影―075 ペア
444話目、不吉すぎるゾロ目です。
「うおらぁぁぁいッッ!!」
「ハァッ!」
俺の神剣と、暁穂の爪が激突する。
周囲の大気がビリビリと振動し、僅かな硬直の後に俺達はさらなる攻防へと動き出した。
剣を振り下ろせば受け止められ、その隙にもう片方の腕を薙ぎ払われる。背後へと飛びすさってはすぐに反転、奴めがけて駆け出し、また剣撃を見舞ってやる。
簡単に言ってはいるが、俺の頬を絶え間なく冷や汗が伝っており、改めて目の前にしているこの女の、化物加減を思い知らされる。
「これでもッ、強くなったつもりだったんだが――なっ!」
そう言って俺はその神剣を薙ぎ払うと、その剣から紅蓮色の炎が斬撃の形を取って吹き出された。
――炎支配。
たしかギンの同郷の的場……だったか。あいつが『炎操作』のスキルを持っていただろう。この能力はその能力の完全なる上位互換。周囲の炎を自分の支配下に置くという能力だ。
……まぁ、中には『黒炎』やら『銀炎』やら、例外はあるのだろうけれど。
その斬撃は真っ直ぐ暁穂へと向かってゆき、それを見た彼女は――ニヤリと、口元に笑みを浮かべた。
そして次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた――
「『神狼化』」
背後から聞こえてきた、その微かな呟き。
「なぁ――」
全く見えなかった。
その事実に俺は愕然としながら背後を振り返り――
ズシャッ!
――鮮血が迸った。
見れば俺の背中には爪のあとがくっきりと刻まれており、背中に走った焼けるような痛みに俺は「グッ」と眉を顰める。
「……申し訳ありません、マックス様。どうやら傷をつけてしまったようで」
凛と声が響き、そちらへと視線を向ければ、その四肢の狼の毛がブロンド色に染まった暁穂の姿があり、彼女の右腕からはフルカウンターで受けた際におった傷とは別に、俺の血液が滴っていた。
……普通に、今のは後ろに回り込んで一撃を入れたに過ぎないのだろう。けれども俺には全くと言っていいほど視認できなかったし……注意してみるようにはしても、多分さほど効果はないだろう。
「ったく……、アンタも目立たない割には、馬鹿みたいな強さしてるよな……」
「そうですね。これでも私は神ですから。神狼化まで使っている今現在、多分輝夜様と戦っても勝てると思いますよ? 白夜様は……分かりませんが」
つまりは化物ってことだ。
俺はちらりとアイギスへと視線を向けると、そこには『任せとけとか言っといて、良くもまぁそんな「助けて」みたいな視線送れますね』と言った感じのアイギスが座り込んでおり、その隣には暇そうに横になっている藍月の姿があった。……あの野郎。出番ないからって楽しやがって……。
俺は瞼を閉ざして「フゥ」と息を吐くと。
「……とりあえず、ぶっ倒せば正気に戻るみたいだな?」
そう言って俺は再度瞼を開けると、俺はスッとその剣を暁穂へと向けた。
この剣は――強いが故に、まともな魔力量では扱うことも出来ない。恐らくはギンが使ってやっと丁度いいレベルのものだろう。
だからこそ、俺には制限時間が設けられている。
故に――
「全て――たたっ斬る」
俺はスッと目を細めると、暁穂を睨み据えた。
確かにあの速度に対応し続けるのは難しい。
――が、あの動きは一度見た。ならば二度目以降、全く反応できないという理由でもない。
……けれどもその時間はおそらく限りなく短い。ダラダラと長引かせればそれだけなれるだろうけれど、おそらくその前にこちらが倒れるだろう。
だからこそ決めた――今すぐに、決着をつけようと。
俺はその剣を構えると、一直線に駆け出した。
フェイントなんてかけない。魔法が放たれても叩き斬ればそれでいい。奴に、手が届くならば。
「『アイスランス』ッ!」
俺の姿を見た暁穂がそう唱えると、周囲に無数の氷の槍が召喚される。それらはかなりの大きさを誇っており、このまま叩き込まれればさすがの俺とてやばいだろう。
ので――
「今度は『闇支配』ッ!」
俺の真骨頂――闇魔法。
それら闇を全て支配下に置くというこの能力は、俺は闇属性の能力を馬鹿みたいに強化してくれる。
それは『黒纏』も例外ではなく――
「うおらぁっ!」
ブン――ッッ!
