―last contact―
なんだか最近、コメディさんが息してない。
という訳で、コメディ期待してる人すいません! 完結までシリアス9割で突き進みます!
「……」
黙って、月を見上げていた。
場所は王都から少し離れた荒野。
草木の一つも見当たらず、見当たるのは僕の腰掛けているこの大きな岩と、そして僕の目の前に存在している、同じ大きさの大きな岩くらいだ。
「おでん屋、行かないの?」
「そんな、気分でもないだろう」
チラリと両隣の岩の下へと視線を向けると、恭香と白夜、二人の姿があり、二人の顔からは『余裕』というものは見当たらなかった。
「まぁ、今回に関してはまだ、大丈夫だろ」
そう呟いた――次の瞬間。
岩の上に、一つの闇が。
その両隣に、闇と――太陽が生まれた。
「安心しろ。今日はまだ、その時ではない」
中性的な声が響き、その闇が一瞬にしてその形を造り上げた。
女性にしては短く切りそろえられたその黒髪に、僕と同じく真紅色に輝くその瞳。
立てた膝の上に肘を載せ、頬杖をつくその様子からは余裕以外は感じ取ることが出来ず――その両隣を見て、納得した。
片や、見覚えのありすぎる白髪の巨体――大悪魔サタン。
そして、もう片方は――
「…………」
その金色の瞳が、まるで僕を責め立てるかのようにこちらを黙って見つめていた。
かつて、太陽のように輝いていたオレンジ色の髪はやつれ、真っ白へと染まっており、けれども見た目と反比例するようにその溢れ出すオーラは、かつて見た時よりもはるかに増大していた。
そんな友の姿に、泣きそうになる。
けれど、一番泣きたいのは彼女だろう。彼女の前でだけは、泣くことなんて出来やしない。
震える喉で、肺に溜まった空気を吐き出すと――
「久しぶりだな……。アポロン」
帰ってきたのは……、無言だった。
☆☆☆
「単刀直入に言おうか。諦めて我が軍門へ降れ、執行者よ。貴様ならば私と肩を並べられる悪魔となれる」
それは、二度目の提案だった。
一度目は警告。
二度目は勧誘と、そして警告。
そして三度目――きっと最後になるであろうこの話し合いは、勧誘から始まった。
「私はな。お前はサタンとの戦い、死ぬ者だと思っていた。それも呆気なく、な」
――だが、こうして生き延びた。
「アスモデウスを殺した時点でその名を覚えた。ルシファーを一方的になぶっていたのを見て興味を覚えた。実際に話してみて、確信した」
一体何を確信したのか。
彼女はニヤリと笑ってみせると。
「お前は、間違いなく最強へと到れる人材だとな」
一体何を言い出すかと思えば、勘違いも甚だしい。
間違いなく? そんな訳がないだろう。
必死に足掻いて、努力して、頭を常に回転させて、最善の方法を選択し続けて。そうして今の僕がいる。
常に全力で走ってきた。
だからこそ彼女は勘違いしているのだ――僕にはまだ、伸び代があるのだと。
「言っておくが、僕にはもう――」
「伸び代なら、まだまだあるだろう。その『奥』に」
その言葉に、思わず反応してしまう僕がいた。
「感じているのだろう? その壁の存在を」
――壁。
何を言っているのか検討もつかない。
……とは、残念ながら言えなかった。
僕には、その『壁』が見えていた。
その壁はまるで、その先へと進むことを打ち止めにしているように僕の前へと立ちはだかっていて、これ以上先へと進もうとしたら、その壁が必ずその歩みを止めるのだ。
「全能神ゼウスは、その壁を破ることが出来ずにあの実力に収まっている。全盛期の我らが父、神王ウラノスは力技でその壁をぶち壊し、先へと進んだ。そして私は――命を代償として、混沌へと、上位の存在へと生まれ変わることによってその壁を乗り越えた。つまるところ。今現在その壁を越えたものは――私と神王ウラノス、その二名だけだ」
彼女は知らないだろうけれど、僕はもう一人、その壁を越えた向こうにいる存在を知っていた。
――ギル。
あの戒神衆のコスプレをした、仮面の男だ。
白髪で、両端に黒鎌のついた鎖を自由自在に操る、聞いたこともない声の持ち主。
あの男もまた、その壁を壊したと言っていた。
そしてあの男は、こうも言っていた。
「そして私は――お前が怖い」
彼と同じ言葉を、混沌は口にした。
