影―076 ド根性馬鹿
「ハアァァァァァッ!」
藍月ちゃんが空を蹴り、巨大な森へと突っ込んでゆく。
先程まで木々の隙間から見えていたソフィアちゃんの影はいつの間にか消え去っており、暁穂ちゃんの姿もまた森の中へと入ったのか、視界には映っていなかった。
だからこそ私は――その邪魔な森を、吹っ飛ばすことにした。
「10%――」
今回の威力は――およそ一割ほど。
本気を出してしまえば、やったことは無いけどたぶん大地が割れるんじゃないかと思ってる。
私の拳に身体中から魔力が集い始め、森の眼前まで来た私は、その拳を目の前の大気へと叩き付けた。
「『天拳』ッ!」
瞬間――森が吹き飛んだ。
藍月ちゃんに乗っているため、拳での直接の攻撃は難しそうに感じられた。だから『大気』を殴って、風圧でこの森を一掃した。
『も、物凄い力技なのだ……』
藍月ちゃんが明らかに引いていたけど、私にはこの才能しか無かったのだからしょうがない。
『全く……とんでもない威力じゃ』
その声が聞こえてきて、思わず周囲を見渡した。
ソフィアちゃん――種族名、ヴァルトネイア。
森を支配し、出入り自由の異空間を作り出し、相手の異能を封じ込め、更には障壁も光線も作り出せる上に支援も弱化もこなす、一見どころか戦ってみても全く弱点らしき弱点が見つからない人で、味方でいたうちはこれ程頼れる相手はいなかったけれど――いざ、こうして敵に回ってみたら、これほど厄介な相手もなかなかいないと思う。
周囲を見渡せば、すぐにその姿は視界に入った。
一部分の木々がまとめて吹き飛んだ森、その一角にその巨大な鹿は立っており、じっと私たちへと視線を向けてきていた。
『さて、オリビアよ。余とてお前と戦いたくなどないし、本来ならばさっさとこの不毛な戦いでも終わらせ、主人様にでも虐めてもらいたい訳だが』
彼女はすっとその視線を右の方へと向けると、何を思ったか一つため息を吐いた。
『あの男に頼るのは誠に遺憾だが、あの蘇ったらしい悪魔はもうじき倒されるだろう。さすればこの支配も解けるということ。だからそれまで――死ぬ気で生き残れ』
その言葉が耳朶を打ったその直後。
視界の端に白金色の存在が映り、私は咄嗟にそちらへと拳を打ち込んだ。
「ハァッ!」
ゴゴオオオオオオオンッ!
轟音が鳴り響き、私の拳を受け止めた――否、何とか相殺はできたものの、私へと殺意しか見えない一撃を見舞ってきた彼女は、一瞬で数十メートル後方まで飛び退った。
『オリビアさん、言っておきますが間違っても「倒す」だなんて考えないでくださいね。私たちは露出狂とただの変態ですが、だからといって弱いというわけでは、決してない』
……そんなことは、分かりきっている。
暁穂ちゃんはギン様を一度追い詰めたほどの実力をもっている。いくら私が成長したとしても、それと同じ速度で彼女も成長しているのだ。そう簡単に勝てるだなんて思っていない。
そしてソフィアちゃんは、ギン様を危機から救ったのだと聞いている。それについては感謝してもし足りないくらいだけれど、見方を変えればギン様が苦戦するような相手からギン様を救い出したのだ。暁穂ちゃんと互角――いや、それ以上と考えてもいいかもしれない。
私は藍月ちゃんの背中で両の拳を固めると、フゥと息を吐き出した。
「30%――」
相手は強い。
ならば。
「私も、強くなればいい話なのです」
戦闘中に強くなれ、と。
そんなことを言われれば、まず間違いなく『無茶なのです』と答えると思う。無茶にも程がある。
けれどそれは、命のかかっていない場合の話だ。
「50%――」
今回は、たぶん私が経験してきた中で最も辛い戦いになるだろうと思う。
だからこそ、出し惜しんでなんかいられない。
命を大事に戦っていては、勝てやしない。
「100%――『天拳』ッ!」
両拳から、紅蓮色の光が迸る。
練習でしか、ここまでの威力を出したことは無い。
練習試合でも、これを使ったら下手をすれば相手が死んでしまうかもしれないから、あえて使わないように、力をセーブして強くなってきた。
けれど。
「お二人なら、私が全力を出しても、多分大丈夫なのです」
二人はアイギスよりも、マックス君よりも、ずっとずっと強い。多分私よりもさらに強い。
だからこそ、安心して全力を出せる。
「藍月ちゃん、全力でいいのです。攻撃も躱す必要が無いのです。ただひたすらに、あの二人に向かって突き進んでください」
私はそう言ってニヤリと笑うと。
「こっから先は、全弾全力の、フルパワーで行くのですっ!」
私の力が尽きるのが先か、二人が倒れるのが先か、支配が解かれるのが先か。
いずれにせよ私はまた一歩、頂への階段に足をかけた。
☆☆☆
ヒュウッ!
