影―104 友
太陽の一撃と月喰の影。
正と負。表と裏。光と闇。
相反する二つの概念が真正面から激突し、僕らを巻き込みながら、世界すら壊しかねない超大爆発が起きた。
「うっ、ぐぅ……」
体中へと走る激痛に呻きながら、浅く息を吐き出した。
『ご、ご主人様、大丈夫ですか!?』
『おい! 今の玄武の防御が間に合ってなかったらお前、跡形もなく消し飛んでたぞ!』
クッソ……、生への渇望、フルで使ってもこのザマか……。
仰向けで倒れていた体を何とか動かし、両手をついて体を起こす。
「あ、アポロン、は……」
そこまで言って、今いる場所を確認し目を見開いた。
ここは、巨大なクレーターの中だった。
どれくらいの大きさだろうか……、アルファたちも巻き込んでしまったんじゃないかと不安になるほどだ。
まぁ、アイツらはかなり離れたところで戦っていたからなんとか避難したと思うけど……。
「はぁ、はぁ……っ」
ふと、荒い息が聞こえてきて振り向いた。
視線の先に、数十メートルのところには、ボロボロになりながらも立ち上がるアポロンの姿があり、その姿を見て思わず苦笑する。
「大人しく、寝てろって……。そんな体じゃ、もうまともに動けやしないだろうが……」
「……そっち、こそ。さっきの力、今は使ってないみたいだけど、副作用だって来てるはずでしょう」
……顔に出てたか?
そう思ったけれど、あの痛みは一度味わって、事前に覚悟ができていた。今にも泣き出したいくらいに痛いけれど、慣れもあって顔には出ていないはずだ。
出ているとしたら……疲労感だろうか。
白夜の脱退から始まり、心が折れて、白夜との死闘に続いた。その後すぐの分体との再戦、混沌から一撃を貰って強さを失い、気付けばアポロンと死闘の最中。
疲れない方がおかしいってものだ。
大きく深呼吸し無理矢理に荒い息を押し付け、心拍数を落ち着ける。
『悪い、三人共。今ので決めるつもりだったんだけど……、アポロン、予想以上に強かったみたいで』
『堕ちたとはいえ太陽神……、そう簡単に倒せる相手じゃなかった、ということですか』
ウルの言葉を聞きながら視線をスライドさせる。
右前方――アポロンのずっと奥の方には相も変わらず腕を組んで佇んでいる混沌の姿があった。流石に今の大爆発は彼女にも効いたのか、軍服の袖が少し破れている。
……正直、あの爆発を受けてその程度で済んだのが驚きだよ。こちとら円環龍の鎧を砕かれ、ロキの靴だって壊れかけてるんだから。
「……さて」
といっても、現実逃避している暇はない。。
魔力は現在回復中だが全快には程遠い。鎧も砕かれ、何とか『血濡れの罪業』の状態だけは保っているが、常闇のローブもこれ以上の負荷は耐えられないだろう。
――だけど、ここで決められなかったんだ。なら、覚悟を決めるしかないじゃないか。
ここから先は、完全なる賭けだ。
普通ならば耐えられない。
もしも上手くいったとしても、そこから先、僕が正気でいられるかどうかは正直分からない
両手をダラリと下げ、空を見上げる。
瞼を閉ざして、深く息を吐く。
「悪いな、皆」
今から無茶……ってよりも、無謀なことするから、先に謝っておくよ。
たぶん、今も外で待ってくれている恭香達。この世界を特定してくれたゼウス。わざわざ助けに来てくれたアルファ。
そして、いつも僕の無茶に突き合わせてきた、僕のもう一つの仲間達。
「クロエ。常闇、ウル――そして」
言って小さく、胸に手を当てた。
一回しか話したことがない奴も居るけれど、僕の隣には、いつもお前達が立ってくれていた。
楽しい時も、怒ってる時も、悲しい時も、辛い時も、挫折した時も、いつも一緒だった。
僕の大切な仲間達であり――かけがえのない友だ。
「今まで、無茶に突き合わせてばっかりで悪かったな。これが全部終わったら、好きなだけ休んでくれて構わないからさ――」
