影―048 焔と影と
リンッ!
鈴の音が鳴る――
するとまるで最初からそこにいなかったかのように九尾の狐は姿を消し、気がついた時には僕らの背後で両腕を振りかぶっていた。
「チッ!」
僕は両手で杖を持ち直して頭上へと掲げるとともに、その杖へと強烈な一撃が打ち込まれた。
「うぐぅ……」
その声に隣へとチラリと視線を向ければ、そこには僕同様に刀でその一撃を防御している久瀬の姿が。
「く、ククッ……、おいおい、これしきで悲鳴なんざ、きっ、鍛え方がなってないんじゃないか?」
「くっ……、アホ抜かせェ!」
僕の言葉にヒクッと頬を引き攣らせる久瀬。
まぁ? 確かに重いっちゃ思い一撃だが、正直メデューサの一撃に比べたら屁でもないね。
僕はジリっと地面を踏みしめると、スゥと息を吸ってその魔法を唱えた。
「『悪鬼羅刹』ッ!」
瞬間、僕の体を赤い鎧が包み込み、一瞬にして赤色フルプレートアーマーの完成である。
全く、詠唱なしの悪鬼羅刹など三年前からしたら考えられなかった暴挙だが、正直今の僕からすればデメリットなど無いも同然。
「うぉらぁっ!」
僕はその掛け声とともに、思いっきりその腕をはね上げた。
それによって久瀬の方へと振り落とされていた前足の重みが激減し、久瀬はその隙に腕の拘束じみた圧力から抜け出し、僕へとチラリと視線をやった。
「銀、お前の依頼だ! コイツは殺ってもいいのか!?」
「どうせ意識なんざ残ってないさ! ……それより、自分の心配した方がいいと思うがな」
僕にしては親切なその言葉。
久瀬は焦ったように九尾の方へと視線を向けると、そこにはドス黒い、気色の悪い魔力を吹き出している九尾の狐の姿が。
その僕にとってはとてつもなく見覚えのある魔力に、久瀬は驚いたように声を上げる。
「まさかっ、混沌か!?」
「……正解」
その名前に眉を顰めながらも、僕はヘルムの下で小さく呟いた。
混沌。その本体は全然強そうに見えない軍服コスプレイヤーだが、その能力は強力無比。
一つが、触れたもの全てのステータス、スキル、そして命を奪うという能力。そして二つ目が……これは想像でしかないが、ウイラム君やルシファーの時のように、対象へと自らの魔力を貸し与えるという能力。
そして――
「コイツは……、どちらかって言うと死体を操ってる、って方が合ってるかもな」
『終焉』に対を成す『開闢』にも三つの能力があった。うち二つの能力が上記の通りだったとするならば、最後の一つは、おそらく死体を操る死霊術。……あるいは、死体そのものを蘇らせて支配下に置く蘇生術か。
――その証拠に。
「珍しい銀色の九尾かとおもったが、間近でよく見たら干からびた白毛にしか見えないしな」
僕はそう呟いた。
死に近い場所に立つと、動物はその体毛を白く染める。
それは老人然り、ストレス過多の人間然り、そしてなにより、死を司る死神ちゃん然り。
元々はこの狐も金色か何かの毛並みを誇っていたのだろう。
それが死に、蘇ることによって白色の髪へと変化した。そう捉えると全ての辻褄が合う。
問題は――
「一度死んだのは確かなことだとは思うけど……、さすがに強くなりすぎじゃありませんかね――ッ!」
カツーン!
僕は杖の石突を地面へと叩きつけると、それと同時に僕の背後に幾百もの小さな魔法陣が展開される。
九尾――戦ってわかる通り、この魔物はトリッキーな動きで相手を混乱させるタイプの能力を持つのだろう。そんなテクニカルタイプがあれだけの力である。
……間違いなく、混沌の力によって強化された時のルシファーよりも強かった。
そんな相手――
「手加減して、勝てるだなんて思っちゃいないさ」
瞬間、デュルルルルルとマシンガンのような音を放ちながらもそれらの魔法陣から血色と銀色の混じった、炎、氷、雷の槍が九尾へと降り注いだ。
今回は質よりも量だ。どうせ大きいの一発ドゴンと放っても鈴の音が鳴って躱されるのがオチだ。
――ならば。
「せいぜい、じっくりと暴かせてもらうぞその能力」
僕がそう言ってニヤリと笑うと同時、九尾の狐の方からリンッと鈴の音が鳴り響いた。
☆☆☆
何度目だろうか。
九尾の狐から鈴の音が鳴り響き、それを聞いた僕は一気に左眼へと魔力を集中させはじめる。
そして――
「久瀬! 背後に全力攻撃!」
「おう!」
瞬間、僕の言葉を聞いた久瀬はその刀へと魔力を集中させると、その刀が徐々に赤く振動をし始める。
その刀の名は――神器・黒刀べヒルガル。
その神器にはクロエのような様々な能力は存在しない。
存在するのは、形態が上がれば上がるほどに純粋な破壊力を増していくというもの。