息を吸い込む声が聞こえて、私は拳を構えた。
『グアアアアアアアアアアアアッ!』
暁穂ちゃんが大きく開けたその口から放たれたのは、視界を埋め尽くすほどの氷のブレス。
けれど。
「ハァァァっ!」
右の拳を振り抜くと、その風圧によってそのブレスは一瞬によって霧散される。
暁穂ちゃんだって、きっとこれ位は分かっていたはず。
だからきっと――これは『囮』だ。
ガバッと背後へと振り向き、拳を構えると、そこには案の定ブレスに隠れて回り込んできたらしい暁穂ちゃんの姿があり、拳を振りかぶった私は――
『巫女術・障壁ッ!』
その言葉と同時に、私と暁穂ちゃんの間に巨大なバリアが展開された。向こうの様子が見えるほどに透明なソレではあったが、その防御性能は先程戦った時に知っている。
「ハァッ!」
ズンッ――!
振りかぶった拳をその障壁へと叩きつけると、硬い感触が拳を纏う篭手越しに帰ってくる。
だけれど、今の私は100%。
「ふんッ!」
バリィンッ!
障壁が跡形もなく破壊されてゆき、その向こう側の暁穂ちゃんを巻き込むか――とも思ったけれど、この一瞬があれば暁穂ちゃんにとって十分に躱せるタイミングだったらしい。そこには彼女の姿はなかった。
『一撃、食らったら終わりですね』
背後から声が聞こえる。
振り返ればそこには疲れたように息を吐く暁穂ちゃんの姿があり、その場へとソフィアちゃんが駆け寄っていた。
『その、ようだな。まさか余の巫女術が一瞬で破られるとは……、全くとんだ筋力バカがいたものだ』
――巫女術。
おそらく、先ほどの障壁のことだろう。
他にはもしかしたらあの『光線』にも関係あるのかもしれないけれど、今は余計な思考をしている暇はない。
「藍月ちゃん!」
『分かってるのだ!』
両の拳に更なる魔力を込めると、それと同時に藍月ちゃんが駆け出した。
視界がとてつもない速度で移り変わってゆき、両の足で思いっきり彼女の体に捕まり、上体を屈めていないと簡単に吹き飛ばされてしまいそうだ。
『ソフィアさん!』
『分かっとる!』
そんな会話が聞こえてきて、その次の瞬間、地面を食い破って巨大な木々が召喚された。
――森支配。
流石は森の神様、まさかこれほど破壊してもなお、簡単に森を召喚できるとは……、本当に、尊敬するほどに厄介すぎる。
けれど――
『ぬははーっ! あんまり戦えないけどっ、私のこと舐めたら火傷するのだああああっ!』
それら召喚された全ての木々を最小限の動きで躱し、躱しきれないものは踏み倒し、藍月ちゃんがその森を踏破する。
――万物踏破。
藍月ちゃんが誇る能力だ。
ありとあらゆる障害物を乗り越え、どんな過酷な環境をも完全に踏破することの出来る。そんな彼女が、これしきの森程度、踏破できないはずもない。
時間にして、およそ数秒。
完全に森を抜けた藍月ちゃんと私を見て、二人が目を剥いたのが視界に入った。
いつもはギン様に騙されたりしてる、自分でも『単純』だと自覚している私でもわかる――その表情は、嘘じゃない。
なにせ――
「限界突破――200%」
左手に込めていたその魔力を――すべて右の拳に移行した。
体が悲鳴を上げる。右腕の筋肉がブチブチと嫌な音を立て、文字通り骨が軋む音がする。
ここまで無理しているのだ。この一撃、まとまに食らって無事でいられる存在なんて、私は今まで見たことがない。
「行くのですッ――」
藍月の背中を蹴ってから宙へと身を乗り出した私は、最後にもう一度、身体中の魔力という魔力を集い――凝縮させた。
『ま、まず――ッ』
視線の先で、ソフィアちゃんが障壁や木々の防御を作り上げていたが――さて、どちらが勝るだろうか?