「お前はまだ、壁に手が届いてすらいない状態。やっとその壁をその目に捉えた。その程度の弱者でしかない」
――はずだった。
けれども僕は、二回だけ。
その壁に触れる所まで、行ったことがある。
一度目は、野生に飲み込まれ、サタンと激突した時。
そして二度目は――あの能力を、使った時。
「サタンとの戦闘は、壁に至れぬ者がくぐり抜けられるほど生易しいものではなかったはずだ。今回の戦いにしても、メフィストを差し向け、戒神衆を仕向け、お前の仲間を操り、面倒な不確定要素は幽閉した。――が、お前は生き延びた。何故だ?」
まるで問うように混沌は囁く。
けれども彼女の中では、答えはもう既に出ていたらしい。
「答えは、お前が単純に、私の想定をも超える存在だからだ」
買い被りすぎだろう。
そう言ってやりたかったが、彼女の剣のように鋭く、冷たさを孕んだ視線は真っ直ぐ僕の体へと突き刺さっていた。
「私はお前が、心の底から怖くて仕方がない。そしてそれと同時に、その強さに強く、惹かれてもいるのだ。だからこそもう一度問おう。我が軍門へと降るつもりは無いか? 執行者よ。特別に貴様の仲間達も我が名の元に保護して――」
――やろう。
彼女は、そう言い切ることが出来なかった。
その瞼は限界にまで見開かれ、先程まで浮かべていた薄笑いはどこかへと吹き飛んでしまったらしい。
「混沌様、お下がり下さい」
サタンが一歩、前へと踏み出すが、いつまで経ってもそれ以上踏み込んでくる様子は見えない。
まぁ。僕としてもここで戦うつもりなんて毛頭ないのだけれど、何故か彼と来たら完全に戦闘態勢である。
思わず歯の隙間から「クハハッ」と嘲笑が漏れる。
何を馬鹿げたことを言っている。
軍門に降れ? 仲間だけは保護してやろう?
「あまりふざけたことを抜かすなよ? 仲間を傷つけ、親友を殺し――あまつさえ、下につけ、だと? ククッ、一つだけ、いいことを教えてやろうか」
そう、いい事だ。
僕は隠しもせずに嘲笑を浮かべていたが――数瞬後、僕の表情から『感情』が抜け落ちてゆくのを感じた。
「人を舐め、下に見るのは別にいいが。……その相手だけは、その目でしかと見定めろよ? 悪魔共」
サタンの頬を冷や汗が伝い落ち、それを見て初めて、知らず知らずの内に殺気が漏れてしまっていたことに気がついた。
ため息一つ、殺気を意識的に収めると、それと同時にサタンの体が脱力し、混沌が再度薄笑いを浮かべた。
「……ほう? 見定める、とはな。私からすれば見定めた上で『格下』と見ていたつもりだったが」
「だとしたらお前の目はきっと節穴ってるんだろうさ」
――怖い。
彼女は先程、僕をそう評した。
それでも、もしも万が一彼女が僕をいずれ敵になりうる『格下』だと思っているのなら……、多分僕は、混沌をこの場で殺せる。
相手を格下だと思いこみ、油断している奴ほど殺しやすい相手はいない。
……と、そういうわけなんだけれど。
「……生憎と、節穴ってはいなさそうだな?」
僕はそう言って、その両隣に佇む二人へと視線を向けた。
大悪魔サタン――言わずもがな、強敵である。本気で行かねばあっという間に殺されてしまうクラスの。
そして――太陽神アポロン。
彼女の体から溢れ出す太陽の魔力。これだけ距離を開けているにも関わらず、身体中の全細胞が『逃げろ』と声の限りに叫んでいる。
実力としては、サタンと同格かそれより少し上回る程度だろう。
――だが、あまりにも相性が悪すぎる。
勝てるかどうかは別として、サタン相手ならば本気状態での野性解放だけでも十分に渡り合えるだろうと思うが……けれど。アポロンを相手にするのならば、『血濡れの罪業』に『野性解放』、そして『生への渇望』までフル活用しなければ勝機すら見えてこないだろう。
「陽のある所に陰が生まれるが、陽の真横には、陰は存在すら出来やしない。なぁ『陰』よ」
一応、推測はしていたのだ。
何故、神々の中でもアポロンのみを狙い撃ちし、配下へと加えたのかと。
僕の動揺を誘うため。単純にその潜在能力に気がついたため。たまたま目に付いただけで誰でも良かった。特に理由はない。
様々な推測が立てられたが、その中でもダントツで有力な説が、一つだけ存在する。
