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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
竜国編Ⅱ
503/671

影―117 混沌

かなり忙しくなるので、明日明後日は六時に出せるかわかりません。

日付変わる前には出す予定ですので、お楽しみにお待ちください。

 冷たい風が頬を撫で、服越しに、二人の体を冷気が突き刺してゆく。

 音はない。

 ただそこにあるのは、二人の間にピンと張り詰めた、恐ろしく重い緊張感のみ。


「――」


 そこに言葉はない。

 黒髪に赤い双眸を煌めかせる最強――混沌に。

 黒髪に赤と銀、それぞれの瞳を軽く閉ざすギン。

 二人の間には無音の時が流れてゆく。それはあたかも、永遠に続くかのようにも思えたが――


「――ッ!」


 ――ギンが瞼を見開くと同時に、駆け出した。

 それは、全くの同時の出来事。

 無言の時間はタイミングを見計らうため。

 そして――相手を殺す覚悟を、改めて決めるため。


「力を貸せ!『野性』ッ!」


 ギンが叫ぶと同時、彼の握りしめていた短剣から闇よりも暗い漆黒の魔力が溢れ出す。

 それは破壊者(ブレイカー)が――もう一人のギンが持つ魔力。

 今の状態のギンが扱うにはあまりにも消費が大きすぎるために使用を控えていたが、事ここに至ってはそんなことも言ってられない。


「ハァッ!」


 ギンの振り下ろした剣が、防御するべく振られた混沌の黒剣すら切り裂き、彼女の体へと一筋の傷跡を刻み込む。


「ぐっ……!」


 鮮血が舞い、混沌の口から鈍い悲鳴が漏れ出る。

 思わず一歩後退り、顔を歪めた混沌ではあったが、すぐに口を引き締めると逆に一歩、踏み出した――!


「喰らえッ!『終焉(ジ・オーラス)』!」


 ギンへ向けて突き出した右腕から膨大な魔力が迸り、一瞬にしてギンの体を覆い尽くす。

 それは、全てを喰らい尽くす混沌の魔力。

 いくら耐性を持っているとはいえ、彼女の魔力のみが支配する空間において生き続けるなど、耐性があったとしても不可能だ。

 だからこそ――背後から放たれた殺気に、さして驚きはしなかった。


「――『位置変換』」


 背後のギンが小さく呟いた。

 混沌は背後を振り返り、右手に握りしめた黒剣を振るおうと腕を動かす――ことは、出来なかった。


「なっ!?」


 振るおうと動き始めた腕が、まるで空間そのものに固定されたかのごとく動きを止め、その一瞬の間にギンの拳が混沌の頬へと直撃する。


「が……ッ!?」

「悪いな混沌。もう女を殴ってるとかなんとか、そんなこと言ってられないんでな」


 ――女を殴るのはクズのすることだ。

 そんな言葉がありふれているのは物語の中の世界でのことだ。現実で、ここまでお互いが本気を出さねばならない状況下、そんな綺麗事は犬も食わない。

 それを分かっているからこそ、混沌は頬を吊り上げた。


「ぐっ……、何を、馬鹿なことを言っている。全人類を滅ぼそうとしている黒幕にそんな綺麗事……、論ずる価値もない」


 言いながらも、改めて右腕の調子を確認する。

 ――エアロック。

 ギンが極力使わぬようにしていた、ある意味ここぞという時のためにとっておいた裏技である。

 格上に行えばそれだけでとてつもない負担を負うことになるが、それでも相手の、場合によっては一部分だけだとしても、その空間に固定させることができるというのはかなりの脅威性を持つ。

