影―043 再会×4
面白い小説が書きたい。
「あぁっ……」
僕は、その声の主を見てそんな掠れた声を出した。
そこに立っていたのは、紺色の着流しに身を包み、腰に刀を差した一人の女性だった。
その紺色の髪は白色の髪留めでまとめられ、ポニーテールになっており、その頬は怒りからか紅く染まっている。
というかその手は刀にまで伸びてしまっており、今にも斬りかかりそうな勢いである。
そんな彼女の名は――
「す、スメラギさん……」
そう、そこに居たのはこの国のお姫様――スメラギ・オウカであった。
「おんやぁ?アンタ確か……この国の姫さんだったな?なんでこんな所に……って、あぁ、この執行者様に抱かれにでもきたのか?」
それを聞いて僕は。
「おい、何言ってんだアイツ、なに、この執行者様に抱かれにでも来たかってなに。どんだけ僕のイメージ壊す気なの?」
「って言うか、なんでスメラギさんがここにいるんですか!?」
僕の言葉にネイルが小声でそんなことを言い、それと同時にスメラギさんがとうとうその刀を鞘から抜きさった。
「貴様……ここまで来てギン様を愚弄するか!」
そう言って彼女は怒りに任せて近くの机を叩き斬る。
その一閃は見事の一言に尽きるもので、今の僕の短剣術よりもさらに熟練しているのではないか。そんなことを思ってしまうほどだ。
だが――
「あれ?……ちょっと、あの席に座ってる女の人って」
恭香がそんなことを言い出した。
その言葉に困惑しながらも、その叩き斬られた机の前に座っていたその女性へと視線を向けて――
「んなぁっ!?」
思わず目を見開いた。
そこには上から下まで黒色に青の線入ったジャージに見を包む、部屋着のOLさんの姿があり、彼女は疲れたようにその金色の髪をかきあげた。
「全く、これだから思春期はいただけんな。中二病中二病と、少しかっこよければそれで良いと思っている……、やるならば本気で、それこそ人生をかけて中二病をせねばならんのだ」
その凛とした言葉にその場にいた全員がそちらへと視線を向けて――そして、その女性の姿を見て目を見開いた。
「あ、あなたは……っ!?」
スメラギさんが声を上げる。
僕も思わず声を上げそうになったが、何とか手で口を抑えてそれを回避した。
気がつけば店の前にはこのゴタゴタを聞いた多くの人達が集まっており、僕らの姿はもはや完全にその他大勢の中に入り込んでしまっていた。
そんな中、執行機関メンバー、中二病枠のアイツは、近くにあったそのマントをバサァっとやって声を張り上げた。
「クハハハハハハハハッ!久しぶりに登場!我だ!我がやってきたぞぅ!」
まるで風になびくようにその長い金髪が揺れ、その青い瞳が楽しげな光を灯している。
三年前と全く変わっていないその姿を見て、少なからず僕の周囲を調べていたのであろうスメラギさんは、目を見開いてこういった。
「あ、あなた様は……、か、輝夜様ではありませんか!?」
こうして僕は、本人の知らないところで輝夜、スメラギさんの両二名と再会したのだった。
☆☆☆
そんな中。
とち狂ったのか、僕の偽物がこういった。
「ふっ、ふははははっ、輝夜だと?確か……あれか!三年前に仲違いして執行機関を抜けたヤツ!なんだよオイ、まさか今頃になって俺のハーレムに戻りたいーなんて言うんじゃねぇだろうな?」
やばい、あのイケメン殴りたい。
すると同感だったのか、恭香が今にも出ていきそうな雰囲気を醸しでいていたので、僕はその前に彼女を羽交い締めにした。
「クハハハッ、馬鹿なことを抜かすな阿呆が。この我を従えるのは主殿のみ、間違っても貴様のような偽物ではないわ!」
「はっ、なんだなんだ?偽物呼ばわりして俺に復讐でもしようってのか?悲しいもんだねぇ……」
その言葉にソフィアも額に怒りマークを浮かべて飛び出しそうになったため、僕は恭香を小脇に抱えてソフィアの首根っこを掴んでおいた。
にしても、あの偽物……てっきりただのザコかと思ったが、どうやらなかなかの強者らしい。
なにせ本物の知り合いが出てきたとしても、そういえばどちらが本当のことを言っているかわからなくなるからな。
それに何より――
(注意が、必要かもな……)
僕は月光眼を通して見たその姿に、少し眉根をよせてみせた。
そんなことを考えていると、輝夜はハンっと鼻で笑った。
「自意識過剰にも程があるな、このブ男が。我らが主殿は貴様のようなモブ顔ではないわ。もう一線を画しておるね。貴様の百倍はイケメンだ」
おいおい、分かってるじゃん輝夜。
「今話盛ったよね」
「盛りましたね」
「明らかに盛ったな」
『盛ったわね』
何故かこの時に限って出てきたメデューサをギリギリ握りしめていると、その輝夜の言葉にはその偽物もイラッときたのだろう。奴はその席から立ち上がり、苛立たしげに首をゴキゴキと鳴らして見せた。
「おうおう、お前、俺が手を出せねぇとでも思ってんのかアァ?」
「知るか偽物が、そこまでして我らが主を愚弄したいというのであれば止めはせんさ。主殿はそういうことを気にするほど器の小さい男ではない故な」
――だが。
彼女がそう言うと同時、その周囲に闇のようなオーラが漂い始めた。
「主殿が何もせぬからと言って、その配下たる我らが何もせぬとは思うなよ? 尊きその姿を穢した罪――万死に値する」
何だか三年前よりもナチュラルに中二病を使いこなしてる彼女を見て、僕は思わず両手で顔を隠した。
いやね、輝夜さんったら僕が近くにいないって思ってそんなこと言ってるのかもしれないけど、ぶっちゃけるとかなり近くで聞いてるからね?
