影―062 農国ガーネット
農国ガーネット。
僕達の次の目的地の名前である。
正確には僕達の目指しているのはそのガーネットの首都であり、その国自体にはもう既に入国しているわけだが。
「ガーネット、ねぇ」
聞き覚えのありすぎるその名前。
どういう因果か、先輩先輩と甘ったるい声を出してくるあのエセビッチ、リリー・ガーネットと同じ名を持つこの国。
その国のお姫様がどうやら僕との面会を御所望なさっているようで、入国審査なんかもギルドカードを見てただけで一発で通過できた。
まぁ、それに関しては『よくやった』と褒めてやりたいところだが。
「……この国は、ちょっと僕には敷居が高すぎる気がする」
そう言って僕は、そのピンク色一色の町並みを見渡した。
農国ガーネット。
――別名、娼国とも呼ばれるその街は。
「はぁい、いらっしゃあいそこのおにーさーんっ!」
「あーらやだ、こんな所に男前のお兄さんがっ!」
「え、え、それ僕のこと? 僕って男前?」
「「あったりまえよーん!」」
ちょっとばかし、『褒め』に慣れていない僕にとっては難易度が高すぎた。
僕は周囲の薄着を纏ったおねぇさんたちが『よっ、男前っ』と連呼してくるために、少しだけ恥ずかしそうに頬をかきながら照れていると、げしっと隣を歩いていた恭香が僕の足を蹴りつけた。
「馬鹿、ほんと馬鹿。あぁいう人たちって誰にでもそういうに決まってるでしょ」
「は? 一度として僕の容姿褒めたことのないやつが何言ってんだ」
が、僕にだって言い分はある。
恭香の言葉にそう即答した僕は、その頭へとグリグリと拳を押し付けた。
僕は額に青筋を浮かべ始めた恭香を尻目に、再度この街を改めて見渡した。
ここは王都まで向かうまでに立ち寄った街だったのだが、まさかここまで公に『こっち系』へと来ているとは思いもしていなかった。
「この国で育ったのだ、あの小娘もそういう性格になるのも頷ける、ということだな」
その小娘――リリーのことを知っている浦町がそんなことを呟いた。正論すぎて何も言葉ができやしない。
「ま、僕もこんな所に行くつもりなんてないし、食料だけ少し調達して、さっさと次の街行くとするか」
「……行くんじゃなかったの?」
頬を膨らませると、拗ねた様子の恭香がそんなことを言ってきたが、童貞にいきなりこんな場所に行く勇気など毛頭ない。行くならマックスでも連れていくとするさ。アイツも同類だろうし。
それに――
「忘れたか? 僕は悪意を見通せる」
そう言ってその薄着の女性達へと視線を巡らせると、それはもう驚く程にどす黒い悪意が迸っている。おおよそ隙を狙って有り金全部かっ攫おう、とでも思っているのだろう。
あるいは。
「どうせアレだろ、お前ら美人だから、そいつらと一緒にいる男でも寝取って、優越感に浸ろうとでも思ってんだろ」
もちろん『見た目だけは』という但し書きが必要だが、そんな不必要なことを言って殴られる僕ではない。
僕にしては珍しい直球(表面上は)に、思わず頬を赤らめる彼女達。恭香と浦町だけは呆れたようにこちらへと視線を向けてきていたが、それでもその赤くなった頬までは隠せていない。このチョロイン共め。
僕はあまりにもチョロすぎる彼女らに一抹の不安を覚えながらも、差し出された恭香の手を握って歩き出した。
☆☆☆
それは、夕食を食べ終えた後のことだった。
僕が宿屋のロビーに置いてあった机で、机を挟んでソファーに座っている恭香と将棋をうっていると、外が少しだけ、騒がしくなってきた。
「……ん? 恭香、何か知ってる?」
「うーん……この国は、問題多すぎて測定できないんだよね」
問題が……多すぎる?
