影―116 姉と弟
500話超えましたね。
感想欄見て初めて知りました。
というわけで、後半戦開幕!
ここまで至るのに、数多くの奥の手を作り、使ってきた。
それこそ、この状況下でなければ勝利していたであろうほどに、だ。
それを証明するのが先程発動した結界が持つ『蘇生術式』であり、それは一度、混沌が死んだことを指し示している。
つまり――ここじゃなければ、僕は勝っていた。
けれど、そんなことは正直どうだっていいんだ。
混沌が僕をここに引き入れたのは彼女の作戦によるもの。そして僕はそれを防ぐことが出来なかった。なら、もしもここにいなければ、という『IF』は考えちゃダメだ。
混沌はきっと殺されるという未来まで想定してこの作戦を立て、僕はこの作戦を――読み切ることが出来なかった。
ここにあるのは、ただそれだけの事実なんだ。
「殴り合い……か。お互い、強力な力を持っておいて、最後に勝敗を決めるのが殴り合いとは、皮肉なものだな」
魔法を放てばそれを吸収されかねないため、直接『開闢』の力を帯びた魔力の乗った攻撃以外は避けたい僕。
そして、消費された魔力量から無いとは考えているが、それでも『もう一撃、あるのではないか』と一抹の不安を拭いきれず、近距離戦で詠唱の暇すら与えたくない様子の混沌。
僕らの意思は――一つの答えに行き着いていた。
それこそが、泥に塗れた殴り合い。
――拳でお互いの命を削り取る、泥死合。
「だけどまぁ、不満はない」
「……それは、私も同意だ」
けれど僕らには、不満は存在していなかった。
何故ならば――
「「分かり易く、手っ取り早く――お前を叩き潰せるからな」」
――同時に、大地を蹴って駆け出した。
混沌は両腕へと膨大な『終焉』の魔力を込める。アレは触れればその時点で喰われる最悪の魔力。
しかし僕ならば、あの魔力さえ無効化できる。
「フ――ッ!」
瞬間、両腕から紅蓮の魔力が吹き上がる。
――開闢の力を帯びた、超高密度魔力。
この魔力ならば、問題は無い。
視線が交差する。
真紅の双眸がこちらを睨み据えている。きっと、僕も似たような目をしているのだろう。
もう、敵とか、世界とか。
とりあえずそんなのすべて置いておいて――それよりもなにより、目の前に立つこの相手が気に入らない。
――自分の家族だからこそ、姉弟だからこそ、相手の事が気に入らない。認められない。
だから、拳で叩き潰す。
その腐った性根を、根底からへし折ってやる。
……お前もそうだろう? 混沌よ。
不幸から始まったお前の人生。その前に僕みたいな、最初こそ地獄だったが結構幸せに生きてる弟が現れて、気に入らないんだろう?
これは傍から見れば、世界の命運をかけた殺し合いなのだろうけれど。
突き詰めれば――やっぱりただの、姉弟喧嘩なのだ。
「行くぞ混沌ッ!」
「来い、執行者ッ!」
拳が激突し、周囲へと爆音が轟いた。
☆☆☆
体中を、紅蓮の魔力が覆い尽くしている。
目の前の混沌もまた体中から漆黒のオーラを吹き出しており、赤と黒、二色の魔力が僕らの間でせめぎ合う。
そして、僕らもまた――
「ハァッ!」
拳の衝突後、咄嗟に彼女の腕を掴みとり、そのままぐいっとこちらへと引き寄せる。
そして、同時に繰り出す鋭い拳。
紅蓮の魔力を吹き上げる拳は真っ直ぐ混沌の顔面へと唸りをあげ――直後、混沌の握りしめた黒剣が炎の左腕を切り飛ばす。
そして――ガンッと、頭へと衝撃が突き抜け、目から火花が散った。
「あが……ッ」
「ぐっ……」
頭蓋が砕け、額から鮮血が舞う。
血の舞う視界の中、薄目を開けて見つめた混沌の額もまた傷ついており、頭突きを食らったのであろうことは明白であった。
「ハアッ!」
鮮血を流しながらも剣を振りかぶった混沌は、未だ体勢の整えきれていない僕の方へと駆け出し――直後、顎を下から蹴りあげられる。
「が……ッ!?」
混沌の視界が捉える――自身の顎を蹴りあげた僕の足を。
頭突きを受け、上体を逸らしていた状態だからこそ、混沌の意識が体勢を崩している僕の方へと向いた瞬間を狙い、蹴りあげることが出来た。
額から流れ落ちる鮮血を服の袖で拭うと、大きく息を吐いて息を整える。
「ハッ、かつて殺し損ねた小さな子供も、随分と強くなったもんだろう……?」
「ぐっ……、この――ッ!」
互いに同時に駆け出し――ギィンッと、金属音が響く。
彼女の握りしめた黒剣と、僕の召喚した神剣シルズオーバーが鍔迫り合い、火花を散らす。
「何故――何故だ執行者! 貴様ならば私の意思、そしてやっていることも理解できるだろう! 貴様は自らの……、そして自らが大切にしている者のためならば平気で他を踏みにじれる男だ。紛うことなき、私の同類だ!」
「馬鹿かお前は……、そんな話、いつどんなタイミングでしたってんだ――よッ!」
剣を振り払い、彼女を押し退ける。
スッと右腕に握りしめたシルズオーバーの切っ先を突き付けると、炎の左腕を再生する。
