影―042 偽物
「そこの馬車!その場に止まれぇい!」
そんな声が聞こえてきて、馬車を引いていた藍月が困ったようにこちらを振り返った。
きっと「あの防壁ぶち壊せるけどどうするのだ?」と言った感じだろう。
対して僕は「止まっとけ」と呟くと、藍月は大人しくその場に座り込んだ。なんとまぁ従順なことで。
すると流石は国の玄関たる関所の駐屯兵だ。一目でこちらが『普通じゃない』と分かっていたのか、かなりの人数を引き連れてこちらへとやってくる。
そしてその先頭――老年の騎士は、僕の姿を一目見るなり目を見開いた。
「なあっ!?き、貴様……、いや、貴方様は!」
一体何にそこまで驚いているのか。
……あぁ、もしかしてその『偽物』がこの関所を通って入国したのかもしれないな。
そんなことを思いながら、僕は――
「初めまして。執行者と呼ばれる者ですが……偽物さんってご在宅ですか?」
そう、微笑みながら言ってやった。
☆☆☆
和の国。
その国は、かつてこの国に紛れ込んだ一人の日本人が建国した国だと言われており、それゆえに日本人の血を引く王族は、決まって黒色に近い髪の色をしているらしい。
そんな国の領土、それまた中心にその国の王都は存在している。
その国はこの世界中のものからすれば正しく『異世界』。
見るもの全てが目新しく、この世界の者達からは死ぬまでに一度は行ってみたい国として名が挙げられる。
そして、個人的には僕も、最も訪れてみたかった国でもあるわけで――
「おお……、こ、ここが和の国か!」
僕は、目の前に広がるその街を眺めて、そう口を開いた。
目の手に広がるは、時代劇で見た昔の日本のような町並み。女性達は浴衣を身にまとい、男性はカッコイイ着流しを着用している。
武器屋を除けばそこには刀が並んでおり、それだけでも他の国と違うということが見て取れる。
「それじゃ、とりあえずは……その、執行者の情報収集から始めようよ。何人かに宿でも確保してもらってさ」
恭香が苦虫を噛み潰したような顔でそんなことを言っている。
――この国では僕の偽物を『執行者』と呼び、逆に僕のことをシルと呼ぶ。
それはその偽物に心酔した者から逆に『この偽物が!』と言われないための対処であり、これには恭香も仕方ないと言ったふうに了承してくれた。
……ま、納得はして無さそうだけどな。
「そうだな。恭香は一時間前の奴の行動なら追えるからこっち側として……、じゃあ、ネイル、ソフィア。一緒に来てくれないか?」
「分かりました」
「了解した」
そう言ってネイルとソフィアが僕の近くへとやって来て、それを見た白夜が不満げに口を尖らせた。
「何なのじゃ、主様は何故妾を選ばんのじゃ……。全くぷんぷんなのじゃ……」
ぷんぷんなのじゃ。
何だか少し可愛いその言葉に苦笑していると、そばにいた暁穂が何か白夜へと耳打ちした。
するとみるみるうちに白夜の顔が『ぱぁぁ』っと明るくなってゆき――
「なるほどなのじゃ!了解したのじゃ主様よ!ここは妾にドーンと任せておくのじゃ!」
「……おう、頼りにしてるぞ」
とりあえずそう返してみると、白夜は心底嬉しそうに宿屋を探して歩き出した。
他の面々も呆れたようにため息を吐く中、僕はチラリと暁穂へと視線を向ける。
すると彼女はニコリと笑を浮かべると。
「マスターが一番実力的に信用しているのは白夜さんですよ?だから、マスターは白夜さんの実力を見込んで頼んでいるのですよ、と。そう言ってみました」
「……あぁ、そう」
僕はその何一つ間違っていない言葉に頭をボリボリとかいてそうつぶやく。
なんというか、暁穂は変態の癖してそこら辺のことをよく見ている。その上家事万能で料理もうまく、それでいて従順だ。
「ほんと、お前っていいお嫁さんになりそうだよね」
すると彼女は驚いたように目を見開いて――
「……せめて、パンツくらい履いてけよ」
そう言ったと同時に、何故か悔しげに顔を歪めた。
☆☆☆
「女性に真正面からパンツをどうのこうのとは、主人様もかなり汚れてきたな」
「いや、だってアイツたいていの場合履いてないんだからしょうがないじゃん」
服着てる時は。
僕は内心でそう付け加えると、それと共に呆れたようなため息がネイルから聞こえてきた。
「はぁ……、恋人が違う女の人の下着を見慣れてるって、どうなんでしょうね」
本当にどうなんでしょうね。
そう思うならお前達からもアイツの露出性癖について注意して欲しいものだが……
「言っとくけど、私たちも何度も注意してるからね?だから最近はギンの前で下着の状態でさらに脱ごうとしなくなったでしょ?」
「まぁ、最初の頃に比べたら……」
そんなことを考えながら、初期の頃の暁穂を思い出す。
