幕間 勇者コメディの大冒険 ⑧
⑩で終わるよう駆け足ぎみです。
急いでいたり、恐怖に思考が鈍っていたりする奴は、しばしば追跡される可能性を見落としてしまう。
故に、一応目では確認するもののそれ外の要素を排除することを忘れ――こういうことになる。
「おーし、足跡発見」
ニタリと笑って呟いた。
背後から二人が近づいてくる。振り返れば不自然な程に満面の笑みを浮かべた二人が立っており。
「さすがだな、主殿よ。それでは雑種共の巣までご案内お願いできるだろうか」
「あぁ、そこまでは僕の専門分野だ。だけどその先は――」
そこから先は、今の僕にとっては専門外だ。
だからこそ、そこから先は、二人に任せる。
サタンがゴキゴキと拳を鳴らし、輝夜が準備運動とばかりに肩を回す。
思い出すは先ほどのナレーション。
一言――あれはないんじゃないかと思った。
輝夜は普通に美人で可愛いし、そんじょそこらのクソ狼に負けるわけがないのは一目瞭然。サタンは怖いが……普通にいい人だ。顔だけに注目するんじゃねぇよナレーション。
そして最後に僕については―――まぁ、あれだ。
とりあえずふざけんじゃねぇよナレーション!
瞳に憎悪の炎を灯して歩きだす。
「「「ぶっ潰す」」」
期せずして、僕ら三人の声が重なった。
☆☆☆
ナレーション、及び僕の顔面を見て笑いやがった狼共を皆殺しすら生ぬるい、紛うことなき大虐殺をするために歩き続けて十数分。
「……ッ!」
やっと勘を取り戻してきた気配察知が多くの気配を捉える。手で二人の進行を制止させると、木の幹に背中を預け、向こう側を窺った。
『ヴルル……』
『グルヴヴヴ……』
そこに居たのは、一堂に会している狼の群れ。
広場のような場所に多くの狼――軽く見積もっても百体以上が集まっており、思わず頬を冷や汗が流れる。
(こっち、いる。静かに)
ハンドコンタクトで二人へと連絡を取る。
この場には『えーなになにー!?』とか、空気すら読まずに大声をあげる馬鹿や、あえて空気を読まない変態たちも存在しない。
ここに居るのは歴戦の猛者たる、サタンと輝夜。なんと頼もしい連中だろうか。
道中で軽く土を被って匂いは落としてきているとはいえ、狼相手にこの距離で喋るのは愚策と考えたか、サタンが同じようにハンドコンタクトをとる。
(貴様は、ついてこい。俺が、守る)
(任せておけ。我らにとっては、楽勝だ)
どうしよう、頼りがいがありすぎて涙ぐみそうになる。
初めてだ、初めてだよ。まともな奴しかいないパーティなんて。別に僕が頑張って引っ張っていかなくても、コイツらなら自分たちで全部なんとかしてくれる。自分たちで考えて、自分たちで最善をとってくれる。……なんて素晴らしい仲間達だろうか!
口元を緩めて頷くと、二人もまたニヤリと笑って頷いた。
(行くぞ。三、二、一……)
木の裏から向こうを見据えながらカウントダウンを取る。
ゴクリと喉が鳴り、冷や汗が流れる。
だが不思議と、この二人にならば背中を任せられるという感覚もあるのだ。
なにせ、僕は二人の実力を身をもって知っている。
――殺し合いの中で、知っている。
背中の剣を握りしめる。
サタンが拳を握りしめ、輝夜が応急手当してくっつけた金色の杖を握りしめた。
そして――!
(go!)
僕らは一斉に駆け出した。
ここで声を出すなんてやわな真似はしない。
こういうのは見つかってから叫んだりして慌てさせればいいのだ。見つかるまでは距離を縮めることに尽力すればいい。
だが、この距離で音を立てて走れば、狼相手にはすぐ見つかってしまうわけで――
『ウオオオオオオオンッッ!!』
遠吠えが響くと同時、すべてのオオカミたちが一斉にこちらへと振り向いた。
――見つかった。
そう確信すると同時、前方へとサタンが躍り出た。
「前衛は俺が努めよう! 貴様らは援護を頼む!」
「クハハハッ! 悪魔と共闘とは、また酒のつまみに言い話ができそうだ!」
背後から輝夜の笑い声が響く。
立場的には……僕が中衛、あるいは輝夜の護衛だろうか。
まぁ、いずれにせよ――
「行くぞ二人共! 血祭りだァ!!」
「「フハハハハッッ!!」」
たぶん、相手側からしたら目を血走らせた見知らぬ奴らが高笑いしながら突っ込んでくるみたいな光景だろう。
狼たちは皆何かを恐れるように一歩後ずさる。
そして――
『ヴオオオオオオオオオオンッッ!!』
天地を揺るがすような遠吠えが響き渡った。
一瞬で感じ取れた、彼我の実力差。
足が地面に縫い付けられたかのように止まってしまい、輝夜やサタンもまた、冷や汗を流しながら足を止めている。
「い、今のは――」
言ってから初めて気がついた。
背後から、大きな唸り声が聞こえてきていることに。
「「――ッッ!?」」
気配を感じさせることなく背後を取られたことに、愕然とした様子の二人が咄嗟に飛びすさる――だが、僕はそんなステータス存在しない。
「執行者!」
「ば、馬鹿な――ッ!?」
サタンが僕の名を呼んでいる、輝夜の驚愕の叫び声が聞こえてくる中、背後からは獣特有の吐息が吹き付けられている。
――死。
あれだけ調子のって乗り込んできたはいいが、多分後ろにいるの、群れのボスっていう雌狼だろ? まさかここまで強いとは思ってもいなかった。
思わず苦笑が漏れる。
きっと数秒後には食われてるんだろうなぁ、と。
絶望的な実力差にそう考えた。
――次の瞬間の事だった。
『はぁ、はぁ……、狼になれば合法的に露出プレイを楽しめるためなり切っていましたが……、クッ、もう少しで狼たちに人知れず露出している快楽に溺れられたものを……ッ、なぜ貴方様がここに居るのですか!』
「……へっ?」
思わず振り向いた。
そして、思いもしていなかったその姿に目を見開く。
最初に目に入ったのは白銀色の体毛。
快楽に揺れた翠色の碧眼が僕の顔をじっと見つめており、顔は怒りとも快楽ともわからない感情に歪んでいる。
――こんなことを言ってのける狼、僕は世界中を探しても一人しかいないんじゃないかと思ってるわけで。
ふと、懐に入れておいた麦の穂が熱を持ったかのように熱くなりはじめた。
……熱い、麦?
