閑話 銀と女剣士
この章最後です。
それから、一週間ほどが経った。
数日前には僕も松葉杖を卒業し、今は両足で地面を踏みしめ、歩けるようになっていた。
「フッ!」
その小さな吐息とともに繰り出された拳が虚空を殴る。
場所は、和の国の王宮にある庭園だ。
時刻としては、午前の五時半。
周囲は軽く霧に包まれ、肌寒い空気が服の上から僕の肌へと突き刺さる――が、これくらいの方が気が引き締まって丁度いい。
僕はスッと瞼を閉ざすと、再度目的を確認した。
僕の当面の目的は――強くなること。
スキルに関しては影神も月光眼も既にマスターし終えた。ステータスもカンストし、そちらの方面にはもはやこれ以上強くなる余地はないと見てもいいだろう。
ならば、僕の成長の余地はどこにあるのか――その答えは簡単な出る。
「……パーセントで、少しずつ慣らしていくか」
僕はそう呟くと――最初、肩慣らしとして右腕の力をほんの少しだけ、解放させた。
「……一、パーセント」
瞬間、僕の体中を感じたことのないような感覚が通り抜け、一瞬にして体中へと力が漲ってきた。
……これは、少し予想外の強さだ。僕もサタンとやりあった後半は覚えていないが、それでも薄らと、軽くサタンの面影を残した巨大な悪魔の姿は覚えている。おそらくは――根源化だ。
そんなサタンとまともにやりあえたのだ。……やはり、この力を舐めたらいけないな。
僕はさらに集中力を高めると、さらにその力を強めようとして――ふと、背後から気配を感じとった。
「……ギン、様ですか?」
「その声は……スメラギさんか」
僕は構えとその力を解いて背後を振り返ると、そこには水でも浴びてきたのか、髪から水を滴らせるスメラギさんが立っており、彼女は布で髪を拭きながらこちらへと歩いてきた。
「やっと歩けるようになったと聞いておりますが……もう修行ですかな? ……少しは、休んでも――」
「……いや、休んでる暇は無さそうだからさ」
そう言って僕はため息を吐く。
僕とて休みたい。ダラダラしてゲームしたい。恭香と遊びたい。もうむしろニートにすらなりたく感じている。凛ちゃんと立場変わりたい。童貞卒業したい。
のだけれど――
「どうやら、僕の旅路も最終局面間際、って感じなんだよね。だから、もうしばらくは無理するよ」
僕の考えが正しければ――僕の物語は、あと数ヶ月で幕を閉じる。その幕引きは、僕が最強に至ってのハッピーエンドか、あるいはあの男が言っていた通りの下らない末路に至ってのバットエンドか。
いずれにせよ、あと少しで僕の、長かった『影』の物語は幕を閉じる。
「まぁ、それ以降は僕も好きにさせてもらうとするよ。ゼウスにでも最先端のVRMMOを作ってもらって、あと少しだけ記憶も預かってもらって、電脳世界で伝説でも作ってくるさ、気楽にね」
「ぶ、ぶいあーる? な、何ですかそれは……」
その言葉に僕は「ただの遊びだよ」と笑みをこぼすと、その言葉に彼女は少しだけ、不安そうに苦笑いした。
「それは……楽しそう、ですな」
「……スメラギさん?」
僕がそう彼女の名前を呼びかけると、彼女は「はっ」と体をびくつかせる。
……なんだろうこの反応は、グイグイ来るストーカーキャラじゃなかったかこの人。
そう、僕が内心で考えていると、彼女は上目遣いで、不安そうにこちらを見上げてきた。
「そ、その……、でんのー世界、という場所に。ギン様のお隣に、私の居場所は……、あるのでしょうか?」
その言葉に、僕はすべてを察してしまった。
彼女と僕は、一つの約束をした。
真剣勝負をして、彼女が勝てば結婚を、僕が勝てば――なんだっけ? 特になんにも考えていなかったが、つまりはそういう事だ。
なーに青春送ってんだ三年前の僕。
そう言ってやりたいところだが、彼女とてもう立派なお姫様。この歳で未だに結婚どころか婚約者の一人も見つかっていないとなると、それはそれで困るというものだろう。
