幕間 勇者コメディの大冒険 ⑨
ついさっき、「弾頭ミサイルドドーン!」と遊んでる子供がいて、時代も変わったんだなぁ、と若いなりに思いました。
――魔王シリアス。
この世界に来る原因になった元凶にして、僕らの世界の魔王さんのようないい方の魔王ではない魔王らしい。
そして、その魔王シリアスを倒さない限りは僕らは元の世界には戻れない……らしい。
故に、そろそろ魔王討伐に乗り出してもいいんじゃないかな、とは思うのだけれど。
「ふんすーッ!」
鼻息が聞こえて、思わずため息を吐いた。
視線を向ければ、そこにはやる気満々といった様子のサタンが鼻息荒くソワソワしていた。
「……お前さ、少し落ち着いたらどうだ?」
「落ち着いてなどいられるか! こ、混沌様が攫われたのだぞ! い、今頃は魔王の悪しき手によって――ッッ!」
悪魔が魔王の悪しき手とか言ってるよどうしよう。
「……仮にもアイツラスボスだろ? こんな番外編で出てくる程度の魔王にやられるわけないだろ……」
「そ、そうなのだが……。そうなのだが!」
絞り出すように叫んで木の幹へと拳を叩きつけるサタン。ここはもう既に魔王城の近くだ。あんまり叫んで、目立つような真似はしないで欲しいのだが……。
「おやおや、御宅のラスボス様は魔王のお手つきにされたのですか? ぷぷっ、ラスボスの癖して魔王ごときに攫われ、あろう事かお手つきにされるとは……」
「き、貴様ァッ!」
口元に手を当てて微笑む暁穂。
激昂したサタンが思わず叫ぶが。
「おいお前たち止さないか。なんちゃって魔王とはいえ仮にも魔王城の前だ。そんなことをしていては倒すどころか混沌すら救えぬぞ」
「「ぬぅ……」」
流石は輝夜。
普段は中二病たが、こういう真剣な場所ではやっぱり頼りがいのあるアンデッドだ。
フッと輝夜は口元に笑みを浮かべると。
「二人共主殿を見倣うべきだぞ。あれだけの威圧感を放つ魔王城を前にして一歩も動じぬ精神力と胆力……。仮にも勇者パーティの一員ならば――ってあれ? 主殿なんか震えてない?」
「ふぇっ!? ふ、ふふっ、震えてるわけないじゃないか!」
全く震えることなくそう返した。
するとその直後、何故かジトっとした視線が三つ僕の体に突き刺さった。
「……いや、どっからどう見ても震えているのだが」
「お、お前ふざけんなよ! これはアレだ、む、武者震いってやつに決まってんだろ!」
「震えてないって言ってなかったか貴様」
「う、うるさいっ!」
言って彼女達から視線を逸らす。
ま、まぁ……震えてないと言ったら嘘になる。
なにせ今の僕は狼一体もまともに倒せない雑魚である。確かに後ろの三人は、それこそ確実に魔王も倒せるだろうと思えるほどに強いのだが……。も、もしも魔王の幹部とか大勢出てきたらどうなるだろうか? 十中八九捌ききれずに僕まで襲われるハメになる。
するとアレだ。THE END、というやつだ。
逆に言ってやろう。
――怖くない、わけがない。
深く深く息を吐くと、改めて背後の三人へと視線を向けた。
「……怖がっても仕方ないしな。今から魔王城に乗り込む。今のところ魔物とかはあまりいないけど……中に入ったら、戦闘になると思うから覚悟しとけよ」
「その言葉、そのまま返したいところだがな、執行者」
サタンがそう返してくるが、怖いけれど覚悟はもうとっくに出来ている。さっさと帰って、さっさと全てにケリをつける。
アポロンを救って、混沌をぶん殴って、さっさとハッピーエンドでおしまいだ。
そのためにも。
「さっさと捕まってる馬鹿取り戻して、魔王シリアスとかいう名の変な奴ぶん殴る。以上!」
言って魔王城を見据える。
さて――最終決戦だ。
☆☆☆
こんなにもテンプレな魔王城って言うのも珍しい。
魔王城の中を駆け抜けながら、そんな感想を抱いてしまった。
正確には駆け抜ける――ってよりはサタンに抱えられながら移動している、というのが現状だが。城の中を見渡すと、赤い絨毯に、思わず紫色のオーラが見えてくるような内装。
他にも『うわ魔王城!』って感じの家具がたくさん置いてあった。
「しかしまぁ、見事に敵出てこないなぁ……」
サタンの腕から解放され、周囲を探索しながら呟いた。
さっきからというもの、見事な程に敵が出現しないのだ。だからこそこうして余裕があるわけだが……。
するとサタンが僕の言葉に反応し振り返った――だが、奴は何故か目を見開いて驚いている。
「な、何をしているのだ貴様……」
「え、何って……」
少し考えて、僕は――
「……泥棒?」
体を纏う強靭な防具を見下ろして、そう言ってのけた。
まぁ、一言でいえば泥棒だ。
そこら中に飾ってあるだけの鎧やら剣やらを片っ端から装備してゆき、強そうな装備が現れれば取り替える。それを繰り返しているうちに……なんだろう。ものすごーく黒騎士みたいな装備になっていた。
「貴様それでも勇者か……? 泥棒している上に黒装備とは……、どっからどう見ても勇者には見えないぞ」
「やだー、サタンさんってば存在自体が悪っぽくて黒っぽい悪魔のくせに何言ってるのー」
サタンの拳骨をなんとか緊急回避していると、通路の向こうの方から遠くへ探索に行っていた輝夜と暁穂が戻ってきた。
「おーい主殿! 魔王の部屋らしき場所を見つけ……? な、なんだその装備は?」