下着で生活するのは当たり前(今もだが)。
僕の前でいきなりその下着すらも脱ごうとして恭香たちに止められたり(今もだが)、またミニスカートで街に繰り出して頬を赤らめていたり(今日もだが)……。
「よく考えたら何も変わってなくない?」
「……そう言われたらそうかも」
そう言って僕らは二人してため息を吐き、ふと、ソフィアが何かブツブツと言っている様子が視界に入った。
のだが――
「もしかして、主人様はドMよりもそちら派なのか……?だとしたら余もそろそろドMを極めて露出性癖を主とした方が……、いやだが、余のドMはまだ白夜のソレには届いておらぬ、ならば二番煎じ感が……」
僕はなんとも言えない顔を浮かべて彼女の方へと手を置くと。
「ソフィア、僕は今のお前が好きだよ。だから頼む、それ以上変わらないでくれ」
「ふぁっ!?そ、そんないきなり……、と、とりあえず、わかったぞ主人様よ!」
何とか最悪の事態は免れたようである。
僕はそんなことを考えて――
「おい、酒はまだか!早く持ってこい!」
――そんな、青年の声が響き渡った。
その声に恭香は驚いたようにこちらへと視線を向ける。
「……え、もしかして、奴?」
「うん。一時間前はもっと違うところにいたんだけど……この声はそうみたい」
その声にネイルもソフィアも驚いたように目を見開く。
それはもちろん僕も同じことで、僕はその声が聞こえてきた店へと視線を向けた。
するとそこには――
「……おい、なんて店入ってるんだよ、僕」
その店の看板には、こう書いてあった。
『がーるずばー♡~可愛い子ちゃんと遊びましょう?~』
とな。
全くどれだけ僕の評判を下げるつもりなんだ僕は。もはや悪意のようなものすら感じるぞ僕よ。
僕は呆れたようにため息を吐くと。
「お前ら、とりあえずアレな。僕がいいって言うまで手出すなよ」
「……うん、なんかガールズバーに入り浸ってるギンって時点で、その……、うん」
いや、言いたいことは分かるぞ。
こんな彼女にも手を出せないヘタレチキンがガールズバーなんて行くわけがないって言いたいんだろ?
「よく分かってるじゃん」
「そりゃ自分のことだからな」
そんなことを言いながらも、僕らは入口からヒョイっと顔を出し、その中をのぞき込んだ。
その中に広がっていたのは、色気ムンムンのお姉さんたちが醸し出すピンク色の空間だった。
それには僕も「おお」と歓喜の声を漏らしてしまったが、直後に三発プラスひと噛みの攻撃を受けてしまった。全くケチな奴らだ。
僕は小指に噛み付いているメデューサを外しながらもその中へと視線を巡らすと、ある席にその目当てを発見した。
「……アイツだよな?」
「……うん、アイツだね」
そこに居たのは、どっかりと脚を開いて椅子に座っている一人の青年だった。
執行者たる僕の偽物にに相応しいその顔は、もしも僕の物語をドラマ化するのだとしたら少々役不足だが、まぁまぁイケメンと言ってもいいだろう。いや、僕ほどじゃないけどね? うん。
ただ。
「おい、本当にあいつ偽物なのか?」
僕は思わずそう問いかけた。
「おう姉ちゃん!可愛いねぇ……、良かったら俺に酒ついでもらえねぇか?」
もうその言葉を聞いただけで偽物感がぷんぷんである。
①一人称が『俺』なこと。
②普通に酒を飲んでること。
③チャラいこと。
④ナンパしてること。
もうそれだけで論外である。
僕はこういう場所で頼むのはリンゴジュース一択だし、綺麗なお姉さんがいても見惚れて恭香にポコポコ殴られる止まりだし、あんなに足開いて座ってないし、何より一人称僕だし。
「おいおい、もうちょっと研究してから披露しに来いよ。こちとら森国からお前の演技を見るためだけに来てやったんだぞ……」
「は、はは……、あれはちょっと……」
「共通点といえば目の色と髪の色をくらいだな」
ネイルとソフィアも同意見なようだ。
確かにその黒髪は短く刈られて――って、あれもう坊主頭じゃん。なにあれ舐めてんの? 僕のオシャレ短髪とは全然違うんですけど。
しかもよく見たらなんだよあの目。
右目はまぁ、分かるよ? だって僕の右目も赤いだけだし。
だが、左目の月光眼のクオリティが酷いの何の。
まず、あいつの左目は確かにオッドアイで銀色になっているが、それでもその銀色はただの鈍い鉄色であり、僕のような青白い月色とはかけ離れている。
極めつけは魔眼なのになんの紋章も浮かんでないということ。逆になぜあれで騙せているのかが不思議なくらいだ。
そんなことを思い、僕らの意見が『もう帰らない?』という感じに統一されてきた、ちょうどその時だった。
「な、なんだ貴様は!私はギン様が居ると聞いてやって来たのだぞ!」
そんな、聞き覚えのある声が聞こえてきた。