力任せに奮ったその一閃がそれらの魔法をいとも簡単に切り伏せ、爆発音と砂煙を周囲へと撒き散らしてゆく。
けれども、暁穂は余裕そうな表情だ。
それもそうだろう、彼女は俺のことを格下だと思っているのだ。……まぁ、実際にはその通りなのだが。
「窮鼠猫を噛む、とか。ギンが言ってただろう?」
追い込まれれば、俺らだって格上の一人や二人――打倒してやるっての。
背後から聞こえたその言葉に、ガバッと、暁穂は焦ったように背後を振りかえった。
そこには剣を振りかぶっている俺の姿があり――
「悪ぃな、俺の本領は『紛れての暗殺術』だ」
煙に紛れ、気配を消した俺の一撃は、そのまま真っ直ぐ彼女の背中へと吸い込まれてゆき――
「……はっ?」
――気がつけば、俺は地面に倒れていた。
「な、何が……?」
そうして思い出す、先ほどの光景。
間違いなく俺の出しうる最大威力を、躱しようのないタイミングで打ち込んだ俺は――
「……ふぅ、尻尾があって助かりました」
そんな声が聞こえてきて、俺は頭を抱えたくなった。
――尻尾。
三年前の彼女には生えていなかったが、今の彼女には耳まで生えているのだ。狼の尻尾が生えていても何ら問題は無い。
おそらく、剣撃を受ける前にその尻尾を使って俺を叩き落としたのだろう。
……これでも俺は、打たれ弱いほうだ。
尻尾とはいえ神狼の一撃、受けて平然としていられるほど頑丈じゃない。
だからこそ俺は、乾いたような笑みを浮かべて――
「ぬぁぁぁぁっ!?」
「……はっ?」
いきなり暁穂めがけてぶっ飛んできたその変態に、思わず目を剥いてしまった。
暁穂は「くっ」と声を漏らしながらもソフィア共々吹き飛ばされてゆき――その、吹き飛んできた方向へと視線を向けた俺は、その困惑が消えていくのを実感した。
「あー、なるほどね」
俺はそう言って息を吐くと。
「あとは任せた、王女様」
そう、普段使いもしない呼び方をしたのだった。
☆☆☆
私が二人の元へと駆けつけると、それを見て藍月ちゃんが私の元へと駆け出してきた。
一瞬、拳を構えそうになった私だけど、でもスグに彼女はもう操られていないのだと確信できた。
「オリビアー! 久しぶりなのだー!」
その言葉に私も「久しぶりなのですっ!」と返す。
……相も変わらぬ口調だけれど、生まれてからずっとこんな口調だったのだから、今更矯正するのも難しい。やってみても数分と持たずに断念した、まるで呪いである。
そう思いながらも、私はその二人へと視線を向けた。
マックス君は荒い息を吐きながらも地面に寝っ転がっており、アイギスはまだ余裕は見えるけど……たぶん、見た目のクールさに引きずられているだけだろうと思う。あまり余裕は無さそうだ。
対して藍月ちゃんは――何でこんなにピンピンしているのだろう? 横目でアイギスにやられてた所を見てたんだけど。見れば折れていた腕も完全に回復しているし……、ペガサスって言うのは意外とにも回復力がとてつもないのかもしれない。
と、そうこうしていると、私の前方から声が聞こえてきた。
「あーーっ! 何なのだお前はっ! 能力封じても威力は落ちんし、速度は早いし、ちびっこくて捕まえられないし! 相性最悪ではないか!」
そう言ってくるのはソフィアちゃん。
ギン様は私に迷うことなく彼女を倒してと言ってきたが、実際には戦ってみてわかった――この人は、私でないと止められない、と。
正直あの『アルファ』というお兄さんも勝てるだろうとは思うけど、あの人は今大悪魔と戦ってるみたいなので、今のこの場所では私だけと考えてもいいだろう。
と、そう考えていた次の瞬間、私の背筋に寒気のようなものが走り抜けた。
「うっ――」
咄嗟に緊急回避を行い――次の瞬間。
ズサアアアアッ!
際ほどまで私のいた地面に亀裂が走る。
――正確には、攻撃の跡みたいだけど。
「流石はオリビア様、今のを躱しますか……」
躱した――と、そう言えるのだろうか。
確かにダメージは受けていないけれど、初見だったこともあってほとんど目では追えなかった。間違いなく私以上の速度――マックス君が戦ってたみたいだけど。これなら時間制限のある彼が苦戦するのもわかる気がする。
「……ただの、マグレなのです」
「ご謙遜を。マグレで躱せるほど、私も温い鍛え方はしておりませんから」
彼女はそう言って――次の瞬間。
地面を食い破って、私めがけて『森』が襲いかかった。
つるに、幹に、枝に、ありとあらゆる『森』が私めがけて成長し、それを見た私は次の瞬間、藍月ちゃんに担がれて空高くまで駆け上がっていた。
「うひょー……、ソフィアもやっぱり強いのだー」
眼下へと視線を向ければ、そこにはこの一瞬で深い森が出来上がっており、その木々の隙間から薄らと、紅蓮色の角を生やした巨大な鹿の姿が視線に入った。
――ヴァルトネイア。
ケリュネイアから進化した彼女は、以前よりもはるかに強くなっているように思えた。そして戦ってみて、その考えはさらに強まった。
だからこそ、冷や汗が止まらない。
「神狼フェンリル・ロードと、森神ヴァルトネイア……。最悪のペアにも程があるのです……」
何が「あとは任せた」です。これを私一人にどうにかしろって言うのはあまりにも無茶がすぎるのです。仮にも王女の護衛騎士が、職務怠慢にも程があるのです。もうマックス君クビです、クビ。
そう心の中で愚痴を吐いてみるものの、やっぱり現状は何一つ変わらない。
私は深いため息を吐くと――
「私が手伝おっかー?」
ふと、藍月ちゃんがそんなことを言い出した。
「……へっ? で、でも……」
「大丈夫っ、私も戦うの得意じゃないけど、移動したりするのは大得意だからっ。暁穂にも負けてないもんねー!」
そう言って彼女は光に包まれると、次の瞬間、かなり小型のペガサスへと変身した彼女は、口にくわえていた私をその背中まで放り上げた。
『攻撃は全部オリビアに任せたよー。私もサポートはするけど……、たぶん、あのふたりの下位互換みたいな感じになるかもだから、あんまり期待しないでねー?』
彼女はそう言ってきたが、ここまでこのタイミングで頼れる存在というのもなかなかいない。
能力に頼った戦い方をしておらず、素の状態でも暁穂ちゃんと互角か、それ以上の速度を出せる藍月ちゃん。
私はその適役に頬を緩めると、ポンポンとその背中を叩いてこう言った。
「期待してるのですっ、藍月ちゃん」
次回はオリビア&藍月VS暁穂&ソフィアで八割型使い、残りの二割でアルファVSアスモさんをお送りする予定です。




