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影―077 大切だから

ギン「やっと来た僕のターン!」

「ぐっ……」

 そう呻いて頭へと手をやると、ドロっと暖かいものが手に触れた。それが自分の血だと察するまで、さして時間はかからなかった。


「まさか、一撃でこの外骨格破ってくるとは……」


 直に頭に触れられている時点で察してはいたが、先ほどのあの弾丸、僕の悪鬼羅刹の防御すら打ち破って頭に一撃を入れてきたらしい。

 明らかなるオーバーキル。しかも一撃一撃がそれなのだから、まともに受けてしまえばそれだけでも面倒なことになりかねない。

 その上――


「浦町ちゃんばっかり気にしてたら――」

「ダメだってんだろ?」


 背後を振り返ると、目の前には数えるのが億劫になるほどに膨大な矢の群れがあった。

 ――寵愛神エロース。

 純粋な戦闘タイプではないとの話だったが、誰だよそんなことを言ったやつは。一瞬でこれだけの矢を放てる相手を『戦闘タイプじゃない』とは間違っても言わないだろう。

 小さく舌打ちを一つ、すぐさま神剣シルズオーバーと月蝕(イクリプス)を構えると、それらの矢を次々と斬り捨てていった。

 けれど、たったの腕二つでそれら全てをどうにか出来るはずもなく。


「うぐっ――」


 鎧が割れるような音とともに体へと衝撃が走り、思わず歯の隙間から鈍い悲鳴が漏れる。

 時間にして、およそ三秒。

 その身に受けた矢は、およそ十数本。

 切り捨てた矢の数からすれば頑張った方だとは思うが――どうやら僕は、ピンチもピンチ、命の危機まで追いやられてしまったらしい。

 頬を冷や汗が伝い、頬が引き攣る。


「……一体、何をした?」


 そう言いながら体を動かそうと力を入れるが、全くと言っていいほどに動かない。

 辛うじて指先くらいは動かせるみたいだが、この状態でこの二人相手に戦闘をしろと言われるのは――正直、死刑宣告にしか思えない。


「えーっとね……、ごめんね? なんか、体を動かすのに必要な神経? みたいな所を断ち切っちゃったみたいで……」


 なんて奴だこの野郎。

 前々から弓の扱いだけはかないっこないと思ってたが、まさかあれだけの矢、すべて計算して撃っていたとでも言うのだろうか。でなけりゃこうして都合よく、僕の体の動きを封じれるはずがない。

 思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。

 エロースの予想以上の強さにも。

 今、後頭部に当てられている、その銃口にも。



「……はぁ、もう少しは粘ってくれると、思ってた」



 瞬間、僕の頭蓋を衝撃が襲い、僕の意識は暗転した。




 ☆☆☆




『絶対に、開闢(ジ・オリジン)は使っちゃダメだ』


 そう言われたのは、三年前のことだった。

 父さんからそう言われた当時の僕は、『何故?』と問い返したのだったか。なぜこれほどまでに強力な能力を使ってはいけないのか、と。

 開闢のLv.1の能力は魔力共有。

 これは自らのためのスキルではなく――他人を、仲間を、助けるための能力だ。

 だからこそ、このスキルは誰かと共に戦って初めて効果を発揮する類の能力だと勘違いしていた。

 ――このスキルについて、鑑定して見るまでは。


『この能力は、多分この先戦っていく上で絶対必要になる。使い方次第じゃ混沌にも――』


 ――多分混沌にも、勝てるだろうと思う。

 とは、言えなかった。

 視線の先には悲しそうに、心の底から後悔するように顔を歪める父さんの姿があったから。


『……その能力は、諸刃の剣だ』


 その言葉に、ピクリとも眉を動かした。

 諸刃の剣――強大な力を得られるが、その代わりこちらにも大打撃を与えるということのたとえだ。

 ……けれど。


『僕は吸血鬼だ、体を一片も残さずに消滅させられたんならまだしも、少しでも残っていれば簡単に――』

『確かに、君は外傷(・・)で死ぬことは滅多にないだろう』


 そう言って真剣な表情を浮かべると。


『一つ目は問題ないけど、二つ目以降の能力を使えば強大な力を得られるだろうけど、その代わり、君を間違いなく【死】へと誘う。一般人なら使ったその瞬間に死に絶えるほどの副作用――そこまでの不死力を持った君だからこそ、辛うじて使える能力だ』


