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いずれ最強へと至る道   作者: 藍澤 建
竜国編Ⅰ
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影―081 愛の形

かつてなく重い。

『……今、何といった?』

「いや、お引き取り下さい、って」


 長い沈黙の後、やっと絞り出したような竜王の言葉に、僕はそう即答してやった。

 いや、何様だよこのオオトカゲ。

 本気出せば言っとくけど一分もしないで殺せるからね? 別にコイツそこまで『フラグとか伏線とか一切なかったのに物語後半でポッと出てきた強敵』ってわけでもないし。

 ただ問題があるとすれば――あの巨体、街の上で倒したらとんでもないこと気なるだろうな、ってだけだ。

 それに一分もかけてあいつ倒してたら、その間に街は他のドラゴンの手によって壊滅してしまう。……多分、王城で寝起きしてるあいつらもこの騒動で起きてきてるだろうが、それでもまず間違いなく、三桁近くの人が死ぬだろう。


「さて、どうするか」


 見れば竜王は顔を真っ赤にして激怒しており、今にもこの街へと襲いかかってきそうな勢いだ。

 正直話し合いで、伸びに伸ばしても十分なんて持ちやしない。街を囲む結界を作るのはもう半ば諦めてたゆえの言葉だったが――


「竜王よ! 妾はそんな話なぞ聞いた覚えもない! 竜神の姫、とやらもなった覚えはないし、貴様の妻になど立候補した記憶もない!」


 いつになく真面目な白夜の声が上がったが、それに対して竜王はニタリと笑みを浮かべた。


『ふっ、我とて貴様のような人間に汚染された竜種などお断りだ。……と言いたいところだが、貴様の強さは我の元にまで聞こえてきている。故に、貴様は我が種を受け、より強い子孫を産むための道具でしかない。道具にそんなことを一々確認することもなかろうが』


 ……なるほど。

 つまりはこのクソッタレビチグソ野郎、うちのド変態を文字通りの肉奴隷として使おうってわけか?

 なんて羨ま……じゃなかった。けしからん!


「別にギンの趣味なんてどうでもいいんだけど……白夜? アレだけはやめといた方がいいよ。だってあいつのハーレム、現時点で三桁超えてるから……行っても、まず間違いなく弄ばれて放置されるだけだよ……」

「妾にとっては御褒美じゃな」


 ミスるとは珍しい、恭香が説得じゃなく背中の後押しをしてしまったみたいだ。

 見れば恭香は頭を抱えてしゃがみこんでしまっており、その背中に優しく「どんまい」と声をかけた。

 ――そんな、時だった。


「竜王よ! 少し話し合いがしたいのじゃが宜しいか!」


 隣からそんな声が聞こえてきて、僕は焦ったように隣へと視線を向けた。

 そこには何か覚悟したように顔を強ばらせた白夜の姿がおり、その言葉に上空から『三分だけやろう』と声がかかった。


「……まさか、お前本気で行くつもりか?」


 有り得ない。そう断言できる。

 いくらドMだろうと、限度ってものがある。

 いくら頭のおかしい変態だろうと、冗談にも限度がある。

 僕は怒気を孕ませながらそう告げる。


「それは、主様の答え次第じゃ」


 ――答え次第。

 一体なんの答えかは……まぁ、考えなくてもわかる。


「妾は一人になどなりとうない。好きな人に死んでもらいたくない。……じゃから、主様には、死んでもらいたくない」


 それは、先ほどの続き。

 僕に死んで欲しくない白夜と。

 皆に死んで欲しくない僕と。



「最後のお願いじゃ。二度とあの能力は使わないでくれ。妾たちと共に生き、……そして、共に死なせてくれ」



 彼女はきっと、幸せであり続けたいのだろう。

 突き詰めた結果、この結論に至った。

 独りであり続けるのは、彼女にとって幸せじゃない。

 仲間と共にあり続けるのは、彼女にとって楽しくとも、幸せではない。

 彼女にとっての幸せは……多分。

 ――僕と在ること。


「……答え、引き伸ばしにしたら」

「主様をぶん殴って、あっち行くのじゃ」


 予想通りの言葉にため息を吐くと、その青空を見上げる。

 ……まあ、開闢の使用についてはまた破ればいい話だ。まず間違いなくぶん殴られるが、それで済むならそれでいい。

 だが――



「悪い、そのお願いは、聞いてやれない」



 最後の願いだけは、絶対に聞いてやることなんて出来なかった。




 ☆☆☆




 その言葉に、彼女は笑った。


「まぁ、そうじゃろうな。ここで『自分と一緒に死ね』なんていう男は、多分妾は、好きにはなれん」

「『一緒に死んでやる』くらいならいくらでも言えるんだけどな。一人で死なない分気楽で良さそうだし」


 そう軽口を叩き返すが、僕の頭の中は様々な思考が渦巻いて、ぐちゃぐちゃになっていた。

 今の答えは正しかったのか。

 彼女になんと声をかければいいのか。

 彼女の望み通りにした方がいいんじゃないか。

 僕の考え方は間違ってるんじゃないか。

 混沌の下についた方がいいんじゃないか。

 僕は混沌には勝てないんじゃないか。

 開闢を使うことを彼女は望まなかったけれど、ならば僕はそれを望んでいるのだろうか。

 そして何より。


 ――僕は、正しく生きているのだろうか?


