焔―010 三人の王
時間が無くて短めです!
やっぱり一日一話は難しい!
――時を同じくして。
その男は、視線の先にて現れた氷の柱を見つめ、その名を呟いた。
「――氷魔の王、グレイスか。現状、全能神に獄神と並び、最も注意せねばならない者か」
そう独りごちて初めて、それらの名前が女性の名前ばかりだということに気がつく。
彼は小さく肩をすくめると。
「……フッ、立つ瀬がないな? 国王ギルバート」
「……」
背後へと振り返る。
そこには多くの兵士を連れた国王ギルバートの姿があり、その両隣には直属護衛団長アルフレッド、並びに宮廷魔導師筆頭マグナ・スプリットの姿もある。
「……君は、一体何者だ? これでも強さこそ彼らには及ばないが、警備力だけならばかなりのものと自負していたが……。この緊急時、厳重警戒されていた宮内へと容易く侵入……、只者じゃないだろう?」
その言葉に男は小さく肩を震わせる。
多くの兵士に囲まれても崩れぬその余裕。
その姿に、えも言えぬ威圧感に思わず冷や汗を流したギルバートは、天蓋を外して大きく一礼をするその仮面の男に対して。
「初めまして、国王ギルバート。我が名は……そうだな、ここでは名乗らないでおこう。俺は今、混沌に変わって悪魔軍を率いているものだ」
――この男は、絶対に早い段階で倒さねばならない。
そう、本能の部分で直感していた。
☆☆☆
「……君は、ここに何をしに来たんだい? 用事があるならば拝見しよう」
ギルバートは、大きく息を吐いて問いかける。
――自分たちには勝ち目は無い。
その事実がわかっていたからこそ、話を引き伸びし、あわよくば久瀬パーティ、及び氷魔の王グレイスが戻ってくるのを待つ。それが出来ないのならば被害を最小限に抑える。
ギルバートは作戦を勝利から引き伸ばしへと変更したのだ。
しかし――
「――ふむ、賢い。さすがは賢王が息子か」
その男は、その考えを一瞬にして見通した。
それには思わずギルバートも身を固くし、その様子を見た彼は大きく肩を震わせる。
「クハハッ……、なに、俺としてもここへ来たのは気まぐれだ。本来ならばベルゼブブ一人で十分なのだろうが……あの捜し物は、俺にしか分かるまい」
「……探し物?」
復唱したその言葉に、男は大きく頷いた。
「そう、探し物だ。俺はあるものを探している。偽善に満ち溢れ、下らない銀色の光を宿した……あの忌々しい欠片をな。置き土産か、メフィストの言う通り俺には『無い』故な。どこに欠片を置いてきたのか、そしてなぜそんなことが出来たのか、皆目検討もつかぬ」
「……君は、何を言っているんだ?」
意味がわからない。
――否、端から説明する気がないのか。
男は小さく首を横に振ると、改めて天蓋をかぶり直す。
「なに、貴様には到底理解出来ぬよ。俺の行動理念も言動も何もかも、すべて知る者にしか理解出来ぬさ。その面、貴様は賢いだけで『表舞台』には上がることの出来なかった三流だ。貴様ごときが知れることではなかった、という事さ」
説明する気の見えない彼の言動に、ギルバートは小さく息を吐くと――スッと、右手をあげた。
「つまりは君は、この国へとその探し物に来たわけか」
「そういう解釈で問題は無い。といっても、俺にとってはその探し物も少しでも不安要素を取り除きたいという感情からくるもの。別に必須という訳では無い」
――それに。
そう続けた彼から――威圧感が迸る。
それは、隠蔽していた気配を少しだけ元に戻しただけなのだろう。それだけにも関わらず心臓を握られたような強烈な死の気配と、そして体中を硬直せざるを得ない恐怖が襲いかかる。
その様子を見た男は、仮面の下で嘲笑し。
「――それに、貴様らのいる世界など俺一人で、問題なく滅ぼせる」