 だからこそ。

 そう彼は言って、僕へと頼む込むようにこう言った。


『君が絶対に曲がれない時にだけ、その能力を使ってほしい。そしてあわよくば――』



 ――最後の能力だけは、使わないで欲しい。




 ☆☆☆




 私はその地に倒れる彼の姿を見て、胸が締め付けられるような気持ちだった。

 ――殺した。

 正確にはまだ生きているだろうけれど、私がこの手で、自らの親友の頭蓋を撃ち抜いた。

 死ぬほど、気分が悪い。

 今すぐに胸を切り裂いて、心臓を掻きむしりたいほどには自分が嫌いで嫌いでしょうがない。


「……浦町ちゃん」

「……あぁ、大丈夫だ」


 そう言っている間にも、私の体は彼の体へと踵を向けて歩き出していた。

 色欲の罪――他人を操る能力。

 と言っても、この能力はあの大悪魔アスモデウスが己の意思で私たちを操っているわけではなく、言うなれば自動操縦(オートモード)という感じだろうか。彼女が望んだ時はマニュアル操作になるらしいがな。

 けれどまぁ、それも悪いことばかりではない。


「親友くん、気絶してるだけだとは思うけど……。何だか私たちの体は『殺した』って勘違いしてるみたいだね」


 自然に、頬が緩んでいた。

 そうだ、この能力は案外にも穴が多い。

 不老不死は頭蓋を打ち抜かれたところで死にはしない。せいぜいが脳を傷つけられて気絶するだけだ。

 それはもちろんアスモデウスも分かっていることだろうが――存外に、あの大悪魔も苦戦しているらしい。私の体が『一刻も早い殲滅とアスモデウスの救助』を目的としていることが簡単にわかってしまう。

 私は首だけでチラリと背後へと視線を向けると、そこには血だまりの中に沈んでいる我が親友の姿があり――


「……君を殺さなくて、本当によかった」


 そう呟いて、君から視線を切った。

 視線の先には、どうやら戦闘の終わったらしい恭香と白夜の姿があり、気絶している白夜の頬を恭香がペチペチと叩いていた。

 何だか微笑ましい光景だが、すぐに恭香は近づいていく私たちに気がついたようだった。


「――ッッ!?」


 私たちの背後を見て、泣きそうに顔を歪める彼女。

 ……私だって、泣きたいさ。

 それはエロースだって同じことだろう。

 いくら『たまには構ってほしい』と願っても、いくら『振り向いてほしい』と願っても――愛する人には、傷ついて欲しくないものだ。

 白夜も、輝夜も、暁穂も、私たちも、皆口ではあんなことを言っていたが、きっと心の中では死ぬほど後悔している。なぜ今、自分にこの支配を破れる力がないのだろうか、と。

 恭香のいる場所の十数メートル手前で立ち止まる。


「……ギン」


 彼女はそう、小さく呟く。

 その瞳には大きな悲しみが映っており――その瞳を見た私は、少しだけ違和感を覚えた。

 恭香は……、地に倒れ伏す彼の姿を見て、いたたまれなくなっているのではないのか?

 私たちに敗北して、目を覚ました時に死ぬほど気にするであろう彼を案じているのではないのか?


 ――いや、違う。


 私はその答えに達し、思わず背筋に怖気が走った。


「……そう。ギンは、やっぱりそうするんだね」


 ガバッと背後を振り返る。

 そして――限界まで目を見開いた。


「止めて……、くれるなよ」


 そこに彼は、立っていた。

 身体中から、見たこともない紅蓮色のオーラを放ち、体が動かないはずの彼は、立っていたのだ。


「……止めないよ。私はギンの望む人生に、ただ付き添うだけだから。貴方が決めたことなら、文句は言わない」

「……悪いな」


 そう言って彼は――



「発動――『生への渇望』」



 その言葉ともに、私の体へと恐怖が襲いかかった。

 そしてそれと同時に――少しだけ、嬉しくもあった。

 ……何故だろうか?

 一瞬、そんなことを思ったけれど。

 ニヤリと笑って私は腰のホルダーから銃を取り出すと、その銃口を彼へと向けた。


「何故そうまでして、立ち上がった?」


 あのまま寝ていれば、少なくとも君はそのまま安心して寝ていられたであろう。

 恭香は傷ついたかもしれないが、それでも死なないことは分かっているはずだ。その身をもって。

 故にそう問いて――


「お前らが、大切だから」


 背後から聞こえたその声とともに、私の視界がぐらりと揺れた。


「な――」


 視界が徐々に暗くなってゆく中、私はなんとか背後へと視線を向けると、そこにはいつの間にか背後にまで回り込んでいた彼の姿があり――



「大切だから、殴ってでも助け出す」



 そんな声を聞きながら、私はやっぱり思うのだ。

 昔から、無茶なことばかりする君だけれど。

 私のことなど眼中にない君だけれど。


 ――そんな君も、やっぱり私は好きなんだ。


 視界が暗転する直前に、そんなことを思った。

次回、諸刃の剣。

一応本編としてはこの章最後です。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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