閑話 ゼロとリリー
毎度思うのですが。
この作品、総合ポイントの割に評価ポイント異様に低いですよね(悲)
「ギーンせーんぱーいっ」
そう言ってドアの隙間からぴょこりと姿を現したのは、見覚えのあるオレンジ色の髪の毛だった。
「あのさ、もう僕ってお前の先輩じゃないわけじゃん? そろそろ先輩呼びやめてもいいんじゃないのか?」
「きゃーっ、下の名前で呼べって言うんですかー? 少し焦りすぎですよー」
相変わらずイラッと来る奴だなコイツは……。
思わず苦笑を浮かべてしまったが、ふと、彼女がなんだか心配そうにこちらへと視線を送ってきていることに気がついた。
「……本当に、何でもないんですか?」
「あぁ。ちょっと疲れただけだって」
そう言って力こぶを作ってみせるが、リリーの顔からその疑惑と不安は拭いきれていない。
――生への渇望。
全くもって死にかけでもなかったし、さらに言えば『本来の使い方』以外での発動をしてしまったあの技だったけれど、それでもあの一瞬だけは『血濡れの罪業』すらもはるかに上回る力が体に流れたのを感じた。
きっと、この能力をサタンとの戦闘で使えていれば……時間こそかかるだろうが、まず間違いなく倒しきれていただろう。
その結果――僕の体がどうなっていたかは……正直、考えたくもない話だが。
閑話休題。
というわけで、今のところ僕と恭香、白夜の三人に加え、父さんと母さん、死神ちゃん。騙しきれないと判断して見せた浦町しか知り得ないこの能力――といっても、恭香と浦町以外は僕が今床に伏せている理由は知りはしないわけだが。間違っても彼女らには……その中でも、白夜にだけは絶対に、知られてはいけない。
『約束なのじゃっ!』
彼女とは――守れない約束をしてしまったから。
最初から守るつもりなど毛頭ない約束を。
――というわけで。
「逆に聞くけど、なにか外傷でもありそうに見えるのか? 何なら今ここで脱いだって――」
「いっ、いいい、いいですっ! ええ、遠慮します!」
瞬間湯沸かし器の如く頭から湯気をあげ、顔を真っ赤にして手をブンブンとふるエセビッチ。相も変わらずエセてやがるようである。
そうして見事に話題を逸らしてやると、ふと、視線を感じてそのドアの方へと視線を向けた。
「ひゃっ」
それと同時に引っ込む頭。そしてバタンと閉じるドア。
どうやら今の一連のやり取りは覗かれていたらしい。
それにはリリーも気がついたようで、クスッと笑うと忍び足でそのドアの近くにまで歩んでいった。
そして――
「てりゃっ!」
「うわあぁっ!?」
思い切り開かれたドアと、体重を載せていたのか部屋の中へと倒れ込んでくる白髪青眼の彼女。
彼女は「いたた……」と呟いたが、すぐにはっと現状に気がついたようで。
「やぁ、なんだかんだで久しぶりだな。覗き魔さん」
そこに居たのは【神天】のゼロだった。
☆☆☆
「お、お兄さんっ! こ、これ……っ」
そう言ってゼロが突き出してきた手には、大きな布の袋が握られていた。
……って、へ? え、何これ?
内心でそう困惑していると、その困惑はリリーも同じだったようで。
「えー、ここはラブレターとか渡すんじゃないですかー?」
とか言っている。こいつの脳内はきっとピンク一色なのだろう。おめでたいやつだ。
「で、なにこれ? 見たところお金みたい――」
……って、お金?
ふと、その言葉に違和感というか、引っかかるものを覚えた。
その正体を探るべく顎に手を当てて頭を捻ると、比較的すぐにその答えに行き着くことが出来た。
「え、確かもらってなかったっけ……?」
「あ、あの時。実は間違った袋渡しちゃったみたいで……」
思い出すは、僕が彼女を助けた時のことだった。
正直可哀想だったから助けただけなのだが、彼女に『人は無条件で助けてくれる』と思い込ませないためにも、かなり甘々な提案を持ちかけたのだ。
それこそが、金で武具と街への案内をするというものである。
確か百万ゴールドだとかそこらで、死神のコート、アダマスの大鎌レプリカを譲り渡し、街までの方向を魔法で教え、そしてこれは秘密にしていたが影分身までその旅に同行させていた。
そういえばお金返してもらった時は全く確認してなかったからな、と内心で苦笑していると、何を考えたかリリーが「なるほど」と手を打った。
のだが――
「すべて読めました! この子、多分『いやいや、そんな端金いいよ。別に金欲しくて言ったわけじゃないし』からの『じゃ、じゃあ……私の体で――』」
「す、すすす、ストーーーップ!!」
なんだか不穏な言葉が聞こえてきたが、それを遮るように大声で静止をかけたゼロ。良くやった。
見ればゼロの顔は真っ赤になっており、対してリリーは軽く頬を赤らめながらも「ほぅ?」といった関心顔だ。
「なるほどなるほど。その感じ、図星ですか」
「ち、違っ――! て、ていうかっ、誰ですか貴女はっ! お兄さんのこと分かったみたいに……!」
おやおや?
なんだかキャッツファイトが始まりそうな予感がする。
面白そうなので、傍観者に徹してみるとしよう。
「ふっふーん。私ぃ、これでもこの国の王女様――」
「……は? こんな遊び慣れてそうな人が王女様なわけないじゃないですか」
「……かっちーん」
正論すぎるゼロの言葉に、エセビッチは頭にきたようだ。
「……そっちこそ、何なんですかその呼び方は!『お兄さん』? もう完全にねらってるじゃないですか。妹キャラ――つまりは私の座を奪おうとしてるじゃないですかっ!」
お前はいつから僕の妹になったんだ?
