記録―06 最悪の男
今回はちょっと特別。
影編が終わってから本格的に出始める、本編の超重要人物が登場します。
これは、今から一年と少し前のこと。
「はぁっ、はぁっ……、クソッ!」
ギンは、怒りに任せて地面を殴りつけた。
彼の内に燻る想いはただ一つ。
――強く、なれない。
いくら努力しても、これ以上ステータスは上がらない。
いくら努力しても、一朝一夕で技術が飛躍的に上がるわけでもない。
いくら努力しても、徐々に仲間に追いつかれてゆく。
彼がその時期、そこまで荒れていたのは、傍に恭香と白夜という、仲間内でも最も潜在能力の高い二人がいるからだろう。
白夜は時空神の力こそ得ていなかったが、すでに太陽眼を開花しており、進化もして徐々にステータスも上がってきていた。
このままでは、いずれ彼女に抜かされるのは目に見えている。
だからこそ彼は寝る間も惜しんで修行に励み、それでも伸びない自分に怒りを覚えていた。
そんな中、彼の父であり、当時の師匠だったウラノスは、こんなことを呟いた。
「銀……、どんなことをしてでも強くなりたいかい?」
「……あぁ、当たり前だ!」
ギンは叫んだ。
荒れてはいてもその瞳にはギラギラとした光が灯っており、強さを必死に追い求める彼からは――大きな伸び代しか見えなかった。
その言葉を聞いて、その姿を見て、ニヤリと笑みを浮かべたウラノスは。
「よし、分かったよ」
そう、どこかに覚悟を決めたように首肯した。
☆☆☆
――召喚の儀。
それは様々なものに使用される儀式。
例えば、エルメスの王族が用いる召喚魔法もその儀式を利用したものであるし、身近なところでいえば――そう。勇者召喚がそれに当たるだろう。
けれども、その召喚の儀というのは本来、様々な目的で用いられるものである。
例えば、探し人に会いたい場合。
例えば、強い魔物と戦いたい場合。
例えば、強い従魔を手に入れたい場合。
そして――
「準備はいいかい?リーシャ、死神ちゃん?」
「はいはーい、準備完了よ〜」
「俺様の所もだ」
今回でいえば、自分がさらに先へゆくための、足がかりを召喚したい場合。
「今回の条件は単純明快。ギンの相手として最も相応しい人物を召喚する。けれど、相手はこの魔法陣の中から出ることは出来ない。……はてさてどんな怪物が出てくるのかな」
そう言ってウラノスは、その魔法陣の外で待機しているギンへと視線を向けた。
ギンはフゥと息を吐くと、心配そうに眉を寄せていた恭香と白夜へと視線を向けた。
彼女らとてわかっている――これが、かなり危険な賭けだということに。
もしも万が一召喚されたのが混沌だったとしたら。そうすればきっと、ウラノスが助けに入る前にギンは殺される。
「ギン……」
「主様……」
心配そうにそう呟く二人。
それを聞いたギンはフッと頬を緩める。
「まぁ、安心しろよ。ここで燻ってても強くなれないから、少し危険な橋を渡るってだけだ。それに、もしかしたら出てくるのは全盛期の父さん、って言うことも有り得るんだろ?」
「そーだね。よりにもよってこの三人が魔力を注ぐんだ、遠い過去から呼び出したって不思議じゃないさ」
ウラノスはギンの言葉にそう答える。
強さだけならば、全盛期のウラノスは今の混沌と間違いなく同格。彼が出てくることも大いに有り得るだろう。
それに何より――
「異世界からの召喚でもない限り、出てくるのは案外召喚者と関わりのある人物なんだよね。案外全盛期の僕って考えは的外れじゃないかもよ?」
そう、呼び出す対象の存在する世界を選択しなかった場合、同じ世界に存在する、それもかなり関わりの強い者が呼び出されることが多々ある。
この場合は死神カネクラのかつての仲間であり、神王ウラノスの妻である全盛期のリーシャが召喚される可能性が最も高い。
だが――
「全盛期のリーシャでも聖獣化を使ったギンには勝つのは難しそうだからね。大方僕が召喚されるんだと思うよ?」
「ちょっとあなた?なに勝つのが難しいとか言ってるのよ。ヨユーよヨユー」
リーシャはそう言うが、ギンの強さはもうかなりの所まで来ている。死神やリーシャはもちろん、あのグレイスにも勝てるだろうと、そのレベルまで来ているのだ。
そんなギンの相手ができるものなど――限られてくるだろう。
「それじゃギン。そろそろ召喚するから魔法陣の中に入ってね」
「……分かった」
そう呟いたギンはそのままその魔法陣の中へと進み出てゆく。
その際に二人の方向を見て、安心させるようにニヤリと笑った彼ではあったが、そこにいつものような余裕は見て取れない。
それもそうだろう。今から死ぬのかもしれないから。
だからこそ恐怖し、それと共に覚悟を決めていた。
ギンは魔法陣に入ったところで足を止める。
そして――
「行くよっ!『召喚の儀』!」
そうして大量の魔力が周囲へと吹き荒れ、魔法陣が眩く光り輝いた。
☆☆☆
ギンたちは、その全く感じられない気配に、思わず困惑した。
視線の先には魔法陣の中心を漂う白い煙。
本来ならばもう既に召喚されているはずなのだが――けれども、そこからは全くといっていいほどに気配が感じられなかった。
それはウラノスたちも同じで、召喚するのに想定の二倍近い魔力が消費された事実に驚くとともに、本当に召喚したのか、とそう思ってしまうほどに手応えがなかった。
