影―111 才能の鎖
こういう感じで最初に伏線的な何かを持ってくるのが最近の癖。
才能というのは、身を縛る鎖だ。
最近になって、嫌という程にそう思い知らされる。
才能というのはそれだけで武器になる。極めれば才能の有り無しなど気にはならないと小説で書いてあったけれど、僕のここでいう才能とは――器の大きさ、体を動かすセンスだ。
技術も頭脳も、極限の状態で何一つ役に立たなくなった時。
その時になって初めて滲み出る――才能。
「凡人、って言うのは、それだけで損してるようなもんだ」
中にはアルファや、サタンといった、凡人であることそのものを武器に変えてしまう化物もいるにはいるのだが、そんなのは全体のうち一握りでしかない。
少なくとも――僕は違う。
凡人であることに、足を引きずられているのだから。
才能の鎖に、体を縛られているのだから。
壁を越えてもなお、身を縛り続ける鎖。
神剣により才能が全て開花したからこそ、これ以上伸びることはない才能。
開花する可能性のない――枯れた蕾。
ただ、最近になって思うのだ。
もしも、もしもその枯れているのが表面だけで、その奥深くのところで蕾が力を蓄えているのだとすれば。
――有り得ない。
そんなことはありえない。
なにせ、僕の才能はすべて開花されているのだから。
だけど、やっぱりその希望を捨てられないんだ。
才能を開花し尽くした僕だからこそ。
――僕は、その鎖が恨めしい。
☆☆☆
力が溢れてくるのを感じる。
今まで、どれだけ努力しようと至れなかった高み――壁の向こう側。
ここから見える景色は、いつもとは少しだけ違って見えた。
世界そのものが輝いて見えると同時に、どこか、ちっぽけなものに見えてしまう。
きっとこれが到達者の――最強の景色。
――しかし、最強を名乗るには、まだ早い。
まだ、倒さねばならない敵が、一人残っている。
「……壁を越えた。その事実は素直に賞賛しよう。だがな、執行者。だからといって――それで最強の座を奪えるなどと、思ってはいないだろう?」
当たり前だ。
こんな程度で最強なんて、名乗れない。
最強ってのは、もっとずっと先にあるものだ。
――だから。
「その最強を決めるための、最終決戦だろうが」
体から吹き荒れていた『始焔』がさらに勢いを増す。
荒れ狂う蒼い炎に混沌は口元に笑みを浮かべ――スッと、右手を前へと突き出した。
「あぁ、そうだな。だから執行者――大人しく死ね」
瞬間、彼女の掌から黒い光線が迸る。
以前の僕ならば躱すことがやっとだったろう高速の一撃は、『終焉』に耐性を持つ僕でさえ身で受けるのを躊躇ってしまう程の威力を誇っている。
――格が違う。
アポロンも確かに強かった――だけど、混沌は文字通り格が違う。簡単に放ったこの一撃でさえ以前の僕の全力にも等しい力を誇っている。
だからこそ苦笑した。
――今、これを簡単に躱せる自分に対して。
「『絶歩』」
体が陽炎のようにその場から消え去り、直後には光線から遠く離れた位置を駆けていた。
目指すは混沌。彼女は僕がその一閃を躱した事実にさらに笑みを深めながらも、両手を大きく広げて見せた。
「やはり一撃で仕留めるのは難しいか……! ならば、数を増やせばいいだけのこと!」
然して現れたのは――総計五十を超える魔力の槍。
それら一つ一つが常人ならば一撃食らっただけで死に絶える威力を誇る。それこそDeus級だろうとなんだろうと、受ければ一撃で喰らい尽くされる。
「さぁ、行けッ!」
彼女が振り上げた右手を振り下ろすと同時、それら全ての槍がいっせいに僕めがけて飛来する。
全く、混沌の強さときたら呆れてしまう。これでもまだ全力を出していない様子となると――
「――これくらい、難なくこなせってことだよな」
魔力を解放する。
使用するは影――そして陽の魔力。
「神剣シルズオーバー」
左手に召喚されるは白銀色の剣。
その剣へと――相反する二つの属性を付与させた。
『うぉっふ……、な、何なのよその魔力操作! わ、私ほどじゃないけど、めちゃくちゃ上手いじゃないの! 私の炎、使って間もないくせに!』
頭の中にアポロンの悲鳴が響く。
こちとら本領は『後衛』だ。初見だろうと二回目、三回目だろうと関係なしに、ここで使えなきゃ話にならない。
漆黒の柄をぎゅっと握りしめ――
「連続――『暗殺』」
――瞬間、世界がスローモーションと化した。
我が左眼に輝くは白銀の瞳。
空間を司りし、全てを掌握し、全てを支配し、全てを操る万能の魔眼――月光眼。
壁を越えたことにより更に性能の上がった月光眼の力は凄まじく、本来ならば音速すら超えるそれらの攻撃が、まるで止まっているかのようにすら見えた。
「ハァッ!」
ギィン――ッ!
