影―100 影神の加護
影編100話目です!
――ククッ、このままでは死ぬな、お前。
薄れゆく意識の中、頭の中に声が響く。
嘲笑を浮かべて、ざまぁみろと指をさしながら。
ニタニタと笑っているあの男の姿が脳裏を過ぎる。
――うるさいな、分かってるよそれくらい……。
――だろうな。俺がわかっている以上、お前もわかっていなければおかしいという話だ。
……そうだ。
僕がわかっている以上、奴も知っている。
僕と奴は敵同士だが、同時に同じ人間から生まれた人格なのだ。
知性を取り込んだ本心と、独立した巨大な野性。
――このままではお前は死ぬ。完全に混沌の作戦勝ちで、お前の完敗だ。大悪魔の一体も倒すことも出来ずに死に絶える。正しくあの男の言った『末路』だな。
あの男――ギルのことだろうか。
奴の言った末路とはここで終わる未来なのか。
そうなのかもしれないし、もしかしたら違ったのかもしれない。
けど、ここで終わったら、それこそ下らない末路だ。
そんな末路――絶対に、認められない。
――そんなことは俺からすればどうだっていいんだがな。俺はお前が嫌いだし、お前も俺が嫌いだろう。だから俺からすればお前の感情なんざどうだっていい。
言って笑った『野性』は。
――だから、俺の意思で貴様に力を貸してやる。
直後、薄れかけていた意識が一瞬にして覚醒し、目の前のベルゼブブが一作嗚咽を漏らして硬直した。
「こ、これは……」
『野生解放――せいぜいが八割ってところか。俺の力を理性を保ったまま使える限界値だ。これ以上なると俺がお前の体を動かさなきゃならなくなる。それは怠いからな』
いつになくハッキリと、頭の中に声が響いた。
『ベルゼブブは俺達の肉を喰った。ウルの『神蝕』の魔力を少なからず含んだ致死の毒肉を、な。体の内から作用させて動きを止めた。同時にエナジードレインでステータスもまた吸収中だ。バレたくねぇなら気絶した振りをしてろ』
その言葉に思わず目を見開いた。
確かに、言われてみればそうなのかもしれない。だが、それも言われてみれば、という話で、僕はもちろん、混沌だって想定していないだろう。
(……何故、協力なんか)
『言っただろ。俺のためだ』
徐々に奴の声は薄れてゆき、気配が徐々に消えてゆく。
『俺はお前が嫌いだ。俺はお前の敵だ。ラスボスとさえ言ってもいい。混沌を倒したとしてもずっとお前とともにあり続ける、お前にとって最悪の敵だ』
――だが。
そう言って奴は少し笑うと。
『お前の敵であると同時に、俺はお前の仲間の味方なんだ。だから、アポロンを救おうとしていることには賛同できる。お前が今ここで死ねば、アポロンを救う機会は永遠に訪れなくなる』
だから力を貸すんだと。
奴はそう言って笑っていた。
『俺はお前とは違う。世界中の全てを犠牲にしてでも仲間達を救おうと考えている。だが、仲間達が救えるのならばそれがどんな方法でも構わないんだ。……それこそ、お前の甘ったるい方法でも、だ』
もう、奴の気配は感じられない。
声も聞こえない。
けれど、気のせいだろうけれど。
――だから、勝てよ。
そんな声が、聞こえた気がした。
☆☆☆
時を遡ること少し。
「ど、どこ行ったのじゃあああああああああ!?」
白夜の絶叫が轟いた。
既に世界は元の竜国へと戻っている。
そしてその場所からは――ギンと分体の姿だけが消え失せていたのだ。
「な……」
恭香はその場所を目を限界まで見開いて見つめていた。
あの時、彼と自分たちの距離はかなり離れていた。それは否定出来ないし、普通に話していたくらいじゃ聞こえやしなかっただろう。
――だが、自分たちが彼から目を離していたのは、時間にして僅か十秒程度のことだった。
その間に、あれだけの巨体を誇る分体の死体と、そしてギンの姿が跡形もなく消え去ったのだ。
それも、分体ですら脱出できなかったあの世界からだ。
――厄介事に巻き込まれた。
そう考えるのは自然なことで、ふと、前にギン越しに見た神界の、太陽神アポロンの部屋を思い出した。
一撃、超高温の炎が部屋を半壊させるような形跡が見られたが、それでも『戦った跡』と言うにはあまりにも違和感の残ったあの部屋。
「――まさか!?」
まさか、アレが転移系の魔法によるものだったら。
転移系の魔法によって太陽神アポロンごと、襲撃してきた何者かがどこかへと転移したのだとすれば辻褄が合う。
あの一撃の後はアポロンのオープニングショット。彼女はその一撃で終わらせようとしたに違いない。
けど――終わらなかった。倒しきれなかった。
そんな相手なんて、この世界にそう多くは存在しない。
「……一歩、遅かった」
突如として姿を現したその存在に、恭香はまたも目を見開いた。
「ぜ、全能神ゼウス様!?」
