焔―002 森国へ
昨日はこの作品始まって最初の一日出さなかったdayでした。
番外編と交互に更新していきますので、どうぞ宜しくお願いします。
その日。
俺達は、馬車の前に集まっていた。
「で、いきなりどうしたんですか、久瀬君」
御厨がそう尋ねてくる。
クイッと押し上げたメガネがきらりと光り、彼が朝早くに呼び出されてイライラしていることを教えてくれる。
御厨――七三メガネの、このパーティの司令塔。
そして、銀をかなり尊敬していた人物でもある。だからこそこんなにもイライラしているのだろう。
だからこそ。
「……銀の、仲間達の居場所が、分かったかもしれない」
「――ッッ!?」
その言葉には、大きな反応を示した。
「そ、それは――」
「エルグリッドさんからの依頼でな。恭香さん達が居る可能性が高いその場所へと赴いて、彼女達に――どうやって銀を蘇らせるつもりか、聞いてこいって」
まず一つ。
あんな墓が存在しているということは、銀は死に、何らかのアクシデントにより死神さんの力による蘇生ができない状況下にあるということ。
そこまでは分かっていた。
そして、ここからがエルグリッドさんの推理。
「彼女らが生きていることは墓石がブラッドメタルから出来ていることからも明白。そして、俺達がこうして銀の死について気になっているということ、力になりたいと考えていることも、きっと恭香さんは知っている」
その上で、俺たちに何も干渉してこないということは。
「――つまり、俺達は銀の復活に際して、全く頼りにされていないということ」
言外の戦力外通告。
それにはみんなも思わず目を見開き、拳を握りしめる。
俺たちだって、頑張ってきた、強くなってきた。
それでもまだ、頼られることのない現状が――自分たちの弱さが、この上なく嫌だ。
だから、もう頼ってくれと待つのは止めた。
「だから今度は、ただ待つのは止めた。なにかしら行動を起こさなきゃ、きっといつまで経っても変わらない」
頼られない事実も変わらない。
いつまで経っても、銀の背中には追いつけない。
「……だけど、兄さんたちの、いる場所が分からない」
顔を伏せた凛ちゃんの声が響く。
銀たち――正確には銀の仲間達の居場所。
一番可能性が高いのが、王都にあるという銀のクランホーム。しかしその場所は特定することが難しく、唯一行けるエルグリッドさんも、一度行ったはいいが無人だったと話している。
そして、二番目に可能性のある場所がここだったのだが、ここにも居ないとなると――
「可能性としては、アイツらが一度行ったことのある場所。その中で、身を隠すのに適しており、更には自分たちの下までたどり着くのが比較的困難であり、そして住民達が銀たちに対して協力的であること。それらが全て揃っている場所は――」
イエスギン教なるふざけた宗教が跋扈する港国。
あるいは――
「かつて銀が支配した唯一の国――森国ウルスタン」
そこに、彼女らはきっといるに違いない。
☆☆☆
森国へと向かう。
それにあたり、なにかしら移動手段が必要となってくるわけだが、俺達のパーティは基本、オールウェイズ金欠である。
そのため馬車なんて保有しているわけもなく。
「はぁ!? 森国ウルスタン!? なんで好き好んであんなトチ狂った国に行かなきゃなんねぇんだよ! うちは嫌だぞ!」
「そ、そこを何とか……っ!」
俺は今現在、馬車のおっちゃんに頼み込んでいた。
エルグリッドさんから交通費だけは貰っているのだが、如何せん最近の森国ウルスタンは以前よりもさらに評判が悪い。
というのも――
「お姫様やその周りだけはまだ話は通じるが、それ以外のエルフったら目が合った途端勧誘してきやがるんだぞ!? しかもそれだけじゃねぇ、目を合わせねぇように進んだら必ずマッチポンプされて結果勧誘されちまう! あそこは魔境だ! 絶対に行かないぞ!」
――とまぁ、そんな感じである。
銀よ、お前はなんてふざけた国を作ってしまったんだと、心の底からそう言ってやりたい。
そのためにもアイツには生き返ってもらわなきゃならないんだ。
――だから俺は、頭を下げた。
「……お願い、します」
「お、おい……っ!」
頭を下げるくらいで通るなら、こんな頭なんていくらでも下げてやるさ。
SSSランク最強、次期EXランク筆頭と呼ばれていても、俺は自分より強いヤツらを何人も知っている。
だから、プライドなんてものは無い。
プライドなんて気にしてたら、あいつの背中になんて一生追いつけやしないから。
「……あぁッ、クソッ! アンタみたいな有名人に頭下げられて、それでも動かなかったなんてなったらうちの株が暴落しちまう! 森国の入口まででいいんなら送ってやるよ!」