 ズキリと、頭に激痛が走った僕は、思わず頭を抑えて膝をつく。

 ここまで、ここまで頭を使ったのは生まれて初めてだ。

 辛いことしかない現実の中、何が最善で何が最悪かを取捨選択し、最もいい未来に行き着くように歩を進める。

 ……こちとら、元はちょっと賢いだけの一般人なんだよ。

 思わず本音が漏れ始めるが、すぐに蛇口を捻るようにその本音の濁流をシャットアウトした。

 でなけりゃ、多分僕は戦えなくなる。

 一歩を踏み出すことも出来なくなる。

 そんな気がするのだ。


「……大丈夫?」


 すぐ隣にしゃがみこんでいた恭香の声に、やっと僕の意識は元の状態まで回復した。

 ネガティブになってる暇はない。

 今はピンと気ぃ張り詰めて、必死になって足掻いてないといけない時だ。


「……それじゃあ、主様……では無いな。今日から、今この時からは主従の関係ではない」

「……あぁ。そう、みたいだな」


 その時、僕は気がついていた。

 今まで僕と白夜をつなぎ止めていたその糸――『テイム』の繋がりが、薄れ始めていることに。

 テイムの繋がりは、両方がお互いに了承していることが前提となっており、片方がそれを了承しなければ繋がりが薄れ――そして、もう片方がそれを止めることで、繋がりは消える。

 それを想像して、思わず涙が溢れそうになる。

 けれど、知性がそれを押し殺した。

 心のうちに、押しとどめた。


「妾にとって、一番の望みは貴方と共にある事なのじゃが。けれど、貴方はいずれ、死ぬつもりなのじゃろう? ……まぁ、死ぬつもりではなくとも、命を賭けるつもりじゃ。それは間違いない」


 そして――


「妾は、好きな人を失いたくない」


 彼女はその竜の群れへと歩き出す。

 その際、僕の隣で立ち止まると。


「貴方を無くす悲しみを味わうくらいならば……いっその事、新たな恋でも初めてしまったほうが、よほど効率的じゃと思うのじゃ。故に、貴方とは縁を切ろう」


 あぁ……そうだ。

 何故か割れるように痛む頭を抑えながらも、改めて思った。

 僕は、彼女と共に居たい。

 離したくない、ずっと隣に立っていたい。

 けれど、僕は近いうちに、命を賭ける。

 死んだならば蘇ればいい――だなんて、蘇生術を持つ混沌を相手にしている時点で考えられない。


 つまり……死ねば、それが最後だ。


 何ら不思議でもなんでもない。

 当たり前のこと。

 故に、重い。

 彼女には、多分耐えられない程に。


「び、白夜!? あんな相手を好きになんて――」

「それでも、じゃ。これより一人で死のうとしている相手に恋をし続けるよりは、よっぽどマシじゃ」


 恭香の悲しい叫びに、彼女は淡々と返した。

 僕が生き延びれば何も問題は無いけれど。

 もしも僕が負けて、死ねば、やっぱり彼女は酷く悲しむだろう。

 ならば、彼女の『僕との縁を切る』というのも……また、合理的な判断ではあるのだ。

 知性の化物としては、肯定せざるを得ない判断。


 この局面において、感情的になるのは愚行である。

 これに混沌が一枚噛んでいるのだとすれば、それはまず間違いなく僕を陥れるための罠だ。

 なればこそ、僕は知性の化物として、判断を下そう。


「……執行者、ギン=クラッシュベルの名の元に命ず」

「なっ!? ぎ、ギン!?」


 恭香の悲鳴が聞こえるが、これは、白夜が決めたことだ。

 ならば僕には、口を出す資格など、ない。



「時空神竜スペースドラゴン。個体名『白夜』の、テイムによる支配を――解除する」



 バリイイィンッ!

 頭の中に、高く結ばれていたその繋がりが、割れたような音がした。


 僕は知性の化物だ。

 ならば、悲しむことなんて何も無い。

 これが最も合理的なのだから。

 僕は、命を賭けるのに余計な重石を一つ、取り除けた。

 彼女は命を賭けるつもりの馬鹿を見捨てて、新たなる恋を始めようとしている。

 なにも、何も問題は無い。

 僕の頬を伝う涙も、きっと嘘だ。

 彼女から聞こえる嗚咽も、きっと嘘だ。

 隣から、嗚咽に混じって息を吐く声が聞こえ。



「それではな、ギン(・・)。愛してる」

「……あぁ。愛してる」



 それっきり、彼女が帰ってくることは無かった。



白夜、執行機関脱退です。

しばらくは重いかも知れません。

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