「おひさしぶり、恭香さん」
彼女――全能神ゼウスは挨拶も程々に、先程までギンたちがいたはずの場所をじっと見つめる。
「ギンくんも、私も、今回は簡単には行かないと思ってたけど……、一番可能性が低くて、一番危険な可能性にたどり着いた」
「い、一体なんのことなのじゃ!? ギン様は一体――」
冷や汗を滲ませてゼウスへの詰め寄る白夜へと。
ゼウスは苦虫を噛み潰したように顔を歪めて。
「多分、だけど。悪魔達の世界に連れていかれた。分体の中に隠れていた混沌の手によって」
「……ッ、や、やっぱり……」
それは、正気の沙汰とは言い難い行動だった。
もしも仮に、分体が弱い状態で開闢付与の全力放射を喰らえば、その中にいる混沌とて無事では済まない。それだけでも彼女の計画は破綻し、逆に決着がつきかねなかった。
――だが、混沌はあえてそれをやってのけた。
それは最強たる彼女をして、ここまでの賭けをしなければ危ういと感じていたからこその行動だったのだが……それは見事ギンやゼウスの思惑の外へ行き、結果として成功してしまった。
「な、何とかしてその世界へゆくことは出来ないのか!?」
「……残念ながら、まず世界そのものが特定できないのと、特定できたとしても、ここまで入念な計画をねったのだから、アスモデウスの時に使われた結界、使われてる可能性が大きい」
輝夜たちは思い出す。
あの時、アスモデウスとギンを封じ込めた結界のことを。
いくら傷つけようともその場から回復してしまい、おそらく今の彼女らの力が合わさったとしても、ほんの一瞬、掌サイズの穴しか開けることは出来ないだろう。
その面、ゼウスならばなんとかなる可能性もあるが、世界間を移動し、その上で結界に穴を開けて突入するとなると、その時点で彼女の魔力は尽きてしまうだろう。
そうなれば彼の元にたどり着いたとしても足手纏いとなり、逆に迷惑をかけてしまう。
「ど、どうしたら……」
「……もしも、もしも万が一、恭香ちゃんとギンくんの間にある繋がり以上の何かがあって、その上で結界を単体で破れるくらいの強いひとが居れば、なんとか……」
それは、絶望的な『もしも』だった。
ギンと恭香の間にある繋がりはかなりの強度を誇り、たとえどれだけ離れたところで失われることのないものだ。
しかし、やはり結界でも張られているのか彼女の力でもギンの正確な位置を図ることは出来なかった。
思わず誰もが沈黙し、顔を伏せてしまった。
――その時だった。
「つまりは、だ。あの男の位置さえ分かれば後はなんとかなるってこったな?」
突如として聞き覚えのある声が響き、皆の姿勢が一斉に声の方へと向けられる。
そして彼女らは――目を見開いた。
「あ、貴方は……『戦神王』アルファ……?」
「おう、初めましてだな。全能神とかいう神様であってるか?」
そこに居たのは、いつの間にか姿を消していた見覚えのある男、戦神王アルファ。
――別名、フカシであった。
☆☆☆
『ド根性』スキル。
それは『根性』スキルの進化型であり、使用者の根性にもよるが、そのスキルは物理法則や常識すらも突き破る。
使うものが使えば最強にも到れるイロモノスキル。
そんなスキルを持つアルファは、口元に薄い笑みを浮かべながら笑っていた。
「何故ここにいる、だなんて聞くなよ? 俺はアイツに借りが一つ残っている。それを返さないで遊んでなんかいられねぇし……それに」
顔に刻んだ笑みを濃くすると、ゼウス目掛けて指をさした。
「俺は強者と戦いたい。とりあえず今のターゲットは大悪魔序列一位、憤怒の罪を司るサタンだ。んで、今お前のことを見てビビビッときた。サタンをぶっ倒したら次はお前をぶっ倒す。んで、最後があの男だ」
その言葉に青筋を浮かべたミリアンヌがアルファの方へと歩み始めたが、ゼウスはそれを手で制す。
「いい、確かに貴方なら、私よりも簡単に結界を破れる。正直世界間移動だけでキツイから、あなたの力は多分必須」
「……まぁ、後でそこの戦闘狂には灸を据えるから別にいいのだけれど」
「怖いな聖女ちゃん……」と頬を引き攣らせながら呟くアルファを傍目にゼウスは顎へと手を当てる。
この状況、たしかに最悪だが、あの男がなんの対策もしていないとは考えられないのだ。
必ず、何か抜け道を用意しているはず。
必ず……、必ず――
「…………あれっ」
ふと、ある人物の手の甲に刻まれたタトゥーが目に入る。
――影を纏ったコウモリ。
それは一見、ただのタトゥーにも見えるのだが、全能神ゼウスはその本質を一目で見抜いていた。
「びゃ、白夜さんっ! そ、それ……」
小首をかしげて、手の甲へと視線を下ろす白夜へ。
ゼウスは心底驚いたように。
「『影神の加護』」
そう、呟いた。
今回は裏舞台をお送りしました。