もしかしたら、失敗したのかもしれない。
そう思った――その時だった。
「なんだここは……、あぁ、召喚されたのか、俺は」
突如として、聞き覚えのない声が響き渡った。
それにはギンたち一同は目を見開き――それと同時に、明確な『死』の恐怖が背筋を登ってきた。
全身に鳥肌が走り、そして、その煙が徐々に晴れてゆく。
最初に目に入ったのは――身体中を覆う、その赤色の外套だった。
次にその頭に被るおおきな天蓋が目に入る。
――赤い外套に、天蓋の男。
そこには周囲へと視線を向けている、そんな男がいた。
天蓋の隙間からは顔を覆い尽くす仮面が見受けられ、その仮面の端からは白髪が覗いている。
身長は――おおよそ、ギンやウラノスと同程度。
けれども外套に覆われているためその体型ははっきりと分からず、わかることと言えば――
「銀ッ!ソイツはやばい!早く結界から出るんだ!」
ウラノスは冷や汗を流しながらそう叫んだ。
たとえ混沌がこの場に現れたとしても、きっと彼はここまで焦らなかっただろう。
現状、間違いなく世界最強たる混沌――その男は、その混沌よりも遥かにヤバかった。
ギンは咄嗟に結界から出ようとして――
「お前は……ギン=クラッシュベルか」
その言葉に、足が止まってしまった。
この男が誰なのかは、全くといっていいほどに分からない。
けれども――
「僕のことを……知っている、だと?」
「当たり前だ。記憶が確かならば、この召喚はお前の修行相手として最も相応しいものを召喚する、というものだろう?」
その言葉に、ウラノスは目を見開いた。
「な、何故そんなことを……!?召喚された側がその条件を知ることなんて――」
「ヒントをやろう、神王ウラノス。俺はこの召喚を見たのは二回目だ。二度目は今回。そして一回目は――」
彼はその先は言わなかった。
けれどもその言葉に、ウラノスは焦ったように周囲へと視線を向けた。
この召喚。それがどのような意味で使われたのかはわからない。
けれどもこの召喚――今先程ここで行われた召喚の条件を把握するとなると、リアルタイムで召喚の儀の魔力を探らなければならない。
そして、それが一回目だと彼は言った
つまりは――
「未来人……ってわけか」
「ご名答。流石は知性の化物と言ったところか、ギン=クラッシュベル」
男は、ギンのその言葉にそう返して見せた。
「一回目はさぞかし驚いたものさ。召喚の儀、誰が出てくるかと思ったら、なんとそこに召喚されたのがこの俺だったのだからな」
その言葉にウラノスはさらに眉に皺を寄せると、困惑したように口を開いた。
「君は……、現実世界における君はこの現場を見ているのかい?視線も感じなければ気配もない……それも全くの皆無だ」
そう、彼の言葉を解釈するに、現実世界――つまりは現代に生きているその『男』がこの現場を目撃しているということになる。
けれども、ウラノス、リーシャ、死神、そしてギンをして、それらしい気配は何も感じられない。
その言葉にククッと肩を震わせるその男。
「当たり前だろう。貴様らのような雑魚如きに俺の気配を感じ取れるはずもない。この時代で言うと……そうだな。混沌位のものだろう、俺とまともに戦えるのは」
それは紛うことなき、最強の宣言。
けれどもその言葉を、そこにいる誰もが疑わなかった。
この男を前にすると、あの混沌さえ可愛らしく見える。
きっと、この男が自分たちを殺す気だったならば、もっと前に、抵抗する暇も与えられず殺されていたに違いない。
そう分かっていたからこそ――
「まぁいいさ。おいギン=クラッシュベル。俺は貴様が身が裂けそうになるほどに嫌いだが――今回だけは、鍛えてやろう」
「……へ?」
その言葉に、思わずそんな声を漏らした。
「昔、命を賭けて仲間を守るために戦うと嘯き、その果てに実にくだらない末路に行き着いた、一人の馬鹿がいた。確かにその考えは好ましい。全くもってその通りだ」
――だが。
「その手段こそが間違っていた。仲間を守るために戦うというのであれば、仲間以外を皆殺しにすればいい。さすれば自分たちを害する存在は消え失せ、その先に待っているのは――永久の安寧だ」
その言葉に、ギンはムッと眉根を寄せた。
「馬鹿かお前は。ソイツがどうかは知らないが、僕の求めているのは仲間達との日常だ。その日常を壊してまで――」
「その日常を壊してまで、仲間を救いたいと思えない、か?」
ギンの言葉に声を被せたその男。
それには思わずギンも言葉を詰まらせてしまい、それを見た男はクックっと再度肩を震わせる。
「まぁいいさ、俺が今ここでどんな熱弁を振るおうと貴様が変わらないのは、この目で見て知っている。貴様がいずれ、あの下らない末路へと至るのは知っている。貴様が――最強に至れないのは知っている」
男はそう言った。
けれども。
「だが、貴様が強くなれば、それだけ将来の俺が強くなる。故に俺はお前を育てよう。未来の俺のために」
その言葉は一体どういう意味だったのか。
それはギンたちにも分からなかった。
けれども分かることもある。
「お前は、敵なんだな?」
その言葉に仮面の下に隠れたその頬をニヤリと吊り上げたその男は、天蓋を手に取り、華麗に一礼をしてこう告げた。
「俺の名は、ギル。いずれ貴様らの前に現れる敵にして――」
――貴様らが最も手を焼く、最悪の男だ。




