影―045 サタンという男
「戒神衆っ!?さっきの偽物がですか!?」
そう言って驚いたのは、久瀬くんのメインヒロインたる古里さん。
――戒神衆。
サタンが手塩にかけて作り上げた悪魔の集団。
その一体一体がルシファーと同格と、そう言っていたが……さっきのやつはルシファー程じゃなかったな。せいぜいがバアルとか、あそこら辺だろう。
「まぁ、強さ的に考えてな」
僕はその言葉にそう返した。
場所は近場の喫茶店。
久瀬くん達もまたこの国に来たばかりのようで、久瀬くんと古里さん以外のメンバーは皆宿屋を探しに街へと繰り出した。
……まぁ、大方僕らと同じ宿屋になって「えええっ!?」っていうお約束をやるんだろうけどな、コイツらの場合。
対してこちら側は――
「ちょっ!はなっ、離れてよっ!」
「やーだ。そもそも誰、あなた」
僕の上で肩車状態の凛と、それを引き剥がそうとしている恭香。
更にはそれを呆れたように見つめているネイルと、なんだか疲れたようにしているソフィアが近くの席に座っている。
ちなみに輝夜は、先ほどよガールズバーでやけ酒を続けている。よほどあの決め台詞を聞かれたのが堪えたのだろう。
また、スメラギさんは。
『こうしてはいられませぬ!本物のギンさまがこの国にいらっしゃったことをお父様に報告して来ますので、絶ッ対に逃げないでくだされよ!』
――よし、逃げよう。
僕はそう決心した。
けれどもそれを止めようとしているのが、このちょっと声がカッコイイからって調子に乗ってる主人公である。
僕はため息混じりに頬杖をつくと、呆れたように久瀬へと話しかけた。
「っていうかさ、相変わらずの主人公ボイスで何言ってんのお前。僕はこの国から……というかスメラギさんから逃げるから、お前が僕の代わりにこの国に滞在して、いずれ来るサタンと頂上決戦してればいいじゃん。なんで引き止めるのさ」
「……お前さ、本当に一発ぶん殴ってもいいか?」
嫌に決まってんじゃん。
僕の表情からそんな感情を読み取ったのか、久瀬顔が目に見えて引き攣り始めた。
「そもそもさ、あの姫さんは銀に気があるんだろ?なら逃げちゃダメなんじゃないのか?」
久瀬がいきなりそんなことを言い出した。
するとどういう訳か、古里さんも『その通りだよ』と言ったような表情を浮かべ始める。
けれど。
「まぁ、たしかに気は……あるんだろうけどさ」
問題は……僕があまり乗り気じゃないという事だ。
確かに彼女は強い。信じられないほどに強くなっていた。
けれどもやはり――力不足なのは否めない。
だとすればネイルやミリーはどうするんだ、そう言われそうだが、ネイルに関してはメデューサの力を完全に引き出してる様だし、ミリーに関しては……まぁ、僕が守るしかないか。
この先、僕の周りはより一層苛烈さを極めるだろう。
近いうちに待ってるであろう――サタンとの決戦。
そして壊れかけてきたラスボス、混沌との戦い。
そして何より――あの男との戦い。
誰が死んでもおかしくない。特に僕や、比較的弱いミリーやネイルが殺られる可能性が大いにある。
だからこそ――
「これ以上、知り合いを危険に巻き込みたくない。だからこそ僕は彼女の思いには答えないし、万が一答えるとしても……それは全部終わった後の話だ」
それまで、僕が生きているかは分からないけど。
僕はそう言って苦笑すると、凛とのじゃれあいをやめて隣の席についていた恭香が、少し怒ったように頬を膨らませた。
「死んだら……許さないから」
そう言ってそっぽを向く彼女。
僕はその可愛らしさに頬を緩めると、笑って彼女の頭を撫でた。
「僕はあまり心配してないけどな。どうせ死んでも、恭香たちが生き返らせてくれるんでしょ?」
僕はポンポンと彼女の頭を軽く叩いて立ち上がる。
「ま、シリアスはもうここら辺でいいだろう?そろそろ酔っ払ってるだろう輝夜を連れて宿に行こう。久瀬たちも、僕達も数日くらいはこの国にいるだろうから、何か用事でもあったら呼んでくれ」
そう言って僕は踵を返して歩き出し、けれどもすぐに立ち止まって、久瀬の方へと振り返った。
僕は少し頬を緩めると。
「それと、元気そうで良かったよ、久瀬」
「あぁ、お前もな、銀」
僕はそう言って、今度こそ歩き出したのだった。
☆☆☆
一方その頃。
ギンに怯えながらもサタンの元へと帰ったその男は、報告を終えたと同時に――殺されていた。
頭部を失ったその死体が床に転がり、徐々にその赤い血だまりが広がってゆく。
そんな中、その死体を傍目に男はため息を吐いた。
「全く、戒神衆ともあろう者が何と無様な……」
それに対し、近くに佇んでいた赤い外套に天蓋の男が口元に笑みを浮かべながらこう言った。
「ってもよぉ、そいつァこの『正装』も着れねぇ様な下っ端だろう?そんな奴があの混沌様が目をつけてる執行者って奴から逃げてきたんだ。そりゃ俺でも難しいっての」