僕は今まで、麦から関連づくアニメが思いつかなかった。
しかし今ここに至って初めて、こちらの世界に連れてこられたその相手を見て初めて、そのアニメに辿り着いてしまったのだ。
思わずその場に崩れ落ち、両手を地面について。
「香辛料かよッッ!!」
声の限りに、そう叫んだ。
一言――これは分からなくても仕方ないんじゃないかと思いました。
☆☆☆
「とりあえず正座」
「畏まりました」
目の前で正座している彼女――暁穂は、なんだか嬉しそうに頬を緩めていた。
「……何笑ってんのお前」
「いえ、なんだか大丈夫そうだなぁ、と」
言ってクスクスと笑っていたが、すぐにぴしっと姿勢を正して僕らの方を睨み据えた。
――正確には、僕の背後のサタンを睨み据えていた。
「して、何故私たちの絶対なるマスターの隣に、その汚らわしい大悪魔がいるのですか」
「久しいなフェンリル。昔のお前を知っている身としては、やはり敬語を使っているのを見るとむず痒くなるぞ」
「……ケッ」
唾を地面に吐きつける暁穂。ちょっと今のは見なかったことにして記憶から消去した。
……って、昔のお前?
「え、なに、サタンってコイツと知り合いなの?」
「マスター、今は『え、なに、暁穂ってコイツと知り合いなの?』って言ってくださいませんか? なんかそいつの方が仲間っぽくて微妙な感覚です」
とりあえず変なことを言ってきた暁穂を無視すると、サタンはククッと肩を震わせながら。
「俺とフェンリルはかつて……なんだろうな。一度は協力したことのある関係、と言ったところか。かつてヤンチャしていた頃のフェンリルは俺に『オーディン殺戮計画』を持ちかけて来――」
「マスター! ドブ虫の言うことなど間に受けてはいけません! こいつはマスターを誑かすつもりです!」
……ふぅーん。
へぇー、そうなんだー。
「ちょ、ま、マスター! なぜ私の方を『は? 何してがしてんのこの馬鹿』みたいな瞳で見てくるのですか! 私とこのドブ虫、どちらを信じると――」
「え? 普通にサタンだけど」
即答してやった。
判断材料はいくつかあるある訳だが。
①オーディンが片腕を失ってる事実(噛み傷)
②サタンは基本ふざけたりしない真面目な子
③とりあえず暁穂が胡散臭い
と、とりあえずこの三つから判断させてもらった。
「クッ、マスターが悪魔に誑かされてしまいました!」
その言葉に合わせ、彼女の後ろに勢ぞろいした狼たちが泣いたフリをし始める。
その集団にて行われる無言の主張に思わずため息を吐くと、改めて彼女の服装に視線を下ろす。
職業としては――踊り子だろうか。
露出狂の彼女らしい、踊り子の服装からさらに布地を少なくしたような服装に身を包んでいる。日本にいたらまず間違いなく変態認定されるような服装だ。
「……一応、聞くだけ聞いてみるけどさ」
まぁ、これは新しい仲間が見つかった時の恒例行事みたいなものなんだが……。コテンと可愛らしく首を傾げる彼女に――
「なんか、最初にこの世界きた時、持ってたものとかあったりする?」
☆☆☆
――魔王教。
そう呼ばれる宗派がこの世界には存在する。
文字通り魔王シリアス(なんか久しぶりに名前聞いた気がする)を崇拝する狂った教団で、日々近くの農村から女子供を拉致し、生贄と称して活火山のマグマの中へと放り込む。そんなふざけ切ったような連中だ。
とまぁ、なぜこんな説明をしているか、と聞かれれば、どうやらとうとうこの物語も終盤へと差し掛かってきたらしく、暁穂が一時的に従えている狼のうち一匹、地方への情報部隊からこんな情報が入ったのだ。
――曰く、黒髪赤目の男のような女が、魔王教に生贄として捕まっているのを発見した、と。
……まぁ、そういう訳だ。詳しくは聞かないで欲しい。
確かにもしかしたら勘違いかも、というのはあるのだが、今回もまたキーアイテムが出てきたわけで。
『持っているとすればこれなのですが……、これは何なのですか? 武器とも道具ともつかない、金属製なのは分かるのですが、使い方に関しては……』
その言葉を思い出しながら、手に握ったその金属製の武器へと視線を下ろす。
パッと見た感じは、直角に曲がった丸綱。
しかしその武器の名前を、僕は知っていた。
「――『バールのようなもの』」
呟いて、視線を遥か遠くに見える王城へと向けた。
その男女が連れ去られて言ったのはあの場所。
――通称、魔王城だった。
狼と香○料でした。
感想欄でも意外と当たってる人いなかったイメージあります。