振り抜いた剣が槍を真二つに斬り捨てる。
駆ける足は緩めず、ただひたすらに前へと突き進みながら全ての槍を斬り捨ててゆく。
そして最後の一本を切り捨て――直後、全ての槍が爆発を起こした。それはほぼ同時の出来事、つまり、全ての槍をほぼ同時、一瞬にして斬り捨てたということの証明。
「シッ!」
爆炎の中にありながら、迷うことなく剣を振り下ろす。
そして――ギィンッと散る火花。
散った火花が薄く混沌の姿を映し出し――その直後、僕は全力で背後にまで飛び退る。
そして、際ほどまで僕のいた場所へと無数の槍が地面を食い破って召喚される。
「くっ……」
爆炎の隙間から、ニヤリと笑う混沌の表情が窺えた。
連続して背後へとバックステップで躱してゆくと、その度に一瞬前までいた場所へと魔力の槍が召喚されてゆく。
その槍は百メートルほど距離を離したところでピタリと止まり、僕もまたその場に立ち止まる。
「範囲制限……?」
可能性としては――無くはないか。
あれだけ強大な力だ。自分から離れれば離れるほどに制御が甘くなるなんてこともあるかもしれない。
だけど、今相対しているのは、現時点における最強――混沌だ。彼女に限ってそんな弱点、あるはずもない。
その証拠に、彼女はゴキゴキと肩を回し。
「……久々に動いたが、なかなかのものだな。スロースターターで悪いが――執行者よ、せめて本調子になるまでは粘ってほしいものだぞ」
なんの気負いもなくそういう彼女。
言葉の端々から溢れ出す余裕は、まだ彼女が全く本気ではないことを示している。
全く……、アポロン戦は今までで一番奮闘したと自負していたんだが、どうやらこの戦いはもっと難しいものになりそうだ。
まぁ、それとこれも――
「僕の前で、油断してる暇あるのか?」
――背後を振り返った混沌へと、握りしめた拳を振り抜いた。
「ぐっ……ッ!?」
『銀炎』と『天焔』を纏った拳。
それは寸分違わず振り返った混沌の頬へとクリーンヒットし、吹きとばされた彼女へと視線を向ければ――その頬には、確かな傷がついていた。
「き、貴様……ッ!」
「どうした最強、血が出てるぞ」
【死】という概念を超越したはずの混沌は、口の端から確かに血を流し、膝をついていた。
まぁ、たしかに彼女は存在自体が反則級のチート野郎だ。
完全なる不死にして、あらゆる攻撃を吸収し、エネルギーへと変換する最強にして最悪の存在。
それを前に勝利はなく、出逢えば運が悪かったと思う他ない。
――ただ、僕を除いては。
「位置変換。まさかこんな基本的な戦術すら見破れないとは、本当にスロースターターなのか、あるいは――」
――戦闘を経験していない、ただのボンボンなのか。
目に見えて、混沌から溢れ出すオーラが増大する。
仮にも元は時空神クロノス。ボンボンなわけがない。いくつもの戦場をくぐり抜け、死線をくぐり抜け、僕よりもさらに多くの経験を積んできたに違いない。
――だが、それはあくまでも過去の出来事。
「過去の威光に縋ってんじゃねぇよ最強。今のお前は、敵がいないが故に力の上にあぐらをかいて努力を忘れた、僕以上の愚か者だ。一体何年弛んでいた? 戦闘のセンス? 直感や第六感? そんなもの、鈍っていて当たり前なんだよ」
それこそ、今の一撃すら躱せない程に。
彼女は悔しげに歯を食いしばる。
何がスロースターターだ。何がそれまで粘れ、だ。
あまり――笑わせてくれるなよ、最強さんよ。
「本調子になるまで粘る? それはこっちのセリフだよ」
身体中からオレンジ色の炎が吹き荒れた。
第二段階――天焔。
太陽にも迫る温度に大地が焦土と化し、暑さか、あるいはそれ以外が原因か、混沌の頬に冷や汗が伝う。
「スロースターターで悪いな、混沌よ。こっちはやっと二段階目にも慣れてきたところだ。だから――」
――せめて、三段階を発動するまでは粘ってほしいものだぞ。
言って、獰猛に笑ってやった。
改めて問おうか、混沌よ。
今の僕を前に――油断してる暇なんてどこにある?