簡潔に、淡々とそう告げる。
その言葉に含まれる絶対的な自信。
そしてそれを裏打ちする、身体中が上げる危険信号。
――今すぐ逃げろ。
――さもなければ殺されるぞ。
――この男には、絶対に勝てない。
恐怖が身体中をのたうち回り、足がガクガクと震え始める。
周囲を見れば同じように怯える者ばかりで、さしものアルフレッド、マグナであってもそれは同じことだった。
だが、ただ一人。
その中でも辛うじて、恐怖に折れていない男がいた。
「さて、それはどうだろうね」
「……なに?」
彼――ギルバートが呟いた言葉に、思わず男は問い返す。
その言葉に含まれていた威圧感はかなりのものではあったが、しかしながらギルバートは笑みを崩さない。
「……確かに、私たちからすれば君は天上の人物。勝ち目なんてどこにも見えないし、さらに言えば君がどれだけ強いのか、それすらも測れないほどに実力が離れている」
――だけど。
そう続けたギルバートは。
迷うことなくその事実を突きつける。
「――君じゃ、ギンには勝てないよ」
威圧感が吹き荒れる。
見れば男は仮面越しにギルバートを睨み据えており、その仮面の下から吐き出された言葉にはもはや余裕は見て取れなかった。
「貴様……余程殺されたいらしいな。俺の前であの男よりも劣っているなどと……、そこまで命が惜しくないとあらば――」
「――現実逃避かい? 安心しなよ、君は彼より劣ってる。故にその事実を認めたくないんだろう。だからそうしてすぐに武力行使をしようとする」
言いながらも、ギルバートは頭に手を当てて肩を震わせる。
「フフッ……、たしかに私じゃ君に勝てない。だからといって、その事実だけを見て『世界を滅ぼせる』等と……」
――思い上がりも甚だしい。
瞬間、上空から『二つ』の膨大な威圧感が吹き荒れ、男はガバッと空を見上げる。
――しかし、タイミングとしては少し遅かった。
見上げるとほぼ時を同じくして、男の身体へと膨大な魔力の込められた拳が叩き落とされる。
「ぐぅっ……!?」
咄嗟に片腕を掲げてその一撃を防御する。
しかしその威力までは吸収することが出来ず、大きく体ごと吹き飛ばされ、男の身体は城壁へと突き刺さる。
蝿の襲撃によって被害の大きかった城壁はそれによって崩れ落ち、轟音が鳴り響く中、上空から二人の人物が姿を現す。
「ぐはははははっ! まさかまさかだ。このビッチの魔力が乗った我の一撃を防御するとは……。これは不味いのではないか? ビッチよ」
「ビッチビッチと煩いわねこの脳筋が。戦うことしか脳がないのだからその汚らしく臭い口を閉じたらどうかしら。この脳筋」
片や、長く伸ばされた赤髪を風に揺らしながら、金色の瞳を獰猛に輝かせる巨体の獣人。
片や、腰まで伸びる金髪を風になびかせ、紫色の瞳を煌めかせる小さな魔族。
二人の視線の先には崩れ去った瓦礫の中から現れる男の姿があり、その防御に回した腕は、もう既に元通りに回復していた。
「……ふむ、たしかに骨を折ったはずなのだが」
「回復機能搭載か、あるいは魔法も使えるって訳でしょう」
呟く二人。
しかしその表情からは苦悩は伺えず、そこにあったのはただ純粋に――強者と戦える喜び。
並び立つ二人に並ぶよう、前へ歩を進めるギルバート。
「――さて、名も知らぬ敵のトップよ。世界を知らず、世界を滅ぼすなどと宣う愚か者よ」
そこに居たのは――三人の王。
最強の力を持つ――国王ギルバート・フォン・エルメス。
最強の獣人族――獣王レックス。
膨大な魔力を誇る怪物――魔王ルナ・ロード。
並び立つ三人は口元に獰猛な笑みを浮かべて。
「「「さて、こちらも始めようか」」」
その言葉に、男は仮面の下で笑みを浮かべた。