「あ、ありがとうございます!」
このおっちゃんは世界中を旅する結構有名な御者さんで、俺達も幾度となく乗せてもらったことがある。
今回ばかりは顔馴染みとはいえ難しいか、とも思ったが、おっちゃんがいい人で本当に助かった。
「にしても、あの魔境になんの用があるんだ? あの魔境の名物つったら、せいぜいが監獄か狂ったエルフたちか……、あとはあの国の守護神たるオートマタくらいだろうに」
「……オートマタ、ですか」
――オートマタ、自動人形。
少し前までそんな噂なんてどこにも無かったが、銀があの国に行ったと情報が流れてから、その自動人形の情報もまた流れるようになっていた。
曰く、森国を守る守護神と。
その力は大悪魔単体にも匹敵し、戒神衆も単体で退けるほどだとの噂が流れており、それが本当だとしたら古代兵器か、神々が作った神器の様なものか、あるいは――
「……その国に、知り合いがいるかもしれないので。それと、そのオートマタにもすこし興味があります」
「ふーん……? あんまり追及はしねぇが、あんな国に滞在してるなんてよっぽどの物好きか、あるいはあの宗教の教徒なのか。いずれにせよろくなもんじゃねぇな」
――そうですね。
そう笑いながらも、そのオートマタに対して、少しだけ興味を抱いている俺がいた。
☆☆☆
その数日後、
俺達は、森国ウルスタンの入口までやってきていた。
入口、というのも正確には森の入口、なわけだが。
――森国ウルスタン。
結界の役割を果たす森の中に佇む小さな集落。人口は一つの街と同じか、あるいはそれ以下か。
それでも国という名が付いているのは、エルフ一人一人がかなりの戦闘力を持っているからに他ならない。
そんなエルフの森の入口には――
「ようこそおいで下さいました」
一人の神父が、恭しく頭を下げて待っていた。
「え、えっと……どなた様?」
「おや、これは申し遅れました」
顔を上げた神父はニッコリと笑う。
その屈託のない笑みに思わず好感を覚えかけた俺だったけれど。
「初めまして、私は港国オーシーの国王、そして我らがイエスギン教の最高司祭をしております、ギン様は気軽に『クソ神父』などと呼んでくださっておりました」
「「「うぇぇっ!?」」」
思わず変な悲鳴が漏れる。
港国オーシーの国王がイエスギン教徒だったことよりも。
「あ、あの宗教の、さ、ささ、最高司祭だって!?」
御者のおっちゃんが顔を真っ青にして叫ぶ。
それに対して、神父さんはフフッと楽しげに笑う。
「まぁ、我らあの方を崇拝するイエスギン教徒はほかの人達からすれば狂人の集まりですからね。その最高司祭などと言ってしまえばそのような反応になることは重々承知しておりました」
「「「うぇぇっ!?」」」
再度漏れる変な悲鳴。
今度は――
「まさか……、話が通じるイエスギン教徒がいたなんて」
「さ、流石に一人くらいは……、いると思いますよ……?」
「聞こえてますよ、御厨様、古里様」
満面の笑みで名指ししてくる神父さん。
思わず恥ずかしくなり、二人を睨み吸える。
「こ、この馬鹿っ!」
「「す、すいません……」」
恐る恐る神父さんの方へと視線を向けると、そこには既に神父さんの姿はなく――
「ご安心を、慣れてますので」
背後から聞こえたその声に、背中に寒気が走り抜けた。
思わず硬直してしまう最中、頭の中に二人の声が響き渡る。
『……何者だ、この神父。全く動きが見えなかったぞ』
その声の持ち主は青龍。
何度かギンが『白虎』や『玄武』に付けているような名前をつけようかとも思ったが、その度に拒絶されて未だ青龍と呼んでいる。
『フフッ……、なんとまぁ、まるであの男を前にした時のような不気味さよのぅ。流石はあの男を崇拝するだけあるわい』
今度は九尾だ。
あの後、銀の手によって九尾は俺の中へと吸収された。俺も九尾も『焔』の属性だったこともあり大丈夫だったが、後に青龍から『エナジードレイン』の力について教えてもらった俺は冷や汗を流したものだ。
トンっと、背後から方を叩かれるような感覚をして振り返ると、やはりそこに神父の姿はない。
ただ、彼の声がどこからか聞こえてくるばかり。
「それでは、私はここで失礼します。元々貴方がたに説明してほしいと恭香様に頼まれ、国を開けてきたのですから」
「せ、説明……?」
――恭香、と。
その名に目を見開きながらも問い返す。
「説明、と言うよりは伝言でしょうか」
そう、少しだけ訂正した彼は最後に。
「『貴方がたに頼るつもりは毛頭ない。何も教えるつもりもない。それでも来たいというのなら止めはしない。もしもその森を突破できたら、の話だけどね』――だそうです」
そう言い残して、彼の声は聞こえなくなった。