「『禁呪・悪魔武装』の能力に覚醒した」
「なにそれカッコイイ!」
サラッと話を逸らして中二話に花を咲かせていると、少し呆れたような暁穂が輝夜のセリフのあとを引き継いだ。
「マスター、魔王のものらしき部屋……というかこの城の謁見室のものらしき扉を発見しました。さらに中から混沌らしき者の怒鳴り声が聞こえましたので報告を。たしか『生贄』がどうのこうの……」
「なんだと!?」
サタンが焦ったように声を上げた。
確かに……生贄か。あいつに殺されたらアポロンを救えなくなってしまう。確かに魂だけなら死神ちゃんのところに還ると思うが、肉体だけは戻らない。魂があっても肉体が戻らないということは、死神ちゃんでも蘇生が出来ないということだ。
――あぁクソ、友達を救うためにラスボスを助けるとか……、本末転倒すぎるけど仕方ないんだよなぁ。
「……はぁ、輝夜、暁穂、そこまで案内してくれ。折角だ、魔王と混沌が一緒にいるなら一気に用事、済ませてしまおう」
言って僕は――
「行くぞ三人とも。魔王ぶん殴って、混沌を救い出す」
――盗んだ黒い鎧が重すぎて、運び役のサタンに文句を言われたのはちょっとした後日談。
☆☆☆
「おぉ……、これはデカイな……」
目の前の大きな扉を見上げて呟いた。
大きさだけで三十メートルはあるだろうか。
よく考えれば通路などもかなり天井高が高かったし、これほどまでの大きさがなければ行けない理由があるとすれば。
「……巨人の魔王?」
『ククク……正解だ、勇者コメディよ』
頭の中に声が響いた。
――無差別念話。
指定した場所、あるいは対象の付近にいる全ての存在に対して念話を送る応用技術。僕も聖獣化した状態でコンタクトをとるには必要なものなので一応マスターしている。
『よくぞここまで来た、勇者コメディ。しかし貴様の進撃もここまで……、余を倒したくばその扉から中へと入ってくるがいい。命が惜しくなければな! フハハハハ――!』
そんなことを言い出した魔王シリアス。
扉から入ってくるがいい。命が惜しくなければ。
親切にもそう言ってきたので。
「よしサタン、この壁の横にある壁、ちょっと削って部屋の中まで貫通してくれないか?」
『フハハハ――――はっ?』
突如として笑い声を収めた魔王シリアス。
「いや、ここまで敵が一体も居らず、その上わざわざ『扉から』なんて言うからにはアレじゃないのか? 油断させておいての罠とか。扉触った途端発動するトラップとか」
『え、いやちょっと何いってんの。君勇者だよね? 余のこと討伐しに来た勇者だよね。普通ここは『僕は魔王なんかに負けない!』とか言って無鉄砲に扉に触……ってあれ? なんかその防具見たことあるんだけど』
でしょうね。なにせ盗品ですから。
いきなりフレンドリーになった魔王シリアス。
そんなシリアスへと、サタンは憤慨したように口を開いた。
「魔王! 貴様が混沌様を連れ去ったというのは事実か!」
『え、カオス……? いや誰その痛い名前の人。余知らないんだけど』
「……黒髪の、男のような女の人だ」
『あー、いたいた。そういや居たねそんな人。と言うかここにいるわ。さっき帰ってった教徒の人たちがさらってきたみたいだわ』
……。
思わず絶句していると、魔王もそろそろシリアスとしての顔を見せたかったのか、ンンッとわざとらしい咳払いをした。
『という訳で……フハハハハ! この男……じゃなかった。女を返して欲しくばその扉を開き、我が真実に触れるがいいわ! その先に何が待っているのかは分かりかねるがな!』
多分またナレーションだと思います。
そんなことを思いながら、チラリとサタンへと視線を向ける。
「どうする? 混沌はお前の担当だし、助け方は任せるけど……」
「……ここは、扉を開かないか? 無理に強行突破して傷つけられるのは避けたいのだ……」
……まぁ、一理あるか。
僕も混沌を助ける理由はあるのだが、この中で最も混沌を助けようとしているのは他でもないサタン。
ならば、ここはサタンの顔を立てようか。
「了解、それじゃ行くぞ」
「……うむ!」
大きく頷いたサタンを横目に。
僕は、巨大な扉へと両手を押し付けた――
☆☆☆
これは、遥か昔の物語。
この世界に、一体の魔王が生まれ落ちた。
その魔王はドラゴンから変異した魔王であり、人知を超えた頭脳と、そして人間における英雄達をはるかに上回る力を併せ持つ存在だった。
そして何よりその魔王は――残虐極まりなかった。
部下達を率いて、魔王城一帯の人間の集落を尽く破壊し尽くし、目に付く人間達を一人残らず皆殺しにした。
男どもはヴァンパイアに眷属化させ、女子供は笑いながら拷問して、その末に惨たらしく殺害した。
その様は同じ魔王軍の中でさえ恐れられるほどで、魔王は長らく『絶望の象徴』としてこの世界に君臨し続け、この世界を地獄に塗りつぶした。
――しかし、ある日その地獄の中に、一つの希望が生まれ落ちる。
剣術も習っていない子供の頃から魔物を倒し、剣を触れるようになった頃には村で一番の強さを誇っていた。
金色の髪に、透き通るような蒼色の双眸。
その少年は後に、大陸中にとある二つ名を知れ渡らせることとなる。
その名こそが――勇者。
彼こそが後の――勇者シリアスその人であった。




