影―097 理想郷と時空剣
混沌の分体。
あらゆるものを喰らい尽くして、喰らっただけ自身の体を大きく変えてゆく。まともに攻撃も効かず、効くとすれば開闢の力を帯びた僕の魔力での攻撃のみ。
それだけでも厄介極まりない能力なのだが……。
『GUAAAAAAAAAAAAAAA!!』
竜の咆哮が大気を揺らし、つい先程まで簡易転移門が開いていた場所に巨大な歪みが生み出された。
そして、その中から現れた黒色の巨体。
「――ッッ! 輝夜、ソフィア! 三人の世界構築でコイツを特殊な世界に閉じ込める! 超高難易度、ぶっつけ本番だが行けるか!?」
今僕が二人へと提案したのは、僕ら三人が持つ世界を構築する能力を組み合わせることにより、混沌の分体を完全に隔離する世界を作ってしまおうというものだ。
僕がその一員に加わる以上、その世界は少なからず『開闢』の力を帯びることになる。そうなればその世界に閉じ込めているだけで混沌の分体へとダメージを与えられるだろう。
そしてその世界で――決着をつける。
「クハハハッ、これまた難しい提案だな!」
「失敗する気しかしないがあいわかった!」
それぞれ返事をした輝夜とソフィアが、分体の右斜め後ろ、左斜め後ろへと移動する。
立ち位置の関係性としては正三角形、と言ったところだろうか。両手で合掌、魔力を練り上げると『魔力共有』のスキルで二人の体へと開闢の力を帯びた魔力を送り込む。
『GUU……GUJAAAAAAAAAAAAAAA!!』
開闢の力を察したか、空間の狭間から徐々に姿を現し始めていた龍型の文体は焦ったように声を上げる。
――だけど、その速度じゃ間に合わない。
魔力組み上げ、イメージをしっかり整える。念話によって三人のイメージのすり合わせをすること数回。ふと、魔力が現状維持できる最高値に達したのを感じる。
「行くぞ二人共!」
「「おうッ!」」
僕ら三人は両手を目の前の地面へ押し付けて魔力を流し込み、それぞれを起点として新たな世界を構築した――
「「「『開闢の理想郷』ッ!」」」
瞬間、周囲一体が光に包まれ――
気がついた時には、僕らは見たこともない孤島に立っていた。
☆☆☆
――開闢の理想郷。
理想郷――アヴァロンとはアーサー王伝説に登場する伝説の島の名前で、そこは王が傷を癒すため、最後に行き着いた理想郷。
そこに争いはなく、秩序と癒しのみが存在する。
つまりは『悪』にとっては、最悪のシチュエーションだ。
『GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
分体の絶叫が轟く。
強制的に体全体をこの世界へと転移させられた分体。体は漆黒へと塗り替えられたようだが、姿形としては触手の生えた竜王、という感じだろうか。奴は巨大な体から黒い蒸気のようなものを出しながら後退る。
「ふぅ……、なんとか、上手くいったな、主殿よ」
「あぁ。輝夜もソフィアもお疲れ様。あとはそこら辺で休憩しながら世界の維持を頼む」
「了解したぞ主人様。余の意地にかけてもここから出すものか」
二人の言葉を聞いて、僕は彼女らへと世界の維持を放り投げる。
まぁ、これだけの馬鹿げた世界を作り上げたのだ、二人でならば持って数分と言ったところだろうか。
だからこそ、その間にアイツを――
「――叩き潰す」
体中から魔力が溢れ、一瞬にして体が『血濡れの罪業』の状態へと変異する。
「そろそろ、妾の出番かの?」
彼女の声が耳朶を打ち、直後、僕の隣の空間へと白夜がテレポートしてくる。その姿は時空神のものへと変化しており、僕と戦った時よりも遥かに、彼女の体から感じられる魔力は大きくなっていた。
「――の影響かな」
「ん? なんか言ったかの?」
チラリと彼女の手の甲へと視線を向けて首を横に振る。どうせ後でいくらでも時間はあるんだし、コイツを倒してからゆっくり話すことにしよう。
大きく息を吐き出すと、左手に巨大な十字杖を召喚する。
「一つ、攻撃は絶対に喰らわないこと。二つ、僕の魔力以外を使った攻撃をしないこと。三つ、怪我しないこと。これを守れるなら付いてこい」
「カカッ! 余裕じゃの! 昨日からなんだか妙に調子も良いし、今ならばギン様が霞んでしまうような活躍ができそうなのじゃ!」
「冗談抜かせ」
言って口元を少しだけ緩める。
背後を振り返れば、輝夜とソフィアを囲むように集まっている恭香たちの姿があった。
現状、僕の魔力しか使えないことを鑑みると、これ以上戦力を増やして、僕の魔力消費を加速させるのは愚策。
恭香もそれがわかっていたからこそ、現状最も強い白夜を送り込んできた、という事か。
「……っ!」
ぐっと、遠くの方で恭香がサムズアップをしているのが見えた。カッコつけてるつもりなんだろうけど、可愛らしさの方が大きく出ていてあまり格好付いていない。
思わず苦笑しながら、混沌の方へと向き直る。
「ふむ……、背中で語る、という奴かの」
「……は? いきなり何いってんの」
