影―094 おかえり
白夜編、最後です。
「はぁ、はぁ……」
荒い息を吐いて、体を大地へと投げ出した。
結果、僕と白夜の戦いは引き分けに終わった。
僕は肩から足にかけてバッサリやられたし、多分白夜も同じようなものだろう。
気がつけば既に聖獣化は解けてしまっており、脳内へとクロエの呆れたような声が響き渡った。
『流石に今回は十中八九負けると思ってたんだがな……。って言うか、そろそろ起き上がって回復してやんないと、少しまずいんじゃねぇか?』
言われて初めて、白夜には回復能力がないという事実を思い出した。
周囲に広がっている血の池に手を滑らせながらもなんとか立ち上がる。傷は……まだ痛いが、それでも傷自体は治っているように思えた。鎧を外してみなければ正確なことは何も言えないが。
「おーい、白夜、まだ生きてるか」
「……死んでるのじゃ」
返事があった、どうやら屍のようだ。
――というわけにも行かず、僕はあらかじめ用意しておいた神の髪を懐から取り出した。
「……うわぁ、自分でやったとはいえ、この傷でよく生きてたな、お前」
彼女は僕と同じように仰向けに倒れ込んでおり、その周囲には僕と同じくらいの血の池が広がっていた。痛みに強い彼女と言えども、流石にこれは出血死の可能性が出てくるだろう。
顔色が青を通り越して白になり始めている彼女の体。その前にしゃがみこむと、手に握った神の髪を押し付ける。
「頼む、神の髪」
言った直後。
眩い光を放った神の髪が彼女の体へと溶け込んでゆき、周囲に広がった血の池が蒸発してゆくように、赤い光となって消え失せてゆく。
そしてそれと同時に、彼女の傷もまた、消えてゆく。
「……馬鹿、じゃな。さっきのはやろうと思えば妾のこと、殺せたじゃろうに。時空剣は武器を貫通し、防具を貫通する。故にお主の刀を防ぐ術はなく、お主には首を切られてもなお回復できる不死力がある。……切り合いになった時点で、詰んでおったのじゃ」
仰向けに寝たまま呟いた彼女の体からは傷は消えていた。
ただ、血に濡れた、僕と同じように肩から足元までをバッサリと切られたドレスの傷跡が残っているばかり。
羽織っていた常闇のローブを上から被せてやると。
「馬鹿はお前だろ。切り合いなんてしなけりゃ負けてたのは僕だった。いくら悪鬼羅刹の力を借りようと、素のステータス差に加えて僕の不調、そして太陽眼に比べ月光眼が戦闘向きじゃないっていう事実。どれを鑑みても僕に勝機はなかった。……けど、こうして引き分けた」
何故か、と聞かれれば。
僕はその場に座り込むと、空を見上げて息を吐く。
「それは何故か。手加減をされていたから」
言うと、白夜は吹き出したように笑った。
「一体、どこにそんな余裕があると思ったのじゃ? 仮にも元主様相手に、手を抜くなんて真似が出来るわけがないじゃろう。心情的にも、なにより実力的にも。じゃから今回は、お主の勝ちじゃ」
「……ふーん。まぁ、ならいいんだけど」
まぁ、彼女がそういうなら、そういうことにしておこう。
僕の敗北ではなく、引き分けでもなく、僕の勝ちだと。
そういうことに、しておこう。
「あー、疲れた」
言ってゴロンと横になる。
周囲には壊れ果てた街並みが広がっており、これについて後で恭香から小言を言われるのかと思うと気分が滅入ってくる。
しかしまぁ。
「勝ったんだし、別にいっか……」
満点の夜空を見上げて、そう言った。
「仕方ないの。妾は敗北したわけじゃしな。誠に遺憾な限りじゃが、お主の命令には絶対服従しなけりゃならないって訳じゃ」
「……前と、大して変わってない気がするけど」
「……いいや、随分と、変わったのじゃ」
まぁ、言われてみればそうかもしれない。
結果としては変わらずとも、そこに至るまで様々な過程を経た。彼女が僕の元を離れ、心が壊れて本音が溢れ、かと思えば恭香に求婚されて、長年やってきた知性の化物を卒業して、白夜と戦って――とりあえず、僕が勝ったということになった。
その過程を経てもなお結果だけ見れるほど、僕も都合のいい心を持っているわけじゃない。
「……なぁ白夜、なんでお前、僕のところを去ったんだ?」
ふと、そんな疑問を覚えた。
正直思いたある節(ドMとして扱いすぎたとか、ヘタレ過ぎたとか、童貞が過ぎたとか)が多すぎて分からないのだが。
すると彼女は小さくため息を吐くと。
「……まぁ、妾のやりたかったことはもう無理そうじゃしな」
そう、小さく呟くと、諦めたように口を開いた。
「まぁ、単純にいえば、妾はお主の心を壊すために動いていた、ということじゃ。お主の心が壊れれば、きっと、お主だけは生き延びれるじゃろうしの」
「……あぁ、そういうこと」
その言葉に、全てを察した。
