影―105 愚かなる到達者
現在同時執筆中の他の二作をお待ちの皆様、こっちが最終決戦なので少し遅れるかも知れません。
昔、といっても数年前なのだけれど。
父さん達との修行中、たしか、エナジードレインについて気になっていた時期があったのだ。
――エナジードレイン。
相手に触れることでその相手のステータスを吸い上げるという能力。けれど自分がそれらのステータスを使えば使うほどに奪った分は元の持ち主へと戻ってゆき、最終的には元に戻ってしまう。そんな能力だ。
しかし、その能力にはまだ引き出しがあるのではないかと、そう思えて仕方が無いのだ。
『……ねぇ、父さん。エナジードレインってさ』
『ん? あぁ、あのチートスキルがどうしたの?』
問いかけに対し、考えるまでもなく使われた言葉。
――チートスキル。
その言葉に確信した、僕はまだ、この能力を完全には使いこなせていないのだと。
『このスキルってさ、一体何が出来るの? 前に言ってた【壁】って言うのを超えるためにも、なんとなーくこのスキルが必要になる気がするんだけど……』
『うーん……、まぁ、使いようによっては、だね。僕やクロノスはエナジードレインのようなスキルがなかったからこそ、あそこまで苦労して壁を越えたり壊したりしたって言っても過言じゃない』
言って父さんは、ピンっと人差し指を立てて見せた。
『いいかい、ギン。エナジードレインって言うのは、考えようによっては七つの大罪【暴食の罪】と同格のチートスキルであり、混沌の【終焉】の下位互換でもあるスキルだ』
『な……っ!? そ、それって――』
『うん、吸血鬼が誇る最強のスキル。それこそ、天魔族のあの力と同格か、それ以上のスペックを秘めた能力だよ』
思わず前のめりになって聞いている僕に気が付き、咳払いをして姿勢を正す。
だが、そうなっても仕方の無いことではないかと思う。
何せそれ以外のスキルをすべて失ってしまう『七つの大罪』スキルと同格だと聞かされたのだ。興奮しない方がおかしい。
だが、そんな僕を見て父さんは呆れたように。
『言ったろう? 考えようによれば、だよ。暴食の罪は言うなれば“コピー”の能力。奪うことは基本的にできない。相手の力をそのまま自分にコピーする。しかも、それには相手を食べなきゃいけないと来た。かなり扱いづらい能力だ』
その反面、と父さんは続ける。
『エナジードレインは、触るだけで相手のステータスを【奪う】ことが出来る。まぁ、動いてたらそのステータスも元に戻っちゃうけど、喰らって初めてコピーできる【暴食の罪】と、触るだけで奪える【エナジードレイン】。考え方によりけりだけど、どちらも同じだけ優れていて、劣っているとも言える』
確かに、そう言われればそうかもしれない。
触るだけで、僕は奪えるのだ。
もしも、もしも戦闘の最中、打撃戦において殴った時も殴られた時も、触れている間、常にエナジードレインを発動し続けることが出来たら……って、それは無理か。
『エナジードレインって、発動するの、ものすごく消耗するんだよね……』
『はぁ、そんな都合のいいスキルなんてあるはずがないだろう?』
なんという正論、反論の余地が見当たらない。
思わずガックリと肩を落としていると、父さんの、真剣味を帯びた声が響いた。
『でもね、エナジードレインの真価はそこじゃない。それだけならただの強いスキル。でもエナジードレインは、言うなれば反則級のスキルなんだ』
『反則級……?』
思わず呟いた言葉に父さんは深く頷いた。
眉根には深いシワが寄っている。それを揉みほぐしながら父さんは小さくため息をつくと。
『エナジードレインの真価。それは、吸血時に行う、存在そのものを喰らい尽くすエナジードレイン』
――存在そのものを、喰らい尽くす……?