そう聞いてやりたかったが、とりあえず放置してみた。
「そ、そんなわけないじゃないですか! 貴方こそお兄……ぎ、ギンさんに馴れ馴れしいですよ!」
「あー! この子今私の言葉正論だって認めた! 今、その……ぎ、ギンさんって! ギンさんって!」
「は、恥ずかしいなら言わきゃいいじゃないですか!」
「そそそ、そっちこそですよ!」
二人はそう言っていがみ合い――
「……仲いいな」
小さく呟いたその言葉に、ギロリとした視線が送られてきた。
☆☆☆
とりあえず二人をなだめた僕だったが、雰囲気が真逆だからこそ反発し合うとでも言うのだろうか。二人共頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向き合っている。なにこれ可愛い。
「……で、まぁ。アレだ。色々と聞きたいことはあるんだけれど……」
空気を変えるべく、テキトーに言っただけのその言葉ではあったが、すぐにその質問の内容については浮かび上がってきた。
「リリー、この国のことなんだけど……」
「あー……。やっぱりそこ来ちゃいますか」
まるで痛いところを疲れたとばかりに頬をかくリリー。
――農国ガーネット。
巨大な闇都市を地下に持つ、裏と表を兼ね備えた国であり、この国では現在、中毒性の強い麻薬が売買されている。
アスモデウス――は、恭香の話によると『飼われた』らしい(全くもって意味がわからなかった)が……その後どうなったのだろうか?
「私もアルファに調きょ――捕縛されたアスモデウスさんに聞いたんだけど、能力がなくなって、麻薬に付与させた『色欲の罪』の効果が消えても、あれは元からあった強力な麻薬に能力を付与させただけらしくて、武器の方は何とかなって麻薬の本来の力は残ったまま――」
「まぁそれはいいとして。いま調教って言いかけなかった?」
昨晩、断続的に響き渡っていた叫び声、聞き覚えがあるなぁと思ったら……。あのタバコ野郎。大悪魔飼うとか頭おかしいんじゃないか? 僕でも考えなかったぞそれは。
頑なに視線を合わせようとしないゼロにため息を吐くと、それと同時にリリーの方からもため息が聞こえてきた。
「現状、国力の回復は難しいって言うのが本音ですね。パ……お父さんが――」
「今パパって言おうとした?」
「……お父さんが各国に協力要請をし、今のところはエルメス王国、グランズ帝国、魔国ヘルズヘイムから良い返事をいただき、……何故か、港国オーシーから大量の神職者が送られて来始めたんですが。まだそれでも」
――それでも、足りないってわけか。
なんとかその言葉を飲み込むと、相も変わらぬ狂信者たちの積極性に乾いた笑みを浮かべた。
「まぁ、港国からの狂信者たちは皆こき使ってくれて大丈夫だから。そんじょそこらの冒険者が束になってかかっても勝てないレベルの怪物集団だし」
「そうなんですよねぇ……。流石は先輩の下僕たちです」
何故だろう。下僕たちと呼ばれて咄嗟に否定しようとした僕だけれど、あいつらと僕の関係性を『主』と『下僕』以外で表せない僕がいた。
「……まぁ、リリーに関してはしばらく国に縛り付けられそうで安心したよ」
「安心したっ!? 私の『さり気なくクランに入っての玉の輿計画』はどうなるんですか!」
知るかそんなもの。聞いた覚えすらないわ。
「まぁそれはどうでもいいけど、ゼロはこれからどうするんだ? あの盗賊団でも探しに行くのか?」
「私は……そうですね」
――盗賊団。
かつてゼロの暮らしていた集落をめちゃくちゃにした生きる価値もないクソッタレた奴ら。
まぁ、そいつらは僕が一匹残らず消し炭にした訳だが……。僕のさり気ない『探り』に何も反応しないとなると。果たして僕が既に壊滅させたことを知っているのか。あるいは知っていないのか。
「……私、会ってみたい人がいるんです」
「……ほう?」
かつて彼女は、復讐に燃えていた。
奴らを殺すためなら何だってやる。そんな瞳をしていた彼女に、僕は借金という生きる目的を与えてやったつもりだった。
だからこそ、それらの目的が消えた今、少しだけ心配をしていたのだけれど――それは、考えすぎだったみたいだ。
そう、口元に笑みを浮かべると、同じように口元を緩めた彼女はこう切り出した。
「お兄さんも知っているかとは思いますが。私が会いたいのは他でもない、【執行代理人】の凛さん。そして、時の歯車のリーダーであるリーシャさんです」
「あぁ、なるほど」
あの二人――正確には母さんの方は、混ざりけのない純粋な天魔族だ。凛の方は神王ウラノス本人の血が流れているため、多分種族が変わっているだろうと思うが、とりあえずは天魔族と、そうしておいていいだろう。
「私とアイクは、生まれた頃からお母さんもお父さんも知らなかったので……。だから、同じ天魔族の人に、一度でいいから会ってみたいな、って」
「もしかしたら、両親のことも知っているかもしれないから、か?」
コクリと、ゼロは頷いた。
凛は間違いなくそんなこと知らないだろうけれど……ゼロと凛、歳の近いもの同士仲良くはできるだろう。
その両親の行方――いや、生存しているかどうか、それを知っているとしたら母さんだが……、残念ながら、母さんは今父さんとハネムーンへと行っている。これ以上弟か妹ができないことを祈るばかりだ。
というわけで。
「凛なら多分、エルメス王国の王都にいると思うぞ。久瀬と一緒だと思うし、ゼロにとっても刺激になるだろう」
僕はそう言って。
「ま、二人とも健康に気つけて頑張れよ」
今の僕に出来ることは、とりあえずはこれくらいではないかと思われた。