――だから。
瞼を見開き、アポロンを見据える。
「だから、最後にとびっきりの【無謀】――付き合わせることはごめん、許して欲しい」
☆☆☆
「……神剣、シルズオーバー」
左手に白銀色の光が現れた。
その光は一振りの短剣を形成し、黒色の柄を握りしめる。
――神剣シルズオーバー。
全てを切り裂く――最強の矛だ。
「……ほう? やっとアポロンを殺す気になったか?」
混沌の声が響き、アポロンが震える。
顔を俯かせ、肩を震わせるアポロンを見た混沌は嘲笑を浮かべて肩を震わせると。
「今まで、言ってこなかったがな。アポロンに掛けた術式は、いうなれば初めから解くことを考慮していない類のものだ」
「……ッ!」
大きく、アポロンの肩が揺れた。
「アスモデウスについてはメフィストから聞いているぞ。だが、アスモデウスにかけた術式は言わば使い捨てのものだ。故に、私から支配権を奪うことも可能だった」
――だが、アポロンに関しては話は別だ。
混沌は、淡々と事実を告げるようにして言葉を連ねる。
「救う、助ける、その他諸々実に物語の主人公らしいことを言っていたが、それらはすべて夢物語だ。――それも、フィクションの、現実では叶うことのない遠い夢だがな」
――遠い夢、か。
まぁ、確かに正攻法じゃ救うことなんて出来ないだろう。僕もそれがわかっていたからこそ、正攻法なんてハナから考えていない。
どんな時でも邪道で行く。
主人公らしさなんて求めちゃいない。
ヒロインとのラブロマンスなんて以ての外。
ある程度合理的に、面倒臭いからなるだけ簡単に。
考えて、努力して、結果さらっと夢を叶える。
それが、僕だ。
「……さて」
改めてアポロンを見据え直す。
混沌は、あの様子からも手出しはしてこないだろう。今考えるべきはアポロンの事。
そして――僕の体のこと。
『……お前、正気の沙汰じゃねぇぞ、それ』
分かりきったことを言ってくるクロエ。
そもそも、正気だったらここには立ってないだろう。もっとまともな奴だったら、きっとここまでは至れていない。
『体は傷だらけ、防具も傷つき、魔力も残り少ない。誰がどう見ても満身創痍。……それでも行くのですか?』
その声には――剣を構えることで答えた。
それでもやっぱり、僕は前に進むのだろう。
一回折れて、恭香にあそこまでしてもらって、また逃げたり折れたりしたなんて言ったら愛想尽かされちゃうし。
それになにより――
「ここで行かなきゃ、男じゃない」
――直後、僕の体がアポロンの前に現れる。
完璧なタイミング、完璧な足さばき、完璧な成功。
ここ一番で、今まで史上最も早く、最も鋭い『絶歩』だった。これは考えるまでもなく、『野性』も協力してくれているのだろう。
「――ッ!?」
愕然と目を見開いたアポロン。
身体中から発せられる灼熱に身がジリジリと焼かれ、今にも死んでしまいそうになる――が、もっと速く、もっと鋭く。
もっと――近くへ。
「クッ――」
アポロンは焦ったように『天焔』を纏った腕を薙ぎ払う。
オレンジ色の炎は僕めがけて一直線に襲いかかり――直後、僕の体がアポロンの背後に移動した。
「――位置、変換ッ!?」
背後を振り返りながら、アポロンはその力を呟いた。
――位置変換。
普段は守りに使うこの能力を――全て、攻撃に費やす。
「ウルッ!!」
ただ、その名を呼んだ。
余計な事など――喋る余裕はない。
彼女は太陽だ。その前にいるのに、余裕なんてあるはずがない。
『はい! 出力全開で行きます!』
ボウゥッ!!
握りしめたシルズオーバーからかつて見たことのない量の血色の魔力が溢れ出す。
――絶対破壊。
ありとあらゆるものを破壊し尽くす、最強の魔力。
その魔力の乗った一撃を、迷うことなく――彼女の神器へと振り落とす!