それこそが――
「太陽を、影にぶつけるため」
返事の代わりに、彼女はその笑みを深くした。
太陽は、言わずもがな影より強い。
いくら影が闇を濃くしようとも、それすらも太陽は一瞬にして飲み込み、光とする。
ましてや今回の相手は太陽だ。炎の弱点たる水すらも一瞬で蒸発させるような相手。影にとっては、天敵にもなりうる相手だ。
「私は普段から戦わぬ故に未だにレベルが低いのだがな。今回のことで一つ、大きな経験値を得たのだ」
――大きな経験値。
それについては……まぁ。大体の想像は付くさ。
なにせ、これだけ生き延びたのだ。
「貴様には、半端な戦力を送っても無意味。やるならば全戦力を投入し、完膚なきまでに殺し尽くさねばならぬのだと」
……相手側も、そろそろ本腰を入れ始める頃だろう。
「今回……、メフィストまでは良かったが、アスモデウスでは明らかに役不足。他に大悪魔の一、二匹でも送り込んできているかとも思ったが、それでも来ている様子は全くなかった。ともなれば――」
「――今回の一件は、あくまでもお前を殺すための準備を整えるための、時間稼ぎでしかなかったということだ」
――と、思った通りだ。
混沌は「どうやらアスモデウスとアスタロトは奪われてしまったようだが」と肩を竦めてみせると、スッとその場に立ち上がった。
「分かってはいたが、交渉は完全なる決裂だ。この先に待つのは殺し合い。話し合いという概念の介入しない、本番だ。覚悟は――愚問だったな」
そりゃ確かに愚問だろうよ。
覚悟など、昨日の晩に決めてきた。
混沌が背後の空間へと手を振り下ろすと、その空間がそのドス黒い魔力によって『喰われ』、その向こう側に真っ黒い空間が出来あがった。
「では、次会うときは――」
「あぁ。お互いが納得するまで――」
「「殺し合おう」」
混沌は振り向くことなくその向こうへと消えてゆき、それを追ってサタンもまた、その奥へと消えてゆく。
そして――彼女も。
「アポロン!」
その奥へと歩き出そうとしていた彼女は、僕の言葉にその足を止めた。
彼女を殺したのは混沌だけれど。
その根底にあった原因は――紛うことなく、僕自身だ。
僕が、彼女を殺したようなものなのだ。
今すぐに謝りたい気持ちで胸が締め付けられる。
けれども加害者が、既に取り返しのつかない被害を受けた者にしてやれるのは、見苦しい言い訳ではないだろう。
僕は思いっきり息を吸い込むと。
「今度こそ、お前を助ける」
その細い肩が、微かに震えた。
僕は加害者だ。
意図的だろうとそうじゃなかろうと、被害者からすれば加害者の言い訳や長ったらしい言葉ほど萎えるものは無い。苛立つものは無い。
そしてそれは、謝罪とて同じこと。
「謝りは、しないの?」
「まだ謝らない。謝るとしたら、その決意を行動で示し終わってからだ。でなけりゃただの『不誠実』になる」
まぁ、もしも真っ赤な他人にこんなことを言えば怒らせること間違いなしだろうが。
けれども。
「行動で示すのが、僕の『親友』に対する精一杯の敬意だ。怒りたきゃ怒れ。罵倒の言葉ならいくらでも浴びよう。それに、お前が僕を殺したいのならば殺していい。……けど、全部はお前を、救った後だ」
一度、彼女と約束をした。
一度、その約束を破ってしまった。
それによって、僕と彼女の間には誤魔化しきれない亀裂ができたように感じられるが――それでも僕は、一方通行だとしても、彼女のことを親友だと思っているのだ。
僕は任せろとばかりに胸に拳を叩きつけると。
「任せておけ。同じ失敗は――二度はしない」
少なくとも、親友に関わることならば。
という訳で、最後の会談でした。
次回、数回ご要望のありました執行機関の情報まとめを出して、次々回に新章突入です!
【次章予告をちょぴっと】
僕は、間違っていたのだろうか。
今になって再三思う。
仲間を傷つけられ、友を殺され。
敵対しないという選択肢を、無意識のうちに消し去っていた。
自分には力があるのだと。
こちらにも勝ち目はあるのだと。
そう傲慢にも、突き進んできた。
――結果、その末路へと至った。
至って初めて、思うのだ。
僕の歩んできた道は――果たして、正しかったのだろうかと。




