影―046 姫からの依頼
僕はフラフラとした輝夜の腕を、しっかりと担ぎ直して声をかける。
「全く……酒は飲んでも飲まれるな、って言っただろ?なんでこうもう少し加減ってのを知らないんだ?」
「う〜……ひっく、酒を持ってこぉーい」
全く話を聞いていない。一体どれだけ飲んだんだか。
見れば頭にはどこからか持ってきたネクタイらしきものをまいており、僕が肩を貸してる側とは別の方の手には……なんだろう。酔っぱらいの親父が持って帰ってくるお土産見たいのを持っている。なんてベタな酔いどれだ。
僕はため息を漏らしながらも何とか事前に白夜たちから伝え聞いていた宿屋まで到着する。
輝夜に肩を貸しながらも受付まで行くと、一瞬輝夜の酒臭さに嫌な顔をした受付のお姉さんであったが、僕の顔を見るなり驚いたように目を見開いた。
「すいません、仲間が先に行ってたと思うんですが……とりあえずロビー借りていいですか?この子休憩させてあげたいんで」
「え、ええ……どうぞ」
了承が取れた。
僕は酔っ払っている輝夜をロビーの方まで連れていくと、そのまま数人がけのソファーへと座らせた。
「大丈夫?今水用意するけど横になるか?」
「……ひっく、み、水ぅ〜」
そう言って僕の服を掴んで揺さぶってくる輝夜。
僕は「はいよ」と呟くと、アイテムボックスの中から僕が修行時代に使っていた水筒を取り出した。
「『ウォーター』」
僕はその水筒の中へと魔法で水を作り出し、ある程度入ったところで輝夜へと視線を向けた。
そして――何故かホロホロ泣いている輝夜。
「ってあれ?どうしたいきなり……」
水筒に封をしてアイテムボックスの中へと放り込むと、僕はそう声をかけながらも同じくソファーの上に腰を下ろした。
すると輝夜がいきなりこんなことを言い出した。
「主殿ぉ……なんで、なんで最初に来てくれなかったのだぁー」
「ええ……」
何でって、普通に最初に見つかったのが暁穂だったから、って理由なんだけど……。流石にここでそういうほどデリカシーには欠けてない。
「その、悪かったな。今度からは気をつけるよ」
「うう〜……ひっく」
そう言って僕の胸に顔を埋める輝夜。
そしてしばらく硬直した後――ググッと僕の胸元のローブを掴んできた。
「硬い……」
そりゃ中に鎧着てるからな。
僕はご要望にお答えしてパチンと指を鳴らすと、それと同時に換装の指輪の効果で『円環龍の鎧』がアイテムボックスの中へと収納される。
正直、鎧があろうとなかろうと男の胸ぐらなんてあまり変わらないとは思うが……どうやら彼女はお気に召したようである。
ガシッとローブを掴んだまま顔を胸ぐらに擦り付けてくる輝夜。まったくもって謎な行動だが、その顔には笑顔が浮かんでいた。
「主殿ぉ……、夢にまてみたぞぉー」
「はいはい、僕も何度も見たよ〜」
そう言いながらも僕は彼女の頭を撫で、もう片方の手でアイテムボックスの中へと放った水筒を取り出した。
「はい輝夜、とりあえず水飲もう。な?」
「……うん」
そう言って輝夜は僕から受け取った水筒をゆっくりと傾け、コクコクと喉を鳴らしてゆく。
しばらくして満足したのか、輝夜は「ぷはぁ」と言って水筒から口を離し、僕へと突きつけてきた。とりあえず今はこんなものでいいのだろう。
「それじゃ、早く部屋行って寝なさい。体あったかくして寝るんだぞ?僕は何か食べれそうなものでも作ってみるけど……でも何かあったら呼んでな、すぐ行くから」
「わ、わかったぁ〜……」
そう言って肩を貸しながらも歩いていく僕と、その横でフラフラと歩いている輝夜を見送って。
「「「お前ら夫婦か!?」」」
久瀬パーティ及び恭香たちの、そんな声が聞こえてきた。
☆☆☆
僕はとりあえず輝夜を寝かせ、再びロビーへと戻ってきた。
というのも――
「やっぱり同じだったな……久瀬くんよ」
「やっぱりってなんだよおい」
僕の言葉にそう答えるのは、普段着へと着替え終えた久瀬くんだった。
そう、先程ツッコまれたことからも分かるように、僕の予想を裏切ることなく久瀬と僕の宿屋は同じだったのだ。何たる偶然、何たるお約束。なんなるご都合主義だろうか。
どうせアレだろ? 久瀬くんと別々の宿になったらどうせ僕すぐ帰っちゃうから、久瀬くんという引き止め役がいるということでもう少しこの国で物語を紡げと、運命神様は僕にそう言いたいんだろう?