思わず唖然とし、とっさに言葉を返すことが出来なかった。
けど、その後の父さんの言葉を聞いて、逆の意味で唖然とすることとなる。
『吸血エナジードレインは相手の存在を喰い、完全に力を我がものとする最強の能力なんだけど……。いいかい? 吸血でのエナジードレインは、相手を選ばなきゃ行けないんだ。今の君の属性が【影】あるいは【闇】だとしよう。そんな君が、良くも悪くも分不相応な【陽】あるいは【炎】の存在を吸血エナジードレインで喰らってしまったら――』
父さんは、大きく息を吐き出して。
スッと、薄く細めた視線を僕へと向けて。
『銀。君は弱体化するか――あるいは、死ぬ』
――そう言われたのを、よく覚えている。
閉ざしていた瞼を開く。
先程までの、体中に走る火傷の痛みはない。
視線を下ろせば、縦にボーダーの入った黒いスーツに身を包む僕の体。周囲には見覚えのあるウルの空間が広がっており、視界の隅にはグランドピアノの前に座るウルと、その膝の上で撫でられているクロエの姿があった。
傷がなく、疲れもなく、こうしてここにいるって言うことは。
「……」
前方から痛いほどの視線を感じ、視線を動かす。
そこに居たのは――つい先程まで戦っていたはずの、アポロンだった。オレンジ色の刺繍の入った黒スーツに身を包み、オレンジ色の双眸は僕の姿を見据えている。
白色だった髪は以前の太陽の様な色が戻っており、姿だけならば以前のアポロンと何も変化はない。
――あくまでも、見かけだけならば。
「……エナジードレイン、使ったのね」
「あぁ、悪いけれど、もう一度殺させてもらった」
「…………そう」
僕がしたことは――アポロンの殺害だ。
彼女の存在を混沌の力ごと喰らい尽くし、殺した。殺して救い出した。彼女がここにいるのは、エナジードレインによって彼女の力が、器が、魂が、僕へと統合されたからなのだろうと思う。
彼女はそれだけ言うと、しばらくの沈黙の後に。
「……あなた、エナジードレインが何なのか、知っているの?」
「正反対の属性を持つ存在を喰らってしまえば、相手の方が弱ければ弱体化し、相手の方が強ければ逆に喰らい尽くされて死に絶える、問題有りの反則スキルだろう?」
それを知っていたからこその、覚悟だった。
一歩間違えれば死は確定するから。
と言うか今でも内心ではドキドキしているんだ。もしかして僕は死んだんじゃないか。これは死後の世界なんじゃないか、等々とな。
肩を竦めてそう言ってやると、アポロンは再度沈黙した。
今度の沈黙は先程よりもずっと長く、重かった。思わずゴクリと生唾を飲み込み、頬を冷や汗が流れ落ちる。
……やっぱり、この救い方は嫌だったろうか?
「一つだけ、聞いていい?」
ふと、彼女の声が耳朶を打つ。
咄嗟に頷くと、じっと僕の瞳を見据えた彼女は。
「死ぬかもしれないって分かってて、なんで私を助けたの?」
その分かりきった質問に、僕は笑って即答した――
☆☆☆
――炎天下。
三段階目――全てを焼き尽くす、金色の『終焔』。
迸る炎に思わず両腕でガードを固めながら、混沌は中心地へと油断なく視線を向けていた。
「クッ……、まさか、そう来るとはな――ッ」
全く予想もしていなかった。
まさか――吸血でのエナジードレインを使用するだなんて。
あれは一歩間違えれば自殺行為だ。
例えば【炎】の者が【水】の者を喰らえば、まず間違いなく弱体化することは間違いないし、もしも【水】の者の方が優れていれば――使用者は、取り込んだ存在によって自らの肉体を崩壊させる。
そしてそれは、【影】と【陽】も同じこと。
「自殺……なのか」
そう取ると、確かに『王の素質』の『他人に殺されない』ことについては問題ない。
けれど、あれほどまでにアポロンを救うと言っていた男が、よりにもよってアポロンと心中するとは考えにくい。
ならば、一体……?