僕は軽くため息を吐くと、
「前も聞かなかったっけ? スメラギさんは、僕がもしも無いって言ったら諦めるのか?」
「そ、そんなわけ――ッ」
「ないんだろ?」
僕はそう言って笑ってやると、彼女は少しだけ、赤くなっていた。
まぁ、僕の知り合いを全員――それこそ、神々も人間も、果ては大悪魔まで、全員で同じゲームをやればきっと楽しいだろうと思う。命の駆け引きの無い、純粋に楽しむためのゲームを、だ。
けれども現状そんなことは望めない。所詮は夢物語、机上の空論にしか過ぎないわけだ。
だからこそ――
「こんな嫌な世の中だ。人が沢山死ぬし、神も悪魔も、お互い大して理由がないのに争い、殺しあっている」
僕は神のトップが、こう言っていたのを知っている。
『神も悪魔も、人間も、なんで、喧嘩してるのかな』
僕は悪魔のトップが、こう言っていたのを知っている。
『私も復讐心など持っていなければ、きっと君と同じものを望んでいただろう』
神も悪魔も、平和を望んでいるのだ。
だからこそより良い平和を、自分にとっての安寧を得ようとして対立し、そうしてたまたま、僕は神の近くに立っているというだけ。
どちらが悪くてどちらが正しいかなんてわからない。
もしかしたら向こうが正しくて、こちらが間違っているのかもしれない。見方によれば僕は大罪人なのかも知れない。
だけど――
「だからこそ僕は、平和を望むんだ。我ながら勇者っぽくて虫唾が走るけど、神も悪魔も――僕が変える、変えてみせる。そしてなにかを変えるには力がいる。だからこそ僕は、いずれ最強まで至らなきゃならないんだよ」
正確には、その『いずれ』も近いところにまで来ているわけだが。
「僕は、世界を変えるまでは誰かと結婚するつもりなんてない。だから、その未来、僕の隣に誰がいて、誰が居ないのかなんてのは今話し合っても無駄なんだよ。その未来をつかみとりたいなら、人に頼らず自分で努力するしかない」
目先の目標としては、とりあえず僕の友達をぶっ殺しやがったあのレズ野郎を一発ぶん殴る。そして、アポロンを解放させる。
それすらもかなり高い壁のように感じるが……守ると言って、守れなかったんだ。これは僕が背負うべき責任で、僕がするべき事なんだ。
まぁ、その後は神々を説得して……和解までもは行かずとも、とりあえず停戦状態を作り上げる。
その方法については……まぁ、未来の僕がなんとかするだろ。頼んだぞ未来の僕よ。
「……ならば、私も強くならねばなりませんね」
ふと、スメラギさんがそんなことを言い出した。
「どうせギン様の事ですから、きっとまたすぐに私の側から消えてしまうのでしょう? きっとお別れの言葉もなしに」
「……死ぬわけじゃないからな?」
「好きな人に会えないというのは、死んだも同然なのです」
意味が分かりそうで分からない言葉だったが、まぁ、言いたいことは伝わった。
僕は頬を緩めると、スメラギさんへと口を開く。
「強くなるみたいだけど、僕はそれよりも早く、手の届かない所にまで行ってしまうかもしれないぞ?」
「安心してください、私は貴方様をいつまでも暖かい瞳で見つめるストーカー。必ず手の届く位置には立っていますから。主に隣にとか」
「怖い怖い」
そんな、もはや自分で自分がストーカーだと認めてしまった彼女は、数歩歩いて立ち止まった。
「私はこの国の姫です、貴方について行きたい気持ちもありますが、この国を捨てることは……出来ません。ので」
彼女体ごと僕へと振り返ると、見たこともないような満面の笑みを浮かべてこう言った。
「貴方よりも強くなって待ってます。だから、全てが終わったら、ちゃんと迎えに来て下さいね?」
次回、新章開幕『農国編』!
農国ガーネットへと突撃です!




