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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
竜国編Ⅱ
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影―110 幼き日の約束

 ふと、夢を見た。

 昔の、地獄を見た。


 あれは……キツかったな。


 今になってやっぱり思う。

 最初に弄られたのは、脳だった。

 脳の中に『逆らうと身体中へと激痛を走らせる』という魔導具を植え付けられ、その後、生きたまま身体を解剖され、弄り回された。

『超高加速』なんていうよく分からねぇスキルまで付与されて、今じゃ体の一割も元の俺の体は残ってないだろう。

 改造に改造を重ね、いつしか俺は、人間ではなくなっていた。

 人間を超えた筋力、耐久性、速度……魔力に関しては全く才能がなかった故に初期から諦められていたが、それ以外の部分で、俺は人間っていう括りから外れた存在になっていた。


『私たちの役に立て』


 俺を改造した者の一人が言った。

 逆らうという選択肢のなかった俺は、内心で憎悪の炎を燃やしながらその言葉に従う。

 あわよくば、これで、孤独から解放されて欲しいと。

 これ以上、一人にしないでくれ、と。


 ――しかしその結果、俺の周りからは、さらに人が遠ざかっていった。


『おい、聞いたかよあの実験体の話』

『あぁ……。どれだけ力があるかの実験だったみたいだが、まだ十歳にも満たないのに熊型の魔物を殴り殺したって……』

『恐ろしいわよねぇ……、気持ち悪いっていうか』

『馬鹿ッ! 聞こえたらどうすんだよ!』


 ――隠れてそんな会話を聞きながら、俺の心は次第に、孤独というものに慣れていった。


 壊れて、砕け散って――狂っていった。


 そんな中で、唯一救いだったのは、小さな部屋の窓から覗く、とても大きな――三日月だった。

 まるでちっぽけな俺を嘲笑うかのように、これが自由だーって、そう言っているかのように。

 見上げれば、月は必ず、そこに居た。


 友達……ってわけじゃないと思う。

 ただの顔見知り。

 向こうがどう思ってるかは知らないが、月は俺にとって、ずっとそばにいてくれる、たった一人の顔見知りだった。


「……なぁ、自由って、なんなんだ?」


 そんなことを聞いたことがあった。

 答えは返ってこない。当然だ。

 ただ三日月は、自由に空を飛び回るばかり。

 その姿に少し嫉妬して、やっぱり憧れた。

 自由に空を飛び回れる姿に、憧れたんだ。


 ――そんな時のことだったろうか。


 俺の元に、ある依頼が舞い込んできた。

 それは――とある少女の誘拐。

 全く酷い依頼もあったものだと、思わず依頼主たる聖女ミリアンヌへと視線を向けてしまったが、彼女は少し笑ってこう言った。


「そろそろ退屈してきたところでしょう? 安心しなさい、そこに居る彼らは貴方よりも、多分強い」

「……俺よりも?」


 思わず繰り返した言葉に彼女は大きく頷いた。

 そんな奴らに何故手を出そうとしているのか。少し疑問に思ったけれど、考えるよりも先に、俺よりも強いって連中のことが気になった。


 だからこそ少女のいるという場所まで赴き――そのレベルの低さに、少しだけがっかりした。

 たしかに強かった。他の連中と比べれば天と地ほどの差があったと言っても過言じゃない。

 けど、所詮はその程度だ。


「おい嬢ちゃん、俺と一緒に来てもらうぞ」

「いいよ別に」


 けれど、その少女については、ちょっと驚いた。

 仲間を殴り倒され、自らに危機が迫っているというのにも関わらず、全く動揺した気配がなかったのだ。


「最近、みんな仕事サボり気味だったし、いいお仕置きになったんじゃないかな。……まぁ、ちょっと申し訳ないけど」


 そういった彼女は俺の方へと視線を向ける。

 長い黒髪に、心の中まで見通すような金色の瞳。

 その瞳の前に――少しだけ恐怖した。

 なにせ、その瞳に映っていたのは恐怖でも焦燥感でもなく――だだの、憐憫だったから。


「それにしても、アルファ君だっけ? 貴方たぶん、数日もしない内に酷い目に遭うよ。下手すれば死んじゃうかも」


 ――然してその言葉は、事実となった。


 気がついた時には、俺は地面に倒れていた。

 視線を動かせば、周囲には見覚えのある顔ぶれが俺のことを見下ろしており、その奥には――奴の姿があった。

 奴は俺のことになんて興味はないとばかりに、背を向け、奥へと進んでゆく。


 ――勝てねぇ。


 一目見た瞬間に直感していた。

 この男には、きっと勝てない。

 勝てないと思えてしまうからこそ――もしも勝てれば、俺まはた一つ強くなれる。

 そう思い、挑んだ結果。

 俺は無残にも――敗北した。


 ――酷い目に遭う。


 その通りだ。

 敗北するなんざ、酷い目に遭うことこの上ない。

 必死に努力した結果を踏みにじられた気がした。

 天才っていうのはこういうものかと、絶望した。

 凡人は天才には勝てないのかと、世界を恨んだ。


 けど俺は――そこで止まらなかった。

 あの強さを見せつけられて、止まれるわけがなかったんだ。


「アイツはまだ伸び盛りだった。これからもまだまだ伸びる……それこそ、世界中で誰も勝てなくなるくらいに」


 どんなチートがあったって。

 どんな天才が現れたって。

 全てを力でねじ伏せられるほどに、あの男は強くなる。そんな予感がしたのだ。

 だからこそ俺は、その背中に、怒りとともに憧れを覚えた。


「……クソッ」


 そして勝手に――ライバルにした。

 いずれ倒すべき――目標にした。


 天才で、それでもどこかの凡人のようで、俺と同じくらい努力していて、必死に前に進んでいる。

 俺はそんなお前に、勝ちたいんだ。


「俺は、もう誰にも負けねぇ。もう二度と立ち止まったりしねぇ。いつか、お前を正面から叩き潰すためにも、な」


 負けねぇ。

 負けたくねぇ。

 だから努力した。

 必死に努力して、努力して。

 もう、俺より努力してるやつなんていねぇだろうって、そう思えるほどに、自信を持ってそう言えるほどに努力して。




「――俺の、勝ちだ」




 その言葉が――耳朶を打った(・・・・・・)