ギンくんってばそんなに褒め倒されて無表情でいられるほど出来てないからね?
と、そんなことを思っていた。
――その時だった。
「なぁアンタら。ここいらに銀がいるって話聞いたんだが……もしかして知ってたりしねぇか?」
その言葉に、僕はビクンと身体を震わせた。
ものすごく聞き覚えのあるその声。果たして向こうにいた頃、一体どれだけその声でラノベについて語られた事か。
僕は錆び付いたブリキ人形のように背後を振り向くと、それと同時に、僕のすぐ隣を一人の人物が横切った。
――否、その背後に見覚えのあるメンバーを引き連れていたが、彼ら彼女らの姿は数年前とはかけ離れていた。
その姿――正しく百戦錬磨。
僕の頬をダラダラと冷や汗が流れ出す。
けれどもその男は、この人混みの中僕の姿を見つけることが出来ずにその建物の中へと入り込んでゆく。
そして――
「久しぶりだな、輝夜さんとやら。忘れられてたら困るから、改めて自己紹介でもしておくか」
気がつけば僕はズザッと後ずさりながらも頬を引き攣らせてしまっており。
「俺の名は久瀬竜馬、お前の主さんの友達だ」
心の中で、この不運を呪ったのだった。
☆☆☆
黒炎――久瀬竜馬。
最初の頃はなんだか『執行者の次点』ポジションに落ち着いていた彼ではあるが、今やその人気は収まることを知らず。
僕のように狭く深い信仰じみた人気ではなく、広い人気を得ている彼。
そんな彼が……何とこんな場所に出てしてしまったのである。
「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」
僕は、いきなり叫びだした観衆たちにもみくちゃにされながらも、とりあえず恭香とネイルを小脇に抱えて飛び出した。
「のわぁっ!?し、主人様ぁぁぁ!」
ソフィアがもみくちゃにされながらどこかへと消えていったが、まぁあいつなら何とかするだろう。普通に強いし。
そんなことを考えながらも、両脇に抱えていた恭香とネイルを近くに下ろした。
「大丈夫か二人共……」
「うん……、何とかね」
「ん、兄さん。ありがと」
「大丈夫ですけど……すごい人気ですね」
そう言って僕らは、その人混みへと視線を向けた。
そこにはもはや暴動と言ってもいいほどに溢れかえってる観衆が集まっており、本当に久瀬くんに人気押し付けてよかったわぁ、と思わずにはいられない。
そんなことを思って――――って、あれ?
「なんか今ひとり多くなかった?」
そう言って僕は周囲へと視線を向けた。
けれどもここにいるのは僕と、恭香と、そしてネイルだけ。
気のせいだったかな? と僕は首を傾げて――
「ふぅぅ」
「ひぃっ!?」
いきなり耳元に息を吹きかけられ、僕は思わず変な声を出してしまった。
見れば視線の端に見覚えのある白髪が映っており、落ち着いてみれば体が妙に重いような気もしないでもない。
もしかして……。
僕はとある予感を覚えながらも両手を背中へと回すと、そこには案の定、僕の背中に蝉のようにへばりついている一人の少女の姿があった。
僕は昔よくやっていたようにその身体をヒョイっと持ち上げると、そのまま体の前へと持ってきた。
すると僕の前には、頭を下にした状態の彼女がやってくるわけで――
「……や、兄さん。この人混みの中でも、一発でわかっちった」
そう言ってピッと人差し指と中指を伸ばしてウィンクしてくるその少女――否、我が自慢のニートに対して、僕は。
「……えっと、何でここにいるの、凛ちゃん」
今更ながら、そんなことを呟いた。