 故に混沌は――地上戦を諦めた。


「……なるほど、貴様を攻めきるには、両手だけでは足りぬということか」


 フワッと、混沌の体が中に浮かび上がる。

 今までは、両足を地面を蹴る、移動のためだけにしか使ってこなかった。

 だが、それでは足りないのだ。

 この男を倒すには――この弟を、殺すには。


「今のお前は強い。私と全くの同格と言っても過言ではないほどに、だ」


 視線の先には、背中から翼を出し、空へと駆け上ってくるギンの姿がある。

 その姿はまるで、だとしても自分は殺せないと、そう言っているようにも思えた。


「――けどな、弟よ」


 瞬間、混沌の体から膨大な魔力が迸る。

 ――正真正銘の、本気。

 スロースターターの彼女といえど、もう既にかつての感覚は完全に取り戻している。一度死んだとはいえ、殺される恐怖は既になく、彼女の内を占めるのは、純粋な――勝利への貪欲さ。


「私は、ここで負けるわけには行かないんだよ」


 何としても、ここで終わるわけには行かないのだ。

 自らの意思を、自らが生きた証拠を、この世界に刻みつけるために。

 妻に裏切られ、家族とも縁を切った。


 ――世界から、全てから、自分は一人になった。


 けれど、一人になった自分へ、それでも手を差し伸べてくれる奴らがいた。

 彼らは皆、生まれた時から神々から敵対視され、たとえ女子供であっても神々に見つかれば容赦なく殺された。


 そんな光景を見て、混沌は――



「私は絶対に――負けられない」




 ☆☆☆




「――という作戦なのですが、どうですか混沌様」


 サタンの声が響き、私は思考の渦に沈んでいた意識を現実まで引き戻された。

 顔を上げる。

 そこに広がっていたのは、懐かしい顔ぶれ。


「……悪い、聞いてなかった」


 言うと、どっと疲れたようにため息を吐く面々。

 この大悪魔のメンバーは、私をどこか尊敬していないような雰囲気さえ思える。

 その中の筆頭が、やはりメフィスト、バアル、アスモデウス、そしてアスタロトだろう。


「ちょっとー、混沌さん何やってるんですか。せっかく私が借金返済できる、って聞いて来てあげてるのにー」

「黙れアスタロト。握りつぶすぞ」

「は? サタンさん、もしかして私に勝てる気でいるんですか?」


 毎度の如く言い争いを始める二人。

 一人は赤子など一目見ればショック死するだろう、そう思えるほどに強面な大悪魔、サタン。

 片やペンギンのぬいぐるみに身を包んだ、実力だけならばサタンにも匹敵する(かもしれない)大悪魔アスタロト。

 実際どちらが強いのかは戦わせたことがないから分からないが、それでも二人が戦えばとんでもないことになるのは目に見えている。


「というかー、混沌ってもうちょっと女の子っぽくした方がいいんじゃないのー? アンタだって女の子なんだしぃー」

「き、貴様アスモデウスッ!」

「まぁまぁ、アスモデウスだって悪気はないんですし……」


 明らかに楽しんでいる様子のメフィストの言葉にサタンは歯を食いしばると、フンと鼻を鳴らして席に座り込む。どうやら怒ってはいても内心でそう思っているようだ。


「……ふむ、といっても、私は生まれてこの方『女の子らしい』生き方などしてこなかったものでな。というか男より女の方が好きだ」

「キャハハっ! ちょーウケる! もしかして私とかも守備範囲なわけー?」


 ……どうだろう。

 アスモデウスは確かに美人なのだが……なんというか、ビッチっぽさが滲み出てる上に、どこか年増って感じがしなくもないのだ。

 その面、どちらかって言えば。


「この中では、レヴィアタン辺りが一番好みだな」

「……え゛」


 予想だにしなかった言葉にか、レヴィアタンが濁音混じりに言葉を漏らす。

 見れば彼女はぱちくりと瞬きをしており、それを見たベルフェゴールが焦ったように声を上げる。


「ちょ、ま、待ちなよ混沌! さ、流石にレヴィアタンは無いでしょ! こんな無表情、髪長お化け、毒女、冷血野郎、言い始めたらキリない女やめときなって!」

「……へぇ、ベルフェゴールは、そう思ってたんだ」

「……あっ」


 何だかものすごく気まずい雰囲気が流れているが、それもまた微笑ましく、頬杖をつき少し頬を緩めてその様子を眺める。


