持ち得る力をたった数週間で引き出した、まぁ、言うなれば超スパルタの最強教師、と言ったところだ」



 ――嫌な予感しかしなかった。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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