「…………は?」


 視界がぐらつき、どしゃりと、体へと衝撃が走り抜ける。


「なに……が、どうなっ――」

「単純なことだ。俺が勝利し、貴様が負けた」


 目を見開き、視線を上げた。

 そこには、胸へと大きな風穴を開けながらも堂々と立っているサタンの姿があり、奴は俺を――見下ろしていた。

 そしてその手の中には、ドクリドクリと鼓動する肉の塊が握られていた。


『……心の臓を抉られてもなお生きているとは、改造人間、さすがの生命力とだけ言っておこう』

「ば……ぁ……」


 声が、出ない。

 視界が徐々に暗くなっていく。

 体から力が抜け、意識もまた、薄れてゆく。


「お、俺……は……」

「あぁ。お前は死ぬ」


 元の体へと戻ったサタンは、淡々とそう言ってのける。


 ――死。


 ……これが、死ぬってことか。

 もう、体は動きやしない。


 負けたく……ねぇ。

 負けたく、ねぇんだよ。


 こんな所で、死ぬわけにはいかねぇんだ。


 死にたく、ねぇんだ。



 ――ふと、ある光景が脳裏に過ぎる。



「ねぇお兄ちゃんっ! ユイね! しょうらいお兄ちゃんのお嫁さんになるのっ!」


 それは、もう忘れ去った昔の記憶。

 地獄の彼方に置き去りにしてきた、忘れたはずの幼き記憶。

 俺が風邪をひいて、熱を出した時のことだったか。


「だから、お兄ちゃん! あんまり危ないことしないで……ね? 私、お兄ちゃんが死んじゃったら……悲しいから」


 あぁ、そうだった。

 ユイはあの時、つきっきりで看病してくれたんだ。親のいない俺たちにとって、お互いが唯一、血の繋がった――大切な存在だったから。

 そう言えば、俺はこんな約束をしていたんだったか。

 心はとうの昔に壊れ、狂いに狂って、妹たちや仲間達のことなんて、今に至るまで思ってもいなかった。

 でも今になって、後戻りできなくなってから。


 最期に思い出すのは――妹のことだった。



「あぁ、大丈夫だよ。ユイを一人になんてしないから。だからもう……、泣かないでくれ」



 ごめんな……ユイ。


 兄ちゃん……、また、約束破っちまったみたいだ。




 ☆☆☆




「はぁ、はぁ、はぁ……」


 荒い息を吐きだし、思わずその場に膝をつく。

 ――強かった。

 まさか今居る大悪魔達を全員集めて挑み――それでも、ここまで追い詰められるとは思ってもいなかった。


「しかし、ここまでか……」


 目の前には、最早動かなくなった男の死体が転がっている。

 ――死んだ。

 数々の死を作り出してきた俺だからこそわかる。この男は死に絶えた。もしや他に生命をつなぐ器官でも存在しているのかとも考えたが、改造人間といえど所詮は人間が作り上げたもの。そんなものがあるはずもない。


「……もう一年もすれば、俺も危うかったかもしれぬな」


 言って指を鳴らすと、奴の体から真っ赤な炎が燃え上がる。

 死体を放置すれば死霊と化す。

 魔物や悪魔、神ともなると話は変わってくるが、それが人間の死体であれば疑う余地はない。

 それに――



「敵ながら、貴様の強さ、そして覚悟。賞賛に値する」



 人間界には『火葬』というものがあったはずだ。

 改造人間として、この男は地獄を味わってきたと、メフィストからは聞いている。

 ならば、せめて最後くらいは、人間として終わらせてやろう。

 轟々と燃え盛る死体へと視線を切ると、混沌様の居るはずの方向へと視線を向ける。


「さて、俺もあちらへと参戦……」


 ――しなければ。

 そう言おうとして――最後まで言い切ることが出来なかった。


「がハッ……」


 今になって先程のダメージが来たのか、ゴポリと口の端から鮮血が吹き出した。

 思わず膝をつき、顔を歪める。


「く、クソッ……」


 胸元へと視線を下ろすと、そこには先程開けられた巨大な風穴が存在している。

 ダメージとしては……変わらなかったか。

 徐々に体から力が抜けてゆき、血を流しながら、地面へとうつ伏せになって倒れ込む。


「死ぬ……のか」


 倒れて初めて直感した――俺もまた、死ぬのだろうと。


「試合には、勝ったが……、俺を足止めするという意味では、勝負には負けたと、そういう訳か……」


 徐々に意識が薄れ始める。

 視線を右へと向けると、そこにもう奴の姿はない。

 そこにあるのは轟々と燃え盛る炎と、燃え尽き、灰と化した肉体だけ。

 奴が死んだ事実には変わりない。

 だが――



「クソッ……、混沌、様……。後は、任せ――」



 意識が途切れる刹那、空に舞い上がる灰を見て。


 俺はどこか、勝ち逃げされたような気分を味わった。



次回からあっちに戻ります。

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