混沌はそこまで考えて――
ふと、一つの可能性に至った。
自らのようにありとあらゆる概念を飲み込み、エネルギーへと変換して自分の力に変える能力でもなく。
ベルゼブブのように、実際に喰うことさえできれば好きなだけコピーできる様な能力でもない
真価こそが欠陥品と呼べるエナジードレイン。強いことは強いのだが、あまりにも使い勝手が悪すぎる。
――だがしかし、だ。
もしも万が一、正反対の属性――それも、全くの同格の力量を持ったものを、吸血エナジードレインで喰らい尽くすことが出来たのならば。
――有り得るはずがない。確かにそんなことが出来れば弱体化することなく、逆に強化される場合もあるだろう。けど有り得ないのだ。
同格、というのは同じくらい強い、という意味ではない。
全く、何から何まで同じ強さでなければいけない、という事だ。
やはり何度考えても同じ結論が出る。有り得るはずがないのだと。
けれど混沌の頬には――冷や汗が伝っていた。
「……まさ、か」
思わず、声が漏れた。
視線の先には徐々に消えてゆく金色の炎が。
生きているはずがない。
もしも生きていたとしても、そこに残っているのは燃え尽きる直前の残りカスだ。
だから、何故自分が、ここまで焦っているのか理解できない。
――否、理解したくないのだ。
「何故、助けたか」
声が、混沌の耳朶を打った。
目を見開き、消えゆく炎の中を睨み据える。
「答えは単純明快。助けたかったから」
炎の中より、人影が薄らと視界に入る。
その人影は何の問題もないとばかりにその場に佇んでおり、混沌の頬を伝った汗が大地へと滴り落ちてゆく。
「それでも、何故この救い方をしたかって聞かれたら」
そして、その奥から現れたその男は。
「友を、信じていたから」
その姿を見た途端――混沌は全てを察した。
まず最初に、姿が違った。
闇のような漆黒の髪は燃え盛る炎のように微かに赤みを帯びており、真紅の双眸からは真っ赤な炎のようなオーラが溢れている。
燃えたはずの常闇のローブは炎によって修繕されており、裾や袖の端が炎のように揺れる、真っ赤なローブへと変化していた。
「……ふぅ」
大きく息を吐き、心を落ち着かせる。
信じたくはない。信じられないから。
けれど、そんな意地を張っていられる余裕は、最早どこにも存在しない。
何せ今のあの男は――強いから。
「……ようやく、到達したようだな」
「あぁ、そうみたいだ」
その男からは、最早格下の風格は感じられない。
感じられるのは――警戒するに足る『敵』の風格。
(友を喰らうことにより――壁を越えたか、執行者)
思わず、口の端が吊り上がるのを感じる。
やはり、自分の考えは正しかったのだと。
やはりこの男は、自分に肩を並べられる逸材なのだと。
恐怖や警戒よりも――歓喜の方が大きかったのだ。
「いいだろう、今の貴様は私が相手するに足る強敵だ」
言って、混沌の体から膨大な魔力が吹き出した。
対してそれを見たギンは、不思議そうに自らの左手へと視線を下ろした。
握って、開いて、また握る。
正直、彼はまだその力を使いこなせる自信がなかった。なにせ今までとは正反対の属性の、最上位の能力だ。逆にその場で使いこなせていたら――彼女の立場がなかったろう。
『仕方ないわね……、今は私がサポートしてあげるわ!』
彼の脳裏に、懐かしい声が響く。
「……なんだ? 妙にご機嫌だな」
『そ、そんなことないわ……。まだギンのこと、完全に許せたわけじゃないし、助けに来てくれなかったことは恨んでもいるし……』
――でも。
そう続けた彼女は、きっと満面の笑みで。
『でもね、ギンが私のこと大切に思ってるって言うのは、十分に伝わったから。だから、後でいっぱい甘やかしてくれるなら、今回の件は水に流してあげるわっ』
懐かしい口調に、思わず口元を緩めて笑ってしまう。
「あぁ、これが終わったら、お前が飽きたっていうまで甘やかしてやるよ」
『そうね、いっぱい遊びましょう!』
彼の体から――青い炎が吹き上がる。
炎天下、一段階目――始焔。
しかし、その威力はアポロンが使用していた時よりも数段上昇しており、彼は左手の指に嵌っている一つの指輪へと視線を下ろした。
――九尾の指輪。
九尾から授かった、炎系統のみに特化した強化アイテム。
「今度、久瀬にあった時にでもお礼を言っとくか」
言って、彼は混沌を睨み据える。
その体から放たれる威圧感は、最早数時間前の彼とは比べ物にならない強者のもの。
壁を越えた――到達者のものだ。
「さて、混沌。色々と時間を取らせて悪かったな」
ニヤリと、口の端を吊り上げた彼は、強く握り締めた拳を混沌へ向けて突きつける。
「さぁ、今度こそ。最終決戦だ」
という訳で、このまま最終決戦迎えたいわけですが、次回からはアルファVS大悪魔をお送りします。




