影―080 竜神の姫
その言葉に、思わず眉根に皺が寄ってしまう自分がいた。
彼女の言い分は、分かってるつもりだ。
そして、僕と彼女が多分、分かり合えないというのも何となく分かってしまった。
「平和を望まないならば、ここで足掻かなければ、僕とお前も、皆も、全員死ぬぞ? それでも――」
「主様がいない世界ならば、妾は死んだほうがマシじゃ」
悲しげにそう言う彼女に、思わず言葉が詰まった。
「主様の死の上に成り立つ平和と、皆の死の上に成り立つ破滅ならば、妾は迷わず破滅を選ぶ。主様に全てを背負わせ、のうのうと生きることなど、妾には到底できそうにないからの」
見れば彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
けれどその笑みは、酷く寂しげで、見たこともないほどに苦しげでもあった。
「……お前は、皆まとめて死ねと言うのか?」
この言い方は、ズルいと思った。
彼女が言いたいことなんて理解している。
要するに彼女は、僕に無茶をして欲しくないのだ。
そんなこと、痛いほどに理解している。
そして。
「主様一人死なせるくらいならば、一緒に死んだ方が、よほど幸せじゃ」
彼女ならばそういうだろうとも、理解していた。
僕は、一人の犠牲の上に成り立つ平和を望み。
彼女は、全員が責任を背負う幸せを望んだ。
まぁ、僕の方は自己犠牲だ。偽善だと言われるかもしれないし、愚かだと馬鹿にされるかもしれない。
逆に彼女の方は……何なんだろうな。よく分からないけれど、その言葉もまた理解出来ることだけは確かなのだ。
だからこそ。
理解できるからこそ、理解したくない。
矛盾しているとはわかっているが、理解できないのだ。
「一人のために皆死ねというのは、傲慢だ。そんなことが許されるはずがない。許されちゃあ、いけないんだ」
「……ならば、言い方を変えようか」
そう言って彼女は儚げに笑うと。
「妾は、主様を失うのが怖い。好きな人が目の前から消えると考えると、死んでしまいたくなるほどに辛いのだ。だから……頼む。あの能力だけは――使わないでくれ」
その言葉に、思わず泣きそうになる。
僕だって、好き好んで死にたいわけじゃない。
死にたくないからこそ手を打った。手札を揃えた。
だけど……そんな事言われたら、どうすればいいか分からなくなるじゃないか。
「……その先に、未来がなかったとしても?」
絞り出すように、そう言った。
なんて言えばいいのかわからない。
どうすればいいのかわからない。
けれど、これだけは聞いておかなきゃいけないと、そう思ったから。
僕の問いに、無理矢理にいつもの笑みを浮かべ、空元気を見せた白夜は。
「終わりのない放置プレイは、辛いだけじゃからの」
そういって、笑って見せた。
☆☆☆
僕は白夜へと視線を向けて、ただ考えていた。
一体の僕は、どうすればいいのか。
混沌の下に付けば、僕ら『だけ』は全員助かると、彼女はそう言っていた。
つまりは、それ以外の人たち――久瀬や穂花、ゼロやスメラギさん、リリー、他にもエルグリットや僕が今まで知り合ってきた全ての人たちは、無駄死にする。
――僕が、戦わなかったせいで。
「シリアスは、似合わないんだけどな……」
出来ることならば、この問題もササッと解決してしまいたいところ……ではあるが。
まさか最後の最後になって、ここまでの二択を迫られるとは夢にも思わなかった。
ため息を一つ吐いて、なんとなく視線を上げた。
「……さて、どうするか――って、あれ?」
そして、こちらへと向かって飛行してくる、その大軍を見つけてしまった。
徐々に活気づいてきた住人達も空を見上げて好奇心旺盛な声を上げていたが、その声はすぐに、悲鳴へと変わることになる。
「ど、ドラゴンだ!!」
その声を皮切りに、周囲の人々は我先にと逃げ出した。
そう、それはドラゴンの大軍だった。
緑、青、赤……様々な色のドラゴンが真っ直ぐにこちらへと向かってきており、それを見た波山さんは目に見えて焦り出した。
「ちょーーーっ!? な、なな、なんですかあの大軍は! これでも厄介事に巻き込まれないように細心の注意を払って動いていたのに……こ、ここに来てドラゴンの群れえええええっ!?」
確かに常人からすればあの大軍は少々刺激が強すぎる。
……というか、僕から考えてもあの量は少々厄介だ。
もしかしたらこの世界に存在する竜種をすべて集めてきたんじゃないかと、そう思えるほどに馬鹿げた数が空を覆い尽くしており、それはさながら巨大な一匹の生物がこちらへと飛んできているようにも見えた。
「おいおいおい……、あれは一発じゃ殲滅できないぞ」
たしかに時間をかけていいならば、多分三十分もしないうちに全滅することも可能だろう。
だが、ここは街で、人が住んでいるのだ。
三十分も掛けていたらまず間違いなく街に被害が出る。取り逃がしてしまう奴が現れる。そうすれば被害は増える。