「ハアアアアアアアッッ!!」
――破壊音が、鳴り響く。
視界の端に半ばから断ち切られた弓の破片が映り込み、アポロンは完全に破壊された神器に愕然とした表情を浮かべた。
そして――焦りを孕んだ混沌の声が響き渡る。
「拙いッ! アポロン! 全力を以てソイツを殺せ!」
――全力。
つまりは、そういう事だ。
「――ッ、炎天下、第三段階」
――終焔・発動。
その言葉が耳朶を打った、次の瞬間。
彼女の体から、金色の炎が迸った。
――煌めく金色の炎。
その炎は一瞬にして僕ごと周囲一体を飲み込み、周囲一体が炎に包まれ、焦土と化した。
「……ァッ、……ォ、ァァ……」
息が、出来ない。
今、何をしている? 視界はない。瞼を閉ざしているのか。
息が苦しい、熱い。死んでしまいそうだ。
けど、こんな所で止まってなんていられない。
僕は――進まなきゃ、行けないから。
思いっきり歯を食いしばって、瞼を開く。
そして――驚愕に目を見開いた。
「常、闇……ッ!?」
僕の体を『終焔』から守るように展開されていたのは、見覚えのある黒いローブ――常闇のローブだった。
防御にのみ特化した神王ウラノスが防具。いくら最強の防具と言えども……この炎を前に、無事でいられるはずがない。
ジリジリと、ローブの端が黄金の炎によって燃え上がってゆく。その速度はゆっくりだけれど、きっと彼には激痛が走っているに違いない。
なのに彼は――痛がる素振りも見せないのだ。
『ギン! 何してやがる! 玄武が命張って【主】を守ってんだ! それに応えねぇだなんて言わせねぇぞ!』
「――ッ!!」
――命を、張って。
サタンに殺された際のクロエやウル、恭香とは違う。
常闇は、本当にその命を削って、僕の無謀に付き合ってくれているのだ。
他の誰でもない――【主】の、僕のために。
それに応えないで――何が男だ!
「ガ、アアアアアアアアアアッッ!!」
もう、ハッキリとした声なんて出ない。
喉はもう、炎によって潰れてる。
ただ、叫ぶんだ。
僕のために命をかけてくれた、仲間のために。
かつて救えなかった、友のために。
必死に手を伸ばす。
伸ばして、伸ばして――
――その肩を、掴み取った。
「――ッッ!? ま、まさか――」
炎の向こうから声が聞こえる。
もう、体なんて薄らとしか視認出来ない。
目なんて焼け潰れて、もうほぼ見えていない。月光眼はあるけれど、そんなものはもうとっくの昔に発動していない。
今あるのは――一握りの根性だけだ。
「お前を、助けるッッ!!」
そう言ったつもりだけれど、果たしてまともに声になっていただろうか。きっと聞くに耐えない、酷い声だったに違いない。
けれど、その刹那。
炎の隙間から見えたアポロンは、目を見開いて、涙していたように思えた。
それは現実か、あるいは幻覚か。
それは分かりっこないけれど。
ただ一つ、僕にも分かることがある。
――やっと、ここまで届いたんだって。
力いっぱい彼女の体を抱き寄せる。
彼女の体を、混沌の支配から解き放つことは確かに不可能。アポロンは一度死んだ。その事実は絶対に変えられないから。
この『救い方』を彼女が望むかどうか、正直分からない。
もしかしたら彼女なら嫌がるかもしれない。このままでいいって言うかもしれない。それなら死んだ方がマシだって、言うかもしれない。
だけど僕は、お前を救いたいんだよ。アポロン。
たとえどんなに嫌われようと、どんなに憎まれようと。
どんな手を使ってでも、お前を救いたいんだ。
「――いままで、悪かった」
僕はただ、謝って。
彼女の首筋に――牙を突き立てた。
眷属化でも、ただの吸血でもなく。
――エナジードレイン。
ただ、混沌の力ごと、彼女の存在を喰らい尽くすために。
まだラスボス戦じゃないのに……この最終決戦感は一体なんなのでしょうか。
次回『愚かなる到達者』
そろそろアルファの方にも視線を向けたい!