その言葉に首を傾げていると、外からとうとう『騒がしい』ではすまないほどの声が聞こえてきた。
「キヤァァァァァァァッ!?」
「――ッ! 恭香、宿から出るなよ!」
僕は影分身を恭香の側へと置いて宿屋の外へと出ると――
そこには、血の池が広がっていた。
「こ、これは……」
鼻をつく死の香り。
見ればその血だまりの中には幾つもの体が転がっており、それらに共通して見られるのは、全てが男だということと、そして首をかっ切られて――死んでいるということ。
周囲へと視線を回らせれば、そこらには先ほど悲鳴を上げたであろう女性がへたり込んでしまっており、その他にも数多くの女性(おそらくそっちの仕事をしている人達だろう)が野次馬として集まっていた。
そして彼女らの視線の先には――
「キヒッ……ック、コロ、コロコ、コロ……ス」
そこに居たのは、刃渡り数十センチの血に濡れた短剣を手にした、一人の女性の姿だった。
彼女の瞳は真っ黒に染まっており、そこには光を反射しない暗闇が広がっていた。
その姿に『ヤンデレ』という言葉を思い浮かべた僕ではあったが、その状態がそんな生易しいものではないことに、僕はなんとなく直感していた。
「……やっぱり、か」
一体どういう方法を用いたのだろうか。
それについては皆目検討もつかないが、その『支配状態』と言うべきか――いや、恐らくは『混乱状態』や『錯乱状態』という方が正しいかもしれない。
けれども僕は、その女性のその状態に、少し既視感を覚えたのだ。
「……大悪魔、アスモデウス」
その言葉に、その女性は初めてこちらへと振り返った。
僕の姿を確認するなり彼女は『ニタァ』と笑みを浮かべると、その短剣を振りかぶってこちらへと襲いかかってきた。
「やっぱり蘇ってるみたいだな、大悪魔もっ!」
僕は咄嗟に召喚した月蝕を構えると、その振り下ろしに合わせてひと薙ぎし、その短剣を鍔の根元から断ち切った。
――が、その際。
「……は?」
本来ならば、なんの抵抗もなく切れていたであろうその短剣は、僕の振るった月蝕に『一瞬だけ』耐え、最終的には断ち切られたものの、僕の心にえも言えぬ違和感を押し付けて行った。
「う……が……ぁ」
そして、その直後に体から力を失い、倒れかけるその女性。
僕はなんとかその前には彼女の体を支え、地面へと寝かしつけたものの、これもまた不可解と言わざるを得ない。
僕の――全てを破壊する月蝕の一撃に、一瞬とはいえ耐える程の強度を持つ短剣に、その短剣を壊されると同時に意識を失ったその女性。
そして最後に、こんなにもか弱そうな女性が一方的に、大の大人を数人も殺害したという事実。
「間違いない……、あの大悪魔が、関わってやがる」
三年前、僕が殺した大悪魔――アスモデウス。
生憎と彼女と僕じゃ相性が良かったため、あの頃の僕でもなんとか勝つことが出来ていたが……それでも、彼女の能力は強力にして無比。
洗脳、錯乱、精神攻撃、どれをとってもトップクラスの彼女に、メフィストクラスの隠蔽術師が付き、コソコソと裏で動き回られた日には――それはそれは、厄介なことになる。
僕は聞こえてきた騎士達の足音を聞きながらも。
「なるほど、僕を呼んだのはそのせいか」
そう、ため息を吐いたのだった。
☆☆☆
その僕の元へと――正確には事件の元へと訪れた騎士たちは、僕がギルドカードを見せるとすぐに事情について話してくれた。
けれどもその事情について他のその他大勢の野次馬たちに聞かれるわけにもいかず、僕はその街の、騎士達の駐屯場へと訪れていた。
そこで、この事件について聞いたのだが――
「薬物事件?」
「はい……その可能性が高いかと」
僕の目の前にいる騎士は、そのような事実を口にした。
チラリと、一緒に付いてきてもらった恭香へと視線を向けると、彼女もまたコクリと頷いて見せたため、恐らくはそれについては事実なのだろう。
「詳しくは分かりかねますが、最近になってこの国に危険な違法薬物が広く出回るようになりまして……。娼婦の女性達を主な客をして広まっていったその薬物は、安価でその上依存性が強く、かなりの毒性も持っているために……」
「こうして『何件も』事件が起きている、と」
騎士達の反応からもそれについては分かっていた。
普通ならばアレだけの事件を起こしたのだ、いくら平和でもこの世界でならば問答無用で斬首刑となってもおかしくなかった。
けれども彼らの対応は全くの逆で、まるで被害者に対応をしているかのような感覚を覚えた。
それはひとえに、この事件について騎士たちが詳しく知っているということ。そして、それを後ろから操っている黒幕の存在にも、薄々感づいているということ。
その腰はその場に立ち上がると、ガバッと思いっきり、その頭を下げてそう叫んだ。
「し、執行者、ギン=クラッシュベル様! ど、どうかっ、この国を救ってくださいませんかっ!」
どうやら僕は、また厄介事に巻き込まれたらしい。