隣の白夜が僕の姿を見て顎に手を当てていたが、珍しいことに本気で何を言っているのかわからなかった。
背中で語る……? 語ってるつもりは無いし、僕の背中に何か見ているのだとしたらそれはソイツの勘違いだろうけど。
「所詮は分体、そこまで気負う必要も感じられないってだけだ」
言って、一歩踏み出した。
分体に、混沌の意識があるのかどうかは分からない。
『GUAA……GYUAAAAAAAAAAAA!!』
分体が僕を睨み据えて咆哮をあげる。
衝撃波を伴う声にビリビリと大気が震え、これを竜国でやられていたら大惨事だったなと考える。
だけど――ラスボスとしちゃ、物足りない。
「混沌。お前が何を考えてこんな半端者を送り込んできたのかはわからないけれど……。きっと裏で何か色々考えてのものなんだろう」
アポロンの殺害。仲間達の支配。白夜への接触。
その他諸々、最近の奴は僕の精神を揺さぶることだけに専念してきたように思えるし、実際にそれは成功した。
そうして精神的に崩せたと確信したからこそ、こうして実力行使に移ってきたわけだろうが……、仮にも僕の姉のことだ。何も考えていないはずがない。
なればこそ、だ。
「全力を以て、尽くの作戦を斬り捨て、押し通ろう」
頭脳でも、強さでも。
間違っても、格下だなんて思わせない。
――思わせたく、ないのである。
☆☆☆
大地を踏みしめ、駆け出した。
この島は、海に囲まれた孤島である。
純白の砂浜に、奥には黄金の林檎が生った森林が。
足場としては少々心許ないが、それもロキの靴を履いている僕や、空中戦を得意とする白夜からすれば大した問題ではない。
「白夜! 奴は特殊能力があるだけで強さ自体は竜王をちょいと強くしただけの雑魚だ! 思いっきり時空間魔法を打ち込め! 時間停止は必要な時だけ、最小限に!」
「分かっているのじゃ!」
スウゥっと体から魔力が抜けてゆく感覚がして、直後に彼女の周囲へと数多くの時空剣が生み出された。
「カカッ! なんじゃこの膨大な魔力は! 使っても使っても全然減らないのじゃ!」
「だからっていきなり何本出してるんだよ!?」
軽く見積もっても五十本はあるぞ……。
無計画な白夜に軽く溜息をつきながらも分体へと接近してゆく。
『おい、今回はなんで行くんだ? 凍らせて封印するか? それとも高威力の雷をぶっぱなすか? 或いは――』
クロエの声が脳裏に響き、僕は笑ってこう返す。
「――燃やし尽くすッ!」
駆けながらも前へと突き出した杖の先端部から魔力が溢れ、幾千幾万もの影による糸が放出される。
そして、分体の足元に存在する巨大な影もまた、自らの意思を持って動き出す。
「縛りつけろ無数の影よ!『影縫』ッ!」
足元から生み出された無数の影の糸が文体の体を地面へと縫い付け、杖から放射された更なる追加の糸がその縫い付けを強化する。
『GUAAAAAAAA……!!』
分体に痛みやダメージをはないだろう。
この魔法はただ縫い付けるだけの魔法、しかも今の混沌サイズともなるとこれだけの糸を使用してもまだ十数秒と持たないだろう。
――だが、今はこれで十分だ。
急ブレーキをかけて停止すると、左腕に巨大な銀炎を召喚する。
「さて、着火と行きますか」
杖の先端から伸びる無数の影の糸へと炎を近づける。
すると銀炎は見事、それらの糸全てに着火し、ものすごい速度で端部の方まで燃え上がってゆく。
今回作り上げた影の糸は、修行期間、試行錯誤を繰り返して作り上げた『燃えやすい糸』だ。それも燃えやすいくせに燃え尽きにくい。一方向にしか炎上しない特性も持っており――
「焔に沈め」
直後、分体の悲鳴が轟いた。
見ればもう既に奴の体中を縛り付けている糸全てに炎が着火しており、今の奴は体中を銀炎で炙られるというとてつもない地獄を味わっていることだろう。
――だが、これで終わるほど分体は弱くないし、これで終わるほど、僕らも弱くない。
「白夜!」
「分かっとるのじゃ!」
白夜へとさらに魔力を送り込むと、ニヤリと笑った彼女は両手を上空へと掲げた。
「行くのじゃ!『創造魔法』!」
――創造魔法。
原始魔法に含まれる一種であり、無から有を生み出し、有から有へと作り替える、質量保存の法則に真っ向面から喧嘩を売っている、ある意味究極の魔法だ。
そして今回、彼女は有から有へと作り替える。
「合成!『時空煌皇剣』!!」
空中に浮かぶ無数の時空剣が一つに合成される。
そして現れたのは――巨大な、一振りの剣。
全てを貫き、全てを破壊し、全てを切り裂く最強の矛。
それこそが――時空煌皇剣。
「行け! 白夜!」
彼女の一撃には、僕の開闢の力が大量に含まれている。
そんな一撃、分体如きが耐えられるとでも思ったか?
「ハアアアアアアアッッ!!」
掛け声とともに巨大な剣が分体目掛けて振り落とされ、分体の断末魔が響き渡った。
まだ苦戦する程じゃありませんが……、分体相手にここまで圧倒できるとは、彼らも強くなったものですね。
次回、最悪の一手。
影編クライマックスへと一気に加速していきます。