「僕はお前の同類じゃない。僕は僕で、お前はお前だ。僕は世界を滅ぼそうだなんて思わな――」
「いいや、お前は私の同類だ」
被せられた言葉に、思わず眉を顰める。
「私は私のためだけに世界を滅ぼす。全ての人類を、神々を殺し尽くす。そう、全ては自己満足のために、他全ての意思や主張を踏み躙った」
――全く僕と違うじゃないか。
そう、言おうとして。
「ならばと問おう、執行者。全人類が貴様と貴様の仲間の敵となったとしよう。誹謗中傷は絶えず、全人類が貴様らを敵だと断定している。そんな状況下で――私と同じ選択を取らないと、本当に言えるのか?」
――思わず、言葉に詰まった。
そして、その様子を見て嘲笑を浮かべる混沌。
「そうだ、そうなんだよ執行者。私とお前の違いは、大切なものの違い。私は自分が大切で、お前は仲間が大切なんだ。そして、私が自身の感情とその他大勢の意思を比べて前者を優先したのと同じように――」
――お前は、きっと仲間を取る。
「お前は仲間を助けるためならば、その他大勢の人間を殺すことの出来る人間だ。仲間達が幸せに暮らすためにその他が邪魔ならば、容赦なく私と同じく選択を取れる人間だ――ッ」
切りかかってきた混沌を、咄嗟に神剣で受け止める。
先ほどとは違い、混沌は剣を両手で握りしめているために、片手で支えている神剣はジリジリと押されてゆく。
「現実を見ろ、お前は正真正銘、血の繋がりこそなくとも私の弟だ。私と同じ考えを持ち、場合によっては私と同じ方法をとることすら厭わない。それが何故……私のことを否定する!」
――あぁ、そうだ。
今、言われて初めて実感した。
僕は、混沌のやっていることが、理解出来てしまうのだ。
彼女がどういう気持ちでこんなことをしているのか。
心の底から、理解出来る。
「――確かに、僕はお前の理解者だ」
けれど、一つだけ。
僕とお前で、決定的に違うものが存在する。
――だから。
「僕はお前の――同類じゃない」
思いっきり――炎の拳を叩き込む。
「がはッ……!? な、何故……」
剣を両手で持っていたが故に受け止めることの出来なかった混沌は、腹に打ち込まれた一撃に口の端から鮮血を漏らす。
「何故かって? そんなのは簡単だろう」
もしも、もしも僕が彼女の立場だったら。
もしも、もしも皆が世界から敵と断定されたら。
確かに僕は、世界を恨む。
叩き潰したいとさえ思うかもしれない。
けどな、混沌。
「もしもそんなことになったら、僕は確かに自分の意思を突き通す。けど、お前みたいに世界を壊したりしない。僕はどちらかって言ったら、世界に僕らを認めさせたいからな。認めさせて、自分達が間違ってましたーって、土下座させて謝らせる」
言って意地悪く口の端を吊り上げると。
「悪いな混沌。僕はお前より、ずっと性格が悪いんだ」
だから僕らは、同類なんかじゃない。せいぜいが似たもの同士、似たもの姉弟、ってところだ。
けど、多分僕がお前の気持ちを、一番理解しているんじゃないのか、って言うのはある。
そして僕の気持ちは【だからこそ】なんだよ。
誰よりも――世界中の誰よりもお前の気持ちが分かるからこそ。
――僕は馬鹿やってる姉を、止めたいんだ。
☆☆☆
「私は――お前が嫌いだ」
突如として放たれた言葉に、思わず目を丸くする。
「……は?」
「お前が嫌いだ。多分、一生嫌いで居続けるだろう。この嫌いは多分治らない。生理的に受け付けない」
――いきなりどうした。
そう言おうとして……ふと、彼女が笑っていることに気が付いた。
「お前は私がどれだけ言葉を重ねようと、私のことを否定し続けるのだろう。だからこそ嫌いだし――弟としては、もっと嫌いだ」
――弟としては。
その言葉に思わず苦笑してしまう。
「奇遇だな。僕もお前のこと嫌いだし、姉としてはもっと嫌いだ。姉のわりには子供っぽくて生意気だしな」
「……ふっ、お前にだけは、言われたくないな」
彼女はそう笑い――直後、腹部へと叩き込んでいた拳を黒色の魔力が包み込んだのを見て、咄嗟に背後へと大きく飛び退る。
「な――」
「『開闢』、か。たしかに私の力に耐性を持つことが出来るのは、先にも後にもお前のその力だけだろう。それに関しては誇ってくれても問題は無い」
――だがな、執行者。
そう続けた彼女は腕を前方へと突き出し、掌を上に向けた。
ボウッと、掌の上へと黒色の炎のような魔力が召喚される。
「しかしまぁ、こんな道を歩んできた私だ。耐性があるならば、それすら叩き潰し、踏み躙り、喰い尽くす他ないだろう?」
その言葉に思わず背筋が冷たくなる。
つまりは混沌は、こう言っているんだ。
――その耐性すら『無意味』と化すほどに、お前の全てを喰らい尽くそう、と。
思わず冷や汗を流し、頬を引き攣らせる僕へ。
「弟よ。私はお前が気に入らない。だからこそ、お前を死力を尽くして――叩き潰す」