「……ふん、貴様ならばノコノコ逃げ帰って来れそうだがな」
その言葉に、サタンはそう言って笑みを浮かべた。
その男の名は――ガイズ。戒神衆の長にして、サタンの右腕とも呼ばれる悪魔だ。
その強さは折り紙つきで、あのギンとまともにやり合って、それでも帰ってこれるだろう。サタンにそう言わしめるほどである。
そんなガイズは、その自らの纏っている服装へと視線を向けてそう言った。
――赤い外套に天蓋。
それこそが戒神衆の正装であり、その姿になって初めて正式な戒神衆として認められる。
だが、その男は未だにその服すらも着れない下っ端。実力も頭脳も、何一つとして戒神衆には及ばない。
今回の任務は、その下っ端としての任務だったのだが――
「だがまぁ、まさか一週間程度噂を流せば十分だ、ってぇ言っておいた側から数週間滞在して、帰ってきてみれば執行者からの悪口を伝え始める――だなんて。殺されても文句は言えねぇわな」
そう言ってガイズは、サタンへと視線を向けた。
赤――つまりは『血』をイメージカラーとした戒神衆と異なり、彼の色は何者にも染まらぬ『黒』そのもの。
何者よりも闇に居て、何者よりも闇に忠誠を尽くす。
それでいて妙に義理堅い。
そんな男――サタンは、ため息を漏らしながらもその玉座へと座り込んだ。
黒いローブに身を包み、服の上からでもわかるほどに発達したその筋肉は、まるで肉体そのものが盾の役割を果たしているのでは、と。そう思えるほどである。
その短く切りそろえられた白髪に、頭の横からは異彩を放つ黒色に染まった山羊の角が生えている。
その両の瞳はまるでどこかの吸血鬼のように真紅色に輝いており、その口元は――笑みを浮かべていた。
「ククッ、まぁそんなことはどうでもいい。今はその執行者とやらだ」
「あー……、始まったよ旦那の悪い癖」
ガイズは思わずそう声を漏らした。
大悪魔序列一位――サタン。
彼は強すぎた。
それこそまともに相手になる存在がが混沌や獄神、そして全能神の三人しか存在しないほどに。
かつては神王ウラノスという怪物も居たものだが、そのウラノスは一人の子供を助けるためだけに自らの力の過半を失った。
――なんと愚かなことをしたのだ。そんな脆弱な人間助けるくらいならば、その力で我らに対抗すれば良かったであろうに。
何度そう思ったか知れない。
実際にウラノスのところにまで文句言いに行ったこともある。何故か茶を出され、ウラノスの実の娘とやらと遊んだだけになったが。
けれども、彼は今になってその考えを撤回した。
「クハハッ!まさかあの子供がここまで来るとはな!」
そう言って彼は思い出す、十数年前に出会った少年のことを。
それはウラノスに茶を出され、奴がトイレへと立った時のこと。まるでそれを見計らったかのように奥から一人の子供が姿を現したのだ。
サタンはその子供の姿を見て、愕然とした。
『……お前は、何者だ?』
サタンはたしか、こう問いかけたのだ。
すると少年はつまらなそうにサタンを見上げ、ハッと嘲笑を浮かべた。
『こんなにか弱い子供に何を言っているんだい、おじさん。どこにでもいる一般人だよ』
そう言って少年はウラノスが先程まで座っていた座布団の上に、ぽふんと座り込んだ。
その雰囲気は――まさしく異常。
人間とは、この歳でここまで達観できる存在だったか?
そう何度も自分に問い返したが、けれども帰ってくるのは『否』という言葉のみ。
そんな困惑の坩堝にハマり始めたサタンを、その中から引っ張り出したのは――その少年であった。
『ねぇおじさん。お願いがあるんだけど』
そう少年は呟いた。
その瞳には疲れたような光が灯っており、少年はサタンへと何の迷いもなくこう言った。
『ちょっと本読みたいから、僕の代わりに妹の世話してくれない?めんどくさいし』
その言葉を思い出して、サタンは再度肩を震わせた。
「あの歳でこの俺に対しあんな口を聞いたのだ。将来はさぞかし大物になるとは思っていたが……まさかここまでとはな。思ってもいなかったぞ少年」
そう言ってサタンは、その男が伝えたその言葉を思い出す。
――こんな下らないことしてないでとっととかかってこい。
サタンは満面の笑みを浮かべていた立ち上がると、その視線をガイズへと向けた。
「ガイズ、多少時間はかかっても良い。集えるだけ戒神衆を集めておけ。出立準備だ」
「はいよぉー。数日はかかるが文句は?」
「ない。早く行け」
そうしてガイズは面倒くさそうに踵を返し、サタンもまた踵を返して歩き出した。
その向かう先は、最近その男にご執心な我が主の元。
彼は実に楽しげに笑いながらも。
「さて、混沌様は我らの戦をお許しになるかな。少年よ」
そう、呟いたのだった。