全く運命神様にも困ったものだ。
「はぁ……めんどくさ」
「……おい、人様に大悪魔押し付けといて何言ってんだお前」
僕は久瀬の言葉を無視しながらもその机を挟んで真正面のソファーに座り込む。
恭香たちは皆輝夜の看病を頼んだため、今ここにいるのは僕と久瀬、そして久瀬パーティの面々である。
「先程は挨拶し忘れましたが、お久しぶりですね銀君、どうも御厨です」
「お久しぶりっす銀さん。自分のこと覚えてたりするっすかね?」
そう言って話しかけてきたのは、七三眼鏡の御厨と、超タンクの花田だった。花田はともかくここまでキャラが濃い御厨。一度見たなら忘れるはずもない。
僕は「久しぶりー」と軽く手を振ると、再度久瀬へと視線を向けた。
「んで、久瀬くんさ、結局この国になんで来たんだ?確か記憶が正しければ帝国の武闘会が終わったあと一番最初にこの国に来てたはずだろ?」
「……どこで知ったんだそんな情報」
もちろん恭香経由ですが何か。
僕の言葉に久瀬はそう呆れたように口を開くと、疲れたようにため息を吐いた。
「一番の理由はお前の偽物がいるって聞いたからだな。一発ぶん殴ってやろうと思ってこの国来たんだが……、二番目の理由は本物がいるかもしれないって思ったからだな」
何こいつ、ストーカー?
そういうのはやめてあげた。
けれど――
「久瀬竜馬、ストーカーみたい」
まるで僕の言葉を代弁するかのような凛ちゃん。
僕はガックリと項垂れた久瀬を傍目に、近くにいた凛ちゃんの頭には軽く拳骨を落とした。
「こら凛ちゃん。言っていいことと悪いことがあるぞ。久瀬をスメラギさんと同格に落とすなよ」
「本当のことを言ったまで」
全く悪びれもしない彼女を見て僕は――
「全く……誰に似たんだか」
「お前だよ!」
瞬間的に久瀬からツッコミが入る。
流石は伝家の宝刀、ボケない側の主人公だ。
僕はそんな久瀬へと視線を向けて、ニコリと笑うとこう言った。
「分かってるって。久瀬くんは僕の役に立ちたくて立ちたくてしょうがないんだろ?全部わかってるって」
「くっ……」
正論だから反論できない久瀬くん。
――久瀬竜馬。
本当に全くどうしてなのかはてんで検討もつかないが、大学でばったり再会……じゃなかった、邂逅して以降、なにかにつけて僕の役に立とうとする献身的な親友だ。
僕は軽くため息をつくと、呆れたように久瀬へと視線を向けた。
「毎度言ってるが、別に僕の役に立ってくれなくてもいいって。大して困ってないし、サタンだって元から僕が相手するつもりだしな。お前はドーンと構えて主人公主人公してれば良いんだよ」
実に今更だが、僕は元々影に生きる――多くの者からすれば自分以外のその他大勢、そのうちの一人だ。裏舞台では活躍しまくってやるが、表舞台に立って活躍しまくるってのは性にあわない。
久瀬が光――『炎』ならば。
僕は闇――『影』だ。
彼が輝くからこそ、僕は隠れられる。
彼が眩いからこそ、僕は自由に動ける。
だからこそ、主人公にヘタレられたら僕が困るのだ。一々子供の時の恩なんざ覚えてられるのも面倒くさいしな。
僕はそう言って立ち上がると、グググっと背を伸ばした。
「ま、僕はそろそろスメラギさんも来るだろうし狸寝入りでもしてくるさ。もし来たら居ないって伝えといてくれな〜」
そう言って僕は踵を返して――
「見つけましたぞギン様!」
どうやら少し遅かったようです。
僕はチラリと背後へと視線を向けると、そこには肩で息をしているスメラギさんの姿があった。
ので。
「……人違いでは?」
「人違いなはずがありません!」
とぼけてみたものの、僕の言葉を無視してずいずいと近寄ってくるスメラギさん。
僕は目の前で立ち止まったスメラギさんに少し気圧され、思わず一歩後ずさる。
けれどもまるでその行動を読んでいたかのごとく、同時に一歩詰め寄ってくるスメラギさん。
そんな彼女は眉を吊り上げると。
「何故、何故私に一言告げずに去ったのですか……、旅に出るのならば私にも一言伝えてくだされば……」
けれども、そこまで言って彼女は口を閉ざした。
彼女とて分かっているだろう。もう既に婚約し、次期国王も決まっていたエルメス王国の王女オリビアと違い、スメラギさん一人っ子――つまりは次期王様なのだと。
そんな人物が、よりにもよって住所未定の旅人について行くわけにはいかないだろう。
だからこそ僕は、少し可哀想だが心を鬼にしてその事実を突きつけようとして――
「けれども私は王族、この国の姫です。その姫がお伽噺になりつつある伝説とはいえ、一冒険者と婚約するのは少し問題があります」
いきなりそんなことを言ってきたスメラギさん。
それには思わず僕も目を天にしてしまい――直後、彼女の言わんとすることを察して冷や汗をかいた。
そんな僕を見てすべて伝わったのだと知ったのだろう。
スメラギさんは、実にいい笑顔でこう言った。
「貴方様が国民、そしてお父様に認められるためにも、執行機関への依頼という形で貴方様の力ご拝見させて頂きたく思います」
僕は今更になって思い出す。
――そう言えば、スメラギさんって諦めるって言葉を知らない人なんだった、と。