私はギュッとその拳を握りしめると――
「『天拳』ッッ!!」
その拳を――振り下ろした。
☆☆☆
「おうおーう、とんでもねぇモンやってんなァ?」
俺は、その城門の向こうを見て呆れたようにそう呟いた。
銃声が轟き、背負投げで大地がバッキボキに割れて城門にヒビが入り、アンデットやら巨大な鬼やらが闊歩し、何故か森が現れては吹き飛んでゆく。
――正直、何起きてっかわからねぇ。それが現状だ。
「ハッハッ……、こりゃ、執行機関とやらを敵に回すのはやめといた方が良さそうだ」
執行者の野郎と血が湧き肉が踊るような殺し合いが出来ねぇのはちと残念だが……、こんな化物たちを相手にしてたら、正直体がいくつあっても足りやしない。
ので――
「とりあえず、大悪魔とかいう奴ら全滅させっか」
俺はそう心に決めた。
我ながら、自分はかなり頑固だと思う。
一度決めたことは滅多に取り消さないし、一度決めたのならば絶対にやり遂げる。
例え腕を失い、足を失い、戦えそうになくなっても、気力だけでその目的を果たせる自信がある。
……まぁ、とりあえずはサタンとやらとまずは殺り合う。強かったら修行して出直すし、らくらく勝てそうなら残りの奴らも全員皆殺しにしてく。そんな感じでいいだろう。
「個人的には、サタン倒した後は、その頂点と殺り合いたい所なんだが」
そこら辺は執行者に任せるとしよう。
仮にもアイツを餌に獲物を釣ろうとしているわけだ。そこら辺は心の広い俺は譲ってやるさ。
……ただ、俺にも多少、不安はある。
その不安とは単純明快。
「……大悪魔ってのは、こんなもんなのか?」
視線を下ろせば、そこには身体中から血を流し、地面に伏している……なんだっけか? そうそう、大悪魔アスモデウスだ。そいつがいた。
なんかでっかい化物に変身して襲いかかってきたから、とりあえずは様子見してたわけだが――何でだろうな。気がついたらこうなってた。
「おいおい、生きてっか? 俺的にはまだまだやり足りねぇんだけどよ? 完全な不完全燃焼だぜおい」
その頭の上に座りながら、軽く頭をゴンゴンと叩いてやると、どうやらまだ生きてたのかググッと体を起こし始めた。
口の端からボタボタと血が流れ、その巨大な瞳にはギラギラと闘志が映っていたが、体は満身創痍といったところだろうか。
だが――
「その闘志さえありゃ、文句はねぇ」
俺はそう言って、ニヤリと笑った。
弱いヤツは、嫌いだ。
弱いヤツの中でもとりわけ、自分に才能がないからと言って努力を怠っているヤツは、特に嫌いだ。
だけど。
「弱いが、ギラギラした目ェしてる奴は、俺の好きなタイプド直球だ」
見ているだけで楽しくなってくる。
この女――見るからに、まだ体が『出来てねぇ』。おそらく執行者に負けて、そっから鍛え始めたんだろう。
だからこそ、思う。
その闘志――すべてを努力へと換算すれば、コイツはどこまで強くなるんだろうか、と。
「……よし、決めた」
ニヤリと笑うと、その頭の上から飛び降りた。
そして一言。
「俺、お前を飼うことにした」
その言葉に、どうやらこいつの時間は完全にフリーズしてしまったみたいだが、何も頭が狂ってしまった訳ではない。
「お前、大悪魔だろ? なら鍛えれば今の俺より強くなるかも知んねぇだろ? なら、俺が直々に鍛えて、いつか俺と戦え。もちろんまともに勝負ができるようになってからな」
そう言って俺は、奴へとスッと手をかざした。
努力には――余計な力は、不必要だ。
まるで何かを掴むように、ぐっと力を入れた俺は――
「ド根性さえありゃ何でもできる。とりあえずはそのなんちゃらの罪、お前は潰れろ」
何か、奴の体の中で潰れたような音が響きわたり、それと同時にアスモデウスとやらは大地に倒れ込んだ。
はてさて、これで役目は果たしたはずだが――
「スキルを潰す……ねぇ、初めてやったけど案外上手くいくもんだ」
俺はそう、呟いた。