白夜が言った台詞からは一番重要なところが抜け落ちていたが、僕の心が壊れたら何がどうなって、結果僕が生き延びるのか、……皮肉なことに、僕にはだいたい分かってしまったのだ。
「混沌……か」
ふと、その名が脳裏を過ぎる。
多分、今僕らを襲えば大した苦労をすることなく全てを終わらせることが出来るだろう。
けれどそれをしないということは――結構、あのレズも甘いってことだ。
たしかにアポロンを殺したり、僕の実の両親を殺していたり、非情なところはあるのだけれど……。何でだろうな、友を殺されて怒ってはいても――別段、あの女のことが嫌いって訳では無いのだ。
「一応、義姉さん、だからかな」
血は繋がっていなくとも、同じ父に育てられた姉弟だ。今は敵同士だけれど……もしも味方として出会っていたら、きっといい仲間になれていただろう。
「僕の心が壊れたら、多分アイツは無気力になった僕を、殺すのをやめて攫いに来る。僕ならば――アイツの隣にまで到れると分かっているから」
父さん曰く、僕と混沌、そして獄神タルタロス以外に、今まで『壁』を越えられそうな才能を持つものは見たことがないとの事だった。
まぁ、中でもゼウスや……ここにいる白夜はかなり惜しい才能があるとの事だったが、それも僕ほどではないのだとか。
個人的には、父さんにはいつか、勇者諸君やアーマー君の才能も見てもらいたいものだが、あの中でも一人居れば豪運というものだろう。
閑話休題。
混沌は、恐らく僕にその才能があることに気がついている。
そして、僕と自身が、お互い仲間として相性がいいことも。
だからこそ悪魔側に勧誘した。
自分の隣に立てる存在として、対等な仲間になれる存在として。
部下としてではなく、肩を並べる仲間として勧誘した。
……まぁ、結局それは断ったわけだが、もしも恭香に説得なり脅しなりされる前に混沌に攫われていたら。僕はきっと抵抗なんてしなかっただろう。
「それを目指しての、お前の行動ってわけか」
なるほど、僕も混沌も、いい感じに掌の上で踊らされたってわけだ。さすがは天才児。
彼女の行動に一応納得したところで上体を起こす。そろそろ歩ける程度には体力も回復してきた。
それになにより、そろそろ彼女との約束も、果たしておきたいところだしな。
「さて、と。白夜。それじゃあ約束の『勝った方が好きにできる』ってヤツ、実行させてもらおうか」
言って彼女の瞳を覗き込む。
彼女はふざけたように肩を抱き。
「うわー、犯されるのじゃー」
とか、ほざいてやがる。
誰が戦闘直後の怪我人を犯すか、と言いたいところだが。
仰向けに寝ている彼女の腰を抱き寄せると、目を見開き、焦り出す彼女を他所に――唇を重ねた。
「んっ!? んん……んっ……」
腕の中で暴れ出す彼女だったが、すぐに体から力を抜いて、僕の服へとしがみついた。
無限にも思える間、唇を重ねていた。けれど、実際のところは数秒だったのかもしれない。唇を離すと、僕は彼女の体を思いっきり抱きしめた。
「い、いきなりなんじゃ……。わ、妾のふぁ、ファーストキスを、こ、こんなところで奪いおって――」
「少し、黙れ」
言って、さらに強く抱きしめた。
……暖かい。
暖かくて、柔らかくて、小さくて。
こんなにも、愛おしい。
「……もう、絶対に離さない」
抱きしめた白夜が、小さく震えるのを感じた。
耳元で、噛み締めた嗚咽が漏れる。
以心伝心なんて、そう上手く行くわけがない。
たまに『言わなくても分かってると思ってた』だとか、『言わなくてもわかるだろ』なんて言う馬鹿がいるが、本当に、心の底から相手に伝えたいのならば。相手に伝えたい気持ちがあるのならば。
――ちゃんと、自分で伝えないと、ダメなんだ。
「白夜、僕は君を、愛してる」
一度は、自らの心に嘘をついて手放した。
そして後から、死ぬほど後悔した。
同じ轍は二度踏まない。
あんなに後悔するくらいなら、もう、失敗なんてしない。
もう、離したりなんてするもんか。
「……か、カカッ! そ、そんなに……言われたら。妾も……もうっ。離れるわけには……いかん、な……」
言って、彼女もまた強く、抱きしめ返す。
もうその嗚咽を隠しはしない。
かつて嘘だと誤魔化した涙を、もう隠したりはしない。
だって。きっとこの涙は――本物だから。
涙を流しながら、それでも思わず笑みを零してしまう。
取り戻したその暖かさに、心が暖かくなってゆく。
彼女の存在を改めて実感するように腕へと力を込めて。
「おかえり、白夜」
以上、白夜編(竜国編前半)でした。
そろそろシリアス飽きたって人多いと思いますので、久方ぶりに次回は幕間、コメディでお送りします!
※本編には全く関係ありません。
次回、勇者コメディの大冒険①