それは単純明快にして凶悪無比。純粋な攻撃力という面では僕の『月蝕』にすら比肩する。……いや、それ以上かもしれない。
しかも――
「さて、九尾。それは第四段階だぞ?」
そう呟いた途端、その場所に九尾の姿が一瞬にして現れ、それを見た久瀬は、ニヤリと笑ってその刀を頭蓋へと振り下ろした。
『GUAAAAAAAAAAAAAAA!?』
瞬間的に九尾も身を引いたのだろう。
その右眼へと一直線に振り下ろされたその刀は額、眼球、頬へと大きな傷を刻み込み、鮮血が周囲へと舞った。
「おいおいおい! マジで当たったぞ!?」
そう叫ぶは久瀬。
見たところまだ彼はこの手品に気がついていないのだろう。
僕はその言葉にニヤリと笑うと、痛みに悶えている九尾へと視線を向けた。
「そりゃ当たるだろうさ。九尾、アンタは鈴の音がなると共に、こちらの理解の及ばない超常現象を引き起こす。いきなり目の前に現れたと思えば消え去り、そして即座に僕らをこの空間に呼び寄せた。まるでその鈴の音を媒体に術を使っているようだ」
その言葉に、つまらなそうに眉根を寄せる九尾。
その様子はまるで――
「それに、まるでこっちの言葉が分かってるみたいだよな? 自称操られた守り神さん?」
その言葉に、九尾はビクリと身体を反応させた。
「最初からなにか違和感があったんだよな。まず引っかかったのが、混沌の能力が『死霊術』か『蘇生術』か、の違いだ。死霊術なら意識も痛覚もあるはずもない、操ってるだけだからな」
けれども。
僕はビシッとその目の傷へと指を向けると、確信を持ってこういった。
「混沌の第三の能力は『蘇生術』だ。そしてアンタは一度死んだのは事実だろうが、それでもあえて操られているふりをしているだけで、その実は自我も意識もそのまま残ってる。……違うか?」
すると九尾は先ほどまでの獣のような表情から一転、口元に知性のある笑みを浮かべた。
『ほう? 混沌について知っておる上にその実力、只者ではないと思っていたが……貴様一体何者だ? これしきの情報量で混沌の能力を暴き――そして、その様子では私の能力も見破っているのであろう? 月の眼の所有者よ』
そうして聞こえてきたのは女性の声だった。
どうやらこの九尾の性別は女性だったみたいだな、正直どうでもいいんだけれど。
僕は悪鬼羅刹を解除すると、疲れたように顔を歪めてこう言った。
「まぁな。まさかアンタが僕と同じ側の存在だとは思わなかったが、守り神の能力としては少し相応しくない感じもするよな」
そう、この狐は僕と同じ能力を使っているのだ。
それはスキルと言ったものではなく――言うなれば技法。
「ミスディレクション」
僕はそう言った。
――ミスディレクション。
その意は「人の注意を他にそらす、視点を狙うところに誘導する」であり、僕もよく使う詐術や手品の技法の一つである。
まぁ、どこかの六人目はバスケにその技法を使っていたわけだが、この狐は戦闘にその技術を用いた。それも高いクオリティで。
「アンタの能力を単純にいえば、対象、あるいは指定した範囲内の存在を瞬間移動させるだけの能力。もしかしたらこの空間……いや、結界を作る能力もあるのかもしれないが、それは――」
バリィィィン!
僕がそう言った瞬間、背後の空間が崩れさり、その向こうから凛たち久瀬パーティが顔を出していた。
「――ご覧の通り、この短時間で破れる程お粗末な結界だ」
ならば、どこに彼女はその技術を使ったのか。
それも簡単。
「アンタは瞬間移動の際に、いかにも『初めからその場にいなかった』と見せつけていた。その技術は確かに凄い、この僕でさえ瞬間移動の魔力を一目見て察知できなかったんだからな」
それに――
「加えてその鈴の音。アンタはミスディレクションで僕らの注意をその鈴の音へと向けた。まるでその鈴の音こそが原因だと言わんばかりに」
『……ククッ、正解だ、流石は月の眼よ』
何が月の眼だ。
この月の眼にすら悟らせずに空間転移の技を連発してたお前の方がよっぽど凄いっての。
けれども。
「悪いがもう終いだ。ネタの分かった手品師は途端に弱くなる。月光眼さえ発動していれば……多分、素の状態でだって勝てるだろうし」
すると九尾はククッと笑い始め、久瀬は心底驚いたようにこちらへと視線を向けていた。
「お前……ほんとに頭良かったのな」
「もしかして脳天気な馬鹿とでも思っていたのか?」
目をそらす久瀬。よし、後でぶん殴ってやろう。
僕は久瀬から九尾へと視線を向けると。
「空間を司る月の眼をだまくらかした褒美だ。焔と影と、どっちに滅ぼされたいか選んでいいぞ」
そう、満面の笑みで言ってやった。