……正直、何もいいことがない。
「……はぁ、やるしかないかな」
ため息混じりに、準備体操とばかりに腕を回すと、波山さんへと声をかけた。
「波山さん、とりあえず王城に向かって僕の仲間達呼んできてくれません? なんだか厄介そうな気がするんで」
「わっ、分かりました! お、お気をつけてくださいね!」
そういって駆け出してゆく波山さん。
……さすがはおでん屋とはいえ勇者。あの「馬が引くんだろうなぁ」って馬車を自分で引いて、しかも走っていくとは……。それなりにステータスは高いのだろう。
――と、今はそれどころじゃないか。
「恭香、白夜、とりあえず作戦だけど――」
と、そう話しかけたところで、僕は白夜が眉根に皺を寄せ、そのドラゴンの群れを睨み据えていることに気がついた。
「……白夜?」
そう声をかけようとして、出来なかった。
僕が声をかける直前に、空高くからどこかで聞き覚えのある声が聞こえてきたから。
『やっと見つけたぞ! 人間!』
空を仰ぎみれば、そこには群れの中でもかなり大きい方に位置するだろう紅蓮色のドラゴンが空を飛んでおり、その姿を見て僕は、かつて白夜の事を追ってきたというドラゴンの群れを思い出していた。
「……お前、あの時もいた」
『そう! 我は竜種のエース! その名も――』
けれど、そのドラゴンがその名を名乗る前に、巨大な音が聞こえてきた。
バサッ、バサッ、と。
まるで、巨大なドラゴンが翼をはためかせているような、そんな音が。
気がつけば僕の頬を冷や汗が伝っており、どこか漠然と、多分こいつらと戦ったら、この街の住民は全滅するだろうと、そう思ってしまった。
『ほう、貴様が我が下僕共を屠ったという人間か』
その言葉と同時にまるで大きな生き物のようだった竜の群れが左右に割れ、その向こう側から灼熱のマグマを身に纏った、一体の巨竜が現れた。
白夜、そしてバハムートとさえ並ぶようなその大きな体に、これだけ離れていても尚感じられる、吸血鬼が忌み嫌う膨大な熱気。
まぁ……強くない、と言ったら嘘になるだろう。
戒神衆一人、つまりは、なんの強化もされていないルシファーよりはまず強いだろう。流石に根源化したルシファーとどちらが強いか、と聞かれたら困るが、少なくとも弱いとは決して言えない。
「りゅ、竜王……」
「……なに、知り合いか?」
なにやら知ってそうな雰囲気の恭香へとそう問いかけた。
「……うん。現在の竜神様はいい人なんだけど、この竜王……様はその竜神様の実の父親で、要注意の危険因子として神々には名を広く知られている奴だよ」
「竜王の方が竜神様より強いのじゃが……、如何せん考え方が神には相応しくなさすぎる。故に神の座には座れんかったのじゃ」
どうやら白夜もこの竜王とやらについては知っていたみたいで、恭香の説明の後に補足をしてくれた。もちろん二人共竜王に聞かれないレベルの小さな声で、である。
ま、流石にこの距離じゃ大声でも出さなければ届かないとは思うけれど。
「……そうだが、何の用だ!」
それと同時に、僕は恭香へとアイコンタクトをとった。
とりあえず……アイギスに浦町、エロース、ソフィアを裏で呼び寄せておいてほしい。まともにやり合ってもこの大軍を相手にこの街への被害を皆無にすることなんて出来やしない。相手が友好的ならばいいんだが……どうやら竜王とかいう奴は、酷く危ないやつらしい。そんな考えは捨てた方がいいだろう。
「……この街をまんべんなく覆う結界、今から皆を起こしてとなると……。少なくとも……、十分は時間取られるよ」
小声で囁いてくる恭香の言葉に小さく歯ぎしりした。
こちとら『VS混沌』に向けて魔力貯めてるってのに……、なんでこう、厄介事が転がり込んでくるかね。
僕の言葉が届いたのか、竜王は物理的にも口調的にも上から目線でこんなことをほざいてきやがった。
『なぁに。簡単なことよ。貴様の元に居候をしている我らが竜神の姫にして我が妻を引き取りに来た』
僕は嫌な予感を覚えながら、白夜の方へと視線を向けた。
そこには唖然とした様子の彼女が竜王を見つめており、それをどう解釈したか竜王は機嫌よく口を開いた。
『ぬはは、貴様のような下郎には教えていなかったようだな。その娘は神々に愛されし我らが姫だ。そしてこの我の婚約者でもある』
……おい。
おいおいおい。
白夜を見れば唖然としているし。
恭香を見れば、スーッと視線を逸らしてる。
え、なに。白夜ってば婚約者いたの? とか。
え、竜王って竜神のお父さんっぽいんですけど、奥さんどうしたの? とか。
え、なんで恭香視線逸らしてるの? とか。
色々聞きたいことはあるけれど。
「え、ふつーにお引き取り下さい」
とりあえず僕は、本音をぶちまけてみた。
次回、愛の形。
奇跡的に現段階で次話完成してますが……頑張って乗り越えてくださいね。作者はハッピーエンド主義者ですから。