「っていうかぁんっ! そーいうことなら私が最適だと思うわけよぉんっ♡ 私みたいなタイプと混沌ちゃんみたいなタイプ、正しくベストだと思うわけよ!」


 拳を握りしめて熱弁するのはベルゼブブ。

 ベルフェゴールもコイツも、ともに愛称が『ベル』だから呼びにくいことこの上ない。

 正直こいつに関しては論外極まりないが、それでもまぁ、いい部下というよりは、何だかいい友人のような気がしている。


「ふははっ! 確かにお似合いだわな! オカマとレズ! こんなにも似合うペアはそう存在しぷげらっ!?」


 騒ぎ立てたところでサタンに顔面を殴られ、沈黙するルシファー。ルシファーは壁へと頭から突っ込んでゆき沈黙し、その破壊音に誰もがゴクリ吐息を飲んだ。


「……今、混沌様を呼び捨てにした者、今すぐに表に出ろ。この俺自らが捻り潰してやる」

「おー、怖い怖い。発言してなくてよかった」


 中でも一人だけ、メフィストは軽薄そうな態度で肩を竦めていたが、サタンの本気の殺気に当てられ、それ以外の皆は頬に冷や汗を流して微かに震えていた。

 ……アスタロトはいつも通りだった気もしたがな。


 サタンが怒り狂い、それをベルフェゴールとレヴィアタンが血相を変えて止めに入り、アスモデウスがケラケラ笑い、ルシファーが酷い目に遭い、バアルが知らんぷりを決め、メフィストが必死に笑いを押し殺して肩を震わせている。

 いつも通りの日常、

 そんな中で、私はふと、疑問を覚えてそれを投げかけた。


「そう言えばだが、私はこれでも元は神だ。なぜ貴様らは私をトップと認めているのだ?」


 その言葉に、怒り狂っていたサタンでさえ、冷静になったのを覚えている。

 なにせ、サタンの両親を殺したのは私だ。

 それを、恨んでいないはずがない。

 けれど、そんな予想に対してサタンは――


「なにを今更。悪魔とは、言うなれば神々に敵対し続ける者の総称。神々に見放された者がいれば受け入れ、神々から敵対されたものがいれば命を賭して救い出す。貴女は元は神でしたが、今はただの、神々の裏切り者、神々の敵対者。なれば、見捨てる手などありますまい」


 その言葉に、少し目を見開いた。


「まぁ、中には貴女をトップに置いておくことに不満を持つバアルやルシファーもおりますが――」


 目に見えて体を震わせるルシファーとバアル。

 けれど、サタンはその二人の姿を見た上で、自信を持ってこう言ったんだ。



「貴女が頂点に君臨することに不満を示すものは確かに居ります。ですが――貴女が仲間であることに、不満を示すものなどどこにも居ない」



 ――それが、我ら悪魔という種族です。




 ☆☆☆




 そう言われたのを、今でもずっと、覚えている。

 嬉しかった。

 まぁ、嬉しかったんだよ、サタン。

 全てを見放し、裏切り、裏切られ、そして最後の最後に、まだマシだろうという気持ちで悪魔側に来た私は。

 それでもやっぱり、嬉しかったんだ。


 全て自分が悪いと分かっていても。

 家族を失い、妻を失い、全てを失った私だけれど。

 それでも尚、受け入れ、仲間として見てくれる者達がいることが。


 ――泣いてしまうほどに、嬉しかったんだよ。


 やっぱり、私のために戦うって言うのは変わらないと思う。

 それが私で、それが世界への私の復讐なのだから。

 だけどさ、お前たち。

 お前達は、きっと私と同じかそれ以上に、神々や人間を恨んでいるのだろう。

 私にはわかりっこない人生を送ってきて、それ相応の怒りや恨み――想いを、積み重ねてきたのだろう。


 なら、さ。

 私に全て、その想いを預けてほしいんだ。

 私は私情で動く、ダメな上司だけど。

 それでも――これだけは約束できるから。



「――私は、絶対に負けたりしない」




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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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